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魔王の器  作者: 北崎世道
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ナイル

 その日の夕食中。


「ねぇ、アル? どうしてパンツ一枚でお外歩いてたの? 着てた服はどこにやったの?」


 という母の質問に、僕は答えられずに黙ってやり過ごすしかなかった。なんという屈辱。腹立たしさと惨めさで胃がねじ切れそうだ。五歳児なのにストレスのたまり方が中間管理職だ。


 と、その時、フォローを入れてくれるのが父だった。


「まぁまぁ、ママ。アルはまだ五歳なんだから、はしゃぎ過ぎてそういう事をやってしまう事だってあるさ」


 何とも優しいフォローだ。


 母が出る時は父がフォローを入れ、父が出る時は母がフォローを入れと、なんともバランス感覚の取れた夫婦。こういう夫婦ってホント素敵。こんな両親から生まれてきた事を僕は誇りに思う。


「パパだって大きくなってから、裸でお外を出歩きたくなって、ついやってしまった事もあるから大丈夫さ」


 前言撤回。


「ちょっとパパ?」


 その後、緊急家族会議が始まり、その間、僕は妹のナミヤの面倒を見た。そして父の顔は原型がなくなっていた。


 

 ◆



 次の日、僕はまたしてもダンジョンに潜ることにした。


 二人の師匠はまだ旅行中なのでいない。


 昨日、記憶が定かではないくらい状態になったから不安ではあるが、まぁ、大丈夫だろうと、高を括る。


 いざ行かん、ダンジョンの奥地へ。


 変身して、昨日と同じ入り口を探そうとしたところで、どこかで見覚えのある女と遭遇した。


「いたっ! 昨日のド変態!」


 僕はその女を無視した。


「ちょっと待ちなさいよ!」


 腕を掴まれた。


「えぇ……なに?」 


「き、昨日、あんな事をしといて、よくもまぁ平気な顔してあたしの前に立てるわね! このド変態!」


「…………」


 あんな事とはどんな事だろう。 


 身に覚えがないが、記憶がないのも確か。


 なので尋ねてみる。人間、素直が大事。いずれひん曲がるのだからなおさら。


「悪いけど、覚えてないから説明してくれる? 僕が何をしたの?」


 急に女の顔が赤くなった。


「ちょっ、ちょっ、いきなり何を言いだすのよ? この変態っ! ド変態っ!」


「……………………」


 僕は思う。この女は一体、何なのだろう、と。


 僕が覚えてる事と言えば、昨日、ダンジョンに潜る前にチンピラから助けてもらったかと思えば、よく分からん理由で殴られて、そしてその後、ダンジョン内でデカいゴーレムに襲われてたところを、今度は僕が助けてやった。それくらいか。


 …………ああいや、その後、服を剥ぎ取られたんだっけか。こいつに。


 そしてその後の記憶が曖昧だ。


 …………。


 どっちかというと、この女の方が変態なのではないだろうか。


 こちらを裸に剥いたんだし。非はこの女の方にありそうだ。


 少なくとも、僕が好き好んでこの女に変態行為に及ぶことはない。あり得ない。


 これは僕の理性を信じてるとかどうこうの話ではなく、純粋にこの女が僕の趣味ではないという意味だ。


 この女に発情するくらいだったら、木の根に腰を振った方がまだマシじゃないかってくらいにマジだ。そもそも僕の肉体は現在、五歳。精神はともかく、肉体はまだまだ性欲に目覚めていないから、性欲を抑えられなかったという事もあり得ない。


 だからおそらくは何かしらの誤解か、もしくはこの女の頭の不具合かのどちらかと推測する。可能性は一:九で後者優勢。馬券だったら、鉄板狙いをおすすめだ。


「なんか無実っぽいので帰るね。バイバイ」


「ちょっと待ちなさいよ、このバカっ」 


 殴られた。背後から後頭部へのグーパンチ。ギャグマンガだったら僕の眼球が飛び出てしまいそうな良いパンチだ。


 振り向くと、女は涙目で肩と拳をプルプル震わせ、唇をかんでいた。


「もう、いったい、なんなの? 僕、あんたに構ってる暇はないんだよ」


「何処に行くつもりなのよ」と涙声で尋ねてくる女。


 ここで咄嗟に嘘をつくほど、僕の頭は回転速くもないし、根腐れもしていない。


 素直に「ダンジョンだよ」と答えてしまう。


「あ、あああああ、あたしも一緒に行くわ」と女。


「一緒に?」


「そう、一緒に」


「…………何が目的で?」


「うぅぅぅぅぅぅぅっ!」


 尋ねたらサイレンが鳴り始めた。


 だみ声で鼻水交じりの汚いサイレン。


 僕はため息を吐き、


「…………まぁいいよ」と言った。言ってしまった。


 どんな相手にも強気でいられないのが僕の性根。こんな頭のおかしい女相手にも、ガキみたいな我儘振り回されたら、ついつい許可してしまう。なんとも困った悪癖である。これは寛容さとは別の話。


 僕が許可すると、女は喜び、満面の笑みで、


「あああ、あたし名前はナイル。よろしくね」


「僕はアルカ。よろしく」


 手を差し出されたので、一応は握っておく。


 この世界も握手は友好の証。右手だろうと左手だろうと、関係なし。


 握ると、思い切り上下に振られた。ぐおんぐおん。


 ちょいと激し過ぎやしないか、と文句をつけたくなったが、ナイルの満面の笑みを見ると、文句もどこかに吹っ飛んでしまった。


 というのも、ナイルの笑顔が不覚にも可愛いと思ってしまったからだ。

 


 ◆



 言動こそクソだが、ナイルの顔は確かに整っている。


 だからこんな偉そうなのか。


 容姿が一定以上整ってると、何事も楽になるからなぁ。何やっても許してもらえるというか。


 特に女の場合は。


 もしかすると、女には女の、それも容姿の整った女の苦労があるかもしれないけど、僕には生涯味わう事のない話なので、どうでもいい。


 それよりも強制的な流れとはいえ、ナイルが仲間になった訳だが、これがどうも、なんというか、釈然としないというか、腹立たしいというか。


 …………悪くなかった。


 というのも、ナイルは思ったよりも強かった。


 てっきり足を引っ張るしか能のない、存在がデバフみたいな女かと思ったのだけど、戦ってみると存外、強い。


 こちらが何もしなくとも、前衛で意外と倒してくれる。


 ゴーレム程度にやられそうになってたけど、そこまで弱くない。


 そういえば初めて会った時も、六人のチンピラをあっという間に倒したんだっけか。


「…………意外とやるんだね」


 僕は素直に賞賛すると、ナイルは嬉しそうに笑って、


「だって、鍛えてるもの」


「でもゴーレム程度にやられそうになってたじゃん」


「だって、アレはレアモンスターだから。三十層なのに、六十層くらいの強さがあるから、仕方ないじゃん」


「あ、そうなんだ」


 てっきり普通の魔物かと思ったが、違うのか。


 ちなみにここは三十一層。昨日の続き。


 三十層台なら、ナイルは余裕で戦えるという事らしい。


 てか、アレでレアモンスターか。


 前に来た時、十八層で層にそぐわない強さのレアモンスター、ガーゴイルに負けたんだけど。


 四十層くらいの強さと言われてるガーゴイルにリベンジするつもりで潜ったんだけど。


 …………なんかもう、大丈夫そうだな。


 意気込んできたのが、馬鹿みたいというか。


 戦う前から肩透かし感が出てきてしまった。


 折角、ナイルを仲間にしたのに、無駄になった感じがある。


 いや、それはいくらなんでもナイルに失礼過ぎるか。


 事あるごとに変態扱いしてくるナイルの方が失礼だとしても、そういう風に考えるのはよくないからやめておこう。


 人としての礼儀。


 ともあれ、そんな感じで、僕とナイルは三十層台をガンガン突破していく。


「アルカは魔法専門? 後衛ばっかやってるけど」


「別にそういう訳じゃないよ。ナイルが前衛やってるから、こっちが後衛にまわってるだけ。お望みなら前衛やるけど」 


「いや、別にそれはいいんだけど。それよりアルカって魔法の詠唱は? なんか詠唱やってないように見えるんだけど」


「あ、うん。そうだね……」


 どうしようか、と悩む。


 無詠唱は秘密にすべきかどうか。


 少し考え、隠すような事ではないと判断し、素直に答える。


「無詠唱だよ」


「うわっ、やっぱり? どうやってやるの?」


 案の定、ナイルが食いついた。


「どうやって、って…………感覚で? 普通に詠唱やった時の感覚を意識して、少しずつ詠唱を短くなるよう訓練して、って感じかな」


「……………………」


 僕の答えに、ナイルが変な顔して黙った。


 おやつの代わりにオッサンの脇おにぎり出された時のブルドッグみたいな表情だ。


「なんなの、その顔」


「いや……無茶振りが過ぎるって思って…………」


「そう?」


 でもまぁ、魔法が得意なマジュ師匠もできないのだから、当然と言えば当然か。


 なんとなく察してはいたが、やはり無詠唱は結構特別な技術らしい。


 子供の内から訓練しないとできないタイプのやつかもしれない。



 ◆



 そんなこんな会話しながら、ダンジョンを探索する。


 で、ふと気付いたのだが、


「…………進むの遅くない?」


 いつもだったら、もう二層、三層は余裕で突破してそうなくらいだと思うけど、今はまだ一層も進めていない。いくら奥に進むにつれて、一層一層が広く、大きくなっていくとはいえ、昨日に比べたら明らかに遅い。


 飛行魔法も使わず、ずっと徒歩だから、当たり前ではあるけれども。


「そう? 結構順調だと思うけど?」とナイル。


「でもこのペースじゃ、今日中に五十層はおろか、四十層すら辿り着けないんじゃない?」


「えっ?」 


 ナイルの声が濁声のまま裏返った。


「いきなり五十層まで行くつもりだったの? それは無理でしょ。いや、だからって四十層も無理だけど。そういうのは予め準備をしてからじゃないと」


「えぇ……それじゃ……全然進めなくない……? ワープゾーンまでいかないと意味ないんじゃ」


「だからって下見もなしに次の層に行くのは危険でしょ」


「うーん」


 どうやら、そもそもの目的地が違ったらしい。


「でも、危険って言っても、今のところ苦戦するような敵の強さじゃないし、さっさと先に進んだがよくない?」 


「それは走って進もうって意味? 体力尽きて、戦闘どころじゃなくなるわよ」


「飛行魔法は?」


「できる訳ないじゃない」


「…………」


 成程。


 それなら、これでどうだろう。


 僕はおもむろにナイルを担いで、飛行魔法を発動させる。


「え? ちょっ、いきなり何を…………?」


「しっかり捕まってて」


 そう言って、僕はナイルをお姫様抱っこしたまま、空を飛ぶ。


「ひぃっ?」


 ナイルが小さく悲鳴を上げる。


 僕は更に速度を上げる。


「ひぃぃぃいっ!」


 僕が速度を上げるにしたがい、ナイルの悲鳴が大きくなっていく。


 いつも自宅からマジュ師匠の家まで飛んでいく時のスピードになると、 ナイルはもう飛行に慣れて、笑顔になっていた。


「あはははっ! すごい、すごーいっ」


「こら、暴れないで。暴れたら降ろすよ。この状態のまま」


「いやっ、それはやめて」


「だったらおとなしくしてて」


 ナイルは僕の言葉に従い、おとなしくなる。


 それどころか、僕にべったりとしがみ付き、離れなくなる。


「だからって、そんなにしがみ付かれても……」


「だって怖いもん」


 ナイルの胸が惜しげもなく僕の胸元に当たる。


 むにゅっと柔らかい感触。


 変身中だが、肉体自体は五歳児なので、性欲はない。


 …………筈だが、どうもムラムラしてるようなしてないような、微妙な感じ。


 中身が一応あれだから、そっちに引っ張られてるのだろうか。


 確かにマジュ師匠とラキ師匠と一緒にお風呂に入った時も、股間がイライラして、ときどき元気になってた事もあった。その度に、


「なぁに、おっきくしてんだ、このっ」


と指ピンされて、変な扉が開きかけていた。


 あの時の感じに近い。


「………………………………」


 ナイルが無言でしがみ付き続ける。


 そこに、嫌がらせ等の悪意は感じられない。


 …………これは我慢するしかなさそうだ。


 僕はそのままダンジョン内を飛び続けた。



 ◆



 三十七層。


 ナイルを抱えながらダンジョンを飛び続けてる途中、ふと僕はある事に気付いた。


 …………これって、ナイルいる意味ある?


 飛び始めてから、ナイルが完全にお荷物になっている。


 ただ、今更、邪魔だから降りろとも言えない。


 歩いたら時間が掛かるし、飛び続けるしかないのだが、そうなるとナイルの存在意義がまるでなくなる。


 …………まぁいいか。


 これは僕が我慢すればいいだけの問題だ。


 逆に、僕がナイルみたいな立場だったら、非常に気まずくて、申し訳なくなるだろう。


 そっちよりはマシだ。


 …………ただ、それはあくまで僕がナイルみたいな立場だったらの話。


 当のナイル本人はというと。


「ふがふがふがふがっ!」


 一心不乱に僕の臭いを嗅ぎ続けている。


「…………さっきから、僕の臭い嗅いでるみたいだけど、臭くないの?」と尋ねてみると、


「べ、べべ別に、匂いなんて嗅いでないけど?」


 と否定される。


 そのくせ、五秒後にはまた臭いを嗅ぎ始めるのだ。


 隠す気あるのか、こいつ。


 臭いと言われるよりはマシだけど、それでも首元でふがふがされると、どうも気が散って仕方ない。


 飛んでるおかげで殆どの魔物は無視できるのだけど、それでも一応ここはダンジョン内で、たまに空を飛ぶ魔物もいる訳だから、危険がない訳ではない。


 ほら、現に今も。


「…………ってぇっ! んぎゃぁつ!」


 油断してたら、急にこちらに飛び跳ねてきた魔物とぶつかってしまった。


 飛行制御が崩れ、地面に墜落する。


 かと思ったら、地面じゃなくて、水面だった。


 そういえば二、三層前からステージが海になってるんだっけか。


 そんな訳で、僕とナイルは揃ってドボーンと海に落っこちた。



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