無様幹部
「僕の身体、返してくれないの?」
僕に憑りついた魔王アウルアラに訊ねると、彼女はどこか淫靡で不敵な笑みを浮かべて、
「力尽くで奪えんのかえ?」
逆に訊ね返してきやがった。
「…………」
僕は少し迷った後、言葉よりもまずは行動だと思い、己の身体に入り込もうと試みる。
すると、何の抵抗もなくするりと簡単に入り込む事ができた。
「おぉぅっ」
とアウルアラがオットセイみたいな声をあげる。
いかにも僕に追い出されたというような反応。アメリカ人ならケツの穴に指でも突っ込まれたかと軽口を叩きたくなるかもしれない。
しかしながらアウルアラは、
「なんじゃ、できるではないか」
と、なんでもないような態度。名残惜しさの欠片もない。むしろ感心した風でさえある。
「…………僕に追い出されるかどうか試したの?」
「そうじゃな。実を言うと結構、踏ん張ろうとしとった」
「……………………」
そこまで正直に答えられると、むしろ逆に咎めにくい。
「もしも踏ん張れたら、ずっと身体を奪ったままのつもりだった?」
「今のところそこまでは企んどらんかったな。一応、素直に返すつもりじゃったぞ」
「嘘くさいな……」
僕の怪訝な態度でも、アウルアラは動じない。
「別に信じろとは言わん。じゃが、実際そのつもりじゃったよ。今のところはそっちの方が都合が良さそうじゃしな」
「だとしても、企んでるのを隠そうともしないのは一体なんなのよ」
「隠そうとしたところで、余計に不信感を煽るだけじゃろうから、素直に言っとるだけじゃ。童も隠せるものなら隠しときたいわい」
っつう事は何か。今は単に開き直ってるだけか。
確かにそれなら、理解も納得できる。
現時点での関係性を考慮すれば、それがベストとは言えなくてもベターではある。
少なくとも僕には、それほど悪印象を持てない。
ともあれ、そういう事ならとりあえずは一安心。
しかしながら、今後は油断できないのだけど。
気持ちを切り替え、僕は思考のチャンネルを現実に切り替える。
「それじゃさっさと帰ろっかな。っていうか帰れるかな」
戦利品を拾った後、ボス部屋の、本来は入り口である扉を開いて、外に出る。
そこには前に見た魔法陣があり、薄く青く燐光の如く輝いている。
それに乗り、ワープする。
今回はできた。
無事、一層のワープエリアに到着する。
そもそも前回が特殊なケースだったのだ。
次、こんなバグに遭遇しない為にも今度、七十層、八十層をクリアする必要があるが、それはさておき。
ダンジョンを脱出する。
出ると、アウルアラが声をあげた。
「ほぉおおぉっ!」
「いきなり何っ?」
聞きはしたが、すぐに街の風景に驚いているのだと悟り、質問を撤回した。
アンコールワットみたいな遺跡も、文明はかなり進んでいたと思うが、それはそれとして、今の、この街にも何かしら驚きはあるのだろう。
僕だって前情報が何もない海外旅行をしたら、驚きの声の一つや二つは上げてしまうだろう。
それよりも、いい年した美人のおねえさんが素っ裸で街中を歩いている光景は、正直、性癖に悪い。
いくら僕しか見えないとはいえ、ちょっと落ち着かない。
さっきもずっと裸だったのだけど、人の居る街中になると、その絵面の危険性はぐんと跳ね上がる。
僕にいい影響が出ないのは明らかだ。
性癖が歪んでしまう。
まぁいいか。
前世の時点で人並みに歪んでいたし。
性癖は歪んでなんぼだろうし。
全裸で興味津々にキョロキョロするアウルアラを流しつつ、ひとまず僕はマジュ師匠宅に戻ろうとする。
名残惜しそうなアウルアラを適当に宥めて、空を飛んで、街外れのマジュ師匠宅に向かう。
そしてマジュ師匠宅前で、驚きの面持ちでこちらを見るラキ師匠と再会する。
ラキ師匠はこちらを見るなり驚きの反応を示したが、すぐにその驚きは憤慨に変化し、
「どうして私が戻るのを待ってなかったんだ?」
声のトーンがちょいガチだ。
僕は慌てふためきながらも、
「えっと、あの……ああそうだ。ワープ機能が復活したから……」
「服がズタボロな理由は?」
「うぐっ」
そうだった。
服が焼け焦げてたのだった。
僕の後ろにいるアウルアラは全裸だけど、僕も負けじと肌色が多い。
半裸くらいに服がボロボロになっている。
動画サイトだったらセンシティブ判定だ。
怪我は治療できるけど、服の再生、補修は今のところできない。
変身魔法の応用で外見だけは直す事ができるけど、ラキ師匠に指摘されるまで、服の事は頭から抜けていた。
アウルアラの全裸の方がインパクトデカかったから、ついつい忘れてしまっていた。
「ドラゴンと戦ったんだろう」
「はい。すいませんでした……」
ラキ師匠がため息を吐く。
「…………まぁ、過ぎた事はいいさ。いや、本当はよくないけど、いいさ」
今回いろいろやり過ぎたので、流石のラキ師匠もかなり苦い顔。
仕方ないね。
「しかし、行きの戦いで戦えることは分かってはいたが、やはりアルカは一人でドラゴンに勝てるんだな……。我が弟子ながらすさまじいよ」
「実際に倒したのは童じゃがな」
ラキ師匠の呟きに、アウルアラが口を挟む。
僕以外に誰も聞こえてはいないが。
というか、やはりアウルアラの姿はラキ師匠には見えてないようだった。
予め聞いてはいたけど、本当に見えないんだな、とちょっとびっくり。
頭で分かってはいても、実際にこの目で見ると、やっぱり驚いてしまう。
ともあれ、ダンジョンを脱出したので、ひとまずは目標達成。
これからギルドにラスボスだったドラゴンのドロップアイテムを売りにいかないといけない。
「そういえば、ドラゴンのドロップアイテムって、どれくらいするのかな? 借金はこれで返せるのかな?」
僕が収納魔法からアイテムを取り出すと、ラキ師匠はきょとんとした顔で、
「は? 何を言ってるんだ? アイテムは売らないぞ?」
そう言って、僕が取り出した竜の鱗を奪って、
「悪いけど、これは私のモノにさせてもらうよ」
「えっ?」
◆
次の日。
僕は朝からマジュ師匠達とシスターと一緒にやくざが来るのを待った。
借金取りのやくざ達は無駄に人数を揃えて、お昼前にやって来た。
集団でぞろぞろと来るのは、悪い権力者とチンピラの特権かと思ったが、どうやら違うようだ。
この前の部屋にやくざの頭とフランケン、それから四人の目つきの悪い男達が入り込む。その後ろにも十数人続いていたが、部屋に入りきらないので、部屋の前に立ち並んでいる。
「おやおや、どうもこんにちは」と頭が挨拶を言う。
「しかしまぁ、驚きですね。まさかこうしてお出迎えしてくれるとは思いませんでしたよ。てっきり逃げ出したかと思ってました」
「はんっ」
と僕ではなくラキ師匠が鼻で笑う。
いつになく攻撃的な態度だが、やくざの頭は動じない。
「すいませんが、貴女達はどちら様でしょうか? 私はここの孤児院のシスターさんとそちらのアルカさんに御用があったのですが」
「はい。ですからその御用件の窓口として、私が参加することになりました。という訳で、どうも初めまして。私達は二人の…………まぁ、交渉人ってところです。今回は私が話を伺いますので、どうぞご用件をお話しください」
マジュ師匠が口を挟むように言う。
「…………」
やくざの頭がチラリと僕とシスターを見たので、僕達は揃って首肯する。
マジュ師匠が今回の窓口である事を認めたという証明だ。
頭はそれを確認して、話を進める。
「それでは改めて状況を確認いたします。私たちはこちらの孤児院に一千万ものお金を貸し、それを返してもらうようお願いしていて、今日がその返済期日です。お間違いありませんね?」
「そうですね。間違いありませんね」
とマジュ師匠は言う。
「それではご返却いただき願いませんか?」
「お断りします」
とマジュ師匠がはっきりと言う。
「どうしてでしょう? 」
「そんなお金ありませんから」
マジュ師匠が告白した直後、やくざの頭が下卑た笑みを浮かべる。
「という事は、約束を破ったという事ですか。その場合、私共が用意した返却手段をそちらのシスター様にお願いしていただくという手筈でしたが、それで構いませんね?」
「はい。と言いたいところですが、ここで一つ疑問があります。貴方達が貸した一千万というお金は、はたして本当に合法的なモノなのか。こちらは本当に返す必要があるのか。それについて今一度、ご確認していただこうと思います」
「おやおやおや」
とやくざが言う。
「それはつまり、こちらの言う事にいちゃもんをつけ、返済期間を延ばそうという事ですか? そいつはいけませんねぇ。こちらはもう既に一か月待ちました。これ以上は待ちきれません。これ以上期限を延長しようとするなら、こちらにも話が────、」
ここでマジュ師匠が一枚の書類を出す。
机の上にスッと置き、やくざの頭に読め、と視線で合図する。
やくざの頭は訝し気な顔をしながらその書類に目を通す。
途端、彼の目が大きく見開かれ、態度が一変する。
今まで余裕綽々で、不遜な態度だったのが、一瞬で険しい顔になり、下剤を飲んで腹を下したかのように脂汗を流し始めた。
明らかに様子が変だ。
「堅苦しい話はやめましょうか」とマジュ師匠が手を組みながら、言う。
「あんたらが不当な手段でこの孤児院に金を貸し付けてるのは分かってるのよ。そもそもここはセリアス教の教会で、孤児院を維持していくだけの金なら教会本部から支給されるんだし、そんなところに一千万もの借金が出ること自体おかしいの。裏があるって事を隠そうともしてないんだから、そりゃあ裏の調べようがあるわ。後はそれを突っつく場所を調べて、力を備えるだけ。突っつく場所は、あんたらの組を調べたらすぐに分かったわ。あんたら、悪い事をしてもバレなきゃいいって考え方じゃないわね。力で押し潰せばいいって考え方よね。だからたった一日で簡単に調べられたわ」
「証拠はっ? 証拠がなければ、ただの言い掛かりじゃねぇか! いいか? 俺はガリオス組の幹部なんだぞ。テメェラとか格が違うんだよ。それにこれを見ろっ!」
口調が変わったやくざの頭もとい幹部が声を荒らげて、胸元を拡げてみせる。
そこには銅色の小さなピンバッジが飾られてある。
「俺は、A級冒険者の資格があるんだぞ! これがどんな権力を持ってるか分かるか? 司教並の力があり、お前らはその俺に歯向かったどころか、とんだ言い掛かりをつけてきやがったんだ! 許されると思うなよ? 今から俺はお前らが金持ちの豚の愛玩動物にしてやるからな。覚悟しろよ!」
「……ふうん」とマジュ師匠が、今にも鼻をほじりそうな態度で言う。実際にはほじってないけど。
「それでそのA級冒険者様が、こちらのSS級冒険者様に不当な言い掛かりをつけてるのは、どういう意図があるのでしょう?」
「…………はっ?」
やくざの幹部が目を丸くする。
マジュ師匠の目配せを見て、ラキ師匠が胸元を拡げて、金色のピンバッジを見せる。
これは昨日、百層ボスのドロップアイテムをギルドに寄付して手に入れたものだ。
深層のボスのドロップアイテムはかなりの実力者じゃないと手に入れる事の出来ない貴重なアイテムで、ギルドは常日頃からそれを集めており、それを無償で渡してくれる人には一定期間、それなりの資格を与えてくれる。
それが冒険者ランクだ。
任務を一定数こなせば、そのうち少しずつ上げて行く事もできるが、こういう風に貴重なアイテムを寄付すれば、一時的に高ランクの資格を与えてくれるという、裏口入学的な措置もある。
ラキ師匠がドラゴンの鱗を、私のモノにすると言っていたのはこういう事だ。
まぁ、ボスを倒せるくらいの実力があるなら、冒険者ランクが高くても問題ないだろうというギルドの判断だ。
問題は、冒険者ランクに権力が備わってしまった事だろう。
権力が備わった事で、目の前にいるこいつみたいに、金で冒険者からボスのドロップアイテムを買い取り、それを悪用してしまうとの事。
しかしながら、そういう穴を見てみぬ振りしてしまうくらいに、ギルドは深層ボスのドロップアイテム欲しがってるという、社会の闇的なところもある。
いつか廃止されてしまうシステムとも言われている。
閑話休題。
自分よりも上のランクのピンバッジを見て、司祭並の権力を持つやくざの幹部(笑)が、引き攣った笑みを浮かべて凍り付いた。
マジュ師匠はそれを鼻で一笑しつつ、ラキ師匠に意見を伺う。
「さてどうしましょうか? 司教並の権力を持つAランク冒険者様が、司教の上司の大司教並の権力を持つSSランク冒険者様に酷い暴言と強い意見を出しましたが、どのような対処をいたします?」
「そうだなぁ、あまり権力を振りかざすのもしたくないんだが、先に向こうがしてきたからなぁ」と堪え切れない嘲笑を浮かべつつラキ師匠は、
「とりあえず借金は帳消しにして、権力で脅迫した彼にはBランクの資格を剥奪して、少しばかり檻の中に────、」
「不正についてはいかがなさいましょう」
マジュ師匠がやや強引に口を挟んで尋ねる。
「あ、うん。……不正の罰として少しばかり檻の中に入ってもらおうか」
マジュ師匠の言葉で、ラキ師匠が言い直した。
「…………」
ちょいとグダグダになってしまったが仕方ない。
ラキ師匠はこういうの苦手だからなぁ。
「…………すいませんが、一つお聞きしてよろしいですか?」
さっきまでパニクってたやくざ幹部さんが、マジュ師匠ではなくラキ師匠に向き直って、尋ねてきた。
「いくらでこちら側についてもらえるのでしょう?」
「…………ん?」
金での買収。その意味をすぐに理解できないラキ師匠は眉をひそめて、首を傾げる。
「お金で雇われたんですよね? ならばそちら側の二倍出しますから、こちら側についてもらえないでしょうか?」
「…………ああ、そういう意味か」
ようやく相手の言う事の意味を理解したラキ師匠は、小さく頷き、笑顔になって、
「ぶぎゃあっ!」
遠慮のない拳をやくざ幹部の顔面におみまいする。
ソファーから転げ落ちるやくざ幹部。
「マジのクソ野郎だな」
「最初から分かってたでしょ」とマジュ師匠。
「…………おいてめぇらっ!」
と、床を舐める無様極まりないやくざ幹部が、大声で部下に命令をする。
「こいつらをぶっ殺せ! 何をやっても構わん! 立場の違いを徹底的に分からせてやれっ!」
部下が動き出す。
無様極まりない上司なのに、なんと忠実な部下だこと。感心してしまう。
ただ、何の魔法技術も持たない武器を持つだけの一般人に毛が生えただけの雑魚に、師匠二人が負ける筈もなく、
「ぐわぁあっ!」×三。
と、一瞬で蹴散らされる。
残った一人プラス、フランケン。それから無様な幹部。
部屋の外にはまだまだたくさんの部下がいるのだが、扉に結界を張ってるので入って来る事ができない。
「ぬぉおおっ、なんだ、見えない壁があるぞ!」
「入れねぇ…………」
「つうか、あいつら強すぎじゃね……?」
一瞬で三人を蹴散らしたせいもあって、残りの部下たちは士気が低い。
だが、蹴散らされてない部屋の中の一人とフランケンが、それぞれ僕とシスターの背後から首を絞めて、拘束してしまっている。
「ふひひっ、よくやった」と無様幹部。
「おい、こいつらが殺されたくなかったら、俺の言う事を聞くんだな」
「…………」「…………」
師匠二人が揃って沈黙した。




