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《軽巡洋艦》(仮)

――――――軽巡洋艦



―ナヴァルホス・フェルナンデス級防護巡洋艦(1925年順次退役)


 防護巡洋艦、俗に言う「エルジック・クルーザー」が実用化されると、大西洋航路や地中海航路の船団護衛用に整備していた王国海軍巡洋艦隊は一気に旧式化した。

 これを早急に更新するために「艦隊型巡洋艦」と「海防型巡洋艦」の二つの計画が立案され、この「艦隊型巡洋艦」がナヴァルホス・フェルナンデス級である。

 同時期に発注されたブラジル海軍「アマゾナス」を拡大した設計であり、排水量4000トン、最大速20ノット、6インチ砲8門を搭載した小型でありながら重武装の艦となった。


 対水雷艇用には47mm砲を搭載する予定だったが、王国海軍側の注文により取り消され、ノルデンフェルト1インチ機砲が各所に搭載されている。

 この「艦隊型巡洋艦」は四隻が発注されたのだが、当初の予算を超過したために同時並行で行われていた「海防型巡洋艦」がわりを喰うはめになり、小型化を余儀なくされている。

 二隻はヴィッカース社に発注され建造が開始され、残る二隻はヘスペリデス王立海軍工廠とビスカイノ王立造船所にて、一隻はノックダウン建造が、もう一隻は国内建造がなされた。


 1924年にはナヴァルホス・デル・レイ級軽巡洋艦に準じた大改装案が立案された。

 艦首延長や舷側装甲の追加などで排水量は4350トンに増加。煙突は三本になり機関入れ替えにより最大速力28ノット。

 ミリタリーマストは廃止され三脚マストを採用し、頂上部に射撃方位盤室と射撃指揮所を持つ大型のものとする計画。

 また3連装魚雷発射管が2基搭載される予定であったが、大日本帝国海軍の『夕張』に影響を受けた海軍技術本部の意向により、『3500トン級新型巡洋艦』により更新がなされることになった。






―ナヴァルホス・デル・レイ級軽巡洋艦


 イギリスのアリシェーザ級軽巡洋艦を元にした三本煙突の軽巡洋艦。1914年度海軍拡張計画で策定された「軽装甲巡洋艦」である。

 排水量四三〇〇トン、最大速力28ノット、15.2cm速射砲5門を備え、防護巡洋艦形式の防護様式を配している。

 基本的にはアリシェーザ級軽巡洋艦を大型化したもので、後に建造されたセントー級軽巡洋艦に非常に酷似している。


 当時の技術本部副部長であるミトリダテス・パパドプーロスは熱心なジョン・アーバスノット・フィッシャーの信奉者で、大口径統一主義者ともいえる思想の持ち主だった。

 そのためアリシェーザ級の15.2㎝砲と10.2㎝砲の混載に難色を示し、建造費が高騰することを了承し、15.2㎝砲を乗せ弾薬庫を改設計させた。

 さらには射距離の増加に伴い艦橋も設計を改めて前部マストは艦橋に組み込まれた三脚マストを採用し、頂上部に射撃方位盤室と射撃指揮所を持つ大型のものとなった。

 

 国内造船所で4隻が建造され、第一次世界大戦後に2隻が追加建造された。のちに3連装魚雷発射管が2基搭載されている。

 戦間期には旧式化に伴い船団護衛兼防空艦として武装が一新され、15.2cm砲に変わって10.2㎝両用砲を連装砲架で搭載し、ポムポム砲を追加搭載した。

 変わった武装としては「Mk.1 3インチ対空化学投射機」と呼ばれるロケットランチャーで、これは名称とは違って煙幕弾を投射して煙幕を上空に展開し雷撃・爆撃を妨害するものであった。





 

―カタクラフト級偵察巡洋艦


 ナヴァルホス・フェルナンデス級防護巡洋艦の代艦として設計された『3500トン級軽巡洋艦』。全面的に溶接が取り入れられた最初の艦である。

 大日本帝国海軍の『夕張』に影響を受けた海軍技術本部の意向により、水雷戦隊の嚮導艦として運用可能な偵察巡洋艦として開発がスタートした。

 主砲はエリュテアの軽巡洋艦で一般的なMk.I 1915年型14cm(50口径)速射砲を前方集中配置に6門備えている。

 これらは一つの砲架に二つの砲を取り付けた連装砲塔式で、実際には砲塔ではなく、波浪除け程度の機能しかない。


 艦首のみ乾舷の高い短船首楼型船体。艦首形状はエリュテア艦特有のフレアと直線的なシアのついたアトランティック・バウで、艦尾形状も機雷敷設や爆雷投下用装具などのためにトランサムスターンとなっている。

 防御様式は英国巡洋艦の設計を取り入れた装甲は断片防御用のボックス・シタデルが30mm~20mm施されているのみで、全長の短縮化のために全缶全機配置となっている。

 航空艤装は後部艦橋より後ろのスペースに、カタパルト2基(メイン1基、補助1基)が設けられ、ネイピア・ライオンエンジンを搭載したゼファー&ヴァンク・ケリドノプサロを2機搭載することができた。


 当初は最新技術の習得と熟成のためにと建造・就役したが、大西洋での運用で溶接部にしわができるなどしたため、中期型以降は排水量が増大し重要部はリベット接合となっている。

 速力は34ノット。安価に近代的巡洋艦を建造し、旧式化した巡洋艦を置き換えることを目的としていたため、12隻が就役した。

 1930年にはドイッチュラント級装甲艦の出現や、イタリア海軍の新型巡洋艦への対抗意識から、カタクラフト級は小さすぎるとされそれ以上の建造はされなかった。

 艦名は1番艦「カタフラクト」を筆頭に、歴史的兵科名などが使用されている。


 1941年には空軍の脅威に対抗するため「ハスタティ」「スクタトス」「タグマタ」「ウェリテス」が防空巡洋艦に改装された。

 武装は連装10.2㎝両用砲に換装され、航空擬装スペースを排して最後部に追加で連装10.2㎝両用砲を備え、マドセン20ミリ連装機関砲を4基8門、単装型を10門、13.2㎜機関銃を12基搭載した。

 4隻はマルタ島を巡る戦いや地中海での主力艦防衛に奮戦し、「ハスタティ」以外の3隻は1942年中に戦没している。


前期型(後に船体強度確保のための改装)

「カタフラクト」

「クリバノフォロス」

「トキソタイ」

「プシロイ」


中期型(防空巡洋艦へ改装)

「ハスタティ」

「スクタトス」

「タグマタ」

「ウェリテス」


後期型

「プロノイア」

「アクリトイ」

「スキティコイ」

「プラコイ」


=ゼファー&ヴァンク社『ケリドノプサロ』


 エリュテアで主に水上機を手掛けるゼファー&ヴァンク社が開発した、単葉複座艦載飛行艇。

 エンジンはイギリスのネイピア社製ライオンXI(570馬力)で、これをライセンス生産したものを搭載している。

 機体形状はゼファー&ヴァンク社が得意としているパラソル翼で、エンジンは翼の上に支柱で搭載した。


 主翼は折り畳み可能で、胴体にはヴィッカースE機関銃を1丁(500発)を搭載。

 後部にはヴィッカースK軽機関銃を1丁搭載しており、爆装として翼下に50ポンド爆弾を4発、あるいは100ポンド爆弾や爆雷を2発懸架することができた。

 主翼や胴体は金属製だったが、動翼などは羽布張りで、見た目とは裏腹に保守的な部分が多くみられる設計となっている。


 最大速度は240キロ程度で、パラソル翼であるために下方視界に優れていたものの、主翼とパイロットの頭上にあるエンジンは上方視界を妨げ、後部に搭載した機関銃も特徴的な見た目の一つであるT字尾翼が邪魔になって上方射界が狭かった。

 航続距離は700キロとなっていたが、エンジン出力をアップさせた改良型のMk.IIでは670キロ程に低下し、さらにはエンジンのオーバーヒートに悩まされることとなった。

 それでも運用がなされたのはカタフラクト級の搭載機選定の際に『空冷エンジン・単葉複座・単フロートか水上艇』という設計項目が設けられていたためだった。


 第二次世界大戦中では本機を下ろして、イギリスで余剰となった旧式のシーフォックスを搭載した艦も多い。

 また、本機の開発を担当したゼファー&ヴァンク社の共同設立者であるドイツ人技師のアルベルト・ヴァンクはのちに対独協力による国家機密漏洩の疑いで逮捕・拘禁されている。





―アナスタシオス・ラリス級軽巡洋艦


 第一次世界大戦前にイギリスに発注した一万トン級軽装甲巡洋艦二隻が、戦時に伴い接収されたことにより、海軍はイギリスに不信感を持つようになった。

 戦時中であるためにこれらの不和は表面化することはなかったが、技術本部副部長であったミトリダテス・パパドプーロスはこの決定や信奉するジャッキー・フィッシャーの引退劇などでイギリスに対しての不和と不信を募らせ、戦後にエリュテアへの領土割譲などが要求通りに運ばなかったことで、イギリスとの友好関係を再考する派閥が出現した。

 

 海軍大臣となったミトリダテス・パパドプーロスは、敗戦国であったが技術大国でもあるドイツとの関係を深める政策を打ち出し、主に海運に関して便宜を図るなどし関係を構築した。

 そうした中で打ち出された1930年度海軍拡張計画で策定された「新型装甲巡洋艦」と「五八〇〇トン級軽巡洋艦」のうち、後者がアナスタシオス・ラリス級軽巡洋艦となった。

 アナスタシオス・ラリスはアウグスト・リマ・フェルナンデス提督に指揮された艦隊の中で名をあげ、戦死した艦長の一人である。


 設計はゲルマニアとの合同事業で、艦橋はドイッチュラント級やデ・ロイテル級に類似した構造となっている。

 武装はMk.I1915年型14cm(50口径)速射砲を3連装3基の9門に、エリュテア国産開発のQF 4インチ海軍砲MkVを連装砲塔形式に改めた両用砲を4基、4連装ポンポン砲を4基、3連装魚雷発射管が2基搭載している。

 またホーカー・オスプレイを1機搭載し、カタフラクト級に引き続き艦隊の目としての運用を考慮されていた。


 装甲は断片防御用のボックス・シタデルが30mm~20mm施されているのみで、シフト配置がなされた機関により計画34ノットのところを38ノットが発揮できた。

 これはそれまで全缶全機配置だったものをシフト配置にすることによって、機関防御の代わりにすることができるという計算のうちになりたっていた。

 また、イタリア海軍のコンドッティエリ(傭兵隊長)型軽巡洋艦型に対抗する目的もあったが、排水量で勝る『ライモンドモンテクッコリ級』が登場すると見劣りするとされ、同型艦は6隻で打ち切られた。


 「アナスタシオス・ラリス」

 「ランブロス・カトソニス」

 「イシドール・マランゴス」

 「パンテリス・ゾグラフォス」

 「ユリシーズ・アーギロス」

 「グレゴリオ・ディミトリウ」





―エスカンダリアン級軽巡洋艦


 イタリアの新型巡洋艦に対抗するために1936年から建造が開始された軽巡洋艦。

 名目上はイタリアの『ライモンドモンテクッコリ級』への対抗馬であるが、実際にはフランスの『ラ・ガリソニエール級軽巡洋艦』など各国の新型軽巡洋艦に合わせたものだった。

 そのため主砲は140㎜砲から新設計の50口径152㎜砲Mk.I*の三連装へと口径が増しており、装甲も増量され排水量は1万トン(公証)まで増大した。

 

 船体は三連装砲塔を四基(一二門)搭載するために従来よりも縦横比が肥えており、速力は30ノットにとどまっている。

 一方で雷装においては全廃がなされており、それらのスペースには近距離防空用のマドセン20ミリ機関砲の連装銃座を据えている。

 公証では1万トンと発表されたが、実際の常備排水量は1万2000トンであり、最大速力も実際は34ノットだった。


 装甲はそれまでの軽巡洋艦と違って機関部に140㎜の装甲が張られ、弾薬庫は壁面127㎜、天蓋30㎜の装甲で覆われ、甲板装甲は30㎜となっている。

 一方で砲塔装甲に関しては断片防御的なものしかなされておらず、前盾であっても50㎜、天蓋は25㎜、側盾は30㎜となっており、バーベットも50㎜の装甲が施されているのみ。

 アナスタシオス・ラリス級軽巡洋艦に引き続いてホーカー・オスプレイを1基運用する可能だが、主に国産のネイピア・ライオンエンジンを搭載したゼファー&ヴァンク・ケリドノプサロを搭載していた。


 エスカンダリアン級は2隻が第一次世界大戦時に装甲巡洋艦戦隊で活躍したアルメニア系エリュテア人のゲオルギウス・エスカンダリアンと、ラザロフ・シャフナザリヤンに由来して名付けられた。



 「エスカンダリアン」

 「シャフナザリヤン」

 「ネオプトレモス」

 「ディオニュシウス」

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