第1話:始まり
「もう限界、これ以上我慢できないわ」
「ああ、そうだな」
寝室の隣、台所から差し込む微かな光に目を覚ますと同時に耳に届く話し声。
震える声の女と対照的に不気味なほど落ち着いた男の声。
物音を立てないよう隙間から外を伺う。
「明日の夜だ。明日の夜ならすぐに山に埋めに行ける」
「明日で、ようやく終わるのね」
震える女を抱きしめる男。
通りでいつものヒステリックに比べて静かだったはずだ。
明日、僕は両親に殺される。
それに気がついた時には準備を始めていた。
初めて母からもらったお下がりの皮袋にありったけのお金と夕食で残しておいたパンを詰める。
掛け布団の中に袋を隠すと抱くように布団の中に潜った。
数秒の後ぎょろついた目が部屋の中を見渡す。
僕が寝ているか確認に来たのだ。
寝ているふりでやり過ごしてから数時間後、台所の光が消え静寂が訪れる。
物音一つ立てないよう細心の注意を払い窓を開ける。
蒼く冷たい風が頬を撫でる。
「...寒いな」
春の初めといっても夜はまだ冬同然の気温だ。
ボロ切れのような衣服に身を包んで隣町を目指して歩き出す。
夜の果てが白み始めた頃、冒険者ギルドが営業開始するタイミングで到着した。
いつかの英雄譚に準えて僕はファルメルと名乗った。
殺されるはずだった今日、僕の第二の人生が始まったのだ。
稚拙な文章をご精読いただきありがとうございます。
ゆるゆると更新していきます。