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魔王の器  作者: 北崎世道
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クリムゾンドラゴン

 完全に廃れ切った誰もいない遺跡を呆然と眺めるアウルアラを連れながら、僕は先程ワープできなかった魔法陣のところへと戻る。


 途中で歩くのがだるくなったので、飛行魔法で一気に飛んで移動すると、一緒に飛んだアウルアラが遺跡の全体を俯瞰し、また更に愕然とし、「ぁぅぁ……っ」と嘆きの声をあげた。


 その悲痛な声には、無関心を貫こうとしていた僕も思わず心が痛めたが、しかしながらほぼ他人である僕には慰めの言葉が思いつかないし、たとえ思いついても五歳児の僕では説得力が生まれないので、そのまま黙って気付かない振りをした。


「…………」


 目が覚めたら、幽霊となってて、自分の住むところが朽ち果ててるのを見るのは一体どういう気分だろう。


 これまでに何度か目覚めて絶望していたらしいが、それでもやはり心にくるモノはある筈だ。


 きっと僕なんかじゃ到底想像もつかない強い絶望に違いない。


 僕は一気に魔法陣のところまで飛んで、そこでワープできるかどうかを試してみるが、残念ながらワープはできなかったので、次は上に飛んで、ドラゴンのところに行く事にする。


 古代遺跡の天井はいつの間にやら再生しており、どこから上に戻れるかと思ったが、近くにくると、天井の一部に階段が備え付けられてある事に気付いたので、そこから上にあがるとする。


 そして、再びドラゴンのいるボス部屋までやってきた。


 先程倒した筈のドラゴンは復活しており、案の定、色が他のボス部屋と同様、クリムゾンとなっていた。


 この場合、先程のドラゴンとは一線を画すほど強化されているであろうから、心して戦う事にする。


 クリムゾンドラゴンの火炎放射が戦いのゴングだった。


 僕は空を飛んで、クリムゾンドラゴンの火炎放射を避け、飛んだままの態勢から魔法を放つ。


 前回の戦いで覚えた水と雷、ダブル無詠唱の中級魔法。


 レーザービームのような混合魔法を十本同時に、ドラゴンの逆鱗目掛けて放つ。


「ぐっ、避けられたっ!」


「おぉぉ、お主、子供のくせになかなかやるではないか……」


 魔法は外したものの、アウルアラが感心した声をあげる。


「今の世界は、お主くらい強い子供がたくさんいるのか?」


「いいや。自分で言うのもなんだけど、僕より強い人はそうそういないよ。大人を含めて」


「ほっ」と安堵の息を吐くアウルアラ。


「いやぁ、お主くらい強いのがわらわらいたら、流石の童もちょっと立つ瀬がなかったところじゃ」


「てか、一応まだ戦闘中だから邪魔しないで! あの敵、かなり強いんだから」


「すまぬすまぬ」


 からから笑うアウルアラを意識から外し、クリムゾンドラゴンの方に集中する。


 戦闘は予想以上の苦戦を強いられた。


 クリムゾンドラゴンは単純な強さこそ、先程戦ったノーマルドラゴンと然程変わらないが、動きの良さ、戦いにおける練度的なモノが違った。段違いだ。


 縦横無尽に飛び回り、知能が高くなったのか、こちらの動きを読んだような戦い方をする。


「ぬぁがっ?」 


 今、受けた火炎放射もそうだ。


 こちらが懐に潜り込み、逆鱗目掛けて超近距離レーザーをお見舞いしてやろうかと思ったら、いつの間にやら長い首をこちらに向けやすい態勢を取っており、そのまま火炎放射をもろに浴びてしまった。


 溜めがなかったので、威力はそこまで高くはないが、それでも肌に火傷を負い、服も大部分が焦げてしまった。


「おーおー、今のはモロに喰らったのぉ」


 あくまでこちらの心配をせず、楽しそうに感染するアウルアラ。


 僕に憑りついているというのに、そこまでの余裕は一体なんだろう。


 僕がやられても構わないのか。


 もしかするとやられた方が、憑りつくうえで好都合なのか。


 そこら辺は定かではない。


 あるいは、アウルアラはそこまで考えてないのかもしれない。


「のぉ、お主」


 ドラゴンの爪を躱しながら僕は返事をする。


「何? 余裕ないから、手短にね」


「童が倒してやろうか? お主の身体を借りて」


「僕の身体を奪う気?」


「奪いまではせぬよ。今はまだ」


 アウルアラは平然と言う。


「現時点で童は外の世界がどんなものかは知らぬから、お主に舵を任せた方が都合が良い。それに今後の為にはたとえ奪えたとしても、お主の信用を稼いだ方が良いじゃろう。永久に奪え続けるとも限らぬ訳じゃし」


 …………それは、確かに信用できる言い方だった。


 感情的に訴えるのではなく、あくまで合理的な判断として奪わないと宣言するのは、信用しやすい。


 この先どうするかはともかく、現時点では一時的に身体を貸しても問題なさそうだ。


「分かった。でもどうやって貸せばいいの?」


「まず力を抜け。童が身体に入ろうと試みるから、それに抵抗せず、流されるような感じでいてくれたらよい。後はこちらでなんとかする」


「うん」


 僕は言われた通り、身体の力を抜く。


 目の前にクリムゾンドラゴンが襲い掛かろうとしてくるが、アウルアラがどうにかしてくれるだろうと思って、特に何もしなかった。


 すると、後ろから僕の身体が押されるような感覚があった。


 僕は抵抗せずに、素直に押されたままでいると、ふっと、身体と魂的な何かが別れる感覚があった。


 思わず跪き、後ろを振り返ると、そこには僕の身体があった。


「成功じゃ。あとは童に任せるがよい」


 アウルアラが僕の顔で好戦的な笑みを浮かべ、そして襲い掛かるクリムゾンドラゴンを軽くいなす。


「ぬおぉっ?」


 それは、無理やり力で押さえつける動きではなく、相手の力を利用したような動きだった。


 合気道的な感じだ。


 あのクソでかいドラゴンの爪が、僕の身体を切り裂かん、いや消し飛ばさんとしたのだが、それは空振りに終わる。


 あんだけデカいのなら、近くにいるだけで衝撃波で吹っ飛ばされそうな気もするが、実際にはそんな衝撃波などなかったような感じで、アウルアラが佇んでいる。


「────さて、」とアウルアラが動き出す。


 初めに彼女がしたのは、魔法の球を複数周囲に張り巡らせる事だった。


 僕の魔力で生み出した球だからなんとなく判ったが、あれはたいして攻撃力のない、だけど当たると痛みだけが激しい雷の球だった。


 中身はスカスカで、ダメージは与えられない。それはおそらくドラゴン側にも判るだろう。


 その球が十個、ランダムに配置される。


 全て宙に浮いた状態で配置、固定される。


 それからアウルアラが本格的に動き始めるのだが、


「うわぁ、なるほどぉ」


 僕は思わず感心した。


 あれだけ縦横無尽に飛び回っていたがドラゴンが、急に動かなくなった。


 痛みを恐れているのか。


 クリムゾンドラゴンほどの巨体なら、この電気球もそんなに痛くないんじゃないか、と思ったが、それでもクリムゾンドラゴンは頑なに電気球を避けようとする。


 それは、精神的な檻だった。


 圧倒的なサイズのクリムゾンドラゴンが、今の場所から電気球を避けて動くのは絶対無理だ。


 なので、クリムゾンドラゴンが開き直るまで、アウルアラは自由に動き放題となった。


 ゆっくりと飛んで、クリムゾンドラゴンの胴体前まで来て、そこでクリムゾンドラゴンの腹を手で触れる。


「ふむふむ。なぁるほど」


 アウルアラが何やら納得したように呟くと、次の瞬間、彼女(僕)の姿が消えた。


 いや、消えたのではなく入り込んだ。


 あまりに自然に入り込んだので、脳が理解するのに時間をくってしまったのだ。


 にゅるりと、吸い込まれるようにドラゴンの腹の中に入り込んだ。


 僕が慌てて追いかけると、僕の方もあっさりドラゴンの腹の中に入り込めた。


 こっちは現在、幽霊状態なので、そこまで違和感はない。


 さて。


 ドラゴンの腹の中に入り込んだ僕と僕の身体を使ってるアウルアラだったが、互いの姿を見る事はできなかった。


 というのも、ドラゴンの腹の中は真っ暗だったからだ。


 まぁ、腹の中に明かりがある訳ないので、当然と言えば当然だが。


 しかし、ドラゴンの胃袋の中という絶望的な暗闇も、アウルアラが踊りながら放つ攻撃魔法によってあっさりと照らされた。


 レベルの高い魔王級ではなく、駆け出し魔法使いが初めて覚えるような攻撃力の低い初級魔法。


 一発だけではなく、複数。それも踊りに合わせるようなテンポのよさで。


 はっきりいって、これくらいの連発は、僕にも簡単に出来るのだが、それでも僕はアウルアラが放つ魔法の洗練具合に、驚きを禁じ得なかった。


「…………っつうかこれ、どういう事?」


 思わず疑問が口に出てしまう。


 すると案の定、


「何がじゃ?」とアウルアラが僕の疑問に反応してしまった。


「ああ、ごめん。戦ってる最中に邪魔して」


「よいよい。この程度じゃ、話しかけられてもまだ余裕あるからの」


 マジかよ。それじゃあ遠慮なく。


「今、アウルアラって初級魔法連発してるけど、魔力使ってる?」


「一応使っとるぞ。お前さんほど無駄な使い方はしとらんがな」


「ぐぬぬ」


 腹立つ言い方だが、確かに今のアウルアラの魔法を見たら、文句の出ようもない。


 それぐらいアウルアラの魔法は無駄がない。


 というか必要な分の消費もないように見える。


「これは魔素を使っとるからじゃよ」


 アウルアラが僕の心を読んだかのように、疑問に答える。


「魔素っていうと、大気中に漂う魔力の事だよね?」


「そうじゃ」アウルアラが頷く。


「基本的に、魔力が動物が生み出すエネルギーなら魔素は自然が生み出すエネルギーってところじゃな。まぁ、そうなると、今、童が使うとるのは魔素ではなく、魔力になるから厳密には違うが。ま、細かい事は気にせぬがよい。とにかく、童は大気中に漂う魔力を使って、魔法を放っとる。それで聞くが、ドラゴンのような強力な生物の体内って、どれくらい魔力が漂っとるか、想像つくか?」


 僕は思わず目を凝らして、例のサーモグラフィ的な視界を発動させる。


 すると、ものすごく濃密な大気が漂ってる事が分かる。


 大気というか、これは魔力か。


 なるほど、サーモグラフィは熱ではなく魔力を観測する為の目だったか。


 魔力っていうか魔素?


 ま、どちらも似たようなもんだ。


 ドラゴンの体内に充満する魔素を使って、アウルアラは魔法を乱発している訳だ。


 そうみると、魔法を放つと同時にやってる、奇妙な踊りは、魔素の流れを操っているのではなかろうか。


「…………ねぇ」


「そうじゃよ」


 僕が尋ねる前に、アウルアラが返事を行った。


 心を読んだという事か。


「ところどころ心の中が声に出とるぞ」


「…………そうだったか」


 なんかこれ、前にも指摘された事あったような。


 転生の事を口走らなければ、別にいいんだけど。


 閑話休題。


「踊りながら攻撃してたのは、魔素の濃いところから魔素を抽出して、攻撃魔法に転換してたって事?」 


「惜しいな。逆じゃよ。薄いところから抽出して、攻撃魔法に転換してたんじゃ。じゃから魔法がショボいものばかりだったじゃろ」


 そういえばアウルアラが放ってたのは全部初級魔法だった。


 洗練されてたから、初級魔法にしては派手だったけど。


「薄いところを選んだのは、流れを良くするため。濃いところから抽出するのは、今からじゃ」


 そう言ってアウルアラが踊り方を変える。


 テンポのいいサンバみたいな踊り方から、優雅で美しいバレエみたいな踊りに。


 今回は魔素を集めているのが分かっているので、魔素の流れを見ながら彼女の動きを観測してみるが、確かに彼女の動きは魔素を無駄なく集めていた。


 それが結果的にダンスのような動きになっていただけで。


「ドラゴンのような魔力の豊富な生物の体内はやはり、魔素の濃度が凄まじいのぅ。こいつは放ち甲斐があるわい。ほいさっ」


 直後、アウルアラの手から魔法が放たれる。


 それは僕が先程放った水と雷の混合魔法だった。


 たった一本のレーザーだったが、その太さは直径二メートルを超え、ドラゴンの身体に大きな穴を開ける。


「グォオオオオオオオオオオオオオオッ!」 


 地面が粉砕してしまいそうなほど巨大なドラゴンの声。


 僕が幽霊状態であるにもかかわらずつい耳を塞いでしまってると、アウルアラが鼻歌でも歌ってそうな感じで悠々とドラゴンの身体から出る。


 たった今、自分が開けた大穴で。


 ドラゴンの身体から出た後は、ふわりと浮いて、ドラゴンの裏顎の辺りに近付き、今度は先程と同じでありながら太さが全く違う水と雷のレーザーを逆鱗に向けて放ち、あっさりとドラゴンを絶命させる。


 ズズン、とドラゴンの身体が倒れ、戦いが終わった事を告げる。


 という訳で戦闘終了。


 僕に憑りついたアウルアラの勝利だ。


 あれだけ圧倒的な勝利でありながらも、アウルアラが消費した魔力は、僕が戦った時の半分も使っていない。


 魔法の種類、魔力の使い方で勝利したのだ。


「どうじゃ。童の事を見直したか?」


 ドヤ顔でアウルアラが尋ねる。


 少々腹立たしいが、こればかりは素直に賞賛せねばなるまい。


「…………うん。最初から見損なってたつもりはないけど、それでもすごい驚いた。いやホント、これはまいったね。お手上げです」


「ふふん」とアウルアラが鼻を鳴らす。


 できれば僕の身体でドヤらないでほしい。


「それはさておき、そろそろ身体を返してくれないかな」


「ん?」


「え?」


 直後、空気が変質した。



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