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14話 メール

 夕飯後。


「山本さん! 山本さん! これ見てよ!」


 ぼーっと眺めていたテレビを消し、ぼちぼち編集するかとPCを開いた俺の背中を、絵舞はハイテンションでポコポコと叩いて来た。


「なんだよいきなり」


「なんだよじゃないよ! ビックニュースだよ!」


「ビックニュースだぁ?」


 振り返り顔をしかめれば。

 絵舞は興奮した様子でケータイの画面を俺に向けた。


「なんだこれ、メールか?」


「いいから読んでみてよ!」


 見たところ絵舞宛に送られてきたメールのようだが。

 こんなの俺が読んだとして、一体なんだというん……。


「……はぁぁっっ⁉︎」


 さらさらっと目を通した末。

 思いもよらぬ内容に俺の声は上振れた。


「お前、これ……」


「ねっ! ビックニュースでしょ⁉︎」


「ビックも何も、本当かよこれ⁉︎」


 一応最後まで目を通したが。

 さらっと読んだだけでは、イマイチ状況が理解できない。


「流石に迷惑メールとかじゃないのか?」


「そんなわけないじゃん。今時こんなイタズラする人いないって」


 確信を持って放たれた絵舞の一言に、俺は疑いつつも口を噤んだ。そして今度はしっかりと、もう一度その内容を確認してみる。

 

 文面にはこうあった。


『私はXXテレビの加納と申します。日頃からエルマ様の動画を楽しく拝見させていただいておりました。最近新たな動画編集者様を雇用されたのは、動画を通して把握しております。そこでぜひエルマ様の動画編集者様に、局の業務のご依頼をしたく、本日はご連絡させていただきました——』


 加えて本文の下には、面談の日程の候補日と時間が。

 住所、問い合わせ先も、それらしいものが記載されていた。


 つまりこれは……。


「おいおい、マジじゃんか!」


「マジだよ! 凄いよ山本さん!」


 抱いていた疑念が興奮となって一気に爆発する。

 テレビ局が業務の依頼をしたいって、これまたどうして俺なんかに?


「こんなことってあるのか……?」


「あるよ! だって山本さんの編集凄いもん!」


 深夜だというのに、今だ動揺と興奮が治まらない。

 出来るだけ声を抑えて、俺は絵舞に確認をとる。


「XXテレビってあれだよな、夕方に4分クッキングやってる」


「そう! それと千鳥足のぶらり旅とか!」


 XXテレビといえば、ここらの地域だと知らない人はいないくらいには大きな地方局のはずだ。俺も絵舞もよくここの番組を観させてもらってる。


「近日中に会って話したいから連絡下さいだって」


「話すって言われてもな……ちょっと心の整理が」


 まるでドッキリみたいなメールだ。

 こんなの誰が来るって予想できるよ。


「とりあえず、適当に日付書いて送っちゃうね!」


「ちょ、何お前勝手に……!」


 余韻に浸っていた隙に、絵舞はぽちぽち指を動かし始める。


「俺はまだやるって言ってねぇぞ!」


「いいじゃん。山本さん今ちょうど仕事ないし」


「いいじゃんって、そんな急に決められるか!」


 絵舞から必死にケータイを奪おうとするも、JKの身のこなしで巧みに交わされ。その間に器用な手つきで、絵舞は依頼承諾の文面を完成させていく。


「はいっ、これで返信完了っと」


「お、お前、打つの早すぎだろ……」


 俺に有無を言わさず、メールは送信。

 テレビ局との面談に行く羽目になってしまった。


「よかったね! これで無職じゃなくなるよ!」


「よくねぇよ。どうして話し合いもなく送っちゃったんだよ」


「え、話し合いとか必要だった?」


「必要だろ。俺は無職だが、お前の動画の編集者でもあるんだぞ?」


「動画編集者でも、他に何か仕事してた方がよくない?」


「そりゃ働けるに越したことはないけどさ」


 テレビ局にこういった誘いを受けたことに関して言えば、光栄以外の何事でもない。自分の技術を認められたようで、素直に嬉しいのは確かだった。


 しかし俺にはテレビ局以前に、絵舞の動画を編集するという重要な役割があるわけで。もしこれでテレビ局の仕事で手一杯になって、その役割が疎かになってしまったとしたらどうする。


「俺はお前の動画を編集する代わりに、ここに住まわせてもらってるんだ。これでもし毎日投稿が出来なくなりましたとか、動画のクオリティが落ちましたとか、そんな風になったら困るのはお前の方だろ」


 これだけ良い環境、良い生活をさせてもらっている身で、その代わりとなる仕事を疎かにする可能性のある選択は、俺の良心に反するものだった。


 それにまず第一に。


「テレビ局なんて、俺なんかに務まる仕事とは思えないんだよ」


 下手すれば全県民、全国民が観るかもしれない番組に携わるわけだ。そんなの並大抵の覚悟じゃ、成り立たない仕事であることは間違いない。


 ましてや俺はつい最近までホームレスだった人間だ。そんな社会の底に限りなく近い日陰者なんかが、考えなしに受けていいような仕事じゃない。


「今からでも遅くない。ちゃんと話し合って決めよう」


 様々な問題を考慮して、俺は絵舞にそう提案した。

 ここまで言えば、前のめりになっていた絵舞の頭も少しは冷えるだろう。


 そう思っていたのだけど。


「もぉー、山本さんはいっつもお堅いこと言うんだから」


 俺が期待していたものとは、だいぶ違った反応で絵舞は言った。


「そもそもこんな凄い話、受けない方がもったいないよ!」


「もったいないって……俺はお前の動画のことを思ってだな」


「私の動画はもちろん大事にしてほしいけど、それ以上に山本さんには、テレビ局の仕事を頑張ってほしいんだよ!」


「だからって、編集を疎かにしていい理由にはならないだろ」


「なら、疎かにしなければいいだけの話じゃん!」


 食い気味で、随分と難しいことを言ってくれる。

 そりゃテレビ局の仕事を受けつつ、絵舞の動画の編集もこなせれば特に問題はないが。そもそも依頼される仕事が、どれだけの業務内容かもわからない上に、家に居られる時間が減ってしまうとなると、必然的に絵舞の動画に使える時間も減る。


「仕事の内容がわからない以上、『はいやります』って無責任に頷くわけにはいかねんだよ。お前の動画との兼ね合いもあるわけだし」


「だからこその面談なんじゃないの?」


「まあ……それはそうかもしれないけど」


 一瞬口ごもれば、これ見よがしに絵舞は胸を張った。

 そして俺に命令を下すかのような勢いで。


「山本さんが凄い人だって、テレビ局の人も認めたんだよ! ならもっと多くの人に山本さんの凄さを知ってもらおうよ!」」


「知ってもらうったって、俺なんか別に……」


「男なら目の前のチャンスに飛びつくくらいの勢いじゃないと!」


「んん……」


 これだけ威勢よく言われると、NOと言う気力が失われるから不思議だ。俺だって世間から評価されたいっていう気持ちが無いわけじゃないが。


「テレビ局なぁ……」


 何度考えても身に余る大役に思えてしまうのだ。

 そもそもなぜYouTuberの動画編集者である俺に、こんな仕事を依頼してきたんだ? XXテレビなら、俺以上に優秀な技術者がいくらでもいるはずだろ?


「とにかく、話だけでも訊いてきなよ」


「んん……まあ、話訊いてみないことには始まらないしな」


「そうそう!」


 肯定的に返すと、絵舞は満足そうにうんうんと頷いていた。

 そして「あっ!」と、何か思い立ったような声を漏らして。


「そしたらさ、スーツとか必要なんじゃない?」


「スーツ?」


「ほら、サラリーマンはみんな着てるじゃん」


 確かに、仕事する上では必要かもしれないが。


「別にまだ面談だけだし、そこはなんでもいいだろ」


「でも山本さん、フニクロの服しか持ってないじゃん」


 そう言うと、絵舞は険しい顔でまじまじと俺を見る。


「やっぱり、スーツ着た方がいいよ。これからも使う時あるだろうし」


「いやいや、わざわざいいよ。これ以上お前への負担増やしたくないし」


「全然負担じゃないよ。むしろ山本さんと暮らし始めてから凄く儲かってるもん」


 儲かってるって。

 女子高生の口から出たにしては、随分と生々しい言葉だな。


「今回のお祝いも兼ねて、ね、明日一緒に買いに行こ?」


「んん……」


 絵舞の親切心は大変有難いことだが。

 だからと言って、ここでまたこの子に甘えてしまっていいのだろうか。


「山本さんのスーツ姿見たいなー」


「なんだよ、そのやっすい挑発は……」


 ニマニマとした顔で、俺に圧を送って来る絵舞。

 でもまあ確かに、最近の俺は何やかんやで頑張ってるし。

 お祝いということなら、素直にその好意を受け取っておくとするか。


「わかったよ」


「やった!」


 頷けば、ぴょんぴょんと跳ねながら大げさに喜んでいた。


 スーツを買いに行くだけでこんなに喜べるとか。

 相変わらず素直で、物好きな子だよ。


「かっいもの! かっいもの!」


「そっちかよ……」


 ノリノリで台所に向かうその背中に、俺は密かに嘆息した。

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