12話 嘘 (絵舞視点)
最近クラスのとあるグループに絡まれるようになった。髪を限りなく金に近い茶髪に染めた、いわゆるギャルと呼ばれる女子が中心のグループに。
理由はハッキリとわかっていた。
佐竹くんというクラスでも人気の男の子。
私が彼に告白されたから、きっと嫉妬しているんだと思う。
彼女たちはクラスでも高い影響力を持つグループだった。
クラスのほとんどの人たちは、彼女たちが決める事には逆らおうとはせず、まるで腫れ物を避けるかのように、自然と彼女たちから距離を置いていた。
そしてそれを当人たちは心地よく思っている。
担任の先生はその現状に気づいてすらいないし。そんな悲惨な環境をクラスの誰一人として表に出そうとはしない。私のクラスは、そんな歪な空間だった。
「つーか、あーし喉が乾いたんだけど」
「あーそれ同かーん」
「あんたさ、後でお金返すから飲みもん買ってきてよ」
今日もまた、彼女たちは私を困らせにやってくる。
お昼を食べてる途中だったけど、流石にこれじゃ居心地が悪い。
「ちょ、ちょ、ちょ、どこ行くし」
無言で席を立ち場所を変えようかと思ったけど。
グループの中心である佐々木さんに後ろから肩を掴まれた。
「話しかけてんのに無視とか酷くね」
「ごめん。私に用があるとは思わなかったから」
「はぁ? ちゃんとあんたの目見て喋ってんじゃん」
「でも喉が乾いたとか、私には関係ない話かなって」
「関係ないわけなくね。あんたが買いに行くんだし」
ギロッと私を睨んだ佐々木さんは「あーしコーラ」と投げやりに吐く。それに続いて他の二人も、悪びれもせずに欲しい飲み物を私に押し付けた。
「そんじゃ、1分以内によろしく〜」
そう言うと、佐々木さんは私の席に無断で座った。
他の二人が近くの椅子を持ち寄ってくるってことは。もしかしてこの人たち、私の席でお昼を食べるつもりなのかな。
「どうしたし、早く行きなよ」
お腹をドンと押され、私は仕方なく教室を出た。
駆け足で自販機へ行くと、案の定数人の列が出来ていた。
こんなの1分以内に帰れるわけがない。
でもとりあえずは言われた通りにしないと。あの人たちのことだから、後々もっと突っかかってくるに決まってる。
「どうせお金だって、返す気ないくせに」
小声で愚痴を吐きながら、私は自販機に千円入れた。
そして言われた飲み物を抱えて、急いで教室に戻る。
「おっそ。何分掛かってんだし」
「自販機並んでたから」
「んなの関係ない。あーし喉からっからなんですけど」
私もー、私もー……って。
そんなこと言ったら私だってお昼の途中だし。
まだ半分も食べてないからお腹ぺこぺこだよ。
「遅かったから次はパン買ってきて」
「え、でも飲み物のお金も返してもらってないし」
「んなの後でいいじゃん。さっさと行ってきてよ」
ほんとにこの人は。
どこまで人を乱暴に扱えば気が済むんだろう。
「ごめん。流石にそこまでは出来ない」
「は、なんでだし。あんたあーしに口答えすんの?」
「口答えとかじゃなくて、私が佐々木さんのためにそこまでする理由がないから」
「理由とか、そんなんどうでもよくない? あーしがパン食べたいって言ってんだから早く買ってきてよ」
佐々木さんと会話するといつもこうだ。
何もかもがめちゃくちゃで会話にすらならない。
丁重に断ろう。
決めたその時だった。
「どうしたの?」
背後から声がした。
その瞬間、佐々木さんたちの顔つきがガラッと変わる。
「あ〜、佐竹じゃーん。ミーティングおつ〜」
「おつおつ。佐々木たちはみんなで昼飯?」
「そうそう〜。今この子が購買行くって言うから、私のパンも頼んだとこ〜」
「そっか、じゃあ俺も一緒に行こうかな購買」
「えっ」
佐竹くんの一言で、和やかに繕った場の空気が一変した。
これには私も僅かでは済まない気まずさを感じた。
「い、いや、別に佐竹まで行く必要ないっしょ」
「一人じゃ大変だろうし。それに俺もパン食いたいから」
「だからって一緒に行かなくてもよくない? この子に頼めばいいじゃん」
「でも女の子一人に任せるのは、あんまり気分いいもんじゃないからな」
会話が進めば進むほど、佐々木さんたちの表情が険しくなる。
きっと佐竹くんは私を気遣って、ついて来てくれようとしてるんだろうけど……でもごめん。今私がその優しさを素直に受け取ったら、この人たちが黙ってないから。
「私、みんなの分買ってくるよ」
「え、でも」
「いいの。それじゃ」
そう言って踵を返す。
逃げるように一歩足を踏み出した、その瞬間だった。
ドシッ——!
鈍い音と共に私の視点は真っ逆さまに床に落ちた。
右肩にじーんと骨にまで響くような痛みが走る。
「えぇ〜、だいじょうぶ〜?」
声に釣られて顔を上げれば。
そこには私を見下す佐々木さんたちが。
「急に転ぶなんてどうしちゃったの〜?」
その嘲笑うかのような顔。そして声音。
心底不快な彼女を見てようやく理解した。
私は今、この人に足をかけられて転んだのだと。
「大丈夫かい⁉︎」
「うん、平気だから」
佐竹くんの手を借りず、私はすぐに立ち上がった。
一言くらい何か言ってやりたい気持ちはあった。
でもそんなことをしても、無駄なのはわかってる。
「もう転ばないように気をつけんだよ〜」
ケタケタと耳を刺すような、佐々木さんたちの笑い声。
気味の悪い感覚を背中に覚えながら、私は財布を片手に教室を出た。
ああ、やっぱり好意というのは人をどこまでも狂わせる。
自分で言うのも何だけど、昔から私は男子に好奇な目で見られることが多かった。でもその度に、私の周りで人間関係のトラブルが起きるのは、日常茶飯事だった。
嫉妬して執拗に突っかかってくる人。
私を目の敵にして、攻撃の対象にする人。
他にも色んな人がいた。
時には小さな反発をした時もあったけど、それをするだけ無駄だとわかった。こちらから何かアクションを起こせば、それだけ面倒事が増える一方だったから。
だから私は高校に入り、周りとの関わりを絶った。
独りきりなら不用意に干渉しようとする人もいないし、余計な注目を浴びることもない。その代わり友達はいないけど、今の方がよっぽど平和に思えた。
それでも告白されることはたまにある。
過去の経験から、人から好意を向けられることに嫌悪感を抱いていた私は、これと言った理由も述べず、ついこの間も、佐竹くんの告白を断ってしまった。
彼は本気と言っていた。
一度断ってもすぐには諦めようとはしなかった。
初めはどうして人気者の佐竹くんがって、彼の好意を疑ったりもしたけど。もし彼の気持ちがほんとだとしたら、その純粋な気持ちを身勝手な都合で踏みにじった私は、こうなって当然の立場なんだと思う。
嫉妬されるからと孤独になり、他人との繋がりを一切遮断する。
結局私は自分の嫌なことから逃げてる、卑怯な人間でしかない。
学校も、恋愛も、そして家族も……。
私は見たくない現実から目を背け続けてここまで来た。
今はそのツケが、必然と回って来ただけ。
ほんとは私も正直に生きたいと思ってる。
みんなみたいに普通の高校生らしく平凡に。
でも……。
「……お嬢ちゃん、お嬢ちゃん?」
「あ、私……?」
「パンどれにするか決まったかい?」
購買のおばちゃんの声でハッと我に帰る。
そういえば何のパンがいいのか、訊いてくるの忘れた。
「それじゃ……このいちごクリームパンを2つください」
「はいよ、500円ね」
言われて私は財布からお金を出した。
自分の分じゃないのに平気で財布を開いちゃうとか。
やっぱり私は臆病で、卑怯者で。
どうしようもなく可哀想な人間なんだ。
* * *
「その腕の痣どうしたんだよ」
夕飯の最中、山本さんは私に訊いた。
「ああこれ。今日学校でドジしちゃって」
「ぶつけたのか」
「うん、教室の扉にドシッと」
笑いながら答えたけど、これはもちろん嘘。
ほんとは足をかけられて倒れた時に、床にぶつけてできた。
「気をつけろよ。お前は女の子なんだから」
「女の子だって痣くらい作るよ」
「痕になったりしたら大変だろうが」
そこまで大した痣じゃないはずだけど。私の小さな変化にも気づいて、自分の事のように心配してくれるんだから。山本さんはやっぱり優しい。
「とりあえず湿布でも貼っとけ」
「うちに湿布無い」
「ならいっぱい飯食って安静にしろ」
「山本さん、それ治療になってないよ」
クスクスと笑うと、山本さんは困り顔で頬を掻いた。
彼がたまにだけ見せるこの顔は結構好きだけど。心配かけちゃうくらいなら、もう少し袖の長い服を着ておけばよかったかな。
「とにかく、私は大丈夫だから」
微笑みと共にそう言って、私は豚の生姜焼きをパクリ。
ゆっくりと咀嚼すれば、生姜の風味がスッと鼻腔を抜けた。
でも、気のせいかな。
今日は少し味付けが微妙な気がする。
決してまずいとか、そういうわけじゃないけど。
いつもよりも料理の味が薄いというか。何と言うか。
「なあ絵舞。お前やっぱり平気じゃないだろ」
「えっ」
唐突に言われて、私はふと顔を上げた。
すると真剣な眼差しを向ける山本さんと目が合う。
「昨日も思ったが、今日は特に顔が酷い」
「顔が酷いって……別に私は普通だよ?」
「それが普通でたまるか。くたびれてるじゃねぇか」
そんなことないよ。
そう言い返したかったけど。
山本さんの真っ直ぐな瞳を前にすると、何も言葉が出なかった。
「……どうしてそう思うの」
ようやく出た微かな声に、山本さんは呆れ顔で。
「あのな。そのくらい見てればわかるっての」
「でも私、今日は心配かけないようにって……」
「いくら繕ってても、ふとした瞬間本音が顔に出るんだよ」
言われて私はスマホに反射する自分を見た。
するとそこには、今にも泣き出しそうな顔で笑う私が。
「何、これ……」
ついさっきまでは普通に笑っていたはずのなのに。
どうして……どうして私はこんなに酷い顔をしているの。
「言いたくないことがあるのはわかる。でも溜め込み過ぎるのは違うだろ」
「溜め込んでなんかないよ。私は……全然平気だから」
「それで平気とか言われても納得できねぇっての」
確かに今日の私はいつも以上に気持ちが沈んでるかもしれない。普段はあまり私に対してあれこれ言わない山本さんだけど、こんな顔をしてれば心配するのも当然だ。
「何でもいいから話してみろ」
でもね、山本さん。
実は私、わかってるんだよ。
「悪いのは私だから、いいの」
私はどうしようもなく卑怯で臆病な人間だから。
自分がみんなみたいに素直に誰かを好きになれたら、その気持ちを理解してあげられたら、誰も不幸にならずに済むってわかってるから。
「私ね、昔からずっとこうなの。何をやるにしても問題ばっかりで、私の周りではいつも誰かが傷ついてる。私がいるだけでみんなの迷惑になっちゃうんだよ」
クラスの人たちのこと、家族とのこと。最近はそれを思い出すだけで、身体の中をぐちゃぐちゃにかき混ぜられるような、凄く不快な感覚に見舞われる。
私って、一体何なんだろうって。
どうして生きてるんだろうって
底知れぬ不安が襲いかかって来て、私の全てを覆い尽くす。
「普通じゃないって、自分でも自覚してるから」
「お前のどの辺りが普通じゃないって言うんだ」
「全部だよ。私の全部がみんなにとっては異質なんだよ」
「そのみんなっていうのは」
「それはもちろん、私以外の全ての人……だよ」
誰も幸せにできない。
それどころか誰かに不幸を与えてしまっている。
そんな疫病神みたいな自分が嫌で嫌で仕方がなかった。
「今回の件も、私が普通ならよかった話だから」
私が普通なら。
そもそも私が居なければ、何も起きなかったのに。
「だから山本さんは何も心配しなくて大丈夫だよ」
私が居たから、佐竹くんを傷つけた。
私が居たから、佐々木さんたちを傷つけた。
私が居たから、お父さんだって……。
「私は独りに慣れてるから。だから気にしないでね」
目尻がじーんと熱くなる感覚をグッと堪えて。
私は今出来る最大限の笑顔を山本さんに向けた。
今にも壊れそうな自分の心に嘘をついて。




