訓練
魔法を発動させるには呪文を詠唱する必要がある。
それがこの世界の常識らしいが、元の世界の知識がある僕には無詠唱でもイケるんじゃね、みたいな願望もとい発想がある。
なので無詠唱を想定した魔法の覚え方をしてみようと思う。
まずは詠唱して魔法を発動させ、その時の感覚を身に刻み付けるよう意識する。
…………ううむ。
一応、魔法は発動させられた。だが、思ったよりも発動がショボかった。前世の僕くらいショボかった。
ウォーターボールを発動させたつもりなのに、実際に出てきたのは水滴一粒。これはショボい。
だが、まあ、こんなもんだろと開き直り、もう一度発動させる。
今度は二粒出てきた。一応、魔法発動の感覚も意識しているが、今のところよく分からない。
幸いな事に魔法を二度発動させても、魔力切れが起きる気配がない。今日までサイコキネシスを頑張ってきた甲斐があったというものだ。
魔力量が増えている。
なので何度も魔法を繰り返し発動させてみる。
途中で周りが水浸しになってきたので、桶を用意してから再度挑戦する。
桶の水が半分以上溜まってきたところで魔力が尽き、僕は気を失ってしまう。
◆
次の日、再度魔法の訓練を行う。桶だって最初から用意済み。
呪文は昨日散々唱えたので、本を見ずとも完全に覚えている。
覚えている…………のだが、どうも変だ。
呪文の途中で魔法が発動できる感覚がある。
どうやらいきなり無詠唱ではなく、最初は詠唱省略かららしい。
詠唱を省略すると、発動される魔法の大きさ、今回はウォーターボールだから水の球(若干まだ水滴に近い)が小さくなってしまうが、発動までの時間を考えると、詠唱省略は使い勝手のいい技術だと思う。
ガンガン省略させて発動させる。
繰り返し発動させていくと、案の定、省略できる部分が増えてきた。
詠唱がだいぶ短くなり、最初の呪文の半分くらいで発動させられる。
大きさも水滴から卒業し、小さいながらもちゃんと水の球と呼んでいい程の大きさになっている。
訓練二日目でこれはかなりの成長ではないだろうか。
なんとなく試しに他の魔法を唱えてみると、残念ながらウォーターボールのような詠唱省略や魔法の大きさにはならなかった。
かといって、ウォーターボールを初めて発動させた時のようなショボいモノでもなかった。
一つ何かしらの魔法が成長すると、他の魔法もそれなりに成長するらしい。
これは魔法に限らず、何にでも言える事だ。
ガンガン頑張ってみよう。
◆
数日が経過した。
ウォーターボールに関してはもうほとんど完璧と言っていいくらいのものになった。
ほぼ無詠唱で、威力も本来のウォーターボール、標準の大きさ。これを壁にぶつけたら、おそらく穴は開かずとも、それなりにヒビが入ったり、壊れたりはすると思う。
一応、壁にぶつけず、桶の中に落とすだけにしておくけれど。
さて、ここまではとあるラノベを意識して訓練してきたが、今度からは少し趣向を変えて訓練してみようと思う。
まずは属性の変化。
ウォーターボールだけではなく、別の魔法を発動させるのだ。
とはいえ、他の魔法となると、何かしら問題が出てしまう。
火や雷だったら燃えてしまうし、土だったら部屋が汚れ、風だったら荒れてしまう。
家が火事になったら大変なので、今度からは外で発動させる必要がある。
外だったら、一応一番得意な魔法が水だから、火事になってもすぐに鎮火できるだろうし、たぶん大丈夫のはずだ。
しかし、外に出るとなると、流石に母の許可が出なくなってしまう。
現時点で、言葉が通じるからなんとか別の部屋にて一人で訓練できているのだけど、外に出るとなるとまた別問題。
ゼロ歳児を平気で外に出す程、ウチの母は親をやめていない。
せめて庭があればいいのだけど、ウチに庭はない。
となると一緒に外出する事になるのだけど、そうなると時間の制約が出てしまう。
周りの目も気になるだろうし、これまでのように好き勝手訓練できなくなってしまう。
やはり別属性の魔法は後回しか…………?
なんて思ったが、ふと、別のアイディアが浮かんだ。
というより、別のアイディアが本に書いてあった。
魔力の制御。
要するに、魔法を発動させても簡単に火事になったり、部屋を汚したり荒らしたりしないようする事。ファイヤーボールだったら、火の玉をただ発動させるのではなく、水の上だけにきちんと出したり、ウインドカッターだったら、室内の道具に当たらないよう小さく発動させたりするような事。
威力を弱める、とは少し違うか。
小さくする分、密度を上げる感じで発動させる感じだ。
だから魔力の制御だけではなく魔力の圧縮ともいえるか。
そんな感じで、とりあえずやってみる。
まずは水の一杯溜まった桶の上に小さな火の玉を発動させる。
最初は小ささを意識せずとも、自然と小さくなった。まだそこまでの域に達していなかった。
だが何度も発動を繰り返しているうちに、火の玉は大きくなり、油断すると桶の外に火が燃え広がってしまうくらいに成長した。
だから今度から小さくし、代わりに炎の熱さを高めるよう意識する。
「むむむ……」
これはなかなか難しかった。
だが、やりごたえはあった。
これまでの訓練が漫然とこなしていただけに感じるような難易度。失敗すると火事になってしまうという恐れが、集中力を倍加させた。
◆
…………が、さすがに危険なので二日でやめた。
「お外に出たいです」
と母にお願いすると、母は快くオッケーしてくれた。
むしろこれまで息子の読書を邪魔しないよう我慢してくれてたらしかった。
外に出るのは買い物の時くらいだったのは、そのせいだったのかと納得した。
母と広場に向かい、そこで魔法をガンガン発動させた。
この世界は、異世界系でよくあるような中世ヨーロッパみたいな世界観で、公園こそ見当たらないが、その代わり広場的な場所はたくさんあるのだ。
魔法の訓練は楽しかった。
これまで意識的、無意識的に我慢してた部分が解放され、好き勝手発動できたのが、とても心地よかった。
「……………………っ」
僕の魔法を見て、母は絶句していた。
一応、家での訓練をちょいちょい覗き見してたはずだけど、どうやら何かしら都合のいいように解釈してたらしく、現時点でのレベルを見誤ってたらしい。
桶の中にウォーターボールと地味な魔法ばかりしていたせいもあるだろうけど。
広場の周りに人はいなかった。
なので観客は母だけだ。
母なら実力を隠す必要もないかなと思い、全力で魔法の訓練を行った。
…………久しぶりに魔力切れを起こしてしまった。
◆
気付いたら自宅のベッドで眠っていた。
母に抱えられて、つれて帰られたらしい。
まだまだゼロ歳児だから抱きかかえられるのも恥ではない筈だが、それでも気恥ずかしいモノがあった。
その晩、母は父に息子の魔法の才能を力説していた。
父も息子の賢さには理解があったのだが、母の力説振りには訝し気な様子だった。
なので次の休みに一緒に外出して、息子の魔法を見てみる事となった。
で、当日。
父は魂消てた。
母よりも驚いていた。
才能があるどころの話じゃねぇよ、みたいな感じで、こいつはどっか別のところで才能を磨かせなあかんよ、的な話にまで発展した。
いやいや、まだこのコはゼロ歳児なのよ、と母。
そう言われると父も黙るしかない。
ひとまず、今は自宅で息子に与えられるだけの物を与えてやろう、みたいな結論に落ち着いた。
…………こちらとしては助かる話だが、この家はそこまで裕福ではないので、あまり買い与えられるのも心苦しかった。
なので僕は考え、ある決断をした。
次の日から僕は図書館に連れて行くよう母に頼み込み、そこでこれまでにない魔法を習得する為に色々な調べものを行った。
結果として、目的の魔法は半分の意味で見つかった。
目的の魔法は幻惑魔法。
要は、変装の為の魔法だ。
ゼロ歳児のまま外で動き回るのは色々と障害があるので、外見だけでも成長させ、大人として金を稼ごうという魂胆だ。
ただ、図書館にあった幻惑魔法は、外見の一部を変化させるだけで、全身を変化させるまでには至らなかった。
しかも現時点では、その中途半端な魔法さえも発動させるのは困難で、まずはそれを習得する為の前段階の魔法を習得する為の前段階の魔法を習得する為の(あと二回ほど繰り返し)魔法を覚えないといけなかった。
道のりは長い。
次の日から幻惑魔法を覚える為の訓練を行った。
そもそもこの魔法は基本の六属性から外れた魔法なので、これまでの経験があまり活かされなかった。
が、一応頑張ってみた。
最初は自分ではなく、小物の見た目を変化させる魔法で、小さな物体、今回は家にあったコップを少し大きく見せる為に、色々な工夫を行った。
見た目だけを変化させるのだから、光の屈折という事で、光の魔法か、あるいは火の魔法かと思ったが、どうやら違うようだった。
なんか根本的に元の世界の物理現象とは違う働きで見た目を変化させないと駄目だった。光の屈折とか全く関係ないようだった。なんだそれ。
ともあれ僕は頑張った。
物理法則を無視した現象をあれやこれや試行錯誤し、少しずつ幻惑魔法のレベルを上げ、二か月後には自分の見た目を八歳くらいまで変化させられるまでに成長した。
…………八歳。
微妙な年齢だ。
しかしながらこれでも、既存の魔法を覚えたのではなく、全く新しい魔法を生み出した訳だから、偉業を成し遂げた事には変わりない。
母に見せると、母は驚愕し、息子の偉業を喜んだ。
「すごいわ、アル! アルは天才ね!」
「うん。だから外で働いていい?」
「駄目」
駄目だった。
まぁ、見た目八歳だし。
子供でも働いている人いるから、イケるかなって思ったけど、駄目だった。
「見た目八歳でも、実際はまだゼロ歳だから駄目よ」
「もうすぐ一歳だよ?」
「でも駄目」
やっぱり駄目だった。
両親はまともだった。
「でもどうして働きたいの? お金の事なら心配しなくてもいいのよ?」
「うーん。でも……」
確かにウチはそこまで貧窮にあえいではいない。
だが、この世界における本の希少さ、図書館に入るだけでもそれなりに金が掛かる文明レベルは、どうしても僕に金の心配をさせてしまう。
両親がとても優しいからこそ、不安が増してしまうのだ。
それに、僕はゼロ歳児にしてはかなりの金食い虫である事は自覚している。
魔法のレベルが高いからこそ猶更だ。
とはいえ、現時点では母を説得するのは難しい。
ならばどうすればいいか。
「それならこうしましょうか」
僕が悩んでいると、母は一つ提案をした。
「ママの知り合いに魔法の先生がいるから、その人に色々指導してもらいましょう」
「家庭教師って事?」
「よくそんな言葉知ってるわね。でも、ちょっと違うわ。ママたちがその先生のお宅に伺うの」
「家庭塾みたいな感じ?」
「よくそんな言葉知ってるわね。そう。そんな感じだわ」
「でも大丈夫なの?」
「お金の事? 大丈夫よ。心配いらないわ。むしろ心配なのはアルの方よ」
「僕が子供だから?」
「それもあるけど、そうじゃなくて、その先生がちょっと変わり者だから心配って意味。でも安心して、ママがアルのこと命がけで守ってあげるから!」
「命がけで守る……?」
なにやら不穏な言葉が出てきたが、それは一体どういう意味なのか。
将来のお嫁さん候補になるような青髪ロリ教師ではないのか。
いっそ指導を受ける事自体やめようかとも思ったが、一度、行ってみるだけ行ってみようと思い、僕は母にお願いした。
母は覚悟を決めたかのように了承した。