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推しが怖いです

 けがのせいでやることもなく、ローザが暇を持てあしていると、再びイーサンが診察にやって来た。


 最初のころは毎日のように来ていたが、最近では三日おきになった。


 いつものように、治療を終えると珍しくイーサンが口を開いた。


「君はなぜ、アレックスからの結婚の申し込みを断ったのだ?」

 

 それは唐突な質問だった。


 ローザはびっくりしたが、彼にしてみれば、よほどそのことが気になっていたのだろう。


「同情されて結婚を申し込まれるなんて、いやですから」


 本当は毒殺されたくないだけだが、ローザは今までのイメージを壊さないように気取った調子でいう。


 いきなり、しおらしくなったら、何か企んでいると怪しまれかねないと思ったからだ。


「ほう。君はプライドの高いご令嬢なんだね」

 イーサンは感情の読めない淡々とした口調で言う。


(顔は推しだけれど。やりづらいわ、この人。いまひとつ何を考えているのかわからないのよね)


「公爵閣下が私をどのように思われているかは存じませんが、私は傷を逆手にとって結婚を迫るような卑怯な真似は致しませんわ」


 ローザがきりりと顔を引き締めて言うと、イーサンが感心したように片眉を上げる。


「それは、よい考えだ」

「どうやら殿方は、こちらが必死で追いかけると逃げ出すようですし、結婚しなければ幸せになれない。ということはないのではと最近では思っております」


 ローザは前世での持論を語る。


 そう、社畜ではあったが、ロマンス漫画と風呂さえあれば幸せだった。


 実際友人が結婚した時には焦りを感じたが、金さえあれば生活に困ることもないし、将来の心配もしなくていい。


 今世では、その金は有り余るほどあるのだ。果たして夫は必要だろうか?


 ローザがアレックスの婚約者になりたがったのは愛からというより、王族というブランドが欲しかっただけなのかもしれない。


「それは貴族令嬢らしからぬご意見だね」

 イーサンが軽く首を傾げる。


 彼は三食昼寝付きの豊かで幸せな令嬢生活を知らないのだ。


 この世界の殿方は気の毒だ。


 高位貴族には、贅沢で優雅な生活を送る者たちがいる一方で、立場上彼のように馬車馬のように働いている者もいる。


 そして、お金が大好きな父も、同じく嬉々として働いていた。

 父の場合、金儲けは趣味と実益を兼ねている。

 

 金持ちなのに、金を稼ぎ続ける。これでは各方面に家族そろって恨まれて当然なのかもしれない。


 ローザは、夫にしてもいいと思える愛しい相手が見つからなければ、領地の別荘に引っ込み、そこでニート生活を満喫する予定だ。


 幸いこの家には優秀な跡取りの兄がいる。


 父が失脚しなければ、一生働かなくて済む財産がこの家にはあるのだ。


(そうよ。今世では人に使われて、すり減らす人生となんておさらばだわ。それから、お父様に失脚されたら困るわね。その対策も考えねばならないわね)


 ローザは不敵な笑みを浮かべた。


 前世の記憶を思い出した彼女は、今世での固定観念を軽く打ち破っていた。



 ◇


 怠惰な令嬢生活が始まり、ひと月が過ぎた。

 

 その間アレックスから毎日ののように見舞いの花が届き、断りを入れているにもかかわらずあれから二度ほど短時間だが、見舞いに来た。


 そして相変わらずイーサンは三日ごとに傷を診に来る。


「閣下、傷はもうほとんど癒えたので、往診はしなくて結構ですよ」

 ローザは愛想よく言う。


「それは私が決めることだ。それにこのままでは傷が大きく残ってしまう」

 イーサンは、相変わらず淡々と事実を述べる。


「そんなもの髪や化粧でかくしてしまえば、まったく問題ありませんよ」

「残念ながら、私の雇い主は君ではなく、クロイツァー卿なんだ」

 イーサンがローザをなだめるように言う。


(面倒くさいわ、なんかアレックス殿下のために私を動きを監視しに来ているように思えるのよねえ)


 だが、傷はだいぶ薄くなっており、評判通り彼は腕がいい。


「クロイツァー嬢。私は、人という者はそう容易(たやす)く変わらないという考えをもっていてね」


 相変わらず感情のわからぬ微笑をたたえている。美形なだけにちょっと怖い。


「ほほほ。それはまた(かたく)なだこと、私は柔軟なお考えを持つ殿方が好きですわ」


 大人しくしていようと決めたのについうっかり、彼の挑発に乗ってしまう。

 焦ってフォローしようと思ったが、取り繕う言葉が全く見つからない。


 

「そういえば、クロイツァー嬢、君の部屋の中はいつもバラの花が絶えないね」

 

 なるほど、それでローザを警戒しているのかと思った。


 ローザがアレックスにバラを要求しているとでも考えているのだろう。



「それはアレックス殿下がお見舞いだといって、贈ってくださるのです」

「なるほど」

 

 別にアレックスを脅して贈ってもらっているわけではない。


 気にしなくていいと言っているのに、アレックスが律儀に見舞いの花を送ってくるのだ。


 そのうえ、王宮にしか咲かない品種のバラだから、すぐにアレックスからだとわかる。

 

 今までのローザの行動もさることながら、これもイーサンに警戒されている原因だろう。

 

 しかし、花に罪はないし捨てる気はなかった。

 


 イーサンは腕の良い治癒師だし、毒殺はお得意だろう。


 彼といるのはリスクが高すぎる。


(顔だけは推しなんだけれどなあ……。毒殺の危機にある私としては、やっぱり怖いのよね)







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