生じる被害
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──生じる被害
ドラゴンを監視するフサール作戦はそれから2日間続いた。
俺たちは観測地点でドラゴンの情報を集め続け、それを報告し続けた。
ことが起きたのは2日目の帰還を考えていたときだ。
「見ろ。太平洋保安公司の車両が来るぞ」
湊が生体電気で索敵して手に入れた情報を伝えてくる。
太平洋保安公司のお上品なロゴが入った軍用車両数台がドラゴンの方に向かいつつあった。装甲化されたた四輪駆動車2台とイタリア製の偵察戦闘車両が2台。偵察戦闘車両の方には口径105ミリの戦車砲が備わっている。
「連中、何をするつもりだ?」
「分からん。威力偵察か?」
ドラゴンに挑むには明らかに装備が足りていない太平洋保安公司の部隊は、道路を高速で移動すると口径105ミリライフル砲の射程内にドラゴンを収め、射撃を開始した。
突然攻撃でもドラゴンはきっちりデフレクターシールドを展開し、威嚇するように翼を広げて迫ってきた車両を狙う。
車両は射撃を行いながらUターンし、ドラゴンを引き付けながら引いてく。
「クソ。本当に何をする気だ?」
「湊。ドローンを飛ばせ。追跡しろ」
「了解」
企業の連中が何をしようとしているにせよ、ドラゴンに関するならば把握しておく必要がある。俺たちはまずは湊がドローンを飛ばし、それからレイヴン・ユニットのふたりを残して、俺と湊は車両でドラゴンを追う。
「ドラゴンは太平洋保安公司の車列を攻撃しながら追跡している。連中もあたしたちと同じように威力偵察に来たのかね……」
「今はまだ何もわからん。しかし、警戒はしておけ」
湊がドローンからの映像を見て怪訝そうにするのに俺はそう告げる。
太平洋保安公司の車両は未だにドラゴンを引き付け続け────。
「不味い。佐世保、止まれ」
湊が不意に警告するのに俺はブレーキを踏んだ。
その次の瞬間、砲声が高らかに響いた。
「待ち伏せか」
ドラゴンに向けて砲声とともに放たれた砲弾が襲い掛かる。デフレクターシールドがそれらを弾く中、ドラゴンは前方に向けて火炎放射を放つ。
生物の放てる温度ではないそれは偽装された陣地に隠れていた太平洋保安公司の戦車部隊をあらわにさせ、何台かの戦車を撃破した。
生き残った戦車がさらに砲撃を加え、後方からも砲弾が飛来するが、ドラゴンのデフレクターシールドは飽和する様子がない。
「おいおい。やばいぞ、これ」
「ああ。太平洋保安公司の連中、計算を間違ったな」
ドラゴンはデフレクターシールドであらゆる攻撃を弾きながら前進し、戦車部隊に迫ると至近距離から火炎放射を浴びせた。戦車は次々に誘爆して吹き飛ぶ。全滅だ。
さらにドラゴンは飛び上がり、後方の砲兵陣地に向けて飛翔。砲兵が逃げようとするのを追いかけて火炎放射を浴びせるさまがドローンに捉えられる。
「全滅したな…………」
その有様を見て俺はそう呟いた。
「ドラゴンは再び戻り始めている。見つかる前にあたしたちも陣地に戻ろう」
「それからドラゴンについて報告しないとな」
俺たちは再びレイヴン・ユニットが待機している丘に戻り、ふたりを拾った。それから俺たちは報告のために公社に戻る。
「太平洋保安公司は大損害だったな」
「ああ。連中にとっては開発の邪魔になっているドラゴンを早急に排除したいゆえの行動だったんだろうが、藪蛇だったな」
帰りの車内でレイヴン・ユニットの中川が言うのに湊がそう返す。
「しかし、これではっきりした。中途半端な戦力を投入しても意味がない。ちょっとばかり砲兵や戦車を揃えても、ドラゴン相手には犠牲を増やすだけだ」
「そうだな。本当にダンジョン戦役のときのような総力戦をやらなければならないってわけか……」
「それかどうにか他の方法を考えるか」
「他の方法って?」
湊がそう尋ねるが俺は答えずに公社に向けて車両を走らせた。
公社に到着してから車をガレージに入れ、俺たちは事務所に向かう。
「帰ってきたか。どうだった?」
俺たちの帰りを村瀬が歓迎。
「ドラゴンの火力と機動力についてはある程度。それから太平洋保安公司の連中が2敗目を喫したぞ」
「太平洋保安公司が?」
疑問を呈する村瀬に俺たちは状況を報告した。
「なるほど……。中途半端な戦力では無意味か……」
「公社の方はどう対応するつもりでいるんだ?」
「いや。まさにある限りの戦力を持って打撃を与えようってつもりだった。だが、太平洋保安公司が先にその間違いを犯してくれたおかげで避けられるだろう」
湊の問いに村瀬はそう返した。
「かといってダンジョン戦役級の動員ができるわけじゃない」
「ああ。その条件は変わっていない。俺たちはある限りのものでどうにかしなくちゃならんのだ」
公社が動員できる戦力は、東アジア最大規模の民間軍事会社である太平洋保安公司のそれより小規模なものとなるだろう。
太平洋保安公司のそれでもドラゴンには手も足もでなかったのに、公社が動員できる戦力で正面から挑み、ドラゴンを排除できるビジョンが見えない。
「篠原にも状況を報告してくる。あいつが何か策を考え付くかもしれん」
「期待はしないでおこう。篠原は学者であって軍人じゃない」
俺は村瀬にそう断ってからそう言って事務所を出て、研究室に向かう。レイヴン・ユニットのふたりは装備を解くために事務所を出て別れた。
「篠原が本当にいいアイディアを思いつくと思うか?」
「さあな。こればかりは実際に聞いてみなければ分からん」
湊もそう疑問を抱くのに俺はそう返した。
俺とて篠原との付き合いが長いわけじゃない。やつが起こした迷惑な行為は数多く知ってるし、やつが公社に貢献したことも理解はしているが、今回の件ではどうなのかというのは不明なままだ。
しかしながら、現状は藁にもすがりたいようもので、篠原はまさにその藁だった。
「篠原。ドラゴンについて調べてきた」
俺はそう言って研究室の扉を開ける。
「おお。よくぞ戻った! さあ、早速結果を教えておくれ!」
篠原が興奮した様子で俺たちを迎えるのに俺と湊は偵察の結果とその際の映像を篠原に提供した。
「ふむふむ。興味深い情報だね」
篠原は一度データを受け取ると、俺たちとのコミュニケーションをとることなく、それに見入っていた。
「なあ、篠原。何か手はあるのか?」
「ここだけの情報だがね。太平洋保安公司は戦術核を使おうとしているという情報が入っている。統一ロシア製の核出力8キロトンのものだ」
「それは……」
「ああ。いくらここが無法地帯とは言え民間軍事会社がダンジョンで核を使用するのは、日本政府も嬉しくない。君たちに妨害を命じるだろう」
湊が呻くのに篠原はそう続けた。
「しかし、戦術核で片付くなら使えばいいと思うがね。これ以上死人を増やすよりマシだろう?」
「それもそうだな。だが、あんたが本当にそれに納得しているようには見えない」
篠原が言うのに俺はそう指摘した。篠原は言葉とは裏腹にどこか不服そうにしているのが分かった。
「それはもちろん。とにかく強い火力をぶつければいいと核を放り投げるのは、サルにもできることだ。我々はもっと頭を使わなければ」
そう篠原が話していたとき、マオがやってきた。
「させぼ、みなと。ドラゴン、狩る?」
「ああ。ドラゴンを狩らなければならん」
「なら、これ!」
マオは首にかけていたお守りらしき変わった石を俺と湊に差し出した。
「お守りか? ありがとう、マオ」
「がんばって!」
湊はマオの頭を撫で、マオはそう言って俺たちを励ました。
だが、お守りでどうにかできるほど状況は簡単じゃない。
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