選択肢
のっぴきならない現状。
マジュ師匠宅でこれからの事について色々話し合ってたら、マジュ師匠が帰ってきてしまった。
「ただいまぁ…………おや? 帰宅早々お客さんかい?」
ラキ師匠まで帰ってきた。
…………これはもう誤魔化しようがないね。
そんな訳で、僕はこれまでのあらましを全部説明した。
旅行から帰ってきたばかりで疲れているであろう師匠達は、困惑しながらもちゃんと話を聞いてくれ、事情もきちんと理解してくれた。
そのうえで、
「…………ばっかじゃないのぉぉ?」
と、ものすごく感情の籠った感想をくれた。
いやホント、面目ない。
確かにマジュ師匠の言う通り、僕は馬鹿だ。
後先考えずに、奴隷を一人、購入してしまった。
人間一人をだ。
「犬猫じゃないんだからさぁぁ……っ」
いや、ホントそう。
マジでそう思う。
「まぁまぁ、悪気があった訳じゃないんだしさ」
ラキ師匠がフォローを入れてくれるが、いつもよりも笑みが引き攣っている。さすがのラキ師匠もこの状況には苦笑いしか出ないようだ。
「あの……」とナイルが口を開く。だが、
「つうか、あんた誰?」
と、マジュ師匠が口を開きかけたナイルを睨みつける。
「悪いけど、部外者は出て行ってくれる?」
問答無用。
確かに現状では、ナイルは部外者でしかない。
このまま話し合いに参加したところで、邪魔にしかならないのは目に見えている。
だが、ここで引きさがらないのが、ナイルの強さであり、面倒臭さ。
「はぁ? いきなりしゃしゃり出てきた途中参加のおばさんが………………………………っ? ………………………………っ? ……………………っ? っ?」
なにやら激しい罵倒を繰り出そうとしたところで、いきなり口をパクパクさせて、黙ってしまった。
いや、何かを叫んでいるのは判るが、それが声には出ていない。
どうやらマジュ師匠が何らかの魔法でナイルの声を封印したようだ。
「出て行きなさい」
とマジュ師匠がナイルに向かって告げる。
有無を言わせぬ強い口調。
ナイルの性格は確かに強いが、単純な実力ではマジュ師匠の方が圧倒的に上。勝負にならない。
ナイルが抵抗をみせようとする前に、マジュ師匠が彼女を家からさっと放り出す。
ガンガンガンと扉を叩く音もすぐに消える。
僕はその光景を呆然と見つめるしかできない。
ナイルを摘まみだした後、マジュ師匠が席に戻り、重い重い溜息を吐く。
「…………で? あんたはどうするつもり?」
僕は返答に詰まる。
すると、マジュ師匠が僕の頭に拳骨を落とす。
「んがっ?」
痛い。てか重い。
魔力の籠ったガチの拳だ。
顔を上げると、マジュ師匠がぶちギレた顔で僕を睨みつけている。
僕は言葉も出せない。
怖いし、空気も重たい。
ネアは身体を縮こませて、椅子の上でさながら借りてきた猫の如くぷるぷる震えている。今にも泣きそうだ。
マジュ師匠は言った。
「あんたには選択肢が二つある。一つはこのコを捨てる事。もう一つは家族との暮らしを捨てる事。どっちを選ぶ?」
どっちと言われても…………。
と思うが、確かにマジュ師匠の言う通り、これはそういう問題だ。
僕の家でネアが暮らせるとは思わない。
犬猫じゃないのだ、ネアは。
それに妹のナミヤはまだまだ小さく、面倒を見るのが大変だ。家計的にも苦しいのに、他所の子供の面倒を見る余裕なんてない。
二つに一つなのだ。
僕が震えるネアを見つめていると、横からラキ師匠が口を挟む。
「…………勘違いしているようだから、言うけど、そのコを捨てるっていうのは、本当に捨てるって意味じゃないからね。元の奴隷屋さんに返せば、少なくとも最低限の生活は保障されるから、野垂れ死ぬ事はないよ」
「そんな事……っ」と言いかけるが、言われてみれば確かにその通りだと気付いた。
奴隷屋は奴隷に対してそこまで非人道的な扱いをしていない。それはネア自身認めていた。
そして奴隷の返却は、金さえ戻らない事を覚悟すれば、特に問題なく受け入れられるだろう。
むしろ奴隷屋自身も、その可能性に気付いてた筈だ。
奴は金さえ稼げればいいのだから。
僕はネアを見る。
ネアは未だ震え続けている。
ここで僕はネアと別れていいのだろうか。
正直、ネアとはまだ何も分かち合えていない。
彼女を助けようとしたのも、彼女の為だとか言うつもりはない。
ただの僕の自己満足だ。
それじゃ今、僕が迷っているのはなんだ。
これもただの自己満足だろうか。
そうだ。
その通りだ。
僕の自己満足だ。
ならばどうすればいいか。分かっているだろう?
僕は再びネアを見る。
やはりネアは震えている。
いや、怯えている。
…………ああ、そうか。
────僕は決めた。
ネアをどうするか、決断した。
僕は────、
◆
暖かい朝の陽ざしが窓から入り込み、僕は目を覚ました。
ぼんやりとする頭のまま、身体を起こして、ゆっくりと立ち上がる。
部屋を出ると、妹のナミヤがよちよちと廊下を歩いているのを見る。
そのすぐ傍で母が楽し気に妹の歩行を見守っている。
ナミヤは何処に向かっているのだろう。
そっちには何もない筈なのに。
僕は妹と母に朝の挨拶をして、洗面所に向かう。
そこで顔を洗い、意識を覚醒させてから、リビングに行き、用意されていた朝食を食べる。
父の姿はない。既に仕事に行ったみたいだ。
僕は母の用意したトーストとハムとサラダを平らげてから、自室に戻り、服を着替える。
着替えた後で、再度顔を洗い、歯を磨いてから家を出る。
出掛ける際に母に一言告げると、母は「あんまり危険な事しなさんなよ」と言われてしまった。
外に出ると、冷たい風が肌を撫でて心地よかった。
僕は溢れ出る衝動に身を任せ、歩かずに走り出した。
足音が以前に比べて軽やかになった気がする。
以前は普通に走ってるつもりでも、どたどたどたとどこか不格好な走り方だった。だけど今は、たたたたっ、と小気味いいリズムを無意識のうちに保てるようになった。
一応、この身体も成長しているという事か。
もう少し足が長くなると、足音の一歩一歩の間に空白が生まれ、回転率が遅くなる代わりに、進むスピードが格段に上がっていくと思う。
いくらこの身体が成長しているとはいえ、まだまだ幼い事には変わりなく、このまま街中を歩くのは危険なので、やはりいつもの姿になっておこうと思い、家のすぐ傍の、人気のない路地裏で変身魔法をかけて、五歳の姿から十五歳の姿へと変わる。
────よしっ。
これなら目的の場所に行ける。
自分の手を握りしめるのを確認して、僕は先程よりもずっと空白の増えた足音でとある場所に向かう。
◆
僕が向かったのは、いつもの師匠の家ではなく、ナイルが待ち構えているダンジョン入り口でもなく、だからといって眼鏡のお姉さんがにこやかに迎え入れてくれるギルドの建物でもない。
つい先日、初めて中に入ったばかりの教会だ。
ここは神様が祀られているだけの施設ではなく、身寄りのない子供を受け入れてる孤児院としての側面もある。
だからただの教会ではなく、教会兼、孤児院だ。
二つの建物が一緒の敷地内にある。
そしてこの孤児院に、僕が何の考えもないまま無理やり人生を歪めてしまったあの奴隷の少女が住んでいる。
「ネアっ」
孤児院側の敷地に入った瞬間、少女の姿が見えたので声を掛けてみた。
ネアは僕の声に振り向き、少し戸惑いつつも、恐る恐る近付いてくれる。
まだまだこちらを怖がっているようで、懐いてるから近づいてくれるのではなく、近付かないと怒られそうだから仕方なく近付いてくれてる、みたいな雰囲気を感じる。
そういう訳で、この前師匠宅でガチの説教を受けた後に僕が下した決断は、家族と別れるでもなく、少女を捨てるとも少し違う、孤児院に少女を預けるという第三の選択肢にした。
ここは昔から家の近くにあって、通る時にチラリと見たりしている、外観だけならそれなりに見覚えのある場所だ。
ネアの件がなければ、ずっと外観しか記憶に残らない場所だっただろう。
僕はネアの頭を撫で、孤児院での話を聞き、それから別れて、ここの管理者であるシスターのもとへ向かった。
ここのシスターは若い金髪の女性で、とても優しくて母性が強く、普段から敬虔な気持ちを豊満な胸に抱いている。
僕が孤児院の奥に入ると、シスターは料理を作っていた。
やや大きめの鍋に小さくカットした野菜を入れ、棒で掻き混ぜている。
「おはようございます」と僕は挨拶の言葉を投げかける。
するとシスターはこちらに目を向け、
「あら、おはようございます。アルカさん」と聖母のような微笑であいさつを返してくれる。
全体的に細いが胸だけは豊満なシスターは、いつも子供たちの為に働いている。
子供の世話で忙しくて、神に祈る時間がないと嘆いているが、それはそれとして、子供の世話をする時のシスターはとても幸せそうに見える。
そういう人なのだろう。
「この前はすいませんでした」と僕は頭を下げる。
何の前置きもなく、いきなり奴隷の子供を預かってくれとお願いしたにもかかわらず、目の前のシスターは微塵も嫌な顔をせずに、こちらのお願いを受け入れてくれた。
僕とネアにとっての恩人である。
「謝る事はありませんよ」とシスターは言う。
「アルカさんはあのコの為に一生懸命動いた。その気持ちはとても尊いものなんです」
料理中の手を止め、こちらに近付き、僕の手を優しく包み込む。
「人に優しくするのを決して恐れないでください。大丈夫。私はいつだって貴方の味方ですから」
僕の胸が高鳴ると同時、お鍋が噴きこぼれそうになったので、シスターは慌てて料理に戻り、可愛らしく舌を出して、自身の失敗を誤魔化した。
それはとてつもなく可愛らしいものだった。




