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プロローグ
爽やかな春の日が差し込む豪奢な部屋の中で、クロイツァー侯爵家の長女ローザは
専属メイドのヘレナから渡された手鏡をのぞき込み、本日何度目かのため息をつく。
「お嬢様。馬に蹴られてこれだけの傷ですむなんて奇跡ですよ」
相変わらずメイドのヘレナは歯に衣着せない物言いをする。
それを聞いたローザの口から、乾いた笑い零れ落ちた。
「あはは……」
ローザは馬車につながれた馬に蹴られた後、三日間意識不明の昏睡状態に陥った。目が覚めてみれば、額には髪で隠しきれないほどの大きな傷ができていた。もう、これは笑うしかないだろう。
(顔に傷持つ貴族令嬢の私。嫁の貰い手はないな)
そして、幸か不幸か、ローザは馬に蹴られたその瞬間、走馬灯のように前世の記憶を思い出していたのだった。
意識が戻った直後は父も母も兄も泣いて喜んで大騒ぎしたが、今は少し落ち着いている。ローザはゆっくりと前世の記憶を整理することにした。