心配
気付けば、巨大な阿修羅像みたいな奴が目の前にいた。
二足歩行の人型で、顔が三つあり、腕は六本生えている。
ただ、顔つきに仏教っぽさや頻度っぽさはなく、ペストマスクをかぶったような異形の機神みたいだ。
「えっと…………なんだっけ?」
遠い記憶の中で、自分が六十層のボスの扉を開いたような覚えがある…………ような、ないような。
という事は、こいつが六十層のボスなのだろうか。
どうにも違和感がある。
周りの風景もこれまでのボス部屋とは違う気がする。
しかし状況的にはそうとしか考えられない。
僕はペストマスク阿修羅と対峙する。
ペストマスク阿修羅には六本の腕がはえている。それらの腕にはそれぞれ異なる種類の剣が握られ、それらが異なる角度から襲い掛かって来る。それは、まさに苛烈としかいえないものだった。
僕は混濁する意識の中、腕や足を斬られながらも空中を飛びつつ、なんとか魔法でぶっ飛ばして、ボスを撃破する。
────と、また意識がトンだ気がする。
いつの間にかワープゾーン前にいる。
この魔法陣に乗れば、六十層から一層まで一気に戻れる筈だ。
僕は地面を這いつくばりながら、魔法陣に乗る。
それからの記憶は定かではない。
◆
…………目が覚めたら、白い天井を見ていた。
視界が妙に狭いから、黒っぽいところを手で確認しようとすると、頭の形が歪で、しかも確認しようとした手自体がなかった。
二の腕の先から完全に無くなっていた。
包帯を巻かれて、傷口も見えない。
起き上がろうとしても起き上がれないのは手足がないからで、顔も半分ないから視界も狭い。
僕は咄嗟に回復魔法を発動し、顔を再生し、ついでに腕にも魔法をかけて、腕を生やして、他にもヤバそうなところを見つけては、ガンガン再生、治療を行った。
おかげで僕はいつの間にやら無くなってた四肢も無事再生し、満タンあった筈の魔力がすっからかんとなった。
「ふぅ」
…………いやぁ、焦った。
目覚めたら、手足がないし、なんなら目もないし、耳もないし、顔半分がないし。よくもまぁ、ここまで酷い状態で生きてたもんだと、自分で自分にびっくりする惨状だった。
無理やり再生したせいで、ミイラみたいに巻いてた包帯が破れて、ベッドに散乱している。
よく見たら、包帯だけじゃなくて、辛うじて残ってた肉の部分に刺さってた点滴とかも転がってる。
無理やり再生したせいで、いつの間にか針が抜けてしまっている。
まぁいいか、と僕は立ち上がり、近くにあった鏡を見て、自分の身体に異常がないかを確認する。
…………うん。
ない。
たぶんない。
一応、身体の至る所をつねって、痛みを確認する。
…………うん。大丈夫。
ちゃんと痛みはある。
時々、手や足、全身が痺れたりするけど、いきなり全身を再生したのだから、これぐらいは当たり前かと思って、スルーしておく。
それよりも、ここはどこだろう。
いやまぁ、病院の病室だってのは一目瞭然なのだけど、いつの間に僕はここに運ばれたのだろう。
まさかあんな状態で自力で来られたはずはない。
きっと誰かが運んでくれたのだろうけど……………………ああ、そういえば、六十層のボスを倒したのはなんとなく覚えている。
どうやって倒したかまでは定かではないが、なんとか頑張って倒したのだろう。
じゃないとここに居る訳がない。
まさかここが死後の世界でない限り。
「…………っ」
なんとなく声を出そうとしたら、掠れてでなかった。
と、僕が現状について頭を働かせようとしたところで、不意に扉が開いた。
病室の扉だ。
入ってきたのは父だった。
父は僕の姿を見るなり、大きく目を見開き、そして声を出して泣いて、僕に抱きしめてきた。
その反応で、僕は自分が、どうやらすごく心配をかけてしまったようだと悟った。
◆
僕が無事回復したのを知って、母がすっとんで来た。
顔が青白く、目は落ち窪んで、一週間寝ず、食わずに過ごしたらここまで激やせするかなぁ、と思えるような風貌だった。
よく見たら、母は患者衣だった。
どうも母も入院していたらしい。
話を聞くと、僕の惨状を目の当たりにして、色々とヤバくなったそうだ。
要は、母にも心配かけてしまったという訳だ。
父も母も、僕が無事なのを知って、泣いて抱きしめてきたが、僕を怒りはしなかった。
ちょっと、怒るどころの騒ぎではなくなってしまったらしい。
お医者さんからは、なんで生きてるの? なんで手足顔頭が再生してんの? とガチで不思議がられてしまった。というか怖がられてしまったし。
僕自身、少年誌の主人公でも死亡不可避な酷い惨状を、何事もなかったかのように再生、治療してしまえることに驚きを隠せない。
ただまぁ、治療できなかったら困るので、これで良かったと思う。
さてさて。
僕が瀕死ながらもなんとかダンジョンから脱出できたのは良しとして、問題は孤児院の借金についてだ。
孤児院の借金は一千万。
これをなんとかダンジョンで稼ごうと思ったのだが、ちょっと無理そうだ。
時間があればまぁ、なんとか少しずつ返せるのだろうけど、現時点ではちょいと無理。
あの時点で一か月以内とはいったが、既に二十日以上が経過しており、残り九日。
ちょっと無理をし過ぎて、寝すぎてしまったようだ。
今の状況でできるだけ多くを稼ごうとすると、六十層のボスを繰り返し倒していくことになるけど、それだと残り九日で目標の金額を稼ぎきるのはちょいと無理そうだ。
ワープから反対側に行ってのクリムゾン形態のボスでも一度に二十万ゴルド。
五十回繰り返せばいいじゃんと思えるかもしれないが、ボス自体がそう何度もすぐにリポップしてくれる訳ではないらしく、それにたとえリポップしても、アイテムを落とさなくなる事もあるそうだ。
だから頑張ればできるという状況ではない。
まだ更に奥深くのダンジョンを突破しなければならないのだ。
しかしそれだと期間内に戻ってくるのは困難だし、たとえ戻って来れても、稼ぐ時間がない。
本末転倒だ。
ならばどうするか。
一つだけ希望があるので、それに縋ってみようと思う。
夜。
僕は未だ心配している両親の目を掻い潜って病院を抜け出し、師匠の家に向かう。
飛行魔法はダンジョンの時よりも調子がいい。
真っ暗な夜の空をビュンとひとっ飛びして師匠の家に到着。
ノックをする。
が、出ない。
もう寝てるのだろうか。
夜とはいえ、まだ師匠達が眠る時間ではなかったと思うのだけど。
もしかすると夜の営みでもやってるんじゃないかと思って、空を飛んで窓から中の様子を伺う。
…………いない?
人の居る気配が感じられない。
僕は地面に降り立ち、真正面から突撃する。
合鍵で扉を開け、入ると、家の中は廃墟の如くしんと静まり返っていた。
誰もいないのはほぼ確実と思われた。
探知魔法を使ってもいないという結果だったし、念の為、寝室を覗いても、やっぱりいなかった。
留守のようだ。
しかし、ついこの間、旅行に行ったばかりなのに、また外泊とは妙な話だ。
どこか行きそびれたところでもあるのだろうか。
…………いや、もしかして。
嫌な予感がしたので、僕はすぐさま病院に戻り、何食わぬ顔で母に師匠の行方を尋ねてみる。
「もしかして勝手にあのコ達の家に行ったの?」
抜け出したのがバレてしまった。
小一時間ほど怒られ、それから師匠の行方を再度訊ねると、
「あのコ達なら、あんたを探しにダンジョンに潜ったわ。彼女達なら大丈夫だから、心配しないで」
「うん。分かった」
僕は頷き、それからもう夜も遅いので、寝たふりをした。
それでも母の監視の目が緩む事がなかったので、僕は眠りを誘発する魔法を使って母を眠らせ、それから再度病院を抜け出した。
変身魔法で子供から青年に変身し、食料を買い込む為、街の中をさまよったが、既に夜も遅くなっていたので店はどこも開いておらず、仕方ないと割り切って、辛うじて開いている酒場に入り、いかにも迷惑そうな顔をした店主から、かなり割増しで食料を買い込む。
そしてダンジョンの入り口に入り、そこで思わぬ人物と遭遇する。
「あ、あんた…………何でそっちから…………いや、それより今まで何処に居たのよ!」
ワープの集まる所にいたのはナイルだった。
彼女は驚きの表情で僕を見た後すぐ、怒りの表情で僕に詰め寄ってきた。
僕は素直に病院に居た事を告げた。
「病院?」
「それよりも、どうしてナイルが此処に?」
「あんたを心配してここで待ち伏せしてたに決まってるでしょ!」
「え? あ、ごめんなさい……」
どうやら師匠同様、僕が一人でダンジョンに潜った事に気付いていたようだ。
「あんたの師匠達と会ったから、あたしがここで…………あ、そうだ!」
突然ナイルは話を切って、ポケットから何かを取り出した。
よく分からない石だ。
ナイルはその石に力を籠め、粉々に砕いた。
どうもその石はそれほど硬くはなさそうだった。
「それは……?」と僕が尋ねると、
「これは、あんたが戻ってきた事をあの人達に伝える為の魔道具よ」
成程。
スマホも携帯電話もPHSもポケベルもないこの世界では、そういう道具が遠くにいる人達への連絡手段という訳だ。
「って事は、ナイルは師匠達と話をしたんだ。師匠達は今、どこに居るの?」
「五十層から六十層に向かってる途中よ」とナイルは言った。
「その間のどこにいるかまでは分からないけど」
「ふうん」
ふと、僕はナイルの様子がおかしい事に気付いた。
かなり顔色が悪い。かなり眠そうだし、ふらふらしている。
「…………いつからここに居るの?」
「あんたがいなくなった次の日からよ」
「十日以上ここで待ってたの?」
「そうよ。ずっとここであんたが戻ってくるのを待ってたの。五十層から六十層に掛けて、ダンジョンの危険度がグッと上がるって聞いたから…………心配したのよ」
「…………そいつはごめんなさい」
僕は素直に謝る。
「ここで待ってる途中、たくさんの冒険者たちが通って行ったわ。中には五歳くらいの小さな子供もいたわ。ダンジョンから戻ってきたところみたいだったけど、ものすごい怪我をしていたわ。最初、死んでるって思ったぐらい。流石に見捨てられないから、病院に連れて行ったけど…………あの怪我ならたぶん死んでるでしょうね」
そう言った後、ナイルの目から大粒の涙が零れた。
「あれを見て、あたしはあんたがあのコみたいに死んだんじゃないかと思って…………」
ナイルは両手で顔を覆って泣き出した。
「心配かけてごめん」
ナイルは泣きそうになりながら僕に抱きついてくる。
しかし、五歳くらいの子供か……。
まさか僕以外の子供がダンジョンに潜るとは思わなかった。
僕は転生してるから中身は子供じゃないけど、その子供は僕とは違って本当の天才なのだろう。
仮にまだ十層を突破してなくても、その年でダンジョンに潜る事自体が、かなり常人離れしている。
いつか、その天才を見てみたい…………あ、いや、死んでるんだっけか。
残念。
ふと、僕は、こちらに抱きついてるナイルの手の力が弱まってる事に気付いた。
「…………ナイル?」
声を掛けてみるが、反応がない。
どうやら寝ているようだ。
いくらこちらに抱きついているとはいえ、立ったまま寝るとは、かなり器用な奴だ。
いや、それだけ疲れてたって事なのだろう。
僕はこちらに抱きついているナイルを引き剥がし、お姫様抱っこで担いで、ダンジョンを出る。
そして飛行魔法で彼女の家に向かい、扉をノックする。
…………ここで合ってたよな?
微かな記憶を探ってここまで来たが、どうだろう。
ノックしてから十秒くらいで反応があった。
「はぁい。どちら様でしょうか…………ってお姉ちゃん?」
「夜分遅くにすみません。こちらナイルさんの家でお間違いないですか?」
リアクション的に間違いなさそうだが。
ナイルの妹らしき娘が頷いたので、
「すいません。彼女をお願いします」
そう言って眠ってるナイルを手渡そうとしたが、十歳かそこらの女の子に担ぐのは難しそうだと判断し、
「失礼します」と言って、上がらせてもらい、それからナイルを寝かせる場所を尋ねる。
「に、二階がお姉ちゃんの部屋ですが…………その、貴方はどちら様で…………?」
「アルカと申します。お姉さんの仲間です。詳しくはお姉さんが起きた時に訊いてみてください」
僕はナイルを抱えて、二階に上がり、彼女を自室のベッドに寝かせて、すぐに退出する。
と、
「どちら様かな? こんな夜遅くに娘を抱えてきたのは?」
ナイルの父親らしき人が、ナイルの部屋の前で待ち伏せしていた。
「あー、どうも。こんばんは。自分はアルカと申します」
「ほう。アルカ君か。キミは他人の娘を────、」
「すいませんが、今は一刻も早く行かないといけない所があるので、失礼します」
僕は立ち塞がるナイルの父親をするりと躱して、さっさとナイル宅を出る。
後ろからナイルの父親の怒鳴り声が聞こえてきたが、無視する。
悪いとは思うが、今はホントそれどころじゃない。
師匠の命が掛かっているのだ。
もしかすると一分一秒を争う事態かもしれないので、些事には構ってられない。
無事に戻ってこられたら、再度訪問して、失礼を詫びよう。
僕は気持ちを切り替え、急いでダンジョンへと戻った。
◆
先程と同じダンジョンの入り口に潜り、複数並んだ魔法陣の内の一つから六十層へとワープする。
転送される瞬間、自分の身体が焼失と同時に再生されるイメージが脳内に流れるが、悪い冗談だと無視する。
こんなものを思いつくのは、きっと思考実験で聞いたことがあるからだ。
大きな両開きの扉に土魔法の石を突き刺し、抜けないように慎重に開く。反対側からボスエリアへの侵入だ。
案の定、現れたのはクリムゾンカラーの大型の魔物。
全長百メートルはありそうな巨大な大蛇だ。
長さよりも丸々とした太さが凄まじい。
己の鱗と皮を内側から引き裂かんとせんばかりにむっちりとした肉。
重厚感ある胴体がうねってとぐろを巻く姿は蛇よりも重機などに近い。
対峙した瞬間、大蛇が恐ろしい勢いで飛び掛かる。
…………あれ?
六十層のボスってこんなんだっけ?
ふと、疑問が沸き上がるが、気にする余裕もないので、無視して大蛇と戦う。
魔法で鋭い大剣を創り、風魔法で剣速にブーストをかけながら重厚な胴を切り裂く。
切り裂く度に大蛇は金太郎飴の如く、顔を生やして分裂してきたので厄介だった。
しかしながら、倒せたので問題ない。
これなら余程油断しない限り負けないだろう。
大蛇を倒した後は、五十九層へと上がり、常識レベルの大蛇がうようよいそうなジャングルに戻る。
飛び跳ねるように空を飛び、空から探知魔法で師匠二人を探す。
「…………いないな。あの二人の魔力ならどれだけ離れても判りそうだし」
それこそ別の層くらい離れてない限り。
意識が朦朧としてはいたが、それでも一度来たところなので、道に迷う事はない。
ロケットのように真っ直ぐ出口(逆走なので入り口か)へと飛び、あっという間に五十八層へと到着する。
ここからはまたマグマばかりの灼熱エリアだ。
しかし今回はぬるいマグマの存在を知っているので、前回のような重度の熱中症になる恐れはない。
目を凝らすと、熱気の有無を見極められるので、避けながら進む事もそれほど難しくはない。
一度死線を超えた甲斐があった。
探知魔法で二人がいないのを確認し、またもぶっ飛ぶ。
こうして見ると、意外と熱気のないルートがきちんと構築されている事に、何らかの作為的なモノを感じる。
どうやらダンジョンは自然発生したものではないらしい。
おそらくは上位存在的なモノが、人間が探索をする事を前提に創ったのだろう。
ま、なんとなく判ってはいたけれども。




