蛇の頭
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──蛇の頭
情報部による通信傍受は続き、俺たちは万が一の戦闘に備えて待機し続けた。
この手の任務には忍耐力が必要になる。待ち続け、耐え続けることができる忍耐力が必要になるのだ。
俺たちにはそれがあった。ひたすらにジャングルの中でじっと潜み、監視と警戒を続けるという忍耐力があった。
そして、ついに情報部による通信傍受が終わった。
「十分な情報が集まった。これから撤退する」
「了解」
俺たちは陣地を引き払い、車両に向けてカルトのテリトリーを出る。ドローンの動きも人の動きも、湊が把握しており危険はあまりない。
車両まで撤退すると仕掛けておいたブービートラップを解体し、車両に乗り込んだ。そのまま俺たちはカルトの捕捉される前に車両を出して撤退していった。
「指導者については分かったんだよな?」
車内で湊が二宮と相場にそう確認する。
「ああ。問題ない。あんたらが切り落とすべき蛇の首は確認できている」
「なら、作戦は成功だな」
まだどこのどいつがカルトの指導者であり、殺すべき相手なのかを情報部の2名は告げないが、それは確かに分かっていることらしい。
俺たちは車両で公社の拠点に戻り、情報部の2名は早速分析官に情報を提示しに向かった。
それから数時間後、俺たちのARデバイスにブリーフィングルームに来るようにメッセージが来た。
「もう暗殺の仕事が来たらしい」
「オーケー。善は急げだな」
カルトの指導者を殺すのは確かに善行かもしれない。
そう言葉を交わして俺たちはブリーフィングルームに入った。
『佐世保、湊。早速だが暗殺の仕事だ。蛇の首を切り落としてもらう』
ブリーフィングルームにホロで姿を見せているのは村瀬であり、やつがカルトに対する作戦を俺たちに提示するようだ。
『まずカルトの指導者の名はイズラエル・ホワイト。こいつについて分かっているのは、ずっと前から宗教絡みの詐欺を働いてきた人間だということだ。アメリカや日本、韓国などで詐欺を働き、アメリカでは一度刑務所にぶち込まれかけている』
「大したリーダーだことで」
ケチなペテン師が今や武装勢力の指導者とは。出世したもんだな。
次にホワイトの顔写真が表示されるが、そいつはスキンヘッドの白人で、落ちくぼんだ目と鉤鼻の男だった。宗教の人間だと紹介されなければ、俺たちは1階層でうろうろしているカルテルの構成員だと思っただろう。
『この男は今では自分が作ったメイズトロジー教会に本格的にのめり込んでいるようだ。少なくとも純粋な金銭目的にしては納得できないところがある』
「狂信者ということか?」
『そう。やつとやつの親衛隊もな』
そこで村瀬がその親衛隊とやらについて明らかにする。
「クソ。子供兵か」
村瀬が表示した映像にあったのは、AR-15で武装した子供たちだ。
『ああ。メイズトロジー教会は大規模な子供兵の動員を行っている。ホワイトの親衛隊のほとんどは子供だ。民間軍事会社に訓練されているという話ではあるが、クソッタレなことには変わりない』
子供兵を好んでいる軍人などいない。あれは外道の極みだ。
「つまり子供兵との交戦は避けられないわけか」
『残念だがその通りだ。子供兵との交戦の可能性はほぼ100%だ。情報部によれば、さらに子供兵には薬物が投与されている可能性が高い』
「確実に脳天に弾を叩き込まないといけないな」
ドラッグと子供兵はもはやお決まりのセットのようなもので、痛みも恐怖もドラッグで鈍った子供兵は無視できない脅威となる。
『さて、ここでそろそろホワイトの暗殺について説明しよう。情報部の無線傍受とドローンによる偵察でホワイトの行動が分かってきている』
俺たちは村瀬からホワイトの行動パターンについて説明を受けた。
『やつは主にダンジョン内に作ったメイズトロジーの集落にいる。最初はコンテナハウスが数軒ある程度だったが、今では立派な教会も建造されている。暗殺の機会を狙うならばやつが夜に教会にいるときだ』
「集落にいる兵力と敵の装備は?」
『敵は1個中隊規模。ロシア製の旧式地対空ミサイルが配備されている他、同様の旧式装甲車を確認している。流石に戦車はないが、BMPの類はあるぞ』
「万が一の場合に対戦車ロケットが必要だな」
ドローンからの偵察映像にはBTR-70装甲兵員輸送車やBMP-2歩兵戦闘車などが僅かながら存在してることが示されていた。
『地対空ミサイルの存在がある以上、ヘリボーンは行えない。さっと降下してさっと殺して逃げるというのは選択肢に存在しない』
「では、地道に地を這って忍び込むか」
『そうすべきだろうな。お前たちでも1個中隊の敵は持て余すだろう。隠密は必須だ。一応緊急即応部隊は待機させておくが、期待はするな』
「了解だ」
これはつまり長距離の浸透作戦となるということだ。
俺たちは地上を敵の警戒線を避けながら進み、目標に密かに近づき、そして目標の頭を弾き飛ばす。その後は来たときと同じように静かに撤退する。
もちろんヘリボーンで乗り付けて、荒々しくドアを蹴り破り、堂々と殺害したのちにヘリで撤退する方がリスクは低い。しかし、それが選択肢にないというのならば仕方がないのだ。
「具体的な作戦を立ててから作戦開始だ。作戦はこっちで立てる。いいか、村瀬?」
『命を張るのはお前たちだ。こちらも情報提供などで協力するが、委任するよ』
「よし」
村瀬には悪いがこの手の作戦は情報軍の軍人であった俺たちの方が得意とすることだ。何せ情報軍は日本国防四軍の中で、もっとも多くの暗殺と破壊工作を手掛けてきた組織なのだから。
「敵の警戒線についてはこの前の情報活動でもある程度分かっている。厳重ではあるが、抜けられないほどの壁でもない。内側に静かに潜り込み、そこから蛇の首を落としに向かう。ルートを設定しておこう」
「どうにかして地対空ミサイルを破壊して、帰りはパワード・リフト機で脱出できないか? 正直、蛇の首を切ったあとは大騒ぎになる。そこをちんたら歩いて帰るのはぞっとするな」
「地対空ミサイルの破壊か。考えてみよう」
ドローンによる情報では配備されている地対空ミサイルは旧式の9K35ストレラ-10だ。自走式の地対空ミサイルであり、車両は装甲化されている。
その地対空ミサイルは集落の周辺3か所と集落の中に1か所配備されており、全てで4基の地対空ミサイルが存在する。
これを全て叩けば、警戒すべきはMANPADSと対空火器程度になるだろう。それに加えて地対空ミサイルを含め、敵にレーダー関係装備はないようだ。
「情報を見る限り敵の夜間交戦能力は高くない。夜に忍び込み、地対空ミサイルに破壊工作を行い、再び夜まで待つ。それからホワイトを殺し、パワード・リフト機で離脱する。どうだ?」
「悪くない。やれそうだ」
俺の立てた作戦に湊が笑みを浮かべて頷く。
「なら、早速準備をするとしよう」
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