前世の推しに警戒されています
8/27改稿しました
9/13改稿
目覚めると、眼前に見目麗しいイーサンがいた。
しかしその表情は整い過ぎているせいか冷たく見える。
(いや、実際、冷たいのか?)
どうやら、彼はローザが眠っている間に診察に来たようだ。
「膿が出たりはしていないか? まだ痛みは続いている?」
淡々と症状を聞いてくる。
完璧な彫像のように美しいが全く変化のない表情を見て、ローザは目を瞬いた。
(なんだか、イケメンの真顔って怖いわね)
そんな感想を持ち、思わず彼の瞳の中に殺意を探してしまいそうになる。
何せローザは毒殺される予定なのだ。
驚くべきことに、前世を思い出す前のローザは、その冷ややかさにまったく気づかなかったのだ。
それどころかローザのほうでは、彼に好感すら抱いていた。
なぜなら顔がいいし、優秀だし、何より王族であるアレックスに近しい人だから。
今思うと、侯爵令嬢という立場を利用して、結構なれなれしい態度をとっていたと思う。
我ながら、どれだけ厚顔無恥なのかと頭を抱えたくなる。
(確かローザの設定って狡猾な悪女よね? これからヒロインにやることは、陰湿で巧妙ないじめだし。それなのに、頭がお花畑ってどうよ? 脇役だからってキャラブレがひどいわね)
ローザは心の中で悪態をついた。
「膿は少なくなったようですが、頭が割れるように痛いです。体の節々も同様に痛いです」
ローザは正直に答えた。
馬に蹴られてひどく打ったのは頭だが、体も石畳の道に打ち付けられたので肩も腰もずきずきと痛む。
どうやら毒殺されるまでは、悪役は丈夫にできているようだ。
(いや、おかしいだろ。ひ弱な令嬢が馬に頭蹴られて生きているって)
ローザは頭痛に耐えつつ、漫画の設定を思い出す。
イーサンは、アレックスの叔父にあたる人物で、自分と同じ側室腹である、アレックスをとてもかわいがっていた。
だから、わがままで傲慢で、まだ婚約者でもないのにアレックスに付きまとうローザが好きではないのだ。
というのが漫画の設定で、今世で彼に秋波を送り続けてきたのは紛れもない事実。
(治療してもらっていてなんだけれど、嫌われていないわけないわよね?)
今までわがままだった自覚はある。だから、これからは、なるべく周りの好感度を上げていこうと思う。
この治療でなれなれしく接して、彼からさらに嫌われないようにしようと、ローザは心する。
そう一番の問題は漫画の中で、ローザが誰に毒を盛られたのかがわからないこと、たんにローザが覚えていないだけか、明記がなかったか。全く思い出せない。
脇役の悪役だから、とにかく皆に嫌われていたということが強調されていたのは覚えている。
結局漫画の焦点はヒロインとヒーローが身分差を乗り越えるロマンスにあったのだ。
(悪役モブだから、扱いが雑だわ。しかも、第一章で退場だし)
「では痛み止めを置いていくよ」
薬を出しながらも、イーサンは腑に落ちない表情でローザを見る。
「はい、よろしくお願います」
(そう、今日から私は品行方正で礼儀ただしい令嬢になるのよ)
ローザは固く決意して、頭を下げた。
だが、たったそれだけのことでも、額の傷が痛む。
「うぐっ!」
「体は動かさなくていい、無理をしないように」
痛くて暴れ出しそうだったが、症状が悪化しそうなので、ローザは苦痛に耐えた。
(痛み止め早いとこ飲んどこ)
そこでローザはとんでもないことに気づく。
腕の良い治癒師のイーサンならば、痕跡を残さずにローザをきれいさっぱり毒殺できそうだ。
とりあえずローザは、推しのイーサンを毒殺犯その1としておく。
妄想にふけるローザをイーサンが訝しんげな目で見る。
「傷口は綺麗にふさがってきているし、問題がないようならば、失礼するが?」
「はい、問題なしです。ごきげんよう」
表情を変えると痛むので、ローザは機械的にいって、それとなくお帰りを促す。
超絶美形で前世の推しの彼と会えないのは残念なことだが、これからは極力、彼とは接点を持ちたくない方が身のためだ。
「頭を強く打った影響なのか? それとも後遺症か何かか?」
訝しそうにつぶやきながら、イーサンが去っていった部屋で、ローザは自分の将来について思考を巡らせる。
「うーん、今までの行動を振り返ると、もうすでに周りに嫌われているってやつかしらね。ならば、皆の好感度を上げるより先に、毒殺犯を見つけたほうが早くない?」
一度嫌われた人間が周りの好感度を上げるのはかなりむずゲーだと前世の自分が告げている。ローザは痛み止めを飲みながら、再び頭を悩ませた。