ギルド
四十層をクリアした後、ワープでダンジョンを脱出した僕は、そのままナイルと別れて、家に帰った。
既に日は暮れ、夜となっており、街は頭部をなくした人間のように静まり返っている。
帰宅すると、父が鬼のような顔をして出迎えてきた。
「随分、遅かったな」
どちらかというと、叱る側よりもフォローにまわる側の方が多い父がこっち側に来るという事は、よほどおかんむりなのだろう。
冷静に考えれば、子供が夜遅くに帰って来る事に怒らない親の方がどうかしているので、この怒りは至極真っ当なものだ。
「ごめんなさい」と僕は素直に謝った。
「何処に行ってたんだ?」と父は言った。
「ダンジョンに潜ってました」
僕は素直に答えた。
「あれほど勝手にダンジョンに潜っては駄目だって言っただろう!」
父は激昂した。
怒りのボルテージが急激にマックスになり、思わず大声で怒鳴ったせいで、家の奥にいた妹のナミヤが父の怒鳴り声に驚き、泣き出してしまった。
「あぁ……っ」
それに気付いて、父が情けない声をあげた。
母が父を睨みつけた。
こうして父の威厳がどんどん損なわれていくのだろう。
僕はどうしたものかと考え、その場に正座して、項垂れた振りをした。
実際、心情的には本気で項垂れているのだけど、こちらが反省している姿を見せつけてるという意図があると、どうしても振りとなってしまう。
一応、本気で悪いとは思っているのだ。
だから振りであろうと、こうしてちゃんと反省している様子を見せているのだ。
…………嫌な子供だな。
僕が正座して項垂れていると、父もこちらが反省していると察してくれたか、
「…………まぁ、分かってくれればいいんだ」
そう言って、怒りを収めてくれる。
「ほら、お腹が空いただろう。ご飯を食べよう」
そう父が言ってくれるので、僕は少し小さな声で、
「うん」と頷いた。
ご飯はいつもよりも少しだけしょっぱかった。
◆
そして次の日、僕はまたしてもダンジョンに向かった。
一応、父には悪いと思っているのだけど、やはりダンジョンに行くのはやめられない。
現時点でダンジョンに潜る行為は僕にとって有益な経験となるのが分かっている。
だからいくら父が駄目だと言っても辞める気はない。
おそらく現状で父と話し合いをしても、納得させられる術はない。
それこそこちらが家出をする羽目になってしまうだろう。それはよろしくない。
ダンジョンに潜れば、アイテムも回収して売って、自力で食べていけるのだけど、それでも、そんな事をすれば、家族と絶縁してしまうからやりたくない。
折角、愛のある両親の間から生まれたのだ。愛情をくれるなら、きちんとそれを受けて、きちんと成長したい。こちらからそれを拒絶する真似はしたくない。
なら、ダンジョンを潜るのをやめろ、って話になるのだけど、それができないから、黙って潜る羽目になっているのだ。
うぅむ。困った状況。
仕方ないから、隠すしかないのだけど、僕は嘘を吐くのが苦手だから、すぐにバレてしまいそうだ。
解決案としては、ラキ師匠に相談して、父を、いや両親を説得する手伝いをしてもらう事だ。
現状ではラキ師匠が一番話を理解してくれる。
あの人は、こちらがちゃんと実力を示せば、それに合った深度のダンジョン探索を認めてくれる筈だ。
だから今すぐにでもラキ師匠に相談したいのだけど、今はマジュ師匠と旅行中だから、相談できない。
なので、黙って潜るしかない。
悪い事だと自覚しながらそれをするのは、精神的にも抵抗がある。
うぅむ。困ったものだ。
と、そんな風に頭を悩ませてたら、不意に閃いた。
ラキ師匠がいないなら、戻ってくるまで待てばいいだけでは?
予定では明日か明後日かに戻ってくる予定だ。それなら待てば済む話だろう。
それなのにどうして今の今までそれに気付かなかったか。
視野の狭さがガキそのものじゃないか。
やはりどうも気持ちが肉体の方に引っ張られてる節がある。
昨日も性欲が目覚めるところで目覚めなかったし。転生とはいっても、中身がそのまま今の肉体に引き継がれるものではないようだ。
どこかしら影響を受けて、変化してしまう。
それだけ元の僕の精神性が脆弱だったという事か。
それはともかく(これを簡単に流してしまうところに自分の脆弱性が表れてる気がする)、僕は踵を返して、別のところへ向かう事にする。
目的地は未定。
とりあえず街の中を色々と探索してみよう。
一応、変身はしておき、誰にも見咎められない姿にはなっておく。
じゃないと五歳児が街の中をふらふらしていると、大人から心配されたり怒られたりするどころか、悪い奴から誘拐されてしまう恐れがある。
僕なら誘拐犯をぶちのめせるだろうけど、面倒ごとをわざわざ引き寄せる趣味はない。
基本的に僕は事なかれ主義なのだ。
そんな感じで適当に歩いていると、さっき目的地は未定と言ったのは取り消そうと思った。
ここは異世界で、やはりギルドとかそういう冒険者が使うであろう施設が目立っている。
こういうお決まりの場所にはやはり一度は足を運んでおくべきだろう。
なのでまずはギルドに突撃。
「こんちゃー」
そう言って建物内に入る。
中は、結構賑わっていた。
冒険者らしい人達がたくさん集まったり、列を並んだりして、祭りみたいに賑わっている。
全体的に、なんとなくお役所と酒場を足して二で割ったような雰囲気だ。
人数や話し声以上に騒がしく感じるのは、一人一人の体格がいいからだろうか。外見からして、いかにも冒険者って感じだ。
「えっと……」
どうしたもんかと迷って、たまたま近くを歩いていたギルド職員らしき人に話を尋ねてみる。
「すいません、ちょっといいですか?」
「はい、なんでしょう?」
「実はかくがくしかじか」
「…………はぁ。冒険者になりたいからとりあえずこの建物に入ってみたけど、何をどう手続きしたりすればいいかもさっぱりだから助けてほしい…………という事ですか。成程」
うわぁ。すごい。理解力抜群の職員さんで助かった。
「それではまず、あちらの方に並んでみたらいかがでしょう?」
そう言ってOLみたいな職員さんが指すのは、ぽっかり空いた窓口の一つ。
よくみればそこには、初めての人はこちらにどうぞ、みたいなポップが書いてある。
「ああ、成程。分かりました。どうもありがとうございます」
「いえいえ。どういたしまして。今後とも我がギルドをご贔屓に」
職員さんがお辞儀をする。
僕も礼儀正しい職員さんにお辞儀を返して、教えてもらった窓口の方に向かう。
「すいませーん。ちょっとよろしいですか」
「はい、いかがなされましたか」
僕が声を掛けると、眼鏡美人な窓口の職員さんがにこやかに対応してくれた。
「実はかくがくしかじか」
「成程。そうなんですね」
今度も職員さんの理解力はばっちりだった。まぁ、この窓口は僕みたいな初心者専用の窓口だから、理解してくれないと困るのだけど。
「それでは一度、こちらに登録してみるのはいかがでしょう」
そう言って窓口のお姉さんが説明をする。
「こちらに登録すれば、我がギルドのサービスを受けられるようになります。サービス内容は大まかに三つ。一つは依頼受注の権利で、もう一つは冒険アドバイザー。そして最後の一つはギルド内にある換金所の利用権利です。換金所についてはギルド以外にも街の中にアイテム屋がたくさんあるので、わざわざこちらのを利用しなくても問題ありませんが、一応、他の個人店よりも信頼は厚いと思います。特別高く買い取りしたりはしませんが、ぼったくりの被害に遭うのを防げます。ギルドは信頼第一なので」
「ほぉ」
「依頼については、依頼によって内容や報酬が異なりますので、ここでは説明しませんが、最初の内はどれだけ実力があろうと、ランクの低いものしか受けられませんのでご理解ご注意をお願いします」
「分かりました」
何度も繰り返して依頼をこなせば、ランクが上がって、高ランクのモノも受けられるようになるって寸法か。よくある事なので、何の問題もない。
「正直な事を言うと、登録料五〇〇ゴルドの損失が痛くなければ、あまり深く考えずに登録するのをお勧めしますよ。ウチは他ギルドとの兼用も認めてますので。他のところに行きたくなっても、特に問題ありませんから」
「あ、それなら登録しとこうかな」
五〇〇ゴルドぐらいなら普段のお小遣いから払えるし。それに、昨日ゲットしたアイテムをアイテム屋に
売れば、これぐらいすぐに取り返せる。
「それではこちらの書類にご記入を」
そう言って紙を差し出されたので、注意事項を読んだ後、色々記入する。
と言っても、書くのは名前と住所くらいだけど。
この世界には戸籍関係の管理情報がないので、本名を書いたところで、そこから年齢がバレるような心配はない。
最後に拇印を押して登録完了、と。
「お疲れさまでした。これで当ギルドへの登録は完了しました。早速、何かご依頼を受けますか?」
「はい。できれば戦うやつがいいです」
僕が元気よく言うと、職員のお姉さんは苦笑いを浮かべた。
「うーん。いきなりはちょっと難しいですね……。ランクが上がってからでないと……」
「あ、そうなんですね。分かりました………残念」
「あはは、大丈夫ですよ。依頼をちゃんとこなしていけば、すぐにランクが上がりますから」
僕ががっくり肩を落とすと、職員のお姉さんは優しい笑みを浮かべて、僕を励ましてくれた。
「はい。がんばります」
「ちなみに依頼はあちらに張り出されてますから、あちらの掲示板でご確認ください。ランクは右上の方に書かれてますのでご注意を」
そう言いながら、お姉さんがにこやかに一枚の紙を取り出した。
冒険者ランクについて書いてある紙だ。
えっと、最初、登録したてはFランクで、それからどんどん上がって最後はAランクとなっている。
FからE、D、Cまでは依頼をこなしていけば上がるみたいだが、CからBにかけては年に数回ある試験に合格しないと上がらないらしい。
Bランクになればプロ試験も受けられるとか書いてあるけど、という事はCまではアマチュアという事なのだろうか。
ま、そこら辺は、今は気にしなくてもいいか。
紙をよく見てたら、ランクの横にダンジョンの層の目安が書いてあるのに気付く。
おお。これでおおよそのランクの強さが判るじゃないか。
「ところでフェインさんはダンジョンに潜ったりはしますか?」
不意にお姉さんが尋ねてきた。
ちなみにフェインとは僕のファミリーネームだ。
アルカ・フェイン。これが僕のフルネーム。
「はい。昨日、久しぶりに潜りました」と僕は答える。
「何層まで潜れますか?」
「昨日は四十層まで潜りました」
途端、お姉さんの目が僅かに見開かれた。
「え……す、すごいですね。なにか、その……ア、アイテムはお持ちですか?」
「あ、はい。えぇっと……」
空間魔法を発動し、そこからアイテムを取り出す。
これは、RPGなので主人公がデフォルトで持ってるスキルの一つだ。スキルの一つとして数えてないゲームがほとんどだが、一応この世界では、ちゃんとそういう魔法を習得してないと使えないので、一応はスキルの一つとして扱っている。
誰でもが使える訳ではないのだ。
「く、空間魔法ですかっ?」
お姉さんが驚きの声を上げた。
…………その反応の大きさから、どうやら、僕が思う以上にレアな魔法らしいのだと察した。
「はい」と頷きながら、昨日の獲得アイテムをお姉さんの前に出す。
ちなみにこれはナイルと山分けしたうちの一部だ。
四十層の証明として、ボスが落としたやつをみせている。
「……はぁ…………ほ、本当のようですね」
「嘘だと思われてたんですか?」
「あ、いや、その年で四十層まで行かれるのはかなり珍しくて、つい。若い人なら精々二十層までがほとんどなので……」
疑われてたのは本当らしい。それに気付いた職員さんは、
「あ、いや、すいません」と謝罪した。
「あはは。別にいいですよ」笑って許す。
それよりも若い人のほとんどが二十層までという事は、ナイルは実はかなり優秀だったって事が伺える。
ナイルを助けたのはたしか三十一層だった筈。しかも相手は普通のモンスターじゃなくて、その層より強いレアモンスター。
たんに性格の悪い美人という訳じゃなかったって事か。
「あ、そうだ。これ、買い取ってもらえます?」
「えっと、すいません。それは換金所でお願いします。よければご案内いたしましょうか?」
「あ、すいません。よろしくお願いします」
僕が頷くと、お姉さんは微笑んでから席を立ち、机をまわり込んでから、こちらに来た。
ほっそりとした美人だ。
今の変身中の僕とそれほど身長が変わらない。
「こちらです。どうぞ」
そう言われて、僕は彼女の案内に付き従った。




