急展開2
「たまたま私が下町の診療所の友人の元へ行っているときに憲兵から、連絡が入ったんだ」
「えっと、閣下が下町の診療所ですか?」
なんでイーサンが下町の診療所を手伝っているのか、いろいろと突っ込みどころはあるが、事態はそれどころではない。
「ああ、時々手伝っているんだ。ちょうどそのとき、ジリアンが水死体でみつかった。友人が検死することになって私も立ち会った。死因は溺死だったよ」
ローザは驚きに目を見開いた。
「川で溺れたということですか?」
イーサンが頷く。
「だいぶアルコールが入っていたようだ」
ジリアンとはほんの数十分話しただけだが、それでも見知った人が死ぬと言うのはショックなもので……。
「あんなに元気だったのに。なんで飲みすぎたりしたのか
しら」
ローザは頭を抱えた。急に大金を持って気が大きくなったのだろうか。
「ジリアンが川に落ちた晩は夜半から強い雨が降っていた。それで酔った彼女が足をすべられせたのではないかと」
「なんてこと」
金を貰って喜んでいたのに、運が悪いにもほどがある。
「彼女の持ち物なんだが、君に確認してもらおうと思って借りてきた」
「え? 私に? どうしてですか?」
ローザが訝しげにたずねる。
「ジリアンらしくないものを持っていてね」
そう言ってイーサンは布にくるまれた小さな包みをテーブルに置き、中を見せる。
出てきたのは凝った細工にルビーがちりばめられた髪飾りだった。川に落ちたショックか髪飾りは一部ひしゃげていた。
しかし、それでも貴族のつける一流品だとわかる。ジリアンが持っているわけがない。
「これは……」
以前夜会でエレンがつけていた髪飾りにそっくりだった。
「君も見覚えがあるんだね? 確かモロー嬢がつけていたように思うが」
イーサンも覚えていたようだ。
「はい、断定はできませんが、似ていますね。店に持っていけば、どなたが購入したかすぐにわかるのではないですか? 一点もののようですし」
細工からして恐らくその店のオーダーメイドだろう。ローザもよく利用する店なのでわかる。それはきっとイーサンも同じだ。
「確認してくれて、ありがとう。私は、今から店に行って聞いてみる。君も来るかい?」
ローザはふとヘレナとヒューに目をやる。
彼らはローザの決断を待っているようだ。
「今日は店が忙しいのでやめておきます。差し支えなければ、結果をお聞かせいただけますか?」
「わかった、約束しよう。では忙しいところを邪魔して悪かったね」
そう言ってイーサンはすぐに席を立ち去っていった。
「お嬢様、一緒に行かなくてよかったのですか?」
ヘレナが心配そうに聞く。
「ええ、閣下に任せるわ」
どのみちジリアンという糸が立たれてしまった。
(でも、どうしてジリアンはエレン様の髪飾りを持っていたのかしら?)
なぞは深まるばかり。
いつの間にかローゼリアンのバックヤードが、イーサンとの情報交換の場所になっていた。
◇
翌々日の昼さがり、イーサンは手土産に焼き菓子を持って『ローゼリアン』にやって来た。
ちなみに先日同様顔色は優れない。
「君と約束したから結果を知らせようと思ってね」
イーサンは出された紅茶にも茶菓子にも手を付けていない。
あまり彼にとっていい結果ではなかったようだ。
「それで注文なさったのはどなただったのです」
「顧客情報だから、明かせないと言われた」
ローザは肩透かしを食らった気分だ。
「まあ、あそこまで高級店になるとそうなってしまうのですかね?」
「クロイツァー嬢、私に明かせないと店側が言う場合は、顧客が王族の時だけだ」
「……なるほど」
つまりはエレンが特注したものではなく、アレックスからのプレゼントいうことになる。
「それで、私はこれからマーピンのところに行ってくる」
「え? でもマーピンは依頼人のことは話せないと言っていましたよ。それとも閣下になら、教えてくれるのですか?」
だとしたら、単身乗り込んだローザは、損をしたことになる。
ローザがイーサンに強い視線を注ぐ。
「まさか、それはないよ。モロー家を調べてもらうんだ。あれはアレックスがモロー嬢に贈ったもので間違いないだろう」
「まあ、そういうことになりますね」
ローザはいたって冷めていた。
「本当は宝飾店でも粘れば教えてくれたはずなんだが、アレックスの名を聞くのが怖くてね。
いや、聞くまでもないか……。実は王宮で、モロー嬢がアレックスを訪ねてくるという噂が出始めている」
イーサンが苦笑する。
「それで、アレックス殿下には確認したんですか」
「ああ、確認したが本人は否定している」
そう言いつつもイーサンはアレックスをまったく信用していない様子。
「殿下を説得して、エレン様と別れさせるのですか?」
踏み込み過ぎかとも思ったが、黙っていられなかった。
「いや、彼も大人だ。自分が何をしているのか、わかっているはずだ。それより、心配なのは君だ。身辺には十分気を付けて。それと、もうこの件から手を引いた方がいいかもしれない」
「そういうわけには参りません。これは私の事件ですから」
ローザはきっぱりと言い切った。




