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魔王の器  作者: 北崎世道
21/86

九十層台

 んで、たぶん次の日。



 身体も魔力も気力も充分に回復したので、ぬるいマグマを通って上に戻り、飛行魔法でダンジョン脱出を目指す。


「ちょっ……、あんた速過ぎだって…………っ」


「師匠が遅すぎるんだよぅ、へっへぇー」


 僕が尻を叩いて煽ってみせると、


「あんた、ぶちのめしてやるわ……」


「…………いくら、私を抱えるというハンデを背負ってるとはいえ、マジュの飛行速度を凌駕するまで成長してるんだな…………恐ろしいコだよ」


「…………そうね。魔素の流れも一瞬で見極めてるみたいだし、我が弟子ながらホント恐ろしいわ」


 なにやら師匠二人が後ろでぼそぼそ会話しているが、ドラゴンボールみたいに空を飛んでる最中なので、内容までは聞き取れない。


 一応、魔法で風の音もある程度遮断している筈なんだけど、まだ完璧ではないからなぁ。


 もう少し工夫する必要がありそうだ。


 そんな感じでびゅんびゅんダンジョン内を飛び、五十七層、五十八層を突破する。


 お次は五十九層。


 ここは今までとは毛色が違って、マグマだらけの山岳地帯ではなく、師匠のお尻のお毛毛みたいな濃ゆい濃ゆいジャングルだ。


 ここは先程のマグマ地帯よりも圧倒的に飛行生物が多く、何も考えずに真っ直ぐ飛ぶ事は許されない。


「っひゃっはぁっ! 我慢できねぇ! このまま真っ直ぐにぶっ飛んでやるっ!」


 まぁ、熱気を避ける必要もないし、目の前に張るバードストライク防止的なバリアの強度を上げておけば、実際真っ直ぐに飛んでも問題はない。


 むしろ火山噴火の心配も消えたから、飛びやすいまである。


 そんな訳で一気に飛び越して、六十層へ。


 遅れて飛んでくるマジュ師匠達をボス部屋前で小一時間待った後、


「よぉし。ボス戦行こうか!」


「…………はぁはぁ…………待ちなさいよ。いくらあんたでも何の準備もなしに六十層のボスは危険…………ってああっ!」


「仕方ない。私達も入ろう」


 マジュ師匠のお説教を無視して、ボス部屋に突入する。


 ボスはこれまで何度も戦った、大蛇だ。


 今度はクリムゾンカラーじゃないので、油断してても勝てる。


 師匠の太ももみたいにむっちりとして肉厚の胴体をくねらせながら、大蛇が襲ってくるので、そいつを炎の剣でみじん切りにし、ファイヤーストームで焼き払う。


 戦闘時間およそ一分弱。


 ゲームのボスよりも短い時間で倒す事ができた。


 僕の戦闘を見ていたマジュラキ師匠達は、


「「………………………………」」


 と、揃って呆然としていた。


 ひとまず僕は大蛇がドロップしたアイテムを拾う。


「……あのコ、強くなり過ぎてない?」


「移動の時点で能力が上がってたのはひしひしと感じていたが、戦闘になるとその成長ぶりが遥かに感じられるな……。正直、あのコと本気で戦って勝てる自信がないよ」


「えへへっ、強くなったでしょ?」


 アイテムを拾い終えたので、僕が自慢げに話し掛けると、師匠二人はこれまた揃って呆然としながら、引き攣った笑みをみせた。


「…………そ、そうね」

「…………そ、そうだな」


 個人的には、わーすごい、と褒めてほしかったところだけど、どうやらあんまりお眼鏡に叶う感じではなかったようだ。


 成長してたと思ったけど、まだまだ精進が足りないらしい。


 うーむ。


 ウチの師匠達は中々に厳しい人達である。


 そんな感じで六十層を突破し、無事ダンジョン脱出を果たした。



 ◆



 ダンジョンを出て、街へと戻った後、僕達は師匠の家へと帰った。


「はぁ、疲れたぁ。何日ぶりの自宅だろう」


「十年分動いたわ…………もう二度と動きたくない」


 ラキ師匠とマジュ師匠の体力の差が酷い。


 まぁ、マジュ師匠は魔力がなければ、腹筋のひとつもできない運痴だから仕方ない。


「ご飯どうする?」


「食べたいけど準備したくない。なんか家にあまりものなかったっけ?」


「たぶん腐ってるんじゃないかな? 半月くらい空けてたんだし」


「ご迷惑をお掛けして誠にすいませんでした」


 疲労困憊の大人二人に、僕は改めて謝罪を行う。


「まぁ、過ぎた事はいいさ。何よりアルカが無事だった事を喜ぼう」


「二度とこんな危ない真似すんじゃないわよ」


「はい。二度と危ない真似はしません」


 僕は頭を下げ、師匠の言葉を深く心に刻み付ける。


 と、ここで僕はある事に気付く。てか思い出す。


 …………借金の件がまだ片付いていない!


 えっと、たしか師匠達を探しに行ったのは師匠達がいないと気付いたからで、師匠達がいない事に気付いたのは確か…………ああ、そうだった。


 借金を返す為の策に、ラキ師匠の協力が必要だと思ったからだ。


「ところでラキ師匠、今からダンジョンの九十層に潜りませんか?」


「あんた、数秒前の自分の言葉覚えてる?」


「舌の根の乾かぬ内とはこういう事だね……」


 流石のラキ師匠でもかなり困惑気味だ。


「確かに私はこれまで九十層まで潜ったから、一気にワープできない事はないけど、でもどうしてだい? アルカは自分の実力を試したいから、そういう事を頼んでる訳じゃないんだろう?」


 そういえば、この二人にはまだ事情を説明してなかったんだっけか、と思い出す。


 説明しようとしたけど、話を聞いてもらえなかったからだ。


「実は…………、」と、僕は孤児院の借金の件を説明する。



 ◆



 かくがくしかじか。


 僕が買った奴隷を預けてる孤児院がやくざの借金で火の車。


 んでそこの美人で優しくてスタイルのいいシスターの春が売られそうになっている。


 頭にきた僕が、んなもん僕が払ってやると勢いに任せて宣言。


 大体まぁ、そんな感じ。


 奴隷の女の子を快く引き受けてくれたシスターには多大なる恩があるし、ここであっさり見過ごす選択肢はない。


 だからといって、後先考えずにこういう事を言ってしまったのは、自分でも軽率だったと思う。


 怒られるのは分かっていたので、土下座の態勢で説明を行い、師匠二人の反応を待つ。


「ふぅん。そういう事だったのね」


「色々気になる事があるんだが……」


「それについては同意。でもまぁ、細かい事は私が調べておいてあげる。それよりもラキ、あんたはこのバカをダンジョンに連れて行ってくれる?」


「…………本気かい?」


「ええ。あんたも見たでしょ? このバカの実力を。戦闘に限っていえば、むしろ九十層からの方が安心よ。そう思わない?」


「…………あ、そういえばそうかもな」


 なにやら二人の中で話が進んでいる。


 僕はそれを黙って見ながら、


「ひとまず今日は家に……いや、病院に帰りなさい。続きは明日。期限はあと四日、明日からなら三日になるんだっけ? とりあえずそれまでには片がつくから、安心しなさい。それよりも勝手に病院を抜け出して迷惑かけた両親に対して心配なさい」


「あ、そういえば……」


 片が付くと言われたので、僕は素直に頷き、病院へ帰るとする。


 今度もまたしこたま怒られるのだろうけど、こればかりは仕方ない。


 それよりも怒られて、明日から外出禁止にならないよう祈るしかない。


 こればかりは神(母)の気分次第だろう。


 師匠二人に別れを告げて、病院へと戻る。


 こっそり病室に戻って何食わぬ顔でいようかと思ったら、病室には母がベッドの上で俯きステンバーイしており、その背からは鬼神の如き憤怒と罪人の如き悲哀が漂っていた。


 こっそり帰るのは無理だと判断し、僕は素直に、


「ただいま」と声を掛ける。


 すると母は、


「…………」


 無言でこちらを見つめ、


「…………」


 と、ゆっくりこちらに近付き、


「ふんっ」


 と、息を吐いて、鋭い平手をこちらの頬に飛ばしてきた。


 ちょっと想像以上に強い平手だったので、僕の矮小な身体が思い切り吹っ飛んだ。


 病室前のリノリウム床の廊下を滑り、飛ばされる。


「…………どんだけ心配かけたと思ってんのよ、このバカッ!」


 怒鳴られた。


 これはまぁ、想定内。


「ごめんなさい」 


 ひとまず謝罪。


 叩かれた頬が焼けるように熱い。


「……ふぅ……っ……ふっ……ぅ」


 母がこちらに近付き、再度手を振り上げるが、なかなか降りてこない。


 見ると、母の目から大粒の涙がぽろぽろ零れ落ちている。


「ごめんなさい」


 再度謝罪。


 すると、母の平手が飛んで来た。


「っ!」 


 五歳の軽い身体がリノリウムの床を滑る。


 傍目からは母親が息子に暴力を振るってるように見えるが、本質的には僕が母に精神的な暴力を振るってるようなものだ。


 心配かけた上で、更なる心配をかける。


 母には愛情があり、僕がそれを踏みにじってるのだ。


「ごめんなさい」 


 三度謝罪。


 こればかりは言い訳のしようがない。


 だから謝罪しかできない。


「あ、そういえば師匠たち帰ってきたよ。それで明日、またダンジョンに潜るから」


 泣きじゃくる母が顔を上げた。


 既に涙を隠すそぶりがない。


「…………なんで?」 


 訊かれた。


 僕はこれまでの経緯を説明しようかと思ったが、それだとこれからの行動に支障が出そうだと思い、


「全部終わったら説明するよ」


「今、説明しなさいっ」


「…………」


 僕は逃げ出した。


 我ながら最低な息子である。



 ◆



 家出のように病院から逃げ出した僕はこれから何処に行くか考え、ひとまず家に帰る事にした。


 家では父が憔悴した様子でナミヤの世話をしていた。


 僕の姿を見るなり、父は泣きそうになりながら僕を抱きしめ、心配してた事を告げてきた。


 僕はそれらについて謝罪し、現状について母と同じくらいの説明をする。


「心配ばかり掛けるんじゃないっ」


 怒られた。


 ナミヤがすぐ隣に居るので、怒鳴り声自体は小さいが、父の怒りは小さくない。


 まぁ、これは仕方ない。


 迷惑ではなく心配という言葉を使った父からは、素直に愛情を感じるし、できればこれ以上心配も迷惑も掛けたくないのだが、現状では動かない訳にはいかないので、謝罪だけしてこのまま家を出ようかと考える。


「ああでも、一応、明日は師匠達と動くから、そこまで危なくはないと思うから大丈夫だよ」


「だとしても危ない事には変わりないし、それに向こうに迷惑を掛けるから────、」


「ごめんなさい。だけど、現状は僕が動かない訳にはいかないから」


「…………っ!」


 父は母よりも意固地ではないので、理解されてるかどうかはともかく、話自体は通りやすい。


 無理やり通してるだけではあるけれども、それでもこちらとしてはやりやすくはある。


「…………それで、今日はここに泊まってもよろしいでしょうか?」


「止まるもなにも、ここはお前の家だろう。病院とお母さんにはお父さんから言っておくから、今日はゆっくり休みなさい」


「ありがとう、お父さん」


 僕は父に礼を言い、そのすぐ傍にいたナミヤにも声を掛ける。


「おいっすナミヤ。もうおねむかな?」


 既に日は暮れ、夜の時間帯。


 一歳のナミヤにはまだまだ事情が分からず、きょとんとするだけだ。


 僕が頭を撫でると、気持ちよさそうに目を閉じ、頬に手をやるとそれに合わせて頬ずりをする。我が妹ながら可愛いコである。


 僕はナミヤとのコミュニケーションをひとしきり堪能した後、自室に戻ろうとするが、胃が空腹を訴えてきたので、すぐに引き返し、ご飯を食べる事にする。


 父はそれを見て苦笑いを浮かべた。



 ◆



 次の日。


 僕は朝食を取って、父に行ってきますと言ってから、師匠の家に向かう。


 飛行魔法で師匠宅に行き、扉をノックして、お邪魔しますと中に入る。


 師匠二人はまだ眠っていた。


 探知魔法で同じベッドで眠っているのが判る。


 昨日の疲れがまだ残っているのだろう。


 大人って大変だ。


 僕は師匠宅で朝食を作り、二人が起きてくるのを待つ。


 暫くして、二階から喘ぎ声が聞こえてきたので、僕はわざとらしく大きな足音を立てて階段を上がり、寝室の扉をノックする。


「ちょちょちょっ、待った。待った。待った。待ちなさい! いい? 勝手に扉を開けるんじゃないわよ!」


「朝ごはん作ったから、起きたなら早く降りてきてね」


 僕は扉越しにそう言って、師匠の言い訳を待たずに一階に降り、そして再び待つ。


 数分後に師匠二人は降りてきた。


 二人とも赤面しており、気まずそうな顔をしている。


「いや、あのね、違うのよ。これは別に…………」


「ああ、はいはい。そういうのは分かったから。悪いけど、ダンジョンやら孤児院の借金の件があるから。できればそれらが解決するまで、控えてくれるようお願いします」


「…………五歳児のくせに擦れてない、あんた?」


「今更、二人の交尾について詮索するような真似はしないよ。…………あ、もしかして、ダンジョン内で休憩を取ってる時、二人でこっそり交尾に励んでたりしてない? 僕が寝てる時もそうだし、なんなら僕が二人と合流する前も」


「詮索してるじゃないか」


 ラキ師匠が苦笑する。


 確かに、同じカギ括弧の中で詮索し始めていたと気付き、僕は反省する。


「アルカは、あの強気な女の子と交尾するのかな? それとも奴隷として購入した女の子の方?」


「うーん。分かんない。流石に精通する前から交尾について考えられないよ」


「何を平然と話してるのよ!」 


 マジュ師匠が僕とラキ師匠の頭をポカリポカリと殴る。


 確かに大人と五歳児の会話ではなかったか。


「それじゃあ、朝食を食べた後、私はちょっと孤児院とそのやくざについて調べてみるから、あんた達は予定通りダンジョンの九十層に潜ってなさい。ラキはくれぐれもこのバカが無理しないよう、しっかりと見張っておくようにね」 


「勿論だ」


 マジュ師匠の言葉に余裕ある態度で返事をするラキ師匠は妙な安心感があった。


 確かにラキ師匠なら任せられると思えるだろう。


 九十層からのダンジョンはこれまでとは違う感じらしいし。


 僕は背伸びをして、これからのダンジョン探索に思いを馳せた。



 ◆



 二人が朝食を取り終え、予定通り僕とラキ師匠はダンジョンへと向かう。


 マジュ師匠も外出したが、どこに向かったかまでは分からない。だけど、マジュ師匠がやろうとしている事がなんとなく察せられるので、そこまで不安はない。


 マジュ師匠は、運動系は苦手だが、頭を使う事は得意だ。


 特に魔法と、悪い奴らを痛めつける事が得意分野ときている。


 なので本当に不安はない。ラキ師匠よりも安心感がある。


 だから、僕は僕のやるべきことに集中しようと思う。


 ダンジョン攻略。六十層から一気に飛んで、九十層から。


 こっからは、ダンジョン攻略は探索よりも戦闘が主となる。


 五十層からすごい大変だった、あのマグマだらけの地帯を必死に飛んで進むような行為はしなくてもいい。


 九十層の先は、一層一層がボス部屋だ。


 要はこれまでのボス部屋が出てくるのである。


 ボスラッシュ、といえばわかりやすいか。


 とにかくまぁ、そんな感じ。


 ボスはお金になるから、お金を稼ぐにはもってこいの場所だ。


 という訳で、ラキ師匠を抱えて、街の上を飛び、ダンジョン入り口へと向かう。


 ここで初めて空間魔法なしにラキ師匠を抱えてみたが、やっぱり空間魔法はあった方が、抱えるのが楽だった。


 そういえば初めてラキ師匠と出会った時は、ラキ師匠にも飛行魔法を使ったのだが、普通に抱えるよりはあっちの方が楽だと思う。


 順番的に、空間魔法アリ < ラキ師匠にも飛行魔法 < ラキ師匠を直接抱えて 


 一番楽なのは空間魔法アリだ。


 思い付きでやってはみたが、意外と効果はあったようだ。


 マジュ師匠はラキ師匠を抱えて飛行魔法使っていたのだから、かなり大変だっただろう。


 煽って悪かったと反省する。


 ともあれダンジョン入り口に到着。


 ワープゾーンはこれまで行った事のある層、十層単位でワープできるのだが、僕は六十層、ラキ師匠は九十層までワープする事ができる。


 そして、誰かが行った事のある場所なら、手を繋いで魔法陣に乗れば、一緒にワープする事ができる。


 そういう訳だから、僕はラキ師匠と手を繋いで魔法陣に乗れば、一気に九十層へ飛べるという寸法である。


 ゲームやってたら、これぐらいの理屈は説明せずとも判ってしまいそうだけども。


 ま、念の為。


 って、僕は一体誰に説明してるんだろう。


 ともあれ、ワープゾーンで手を繋いで九十層にワープする。


 ────さて。


 これから未知のエリアだ。


 気を引き締めて行こう。


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