一緒に
その子供がコロコロと表情を変えるのを、全く飽きもせずに見られらのだった。それももう、30年になる。しかしその月日は彼にとっては僅かに数年に感じるほどに色濃く、充実した毎日だった。
だから、ほんの少し悪戯をしてみたい、と思った事をどうか許してやって欲しい。彼は、「好きな女性ができた」とだけ告げて、神様の顔を見ることもなく家を出た。
母屋の結界の中からは、あらんかぎりの騒音が響いていたが、それもまたこの後のサプライズを思えば、反転して喜びに変わるだろうと思った。
史郎は神様のことが好きだった。恥もなく言えば、誰にも渡したくないと思い、ここ数年はわざと隠すようにして生活していた。
この日、やっととれた休日に家を空けたのは、神様へ贈る結婚指輪を受けとるためだった。
けして多くない給料を、何ヵ月も貯めてやっと買えたその指輪は、小さいながらもダイヤモンドを埋め込んだプラチナのリングで、大人に比べてやけにサイズが小さいこと以外は、全く完璧な贈り物であった。
ピンクのベルベット調の指輪入れを隠し持つようにして、スキップしないように気をつけて帰った史郎は、なにか言い様のない違和感に襲われた。
あのやかましい、机を叩く音が全くしないのである。おかしい。いつもならば帰ってくる足音をきくやいなや、鼓笛隊のごとく鳴り響いていたあの音がしない。
そればかりか、母屋のいつも付けている蛍光灯がぷっつりと明かりを落として部屋は薄ぐらいのである。
彼の背中を冷たい汗がつたった。
急いで母屋の鍵を開けると、いつもは弛ませるようにして巻いてあった結界の麻縄が、ビン、と音がなるほどに張りつめてあった。
「嘘だ……うそだ……」
その、結界の続く先には小さな神社があって、そこにちょこんと、てるてる坊主のような物体がぶら下がっていた。
「やだ!!」
手に隠し持っていた、あれだけ楽しみにしていた指輪が音を立てて転がった。箱から飛び出た小さなリングは、畳の縁を通ってだらりと下がった足に当たって止まった。
その体はピクリともせず、史郎が首にかかった縄をとくまでずっとそこにあった。
涙で溺れるようにして崩れ落ちた史郎の胸のなかで、もぞりとなにかが動く。
「なんじゃこれ!! わしにかの!?もらっちゃって良いのかの!!いやーー嬉かぁ!よかよかねぇ!ほらぴったりじゃけぇ!」
「神、様?」
指にはめた指輪を嬉しそうに太陽に透かす姿があった。もちろん、家の中なので太陽は見えないのだが。
「死んだんじゃ……?」
「これくらいで死ぬわけなかろうが! なんじゃ、あんまり泣くんでいつまで続けて良いか分からんだ」
「よかったぁ……」
その小さな神様は顔を真っ赤にして、唇を小鳥のように尖らせながらポツリポツリと呟いた。
「わしでもいいのかの……?その、なんじゃ。気恥ずかしいの」
「うん。俺が死ぬまで一緒にいて欲しい」
「バカ、死んでも離れんわ」
こうして1柱と一人の生活は不格好な結婚生活となった。