あるいはジークフリートのように
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──あるいはジークフリートのように
俺はドラゴンに向かって走る。
そして、ドラゴンは俺たちの方をじろりと見た。
「クソッタレのトカゲ野郎が」
俺は機械化された四肢で勢いよくドラゴンに向けて駆ける。
AT4対戦車ロケットはこれが最後の1発。これを外せばドラゴンは仕留めきれず、俺たちは恐らく丸焼きにされるだろう。
俺は死んでもいい。この狂った世界に俺の望むものはない。いくら生きても虚無を感じ続けるだけだ。
だが、湊には死んでほしくない。
そこでドラゴンが火炎放射を生じさせる構えを見せた。
「クソ」
俺は駆け続けドラゴンが火炎放射を放つ瞬間を待った。程度にはよるが回避できないことはないかもしれない。それにこの距離ではまだ十分にドラゴンを狙えない。
もっと、もっと踏み込まなければ。
だが、火炎放射は俺を狙って放たれた。ドラゴンの口から生じる火炎放射が迫る中、俺はそれを回避できることを祈った。しかし、どうやらそれは無理かもしれないと思ったときだ。
マオから貰って石が突然輝き、放たれた火炎放射が俺の前面に生じたデフレクターシールドのようなものによって防がれた。
「これは……!?」
俺は目を見開いたが、すぐに今は驚いている時間ではないと自分を急かす。
デフレクターシールド類似現象が自分を守っている間にドラゴンに向けてさらに肉薄を試みる。ドラゴンの火炎放射は数分続いたが、やがて終わり、俺はドラゴンのすぐ目の前に立っていた。
「爆薬の味を味わえ、クソ野郎」
そして、俺はAT4をドラゴンの頭部に叩き込んだ。
AT4はドラゴンの頭部右側に命中し、その顔面を引き裂いた。ドラゴンは臓腑を震わせる雄たけびを上げたが、まだ死んでいない!
「クソ、クソ、クソ! しくじった!」
俺は悪態をつきながら他に使えるものがないかを探す。残っているドラゴンに有効と思われるものは僅かだ。手榴弾と残っている予備の爆薬。
俺は予備の爆薬を取り出すと、まだ頭部に受けた傷の衝撃から回復していないドラゴンの前で時限信管を突きさし、ドラゴンに向けてさらに駆けた。
ドラゴンは姿勢を低くし、俺の方に向けて火炎放射を再び放つ。
だが、またマオのくれた石が輝き、デフレクターシールドが生じて火炎放射が防がれる。そのおかげで俺はドラゴンの鋭い牙の並ぶ口の、その牙についた黄ばみすら目視できる位置まで接近できた。
「今度こそ、くたばれ!」
俺は時限信管が作動し始めた爆薬をドラゴンに向けて叩きつけるように投擲。
3──────ドラゴンが巨大な口を開け、火炎放射を試みる。
2────爆薬は真っすぐドラゴンの口に迫る。
1──俺と爆薬の距離は安全な範囲まで取れていない。
0。炸裂。
ドラゴンの口が裂け、何かに誘爆したかのように爆発が全身に及んでいく。連続した爆発が生じて、血と肉がまき散らされると同時に炎が噴き出して、周囲が炎に包まれた。俺も炎に飲まれ、さらにドラゴンの血肉を浴びた。
それから炎の燃焼によって酸素がなくなっていき、俺は────。
* * * *
俺が目を覚ましたときにいたのは、公社の医務室だった。
全身に痛みが生じているが、それは生きている証だ。
「目が覚めたかね、佐世保」
「橘。ドラゴンは……」
「無事に倒れたよ。君がやったんだろう?」
「そう、だったな……」
橘が俺の方を見て言うのに俺は安堵の息を漏らす。
少なくとも俺が生きているということは、ドラゴンは確実に死んでおり、湊は生きているということだからだ。
作戦は成功したということ。
「ところで、だ。篠原が君に興味を示していたよ」
「マオがくれた石の件か?」
「それもあるが、君自身が助かったことについてにも、だね」
俺が助かったこと?
「君は至近距離で軍用爆薬の爆発を浴びた。それは死んでもおかしくないことだ。生きている方がおかしいと言っていい。しかし……」
「俺は生きている、と」
「そうだ。大した怪我もなく、生きている。それを篠原は不思議に思っているのだ」
そう言えば俺はあのときの記憶があいまいだ。ドラゴンに向けて軍用爆薬を放り投げたところまでは覚えているのだが、それ以降のことがあまり記憶にない。
「篠原の行う検査を受ける必要があるだろう。彼女のモルモットにされる覚悟はしておきたまえ」
「はあ」
橘の言葉に俺はため息を吐く。
エンハンサーになってから既にいろいろとモルモットにされてきた。それが今後一層激しくなるのかと思うとうんざりだ。
「佐世保」
「させぼ!」
と、ここでやってきたのは湊とマオだ。
「まだ痛むか?」
「少しだけな。あまり気にはならない」
「そうか。あのときは流石に死んだかと思ったぞ」
湊はそう言ってベッドわきの椅子に座る。
「だが、生きている」
「そうだな。ちゃんと生きている。あたしは嬉しいよ」
そう言って湊はにやりと笑い、俺に向けて拳を突き出す。俺はそれに自分の拳をぶつけた。信頼できる戦友同士のやり取りだ。
「させぼ。だいじょうぶ?」
「ああ。マオ、お前のくれたお守りは……特別なものなのか?」
俺を守ってくれたのはマオがくれた守りで間違いない。あの石以外に俺を守ったデフレクターシールドを生じさせたものは見当がつかない。
「とくべつ。くろのかみさま、くれた、もの。おまもり、とてもだいじ」
「そうか。じゃあ、これは返しておく」
俺は石をマオに返そうとするが、マオは首を横に振る。
「それ、あげる。マオ、じぶんのもってるから」
「いいのか?」
「うん。させぼ、せんし。せんし、えらいから」
「そうか。ありがとうな」
マオがそう言うのに俺は礼を言ったのだった。
「あたしが持ってた分は篠原に取られちまったよ。今、篠原がいろいろと検査をしている。あれはまた大騒ぎになりそうだ」
「そうか。原理が分かれば……」
また世界にはおかしなものが生まれる。ダンジョンが世界を変質させる。
「佐世保君!」
ここで医務室の扉ががらがらと開かれ、篠原が姿を見せた。
「いやあ。無事で何よりだ! 君が生きているのは素晴らしいことなのだよ!」
「そうらしいな。原因は何か分かっているのか?」
「恐らく、だが。君が浴びたドラゴンの体液が原因かもしれない。ジークフリートの伝説を聞いたことは?」
「ドラゴン殺しの英雄、だったか」
「彼はドラゴンの血を浴びたことで、傷つかない肉体を手に入れた。それと同じで君の肉体もドラゴンの血で何かしらの変化をした可能性がある」
「神話の話だろう? 科学的な根拠はあるのか?」
「今のところはないが、君に起きたことなので特異なのはそれぐらいなのだよ」
ドラゴン殺しの英雄の神話。そんなものを持ち出さなければいけないぐらい、ダンジョンについては何も分かっていないということだ。
「それから君の体について検査が終われば、いよいよ2階層の調査だそうだ。理事会はそう決定した」
「そうか」
ダンジョンは今もなお存在している。忌々しいことに。
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