リベンジ・ステーキの陣
再戦である。
誰が何と言おうが、再戦である。
事件は数日前に遡る。世はGW、里帰りが叶わなかった私は、フライパンをアツアツに温めていた。そう、腹いせにステーキを焼いたのである。
今回は一パック五百円ほどの外国産肩ロース、安さとセールの赤字に当てられた。大型連休中、出費もかさむ中で一枚千二百円の黒毛和牛肉を買うのは勇気がいる。それ故の外国産という選択だ。
しかし、それこそが間違いだった。
食べごたえは凄い。
決して焼きすぎた訳ではないのだが、兎に角噛み締めがある。肉汁は出るし、パサパサしている訳でもない。これは肉本来の弾力だろう。悪くない。アメリカンなステーキとしては百点満点花丸をつけたいくらいだ。
しかしある一点が、私のステーキ欲に影を落とした。
脂が、足りないのである。
そう、焼き上がった肉は、実に『健康的』な味わいであったのだ。胸焼けはなく、私の胃袋も「いやぁ、これは素晴らしいタンパク質ですな。筋肉用に回します」と、念の為事前に用意していた胃薬が要らなくなるくらい快調そのものだった。
こんなのは違う。
私が求めていた『ステーキ』は、こんな健康的でマッチョも喜ぶ赤身プロテイン的な物では断じてない。
フライパンを脂で満たさんとするほど溢れだす、その冒涜的脂質。齧れば肉汁と共に脂が蕩ける食感。ご飯と一緒に噛み締めた時のあの幸福感。
筋肉マッチョも青ざめ裸足で逃げ出す、これぞまさに不健康と脂質の極み!!そういう『ステーキ』を求めていたのだ。
だから再戦である。
誰か何と言おうが、再戦である。
リベンジに際し用意したのは、一枚千円の黒毛和牛モモ肉だ。因みに、おつとめ品八百円であった。行幸である。時の運すら私の再戦ステーキを応援し味方してくれたに違いない。もはや勝利は確定したものだが、油断せずに調理していこう。
オリーブ油を入れ強火でフライパンを熱し、煙が出るまで待つ。ここで恐れてはいけない。肉汁をガッツリ閉じ込める為にも、半端な熱ではいけないのだ。肉に市販のステーキ用シーズニングをまぶしつつ、フライパンが熱々に仕上がるのをじっくりと待つ。
煙が上がってきた頃合いで、肉を投入。ここからはスピード勝負だ。
じゅわんっ!!
ステーキ肉選手、熱々のフライパンに滑り込みました!煙を上げるほど高温に晒され、表面が一気に焼き上げらていきます!
おーっとここで赤井選手、IHの温度を一気に下げました!高温で焼くのはあくまで五秒、本格的に火を通すのは弱火にして一分半と言ったところでしょう。
脳内で実況しながら、また火力を上げて素早く肉をひっくり返し、また五秒。そしてまた弱火にしてから一分半。強火と弱火の思い切りが、肉汁を閉じ込めジューシーなステーキを作り出すのだ。
ここで皿に盛り付け、実食……にはまだ早い。
熱々ステーキにかぶり付きたい気持ちは山々であるが、この状態ではまだ肉汁の閉じ込めが完全とは言えないのである。
熱いうちに素早くフライパンから皿へ移し、上からアルミホイルを被せる。勿論、ステーキ本体を包み込んでも良い。重要なことは、予熱でじっくりと中へ火を通し……かつ、肉汁を肉の中に落ち着かせることだ。
付け合せのレタスなどを千切って準備しながら 二分から三分ほど休ませる。その後、まな板の上に乗せて適当な大きさに切り分けて、レタスを盛り付けた皿に乗せれば――――
冒涜的ステーキ、完成である。
白米を茶碗に盛り、麦茶を片手に食卓に座る。
普段は麦ご飯を炊く私だが、今回ばかりは混じりっけなしの白米を炊いた。こんがり焼けたステーキと真っ白な米のコントラスト、これがまた、美味しさを土台から押上げてくれるような気がするのだ。
ステーキ、白米、麦茶を置き、手を合わせて……いざ、実食。
じゅわわっ……!
ああ、思わず効果音を付けたくなるほどの幸福。柔らかな肉の中から口いっぱいに広がったのは、たっぷりの肉汁、牛肉の脂だ。
肉と脂の味が薄くなる前に、一気に白米を頬張れば、口の中で白米の甘みが広がってまた肉が進む。甘い米と、塩っぱい肉。合わない訳がない。ありがとう日本、これぞ旨味のスパイラル、主食が米であるからこそ成立する奇跡の螺旋がここにある……!
こういうステーキが食べたかったんだよぉ!
やはり分厚い肉は偉大だ。おまけに、この幸福がたった八百円……コスパが良いにも程があるぞ。どういうことだ。
そんな事を考えている間にも、箸の動きは止まらない。米、肉、米、レタス、麦茶、肉、米、肉………時折レタスや麦茶でさっぱりと口の中を洗いながら、黙々口と箸を動かす。そうして、あっという間に、お皿の上のステーキは最後の一切れになってしまった。
美味しい物ってやつは、どうしてこうすぐに無くなってしまうのか。
でもまぁ、ステーキは物足りないくらいが丁度良い気もする。最後の一切れまで美味しく食べ切れる、丁度良い量で止めておくという訳だ。やはり今後も、千円以上の肉を買うことにしようかな。
いやまて、しかし最初の外国産の肉だって、ヘルシーという意味では一等賞だった。『罪悪感なしに、安くステーキが食べたい』そんな時には赤身の多い外国産を買うことにしよう。そうだ、ケースバイケースなんだこういうのは……!!
今回最後の一切れを、じっくりと噛んで味わう。柔らかな肉、溢れだす肉汁、そしてマッチョとダイエッターが青くなるほど滴る脂質。
残しておいた白米を頬張ってしばし、その後味にじんわりと浸ってから、麦茶を嗜んでこの再戦は幕をおろした。
結果は勿論、大勝利である。
余談だが、安いステーキ肉でも牛脂やバターで焼くことで脂の旨味を押し上げることが出来るらしい。なんでもっと早く教えてくれなかったんだ。これは実験しなければ気がすまない。
次に外国産のステーキ肉を見かけたら、冷凍庫に眠る牛脂でリベンジマッチに洒落込もうと思う。