雨
恵美は川の畔に立っていた。
川と言ってもかなり川幅は狭い。川の周囲はうっそうと茂った木でおおわれて先の見通しは全くできない。
「こうした川が集まって大きな川になるんだよね」
だから大丈夫と大きく胸を張った。
そして背後を振り返る。
「雅弓、順子?」
後ろには誰もいない。
「あれ、まだ来ないの、じゃあいいや私だけで行っちゃお」
恵美はそのまま川の流れに沿って歩き始めた。
せせらぎの音を聞きながらゆっくりと下っていく。歩いても歩いても景色は変わらない。
「二人が遅いのが悪いんだからね」
そんなことを呟きながら足元の小石を蹴飛ばした。
華奢なヒール付きの靴にちょっと傷がついた。
舌打ちしながらそのまま歩いていく。
ぽつんと小さな水滴が恵美の頭頂部に当たる。
「雨?」
「なんか降ってきたね」
「山の天気は変わりやすいってお兄ちゃんが言ってたのは本当なんだ」
少しだけ開けた場所に出たので雅弓はリュックから円盤状の物を取り出した。
留め金をいくつか外すとばね仕掛けのように広がってミニテントが出現した。
「最近はミニテントぐらいならリュックに入るんだって」
そう言って雅弓はリュックに入る。
順子も入ってその場で座り込む。
「三人だったらぎゅう詰めだったね。恵美どうしてるんだろ」
「川沿いだと雨が激しくなったら危ないかもしれないよね」
増水したら危ない。
「だから川の傍は危ないってお兄ちゃん言ってたのか」
「水分補給しよっか、少し荷物減らしたいし」
リュックからペットボトルのスポーツ飲料を取り出した。
「私たちの分もってきてくれたんだ」
順子はもらったペットボトルを開ける。
「恵美、水持ってたっけ」
「あのバッグに入ると思えないよね」
「大丈夫かな」
不吉な予感しかしなかった。しかし、もうできることはない。あの時点で探しに行ったとしても二次遭難しか未来はなかったと断言できる。