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第15章 時よ永遠に

 恐れながらも飛び掛ってゆく私を、鋭く睨む赤い目のラシャ。そのラシャからは黒い光と白い光が混ざり合っている。


「やぁッ!」

 両手に握った白い剣を、ラシャの肩目掛けて振り上げる。ラシャは、自らの体を覆っていた白い羽根の翼を、私に向かいゆっくりと広げた。


【何をしておるのじゃ!術であやつを殺してしまえ!】

 しゃがれた声が叫ぶと同時に、ラシャは翼をゆっくりと羽ばたかせた。

 そして、悲しい歌を響かせる。


 その瞬間私はラシャの肩を切るどころか、腕を引いてしまった。

【殺す……?ラシャが私を…?私がラシャを……?】

 私はラシャの翼を切れなかった。そして。ゆっくりと海へと落ちていく中で、[白い悪魔]を見上げる。彼女は、微かに笑みを浮かべている……


【咲夜!】

 そのまま海へと落ちていく私をニズは拾い上げる。そして再びラシャの方へと飛んでゆく。私は自分の本体であったラシャを切ることを躊躇ためらっていた。


「おい!咲夜!どうしたんだよ!まさかヤられちまったんじゃねぇだろな!」

「ん……ごめん…大丈夫」

【咲夜!ラシャと共鳴させて!彼女を救えるのはあなただけだ!そして咲夜を救えるのは彼女だけ……咲夜!】


 私はその言葉で目が覚めた。

 そしてラシャを見据え、目を瞑る。ラシャと同じ深層へと、意識を落としていく。


《ラシャ……怖がらないで…飲み込まれないで……あなたは私、私はあなただよ……》


 すると声が返ってきた。

【咲夜……アナタはワタシ、ワタシはアナタ……】

《ずっと…辛かったね…ごめん……ずっと気付かず私は……》

【ワタシはずっと一人だった……そしてあの海底の中で、ずっとアナタを見ていた…アナタの中から……】

《そうだね…私もそれがやっとわかったよ…ラシャが私をあの海底に呼んでくれたから…》


【百年近くもあの場所にいて、ワタシの分身体が人間界に降ろされたと聞いて、本当は怖かった。でも……アナタの中から見る景色はいつも笑顔の人たちばかりで……そしてアナタもいつも笑っていた。うらやましかった。ずっと……】

《…………》

【ワタシもアナタのように、楽しく笑いたかった。アナタになりたかった!】

《ごめんね……って…きっと謝ってもどうしようもないんだけど……だけどこれであなたは開放されるんだよ!私は私、ラシャはラシャとして、生きられるんだよ!》

【私は私として……?】


《そうだよ……だから…私が狼一族の封印を解いてあげる。それであなたは本当の自由だよ》

【本当の自由……?】

《もう、分身体に縛られることも、狼一族に縛られることもないよ!だから…》

【わかったわ…】

 そう言ったラシャは、白い翼になった両腕を広げたまま、動かなかった。


【ニズ!】

 その掛け声と共に、ニズは勢いよくラシャに向かっていく。


【何をしておるのじゃ!術じゃ!】

 しゃがれた声がそう言っても、ラシャは微動だにしない。

 私はそのまま一気に剣を振り下ろす。ラシャの右肩は、まるで紙切れのように、簡単に切れた。そこから白い翼が静かに海へと落ちてゆく。そしてラシャの肩から飛び散る大量の血。ラシャは苦しい表情をして目を固くつむる。私がラシャから目を背けた瞬間、背後にいたニズは自らの黒い翼を大きく振り、ラシャから飛び散る真っ赤な血を花びらへと変えてゆく。


「痛っ…!」

 その直後、私の右肩には激痛が走る。私はすぐに右肩を押さえる。

「大丈夫か咲夜!」

 ニズの背中から乗り出すように叫ぶ雄吾。

 切り離した白い翼と共に海へと落ちてゆく私を、ニズが素早く拾う。

 私はすぐにニズの背中で態勢を整える。

「大丈夫、私は痛くない!私はラシャを助ける!」

 そう言って再びラシャの元へと飛ぶニズの背中から、ラシャに向かい飛び降りる。

 私は両手で力いっぱい握りしめた白い剣を振り上げる。

 ラシャの左肩に剣を振り下ろす、その瞬間だった。


【咲夜…ありがとう…本当に……】

 ラシャはそう言って微かに微笑んだ。


 再び紙切れのように切り落とされたラシャの翼は、私よりも先に海へと落ちてゆく。ラシャの肩から飛び散る血は、ミシェルによって花びらへと変えられる。


【ワタシは……アナタの中から見る世界が楽しかった。まるで本当にワタシがそこで生きている、そんな感覚を味わえた……ありがとう……】


 そしてラシャは泡のように消えていった。


「ラシャ……!」

 私が大声で叫ぶ声も、彼女には届かなかった。



 海面ギリギリまで私が落ちた所に、ニズが勢いよく飛んでくる。海面を風で巻き上げ、私をその背中に乗せる。

「咲夜!大丈夫か!」

 雄吾は放心状態の私を抱き止める。

 私と雄吾を背中に乗せたニズは、近くの海岸まで飛んで行き私たちを静かに降ろした。そして風が大きく巻いたかと思うと、その姿を人の形へと変えた。


「ミシェ…!ラシャが消えたじゃないか!」

 我に返った私は、人型になったミシェルの胸元を掴む。

「大丈夫です。ラシャは消滅したんではありません。あなたがあの剣でフィルグスの封印を解いたと同時に、ラシャは自らの意思でアースガルズに戻ったのです。両腕を元に戻す術士の元へと行ったのですよ。その手配も済んでいます」

「そうか…よかった…」

 私がほっとするのもつかの間、横にいた雄吾がミシェルに問い詰める。

「おい!咲夜はどうなるんだよ!このまま消滅しちまうのかよ!」

「それも大丈夫です。二人は魂を融合した。そしてあの剣で切り離すことが出来たんです。咲夜はもう分身体ではなく、[咲夜]なんです】


 私と雄吾は顔を見合わせ、笑みを浮かべた。



 術の解かれたラシャはアースガルズへと向かった。狼一族は恐らく消滅したのだろう。

 その後、足や腕が傷ついていたミシェルは、自己治癒の術を施した後、雄吾のケガの治癒を行う。

「すみません、ここまでしか……」

「ありがとな。こんだけ治りゃ、あとは自然治癒だ」

 そう言って雄吾は立ち上がる。

「雄吾君ならすぐに完治するとは思いますけどね」

「おぅ!当ったり前だ!」

 

「あ。なんだか男の友情ってカンジになってる……」

 私は横目で二人を見た。


「なんだ〜?ヤキモチ焼いてんのォ〜?なぁなぁ!どっちに?」

「うるせ!」

 ニヤニヤしている雄吾の顔に、私はパンチした。

 隣でミシェルが微笑んでいる。


 私たちは大きな安堵に包まれていた。



「ミシェ……」

 そう言いかけた私に、ミシェルは再び優しく微笑む。

「さ、行きましょうか」

 そう言ってミシェルは私たち3人の周りに風を巻き起こし、瞬間移動をした。



 着いた場所は私の家だった。



「あ!そうだ![色々]教えてもらうんだった!」

 雄吾が突然言い出した。

「えぇ。もうかなり[色々]教えたと思いますが?」

 ミシェルは含み笑いをする。

 すると雄吾は急にミシェルの肩を組む。

「違うだろ!他の[色々]のことだよ〜」

 そう言った雄吾はミシェルに何かボソボソ話している。


「え?」

 驚いたミシェルの肩を、雄吾は再び掴みまた小声で話す。

 その後も内緒話は続き、二人は時々私の方を見てくすくす笑っている。



「なに〜?キモいんだけどぉ〜」

 私がわざとそう言っても、ずっと小声のまま。


 すると突然雄吾は大声になった。

「アッハッハ!了解!了解!なるほどな〜。ふぅ〜ん」

「咲夜には内緒にして下さいよ!」

「わかってるって!アッハッハッハ!」

「ちょっと〜!内緒ってなんだよ!」

「いいの!いいの!お前は知らなくていいことだから。アッハッハ!」

「雄吾!笑いすぎだって!」

 そう言いながらミシェルも笑ってる。


 まいっか。

 私もなんだか楽しくなってきた。



 そしてしばらく笑った後、雄吾は『またな』と言って帰って行った。

 まるでまた明日も今まで通りに皆で会えるかのように。




「咲夜、ちょっといいですか?話がしたい」

 そう言ったミシェルは、私を2階の寝室へ促し、いつものようにコーヒーを入れてくれた。私たちは開け放された窓から星空が映る海を見た。


「咲夜…高校入学の時のことを覚えていますか?あれは僕が術を使い、あなたをこの海の近くにいられるようにしたんです」

「やっぱり……そうだったんだ……」

「実はこの海は…ある条件が揃った時、フヴェルの泉と繋がります」

「フヴェルの泉……?」

「そうです。そしてフヴェルの泉と深層の海底も繋がります。それで僕は時期を待って、ラシャが開放する時すぐにあなたを消滅させられるよう、考えていました」

「……なぜ私を消滅させないんだよ」


 ミシェルは小さくため息をつき、話し始めた。

「僕はこの特異稀な姿のために、隔離され、[対狼一族専属特殊兵器]としてのみ開放されるという生活をしてきました。能力も…確かにニズホッグに近いかもしれませんが、それでも僕はアース神族だと自負していました。

 ですが皆僕を恐怖の目で見るんです。そう、僕の中でも…戦闘を繰り返せば繰り返すほど、ニズホッグそのものになっていくんではないかという感覚、不安、恐怖心があってそういう皆の視線を否定できない自分もいたんです。

 僕は…ずっと誰も信じられませんでした。全てが嘘で、全てが憎悪で、全てが闇で……

この生活の大本を正せば、全てはフヴェルの宝石のせいだ、全ての原因は[ニズホッグ]にあるんだと思い、憎むこともしました。


 そしてある時ニズホッグを消滅させるために、フヴェルの泉に潜った時のことです。

まだ幼かった僕ですが、戦闘能力には自信があった。意気揚々と潜っていくと、ニズホッグは僕に何もしないんです。それどころか温かい目で僕を見ている気がして……正直怖くなりました。

 ですが[特殊兵器]と呼ばれた僕ですから、やれないことはないと向かって行ったんです。すると僕は簡単にニズホッグに飲み込まれ…

 

 気付いた時にはどこかの泉の岸に上げられていました。そして僕の手にはあの白いハンカチが……実はあのハンカチは、フヴェルの泉の中では文字が出るんです。

〔負のものが口にする時世界は滅び、善のものが口にする時は世界は統一される〕と…。

 これは…僕の生き方はまさに[負]そのものだと思った。僕はなぜ生きているのか、僕はなんのために生まれたのか、それからずっと問い続けた。そして[負]になりたくなて、[真]になるために、さらに敵とされる狼一族を憎み、消し続けてきた。


 だからフィルを消した時、本当に驚いたんです。敵である狼一族の手下となったフィルグスを僕が消した時のあなたは……知らなかったとはいえ、とても悲しんでいて……フィルグスを本当に必要としていたんだと、初めて知ったんです。そんな相手がいる…そしてそれを本当に信じている……僕は自分の生き方を恥じました。そしてこれからの生きざまを変えようと考えました。本当の[真]となるために。

 だから僕はそんなあなたを…僕を変えてくれたあなたを護りたいと思った。

 最初はラシャの開放の時までと思っていましたが…いつのまにか永遠に生きていてほしいとさえ思いました。僕は……あなたと出会ったことで、本当に幸せでした。それなのにあなたには…傷つけることばかりをしてきて……。だから…これが僕にできる最後の償い」


 そう言ってミシェルは、小さな白い小瓶を私の手のひらに乗せた。


「僕が消えたら……このフヴェルの水に、以前渡した黒い羽根を浸けて下さい」

「なっ…!消えるってどういうことだよ!私を護るって言ってくれただろ?あれは嘘だったのか!」

 問い詰める私の目の前で、ミシェルは悲しそうな顔をした。

「僕は…もうタイムリミットがありません。だからあなたを護ることは…」

「タイムリミットって何なんだよ!関係ないだろそんなもの!」

「僕は……[兵器]でした。でも[兵器]ではない自分になるために、アースガルズに戻り、最後のやるべきことをやらなければいけません」

「ここじゃできないのかよ!」

「アースガルズじゃなければ……」

「できないなんて言うなよ!ずっとそばにいろよ!ずっと私を起こしてくれよ!ご飯も毎日作ってくれよ!」

 私がそう言うと、ミシェルはそっと私の手を取り、体を引き寄せた。

 優しく私を抱きしめた腕からは、ミシェルの顔がすぐ近くに見える。

《大丈夫、心配しないで…》

 ミシェルは私の耳元でそっとささやく。


「大丈夫なんかじゃない!私は…!」

 そう言って私は、ミシェルを強く抱きしめ返す。


「ミシェ!オマエが消えたら…今までにないくらい泣いて泣いて…!オマエが戻ってくるまでずっと!オマエが嫌いな涙だらだら流して!いいのかよ!それでもいいのかよ!」


 その問いに、ミシェルはゆっくりと、優しい口調で答えた。

「咲夜は本当に泣きむしですね。僕は女の涙は嫌いと言っているでしょう?」

「そんなの偏見だ!じゃあ、男だったらいいのかよ!私が男だったらいいのかよ!」

「男……ですか?」

「そうだよ!男だよ![俺]になってやる!」

「ふふ…咲夜は女の子、いくら男のマネしてしゃべったって、男になんてなれませんよ。でも咲夜は咲夜。そのままのあなたでいい。ずっとずっとそのままで…」

 私は驚いてがばっと顔を上げた。

 ミシェルはとても優しい顔をしていた。


「……オマエだって泣く時あるだろ?泣いたことあるんだろ?」

「僕は……泣けなくなりました。涙腺が消えたのかもしれませんね?」

「消えるわけないだろ!男だって泣くだろ!」

「僕は泣かない男ですよ?」

 そう言ってミシェルはにっこり笑う。

「嘘つくなよ!私は嘘つきは嫌いだ!」

「う〜ん…そうですねぇ…もし僕が一度だけ泣いたとするなら……」

「……?」


 ミシェルは力強く、私を抱きしめる。


≪もし一度だけ僕の心が泣いたとするなら……あなたの涙を初めて見た時≫

 そう囁いて強く、痛いほどに抱きしめる。

 私もそれに答えるかのように、強く抱きしめ返した。


「ミシェ、私……」

 そう言いかけた時だった。

 どこからともなく風が吹いてきて、私とミシェルの周りをぐるぐると回る。ミシェルの体からダークグリーンの光が柔らかく広がる。

 ミシェルは私の耳元に顔を近付けささやいた。


≪そして僕がもう一度泣くとするなら……あなたが死んでしまった時です≫



 そして、力を入れていた私の腕から力が抜ける。

 そう、抱きしめていたミシェルは、一瞬にして消えてしまったのだ。柔らかい光と優しい風をここに残し……


「ミシェ………!」

 大声で叫んでも、その姿はどこにもない。


 ミシェルが消えたその寝室は、閉めてあったはずの窓が開いており、優しくふわりと入ってくる風が、カーテンを大きく揺らす。

 そしてそこから見えたのは、大きな白い満月。



「ミシェル………!」

 窓から私が叫んだ時だった。


【咲夜……あなたをずっと忘れない……】


 脳裏に響くその声は、恐らく今までで一番優しい声。



【ミシェル……!】


 開け放された窓からふわりと入ってくる風…… 



 気付けば私は、今までにないくらい大声で泣いていた。

 まるで、ミシェルに届けと言わんばかりに。


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