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魔王の器  作者: 北崎世道
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アウルアラ

 誰もいない空間というのは基本的にどんな場所でもホラーな空間に成り得るものだ。


 可愛いキャラクターのぬいぐるみがたくさん並ぶファンシーな空間も、人の気配が失われれば、ほら、なんという事でしょう。


 あれだけ可愛かった筈のキャラクターが不気味で怖い存在に早変わり。


 こちらの見てないところで、包丁を持ち出したり、大口を開けてエイリアンみたいな牙を剥いたりしてそうになってしまう。


 これはほんの一例で、キャラクターがいないところでも、やはり暗闇と静けさが一定以上あれば、ホラーになるし、なんなら真昼間の青空の下でも、そこに人がいなければ、きっと何かしらの恐怖を与えてくれるに違いない。


 なので今、僕が誰もいない筈の遺跡に独りぼっちになって恐怖を感じてるのも致し方ない事である。


 さて。

 さてさて。

 さてさてさて。

 だからなのか。

 だからといえばいいのか。

 これは、それのせいなのか。


 あくまで恐怖が生み出したせいなのか。


 僕が独りぼっちになった瞬間、どこからか女の子の声が聞こえてきたのは、僕が怖がってるせいで生み出したただの幻聴なのだろうか。


「誰か…………助けて…………誰か…………ぅぅうぅ…………誰かぁ…………」 


 もがき苦しむように助けを求める声。


 悲鳴とは異なる、救いを求める嘆きの声。


 それが僕のもとに届いてきている。


 これはどういう事か。


 今現在、僕がいるのは、誰もいない筈の空間。


 ダンジョン百層の下にある隠された謎の古代都市。


 これまで誰も存在を知らなかったであろう、秘密の場所。


 そこから女の子の声が聞こえてくるって、どういう事だ。


「ま、行ってみるんだけどね」


 怖いのは確かだが、怖がったところで、結局の選択肢は二つ、無視するかしないか。


 無視しても記憶には残るし、なんなら分からないままだからこそ、恐怖に残る。


 だから行く。カーブであえてブレーキではなくアクセルを踏みだすような気持ちで行く。


 というか、あんまり考えずに行く。


 だって僕は五歳。


 怖いもの知らずなクソガキなんだもの。


 耳を澄ますと、やはり聞こえてくる。


「誰かぁ……誰かぁ…………」と嘆く声。


 モスキート音じゃないけど、虫のようにか細いから聞こえにくい。


 探知能力を使っても、今のところ声を拾う性能は持ち合わせてないので意味がない。


 …………そういえば、ここって風が吹かない筈だけど、こんなに小さな声がどうやって聞こえてきたのだろう。


 特になんとはなしに目を凝らしてみると、声の聞こえてくる方から、サーモグラフィ的な変化が現れた…………というご都合主義な展開もない。


 仕方ないので声に集中して、移動してみるしかない。


「んー、こっちかな」


 他に誰もいないせいで、集中すれば意外と声自体は聴きとりやすい。


 ただ、ここは結構ごちゃごちゃした遺跡なので、音の反響みたいな、そんなアレコレがあって、声の聞こえてくる方向が判り辛い。


 右かと思ったら今度は左から、みたいなパターンが多数。屁かと思ったら便だったケースくらいにある。


 それでも頑張って聞き取って、声のする方向へ行ってみる。


 そうして少しでも近くに来ると、徐々に声が大きく、聞き取りやすくなってくる。そうなると間違いが減ってくるから、楽になる。


 こうなるともう必勝パターンで、すいすい迷いなく、声のする方へと行く事ができる。


 そうして短い脚で歩いていくと、どうも声が遺跡の中でも、お城みたいな建物内で、それも偉い人がふんぞり返ってそうな高い場所から聞こえてくるのが、なんとなく判ってくる。


「…………この感じは王室かな」


 今はまだ確定じゃないけど、たぶん合ってそうな気がする。


 だからいっそのこと声に集中せず、そのまま真っ直ぐ王室っぽい場所を目指してみると、案の定、声がそこから聞こえてくるのが分かってしまう。確信してしまう。


 黒っぽい遺跡の中はどこも廃れ、朽ち果て、今にも崩れ落ちそうな状態ではある。だが、歩いてるのが色白で体重十六キロ前後の小さな僕だから、そこまで崩れ落ちる可能性は高くないし、なんなら崩れても灰色に覆われた空を飛んだり、魔法で天井をぶち破ったりできるので、崩壊を心配する必要はない。


 壊れたら壊れたで、別にいっかぐらいの気持ちで進む事ができる。


 むしろ怖いのは幽霊みたいな声の主の方。


 正直、幽霊はそこまで信じてないけど、だからといって信じてない訳でもない。


 いるかいないかで言えば、どっちでもいいって言ってしまうくらい。


 自分の意見が無い故に、その時、一緒にいる人次第で変えてしまうくらい。


 それじゃあ一人きりの今ならどうかというと、実はそこそこ信じてしまっている。


 幽霊はいるんじゃないかって思えてしまっている。


 なにせ今の僕自身、異世界転生というかなりファンタジーな展開をこの身でもろに体験してしまってるファジーでグレーな存在なので、どれもこれも嘘っぱちだ、と否定するのは難しい。


 完全否定できるのは、テレビ番組の心霊系特集くらい。


 幽霊は信じられても、テレビは信じられないタイプである。


 テレビは何かとグレーなのが多いからね。白黒時代からそうだ。


 閑話休題。


 幽霊怖い、と思いながら歩き進んで、おそらくは目的地であろう場所のすぐ傍まで来た。


 一歩進んで、ひらけた場所に出る。


 おそらくは王室であろう場所。


 既に何もかもが朽ち果て、埃色の石壁と背もたれの高い椅子ぐらいしか残ってない場所で、うすらぼんやりだが、白く発光するモノがある。


 背もたれが高い椅子に隠れて見えないが、そこから声が聞こえてくるのが判る。


 回り込んで確認すると……………………あれ?


 何もなかった。


 椅子の後ろには何もなかった。


 拍子抜けしつつ辺りを見渡すと、唐突に違和感を覚える。


 何か違う。


 何かが変わっている。


 いや、変わっていた。


 僕が気付かぬうちに、視界が……世界が変わっていた。


 色が、色彩が、彩度が失われていた。


 思わず自身の枯葉の如き小さな掌やら節足動物のような細い腕を見ると、本来は肌色であろう皮膚がほとんど白に近いグレーとなっており、己が彩度のない存在である事に気付く。


 まるで白黒テレビの中みたいな、過去の住人になってしまったかのようだ。


 途端、ドクンドクンと鼓動が高鳴る。


 恋とは違う恐怖による鼓動の高鳴り。


 喉元から何かが出てきそうなのを堪えて、再度辺りを見渡す。 


 声はいつの間にか消えている。


 今は鼓動の音だけしか聞こえてこない。


 冷たい感覚が背筋を通り抜けた瞬間、視界は唐突に元の色彩を取り戻すが、それでも埃色の石壁に囲まれたこの場所では感動が薄い。


 未だ過去の世界に囚われてるような気分だ。


「────おい」


 不意に背後から声が聞こえてくる。


 振り返ろうとするが、身体が動かない。


「何じゃお主は?」


 ぞっとするような冷たい声は耳元に吐息が掛かりそうなくらいに近寄ってきて、


「何用でここまで来た? 返答によってはただではおかぬから心して答えよ」


 細く長い指が首に掛かる。


 感触はないが、それでも産毛が逆立ってしまう。


 僕は両手を上げ、プルプル震えながら正直に答える。


「えっと……声が聞こえたから…………助けを求める声が聞こえたから来ただけで…………その…………特に悪い事をすつもりで来た訳じゃ…………」


「え? 童のさっきの声、聞こえたんか?」


 途端、声に緊張感が消える。


「うそっ? うわっ恥ずかしいのぅ? あぁ、そりゃあすまんかった。童が悪かったわ」


 首に絡んでいた指が離れ、僕の身体が自由になる。


 僕は振り返って、声の主を見る。


 黒くて長い髪の美女だった。


 美少女というより美女。


 二十代前半くらい。


 肌が雪のように白く、透き通っており、全裸だった。


 胸が真っ平だったので一瞬、男の可能性を疑ったが、股間はつるりとしていたので、男でないのは間違いなかった。


 ────こうして僕達は出会った。


 出会ってしまったというべきか。


 運命の出会いがあるというのなら、これこそが運命というのかは定かではない。



 ◆



「…………寒くないの?」と僕は問う。


「寒くはないな」


 女性は特に恥ずかしがる様子もなく答える。


「恥ずかしくはないの?」と僕は問う。


「子供相手に恥ずかしがる必要はないな」


 女性は特に恥ずかしがる様子もなく答える。


「おっぱいはどこにいったの?」と僕は問う。


「…………」  


 女性は胸元を隠し、ようやく恥ずかしがる素振りをみせた。


「…………」


 赤面したまま女性が拳骨を振り下ろす。


 ごんっ、と拳が僕の頭にヒットする…………かと、思ったが、ヒットしなかった。


 すり抜けてしまった。


「ぬ?」


「あ、やっぱり幽霊なんだ……」


「幽霊……霊魂の事か。どうやらそうらしいのぅ。まだ若い身空で、なんと可哀想に」


「うん?」


「むぅ?」


 何か今、話が食い違ったような気がする。


 さめざめと泣く女性に僕は質問をする。


「えっと、お姉さんはどうしてこんなところに?」


「ふむ? おかしなことを聞く(わらべ)じゃの? (わらわ)がここに居てはおかしいか?」


「うん。おかしい。すっぽんぽんだし」


「自宅ですっぽんぽんになって何がおかしいんじゃ? 文句あるのか?」


「別に文句はないけど……」


 女性が汚っさんだったら、文句の一つや十のテトレーション十くらいは出るかもしれないけど、美人のお姉さんだから出る訳がない。


 出るとしても下ネタありきの体液だけだ。


 いや、五歳児の肉体じゃそれすらも出ない。


「っていうか、ここがおねえさんの自宅?」


 となると、目の前の女性は王族か何かという事になるのだけど。


「なんじゃ、お主。童の事も知らぬか」


 女性は薄い胸を張って、


「童は、魔王アウルアラじゃ。頭を垂れて崇めるがよい」


 頭を垂れるというより、頭が断たれそうな名前である。


 僕が黙ってアウルアラを眺めていると、


「なんじゃ、童に見惚れたか?」 


 ドヤ顔がやや腹立たしいが、あながち間違いでもないと思い、


「うーん。まあ、それでもいいや」


「なんじゃその反応はっ! 不敬じゃぞ! 小僧じゃなければ打ち首にしとるところじゃ」


「あーはいはい」


 適当に流す。


 どうやら僕が来るまでしくしく泣いてたのは、忘れてしまったようだ。


 いや、そうじゃなくて、見知らぬ子供相手に泣いてるところを見せたくないだけか。


「それじゃ、僕は帰るけど、おねえさんはここにいる?」 


 僕が尋ねると、


「なんじゃもう帰るのか? もう少しここにいやせんか?」


「いやぁ、一応これでも忙しい身だから、色々とやる事があるんだよ」


「やな子供じゃな……」


「自分でもそう思う」


 僕は苦笑し、


「それじゃ、偶に遊びに来るから、それまでうじうじ独りで泣いたりしないでね」


「待て」とアウルアラ。


「いつ、童が泣いてたと?」


「いや、最初に認めてたじゃん」


「そういやそうじゃった……」


 アウルアラががっくりと頭を抱えて四つん這いになる。


「しかし待て。その…………えっと…………アレじゃ。これは一体どういう事なんじゃ? 童が目覚めた時、なんか色々と家が変わっとるんじゃが、お主は心当たりあるか? 正直、童、訳が分からなくて、混乱しとるんじゃ」


「あーうん。成程ね」


 アウルアラが、幽霊である自覚がなさそうなのはなんとなく判っていたから、特に驚きはしない。


 とりあえずストレートに教えてみる。


「お姉さんはもう死んでるんだよ。だからさっき、僕を殴ろうとしたとき、すり抜けたでしょ。それとここはもうずっと昔に滅んで、廃墟っていうか遺跡になってるよ。人間は誰も住んでないよ」


「人間?」


 と、思わぬところでアウルアラが引っ掛かった。


「お主は人間なのか?」


「そういうおねえちゃんは…………あ、そっか。名乗った時に魔王って言ってたっけ。という事は、おねえちゃんは魔族とかそういう感じの種族?」


「あぁ、待て待て。少し思い出してきた。そういえば前にも何度か、誰もいなくて途方に暮れとった事があったわ。やはり我が国はずっと昔に滅んだんじゃな。そして童は霊魂となってここに留まって…………」


 どうやらアウルアラが現状を理解し始めたようだ。


 暫く待ってると、


「…………なぁ、すまんが、暫くお主に憑いてもよいか?」


 と、かなり突然な要求をしてきやがった。


「正直、このままここでずっと独りなのは嫌なんじゃ。寂しい」


「んー。別にいいよ」


 僕は特に深く考えずに了承する。


 美人ですっぽんぽんのおねえさんが憑くのは、悪い気はしない。


「…………すまぬな」


 そう言ってアウルアラがすぅっと僕の身体に入り込む。


「おぉ」 


 単に後ろに引っ付くだけかと思ったから、ちょっとびっくりした。


 すると、


「くはははははっ! 考えたらずのガキで助かったわ! この身体は童が乗っ取ってやったわ! 小僧、お前の犠牲は忘れはせんぞ! くははははははっ!」


 突然、アウルアラが高笑いし始めた。


「いや、いきなり何言ってんの?」


 聞き捨てならない事を言ってたので、僕が聞き返すと、


「ほぁあっ?」


 アウルアラが驚きのあまり裏声でひっくり返る。


「なんじゃお主? 何故、消えとらせんのじゃ?」 


「待って。って事はもしかして僕を消すつもりだったの? 幽霊っていうか悪霊?」


「待て待て待て。なんかお主、誤解しとるぞ! 童は別にお主を消し去ろうとしとらんし、乗っ取ってやろうとも思っとらせんぞ?」


「いやぁ…………今更、それは通用しないよ」


 僕はアウルアラに同情したのを後悔しつつ、そのまま立ち去ろうとする。


 だが、


「…………ついてこないでよ」


「いや、そうしたいのはやまやまなんじゃが、どうも一度憑りついてしまったせいで、離れようとしてもできんのじゃ」


「あー、そういう……」


 状況把握。


 どうやらアウルアラは背後霊ポジションになってしまったようだ。


 そういう漫画はいくつか見た事があるので、なんとなく納得してしまう。


「まあいいか。一応聞くけど、おねえちゃ……アウルアラの姿って他の人には見えないよね?」


「順応早くないか、お主? いや、それは構わんが…………まぁ、そうじゃな。おそらく他の人には見えんと思うぞ。お主に憑りついてしもうたし。そもそもここで童の姿を見つけたお主の方が特殊じゃろう」


「そうなの? 僕に霊感があると思わんかったなぁ……」


「いや、この場合は霊感じゃなくて魔力かの。憑りついて解ったが、お主、人間の子供にしてはそこそこ魔力が多いようじゃし」


「そこそこ……ね」


 ものすごく、と言われない事にちょっと拗ねてみせると、


「なんじゃ、童が誉めとるんじゃから、ちゃんと喜ばんかい。それにお主、魔力量もさることながら、それを受け入れる器の方は輪に掛けて凄まじいな。じゃから童に憑りつかれながらも、魂が消えとらんのじゃ」


「あぁ、器ね……」


 それについては心当たりがある。


 この世界に転生する際、美しい女神様から授けられた転生特典が魔力をたくさん受け入れるだけの器だからだ。


 たくさんある魔力はあくまで僕の努力の成果で、デカい器の方が謂わばチート能力。


 ま、チート能力があるからこそ、魔力もたくさん持てるようになった訳なんだろうけども。


 ともあれ、アウルアラが憑りついても平然としていられるのは、転生特典のおかげらしい。


「そんじゃ、帰ろっか。あ、そういやそろそろ魔法陣使えるかも試してみよう」 


「ふうむ」


 アウルアラが難しい顔をするのを流しつつ、僕は先程来た道を引き返した。



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