未知なるオートミール粥
オートミールを食べてみたい。
その食欲は、好奇心から滾々と湧き出続けていた。
というのも先日、さる料理本を購入したのだ。これなるは、親の仇の如くオートミールを調理して食す本である。勿論、絹豆腐や蒸し鶏、タンパク質多めのヨーグルトを使ったレシピも入っているが、メインはオートミールなるものなのだ。
『とりあえず、これ食べとけば痩せるよ』
帯に書かれた文句の、何とまぁ挑戦的なことか。そこまで言うならやってみようではないか。
というわけで早速、オートミールを買って何某か作ってみることにする。
……さて恥ずかしながら、ここで1つ言って置かなければならない事がある。
私は、この時までオートミールを意識して食べたことがなかった。グラノーラを朝食に食べていた時期もあったが、その中でもオートミール自体は端役、戦の中の足軽も同然の存在。メインは豆やらドライフルーツやらだった筈だ。カリカリのそれにヨーグルトをかけて食していたのである。
しかし、これからの私は一味違う。
このオートミールを……『お粥』として、食してやるのだ!
今回使うオートミールはケロッグの袋入りオートミール。グラノーラだけでなく、オートミール単体のものまで用意しているとは、流石ケロッグとしか言いようがない。おまけに裏にはレシピまで載せてあるときた。
企業努力と販売促進への熱意に頭が下がる心地である。
手順はかなり簡単だ。まず、カレースプーンに二杯のオートミールをスープカップにザラザラと流し込む。因みに推奨された量は30g、大さじ二杯分の量である。きっと料理上手で素敵な人は、大匙を取り出して丁寧に計量するに違いない。
しかし、私が使用するのは大きめのカレースプーン。『洗い物を増やしたくない』――手抜き家事への立派な熱意だ。
次に、およそ100mlの水をジャボッと流し込む。尚、パッケージには「180ml入れるべし」と記載されているが……その量で作ると、個人的には水気が多すぎて『お粥感』が薄れてしまうのだ。そうして少しずつ減らしていった結果、この100mlにたどり着いたというわけである。
勿論、お湯の中でトロリと蕩けるオートミールも素晴らしいものだ。
風邪を引いたとき、食欲がないときはそれが良かろう。
しかしそれは、『お粥』というより『スープ』に近い。
――今回私が求めているのは、麦の粒感がはっきりと感じられる『お粥』なのだ!
その様な熱い思いを胸に秘め、ここで私は出汁の瓶を手に取った。
そう、ここまでの手順はオートミール粥の基礎も基礎。ここから先は、楽しい楽しい自由なアレンジの時間なのである。
さぁ、本日はどんな風味にしよう?
顆粒の鶏ガラ出汁をいれるもよし。
コンソメを入れて洋風にするもよし。
あえて醤油を入れて和風に仕上げるのも一興だ。
迷い所だが……本日は顆粒の鶏ガラ出汁を選択した。薄味でひと振り、濃い味なら二振り。
最後に生卵を落とし、黄身にお箸で穴を開けてラップをすれば下準備は完了である。
ここから先は、電子レンジの出番である。
カップを電子レンジに入れ、600wでまず40秒、向きを変えてまた40秒、二回に分けてゆっくりと加熱してゆく。何せ、生卵爆弾を抱えたオートミールは繊細なのだ。小刻みに休ませつつ、慎重に熱してやらねばならない。
気分は爆弾処理班だろうか。早く仕事を終わらせて、ハニーの作った美味い粥を食いたい。
頭の中でフラグを立てつつ、ラップを捲って卵の状態を確認する。透明な部分が見当たらなければよし、まだ生っぽければダメ押しに10秒、これもまた小刻みに熱を入れる。
ここで業を煮やし、30秒加熱しては、敵(卵)の思う壺なのだ。焦らずにいられる者のみが、半熟の黄身を割る栄光を授かることが出来る……!
――ピピーッ!ピピーッ!
そんな茶番をしている間に、出来上がった。
扉を開け、慎重にスープカップを取り出して、ラップを捲る。そこにはほっかりと盛り上がったオートミールの姿が。
ああ、素朴な色合いがたまらない。出汁を吸い、卵の周りで小山を作った麦粒には、乾燥していた頃の面影は全く見当たらない。
カレースプーンを差し込めば、少しの粘り気がある手応えと共に茶色いお粥がスプーンの上に乗っかった。
ここで、スプーンごと口の中へ突っ込みたい衝動を抑えるのに毎度一苦労する。湯気の立つ匙をホクホクと口に入れれば、きっと薄くついた鶏ガラ出汁と麦、そして半熟卵の滋味深い味わいを楽しめることは間違いない。
知らず、私の喉がなる。
実際、三回に一回は衝動に負けて食べてしまうのだが……この話は今は置いておこう。
そう、ここで終わりではない。オートミール粥はもっともっと上へ行けるはず。その可能性は、すぐそこにある!
私は冷蔵庫の扉を開け、素早くタッパーを取り出した。
タッパーの中には、細かく刻んだ野菜がギッシリと詰まっている。
これぞ前日から仕込んで置いた秘策!
人呼んで『なんちゃって山形風おだし』
作り方は至って簡単だ。胡瓜やら茄子なら生姜やらミョウガやら、夏の野菜を細かく刻んで麺つゆとお酢で漬けるだけ。
本来は醤油、砂糖、味醂、お酢で作るのだが、生来面倒臭がりの私は大体を麺つゆで補ってしまったのである。分量も、野菜が大体浸るくらいと大雑把なものだ。お陰様で毎度微妙に味が違う。
しかしまぁ、美味しければ良いのである。
刻んだ野菜がぎっしり入ったタッパーの中に、カレースプーンを突き立てる。胡瓜と茄子、ミョウガは色鮮やかに、麺つゆを浴びてツヤツヤと光っていた。これに赤色がまざれば、もっともっと食欲が増しそうだ。案外、パプリカを刻んで入れれば目にも美味かもしれない。
そんな事を考えつつ、おだしをオートミールに投入してザクザクと混ぜれば――――
赤井特製、『おだしオートミール粥』の完成だ。
軽量から混ぜ込みまで大活躍したカレースプーンを翻し、湯気の立つオートミールにゆっくりと差し込む。茶色い麦の中にある色とりどりの小さな野菜、そして半熟の黄身とぷるりとした白身が艶めいて素晴らしい。
口いっぱいに頬張れば、蕩けるような麦の食感と共にまろやかな卵の旨味、そして麺つゆの味が追いかけてくる。その上で、コリコリとおだしに入った野菜の歯ごたえが楽しませてくれる。
炭水化物、野菜が採れて、健康にもきっと良いはず。
お酢の後味のお陰で、バテ気味の夏にもするすると食べられるスグレモノだ。
さて、オートミールのお粥をマスターした私は向かうところ敵なし。今は冒頭の料理本を片手に、色んなオートミール飯に挑戦中である。
次はどんなお味に出会えるのだろう。ページを捲り、新たな美味を探しつつ、私はまたケロッグのオートミールを買い足した。
――しかしこんなに食べていたら、いかにヘルシーメニューと言えども体重に響くのではないか?
一抹の不安が私の頭を過ぎったが……こういう時に、丁度いい言葉がある。
『ダイエットは、明日から!』だ。
因みに、オートミールはミルク粥にしてフルーツを入れればデザートにもなるとか。これもベストな配合を少しずつ調べていきたいものである。