噂をさぐるわよ?
「クロイツァー嬢。まず君が、なぜ私にそのようなことを聞くのか謎だ。それから、私にはそのような財産はないよ」
そう言って彼はにっこりと貴公子の笑みをうかべた。
(あ、これ、多分全く教える気のないやつだ)
「ほほほ、そうおっしゃるのでしたら、しかたないですねえ。では、私の方でもおかしな噂が広まったら困りますので、鎮火に努めたいと思います。それに噂の火元についても知りたいですし、ということで本日はよろしいでしょうか?」
ローザはお引き取り願うことにした。
「ふふふ、それは帰れって、ことかな?」
「まさか! お客様にそのような失礼なことは……。そうですわ! 閣下、ぜひバスボムをお使いになった感想をお聞かせくださいませ。当店としてはリピートしていただきたいので、忌憚のないご意見をお聞きしたいですわ。ご意見いただけましたら、商品を改良していきたい所存でございます」
ローザはいい案だと思った。
彼ならば、間違いなく、歯に衣着せない発言をする。つまり信頼に値するということだ。
男性用は試作品として片手間に作っただけだが、これでまた商売の別の扉が開くかもしれない。
「では、遠慮なく感想を知らせに来るよ。これで和解のしるしということにしていいかな?」
(やられたわ! なんか安く済まされた感じがする。でも負けない)
「もちろんですわ。当店の商品をリピートくださるなら、大歓迎ですもの。いつでもいらしてくださいね!」
ローザはにっこりと微笑んだ。
ヘレナと共にローザは、店先までイーサンを見送った。
「上客になるといいわね」
店先で隣に佇むヘレナに声をかけた。
「はい、きっとなってくださると思います。ずいぶんとお嬢様を気に入っておられるようでしたから」
「はい? あの嫌味な態度のどこから、そんなことを読み取ったの?」
「お嬢様、閣下はお嬢様の噂を憂いて来てくださったのですよ。店の商品も気前よく買ってくださいました。そのうえ、リピートしてくださるなんて」
ローザはヘレナの言葉にはっとする。
「確かに。太客は逃がしてはダメね。何が何でも意見を聞いて男性用バスボムの開発に役立てましょう! それに宣伝につかえるわよね。閣下がお気に入りのバスボムと宣伝して店で売るのよ。妙案じゃない!」
前世でもインフルエンサーを使ったそんな商法があったような気がする。
するとなぜかヘレナが気の毒なものを見る目でローザを見た。
「え? なによ、ヘレナ?」
「お嬢様の乙女回路は以前は暴走気味でしたが、今は朽ち果ててしまわれたのですね」
心なし、悲しそうに言う。
「いや、せめて枯れたにしてくれない? また再生するかもしれないし」
(ここにもいたわね。忌憚のない意見をいう娘が……)
だが、不思議とそういう物言いをする人間をそばに置いておくほうが、ローザの運が上向く、お世辞や嘘ばかりの貴族社会で生きるローザにとって、裏表のないヘレナは貴重な存在だった。
◇
その晩。即断即決のローザは、店から帰ると早速父のいる書斎へ向かう。
もちろん、陰のようにヘレナも半歩後ろに付き添っている。
ノックをし執務室のドアを開けると、父に加え兄そして秘書に執事がいた。この家の人間はなぜか皆働き者だ。
そして、箱入り娘の母も遊んでいるわけではなく、クロイツァー侯爵夫人として派閥をまとめ上げ、社交を一手に引き受けていた。ただ商売には口を出さないだけだ。
「まあ、申し訳ございません。お仕事中でしたのね」
さすがのローザも遠慮した。
しかし、父は鷹揚に頷きローザを執務室に招き入れる。
「構わないよ、ローザ。商売というものはやってみると大変だろう? この父に何か相談事があるのかい? 商人の先輩として答えてあげよう」
正真正銘の貴族だが、心は商人な父がものすごく嬉しそうに尋ねてくる。
ローザはなんとなく居心地の悪いものを感じた。
「あの、私に舞踏会や茶会の招待は届いいないのかと思いまして」
「ああなるほど、バスボムの販売促進をしたいんだね。それならば、またうちで茶会でも開けばいいだろう?」
と兄が訳知り顔で言う。
「そうではなく、普通の茶会に普通に潜……いえ、参加したいのです。もちろんご婦人ばかりではなく、殿方も出席しているものにです。それとクロイツァー侯爵家の派閥ばかりというものではない、茶会や夜会が好ましいのですが、お誘いはありまして?」
ローザの噂はきっとほかの派閥から出ているのだろう。
それに日頃から付き合いのある令嬢はローザを気遣って、噂を聞いていてもわざわざ知らせに来ないかもしれない。
だから、ローザは自身で噂がどの程度広がっているのか、または火元はどこなのか探らなければならないのだ。富豪伯爵令嬢のジュリエットあたりを捕まえ聞いてみるのもいいかもしれない。
これはローザの戦いなのだ。
「ははは、そうかローザもとうとう!」
父がなぜか感極まった様子。
「父上、本当に良かったですね」
兄もなぜか嬉しそうだ。
「旦那様、これで一安心でございますね」
執事は目頭を押さえ何度もうなずいている。
「え? 何? これどいういう状況?」
ローザが唖然として呟くと、優秀なメイドのヘレナが横で解説してくれた。
「旦那様方はお嬢様が、いよいよ殿方に興味を持たれて喜んでおられるようです」
神妙な顔つきで言う。
「何ですって? 違います。お父様、勘違いです! 私はすっかり社交界の噂に疎くなってしまったので、ここで情報収集しようかと」
ローザは自分の悪評を流している人間をとっ捕まえたいだけなのだ。
「わかっているよ。ローザ、この父がお前によさそうな夜会を見繕ってあげるからね。たまには仕事を休んでドレスでも作っておいで」
どうあっても父の誤解は解けない。
そのうえ、面倒なことに母までやってきた。
「まあまあ、皆どうしたの? 楽しそうねえ。ふふふ」
「ローザが、やっと殿方に興味を持ってくれたようだ」
父の言葉がとどめとなった。
その後はてんやわんやの大騒ぎで、家族の誤解が解けることはなかった。
だが、ローザはそんな父も母も使用人たちも、どうしようもなく大好きだ。




