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「はぁ~」
どうしたものか?
『ちょっとまてよ?・・・・私の勘違いかもしれない。いやいやいや、ラブホテルまで行ってるのだから、勘違いなんてお人好しよ。でもまだ・・・はっきりしない所があるし・・・』
「ん~これは・・・あれですね」
私は顎を撫でて渋い顔で探偵の真似をする。
「浮気調査ですか~。よくある案件だ」
声を低くして探偵になり切っている。
「奥さん?物事は一つの角度から見ただけでは真実は見えては来ません。色々な方向で物事を見て、実際真実と思っている事も一つ一つ丁寧に調べていくと全く真実とはかけ離れたものである事は、よくある事です。旦那さんの真実を知りたいのなら、社会とか噂とかそういう目で旦那さんを見ずに、あなた自身の目で旦那さんを見なくてはいけません」
「はい」
探偵物のドラマの『テイストは古いからコロンボかな?』世界に入っている私は奥さんと探偵の一人二役をしていた。
「さあ、実際、真実を見に行こうではありませんか?」
「え?でもどうやって?」
「良い探偵は机上の空論にまかせず。足で真実を探しに行くものです」
「はい」
実際夫が本当に浮気をしているのか?現場を確認する事を私は探偵と約束した。
「いってらっしゃい」
翌朝私は笑顔で夫を送り出した。
笑顔の下に企みがある事を夫はまだ知らない。浮気を暴いて晒し物のにして辱めを受けさせて崖から蹴り落そうしている私を夫は知らない。
私は、コートと帽子とサングラスとマフラーを持って家の影から夫の車が丁度いい距離まで走っていくのを見届けた。もう一台の車のエンジンをかけゆっくりと追いかけ、夫の車が見えるか見えないか位の距離を保って運転する。
葵には昨日、「近所の集まりがあるから、明日は葵より早く出るね」と言っておいて、朝食と置手紙を置いてきたから大丈夫。
私は運転しながら待ってきた変装グッツを身に着けていく。バックミラーをくいっと自分に向けて、変装の出来栄えを確認する。「これなら、分からないわね」バックミラーを戻し、ハンドルをしっかり握って、夫を見失わない様に真剣な顔つきで運転に集中する。どちらかと言うと、夫を見失うよりも近づきすぎてバレてしまう方が可能性は高かった。だって、おっそい。夫の車はおっそいのだ。
夫は暫く通勤ルートを走っていたが、急に会社とは違う方向にそれた。
「ん?どういう事?まさか本当に浮気してるの?」
今まで探偵ごっこで実は少し楽しんでいたが、急にたちこめた雨雲の様に私の心が少し重たくて暗くなった。
夫の奇行
夫は、駅の近くのスーパーに車を止めてリュックを持って歩き始めた。私も今度は歩きで尾行を続ける。
夫はたまに立ち止まって何処かを眺めて顎を触ったり腕を組んだりしていた。夫の見る方向に私も視線を向けるがこれと言って何もなかった。夫は駅に向かっている様でそうではない様でもあった。ハイキングコースを自然の美しさに目を取られながら散策している感じだった。
人混みの中を進んで、飲食店が集まっている通りを道にはみ出した席で飲んだくれている人やパソコン作業をしている人などを観察しながら通り過ぎ、まだ店を開けていない風俗街を夫はハイキングした。人が一人り通るのがやっとのビルとビルの間の猫の道を夫は分け入って行く。夫にバレない様に夫が一つのビルを過ぎてから私は一つ手前のルビの道に進んだ。配管がうねっていて、ゴミやそれこそ猫がいた。
「いったい何やってんの?」
私は呆れた様にそう呟いた。夫の背中はそんな私を知らずに少年が冒険している様に見えた。不思議な気持ちだった。夫のあんな背中、私は一度も見たことが無かった・・・。
何度かビルとビルの十字路を曲がって、「今どこのあたしなんだろう?・・・」全く分からなかった。
ビルとビルの隙間に光の柱が見えて夫はその中に入った。夫に少し時間差をつけて私も光の中に入った。
薄暗い所から明るい所に出たので眩しくて私は目を細めた。
急に開けたそこには公園があった。
小さな公園がビルに封鎖される様に囲まれていて、私は高く聳えているビルを見上げた。太陽が丁度真上にあった。
何故こんな所に公園があるのかは分からないが、もう使われていない様だった。いい感じに遊具やトイレが錆びれていた。
私は辺りを見渡した。夫の姿は無かった。ここを通り過ぎて違うビルの道に入って行ったのだろうか?
トイレの方で音がした。
夫だった。私は穴だらけの滑り台に体を隠す。
夫は・・・全裸で姿勢悪くしなって立っていて脱力した目で何処かを虚ろそうに見詰めていた。
「え?やっぱり露出狂?」声に出してはいけないと思って手で口を押えた。
夫はその状態で4・5分経っていた。
「え?なんか・・・植物みたい・・・」
あまりにも自然体で微動だにしないけど、なんだろうか?安らかな雰囲気を出していた。私は夫の姿に漠然と夫は植物なのではないか?と思ってしまって、それが軽くツボに入ってしまった。私は声を出せないので鼻と肩で苦しく笑った。
夫の目線の先を見るがやはり何もない。その事が私の笑いをさらに苦しくさせた。
笑いが収まってようやく呼吸できるようになったのは、夫が又トイレに入ったからだった。
夫は、私服に着替えて、又暫く立ち止まるとビルの道の一つに入って行った。
私は衝撃的な映像を見てしまったので体が動くことを忘れてしまっていた。「いかなきゃ」自分に言い聞かせて、夫の尾行を再開する。
駅からはかなり遠くに来たと思っていたけれど、ようやくビルの道から抜けたそこは駅の正面だった。
夫は私の10メートル前ぐらいの駅の壁に寄りかかって又どこか何もない所を見詰めていた。
「もしかして?待ち合わせ?」
私は息を飲んだ。このままだと夫の浮気の現行犯を目撃してしまうのだ・・・。
自販機の影に隠れて食い入るように夫を見詰める。
待ち合わせの相手は来なかった。
夫は暫くすると駅を離れて、車の方へ向かった。
『待ち合わせでもないのに一体あの人は何やってるのかしら?』答えが見つからなかった。一部の状況は、夫が浮気をしている事を示しているけれど、肝心の久美子の姿が現れない。相当な警戒をしているのだろうか?それとも、違う答えがあるのだろうか?
夫は車を走らせ田中さんが言っていた。ラブホテルがある峠道に向かった。
「え?ラブホにいっちゃうの?」私は聞こえるはずもないが夫を引き留める様に自分の車の中でそう言った。
夫の車は例のイスパニアにウインカーを出して入って行った。私はさすがにラブホの中には入れずラブホを外から監視できる交通の邪魔にならない所に車を停めた。
夫は夕方5時にラブホテルから出て来た。
夫を横目に私は急いで車を出した。途中スーパーマーケットでお惣菜を急いで買い夫よりも早くに帰宅した事に「ふぅ」とため息を吐いて惣菜を皿に移し替えて、夕食の準備をすました。
「あれ?珍しいね。お惣菜?」
「ああ・・・今日は忙しかったから・・・」
葵の言葉はあまり頭に入ってこなかった・・・。私の頭の中では夫について謎が謎を呼んでいた。
「おーい」
お葵が私の顔の前で手を振っている事に気が付いた。
「え?なに?」
「近所の集まりってそんなに大変だったんだ?」
「ええ・・・まあ・・・疲れたわ」
「そう・・・大変だったね」
・・・。
私の張り込みの間に入って行ったのは若いカップル2組と中年の男女とスーツの男一人、5頃にワゴン車で送迎される風俗のお姉ちゃんだけだった。
夫がイスパニアに到着した時にはもう中で待ってたのかしら?
一人で入って行ったスーツの男の人は中で何をしてたのかしら?仕事?ラブホテルを使う目的はそう言う事以外にもあるって事?夫も私が想像しているのとは違う目的でラブホテルを使っているのかしら?
「ただいまー」
夫が帰って来た。
「おかえり」
この「おかえり」は葵のだ。私は素直に「おかえり」という事が出来なかった。
夫は作業服を着ていてあたかも仕事をしてきたかのように帰って来た。
私は夫の視線が私を見ていない時に夫を睨みつけていた。
『またくもう!!今日一日の事は知ってるんだからね!!』と心の中で夫に問いただしたが、実際声にして夫に問いただす事は出来なかった。色々な事に対して不安や恥ずかしさや悲しみや謎や恐怖さえあったので、私は夫の今日の事に触れる事が怖かった。
「すいません。ホテルの者ですが?」
昨日から私の心の中は色んな物が嵐の様にごちゃまぜでそして強かった。それらは今日夫がラブホテルに入る所までで私の中で全部ひっくるめて怒りになっていた。だから、もうその怒りにまかせて夫の入った部屋の扉をノックしまくった。私だと言っても開けてくれなそうだったので私は、従業員だと偽った。
「はい・・・!?」
「何やってるの?こんな所で?」
「いや・・・・」
「はいるわよ!」
「お・・・おい・・・」
結果的に女は居なかったのだが、この怒りを鎮める事が出来なかった。
「ここで何をやってるの?」
「いや・・・」
「はっきり言いなさいよね!!」
「その・・・」
夫の口からは聞き出すことが出来ない事がじれったくて私は部屋を見渡した。
机の上にパソコンが一つあって、私はその画面を見た。
「これは?なに?」
「いやその・・・」
夫は小説を書いていた。
私はパソコンを10度見位して、『これは?怒るべきことなのだろうか?』と一瞬過ったが、その文章の中に久美子と言う名前を見つけて、怒るには足らない理由だという事を自分で理解しながら、架空の久美子にキレた。
「久美子って?」
「いや・・・登場人物」
「久美子と浮気してった訳ね」
「ん?いや、これは、浮気ではないだろう?」
「浮気と一緒よ!!」
「ごめん」
「ごめんじゃないわよ!!どうしてくれんのよ?」
「なにが?・・・」
「何がじゃないわよ。だから、どうしてくれんのよ?!この気持ちをさ?!!」
「ごめん・・・」
自分でも、なんでこんなにキレているのか分からなかった。怒る理由を無くしてしまって、私は恥ずかしさをごまかす為にとりあえず夫を空回りに責め立てた。
「コソコソこんなとこでやりやがって、こっちは心配してるのに?ああ、もう疲れたわ!!」
「ごめん」
「本当に、ごめんじゃないよね?何でこうなった?何でこんな事してんの?恥ずかしくないの?」
「・・・・」
「ああもう、シャワー借りるわ」
ここは夫のアパートでもないのに何故かシャワーを借りるのに夫に聞いた。
とりあえず、落ち着く為に私は体を洗って「ふぅー」と大きなため息を吐いた。
『一体全体どういうことなのよ?』
・・・・・・。
「仕事は?どうしたのよ?」
シャワーを浴びて私は少しだけ落ち着いた。
「辞めた・・・」
「はい?辞めた?」
またキレそうだったが、深呼吸して何とか呑み込んだ。
「うん・・・辞めた」
私は頭を抱えて呆れた。
「小説を書こうと思ってる」
夫は目を少年の様にキラキラさせて私にそう言った。しかし、それが許されるのは若いうちだけだという事を夫も知っているはず。
「なにバカな事をいってるのよ~も~」
「本気なんだ」
「じゃあ、私たち家族はどうするの?」
「どうするのって?」
「あなたがお金を稼いでこなければ全員野垂れ死ぬのよ?」
「・・・・」
「家族を見捨てて自分のしたい事をするの?」
「いや・・・そう言う事じゃないんだ」
「あなたが、これからどうしようとしているのかは分からないけど、あなたが書く小説なんて厳しいようだけど売れないわよ。あなたが只したいってだけで一生売れない小説を書くって事はとても恥ずかしくて惨めな事なのよ?わかる?」
「うん・・・いや・・・」
「あなたがそうなると私たち家族も同じように恥ずかしくて惨めな家族になるのよ?」
「挑戦させてくれないか?」
「ん~もしあなたがもっと若くて子供もいなければ、やってみればいいって言うわ。でも今は大学生の長男とこれから大学に行く娘がいるのよ?分かる?あなたはあなただけの為に生きる事ができないのよ」
夫は納得していない様な顔をして私から目を逸らしていた。
「も~分かってよ。何が嫌なのよ?仕事して帰って来て家族に囲まれて、あなたは幸せな家庭を手に入れたのよ?望んでも手に入らない人だっているし、努力しても叶わない人だっているのよ。それを棒に振ってあなたは不幸になろうとしているのよ?分からない?」
「信じてくれ・・・」
「一体?何を信じろって言うの?」
「俺をだよ・・・・」
「信じてたわよ・・・でも裏切られる。あなたの弱い所を補おうと必死で我慢して来たわ、いつになったら分かってくれるのよ」
私は泣きじゃくっていた。