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第13章 表と裏

「え…!ここ…なんで…?」

 私は暗い海底の岩場に意識が戻っていた。突然の状況の変化に私は戸惑いを隠せなかった。

 私の両腕には重い鎖がつけられている。そして回りは大きな岩が積まれ…


「雄吾!ミシェ!ラシャ!」 

 薄暗い岩の隙間から叫んでも、誰の姿も見えない。

 自分の両肩を見ても、痣一つ残されていない。


 あの後どうなった…?あの光はいったい……?


 その後も大声で何度も叫んだが、誰からも返事が返ってこなかった。

 私は必死に何度も叫んだ。思い当たる人の名前を叫び続けた。だが、何も変わらなかった。私はそれでも叫び続けた。



 そして私はついに疲れ果て、声が枯れた頃、急にあのミシェルにもらった白いハンカチを思い出した。

「そういえば……この海底にいても、このハンカチ、あるんだな……」

 いつもと同じようにポケットに入っていたそのハンカチを、そっと取り出した。

 海底で広げるとそれは、ゆらゆらと広がり、自ら泳いでいるようだった。

「これの使い道……あるって言ってたよなぁ……あの時聞いとけばよかったな……」

 しばらくそのゆらゆらと揺れる白いハンカチを見つめていた。



「あれ……?」

 気付くとそこには以前ミシェルに渡された時にあった紋様、そう、私の腕にあった痣と同じ紋様ではなく、別の紋様が浮き出ていた。


「これ……何かに見えるな……なんだろ……」

 そのハンカチを手に取り、紋様の部分を指で触れた。

「ロープ?違うな……なんかこれ、翼?翼のついた蛇……?……あぁっ!」 

 私は一番重要なことをやっと思い出していた。


【ニズ……!】

 脳内でそう叫んだ私の声は、海底全てに響き渡るようにエコーしていた。


「そうだ!ニズホッグ!これ、ニズホッグの紋様だ!なんでこれが……?」



 しばらくその紋様を見ていると、どこからか声が聞こえてきた。

【咲夜…!…咲夜……!】


【あっ……!】

 久しぶりに脳内に響くその声を聞いて、私は涙ぐんだ。

【ミシェ!私はここだ!ここにいるよ!】


 本当によかったと思った。


 居ても立ってもいられなくなった私は、そのまま冷たい岩場の隙間から外を眺め、必死にその声のする方を探した。

【私、ここから出られるのか?】

【出られます!それより大丈夫ですか!ケガはないですか?】

 ミシェルは何か慌てたように話しかけてくる。

【うん!大丈夫だ!】

【よかった……ニズの紋様が出たんですね】

【これ……もしかしてミシェルの紋様?】

【そうです、僕の……僕だけの紋様です!それより早く戻って来て下さい!】

【あっ!雄吾は!ラシャはどうしてる?さっきの狼は大丈夫だったの?】

【どうしてそれを!】

【わからない……ここでラシャと入れ替わった時、なんか……水の膜ができて……】


【そうですか……もしかしてまた涙を……?】

【なっ…泣いてねぇよ!】

 私は慌てて否定した。


【そうですか……それはラシャの能力です。本体には出られないとしても、表層意識のすぐ近くまで来られるんです。意思疎通ができなくても、表層意識と同じように世界を見ることができます】

【ラシャの……?】

【もしかしたらラシャが術をかけたままでいてくれたのかもしれませんね】

【そうか……後で礼を言わなきゃ……で、雄吾たちは?】


 ミシェルは言葉を詰まらせた。

【それより……今なら表層に出られます!あのハンカチを出して下さい!】

【え!ハンカチ?】

【しっかり掴んでて下さいね!】

 するとハンカチからダークグリーンの光が放たれる。

【うわ…っ!】

 眩しい光が徐々に全身を包む。そして再び手元へと光が集まってゆく。


 【さぁ、それを使って下さい!】

 そう言われて恐る恐る手元を見てみた。

 にわかに抑えられた光に包まれた剣。白く輝く剣。柄の部分にはダイヤモンドのような宝石が散りばめられている。どちらかと言うと短剣というカンジの短めの剣は、私の手にしっくりと収まっていた。


【それであなたを繋いでいる鎖が切れるはずです!】

【わかった!やってみるよ!】



 ……と、その時ふと気が付いた。

【って、ミシェ……前みたいにはここへ来れないのか……?】

【すみません……今は………とにかく早く表層へ出てきて下さい!そして、表層へ出たらすぐに結界を張って下さい!】

【う…うん、わかった!】

 ミシェルの様子がおかしいと思ったが、すぐに逢いたくて急いで鎖を剣で切り裂いた。 

 それはとてもキレがよく、まるで糸を切るかのようにたやすく鎖を切ることができた。

 切り離された鎖は泡の渦となり、重ねられた岩場に大きな隙間を作る。

 私はそれらの泡が消えてなくなる前に、岩場の隙間を潜り抜け海の上へと泳いだ。




 海面から顔を出す瞬間、潮の香りがした。

 だがそこは海の上ではなく、雄吾の腕の中だった。それも血だらけの雄吾の腕の中。

「雄吾!どうしたんだよ!何があったんだ!」

 驚いた私はすぐに起き上がり、座り込んだままの雄吾を見た。

 雄吾は頬の辺りを血に染め、首筋から胸、腕にかけて大きな傷をつけている。もちろんそこからも大量の血が流れる。そして血が流れ落ちたのは、砂の地面。


 私は傷一つなかった。


 辺りを見回すとそこは、見覚えのない場所だった。たくさんの木に囲まれた砂地で、木々の隙間の先は、大きく波打つ海だった。

「ここは……?」

「ここ…お前来たことないのか?宇美塚高校のもっと東にある…白崎ヶ浜だよ。[兄貴]が…なんか、わけわかんねぇことしたら、一瞬でここに…来てたわ」


 苦しそうに雄吾は言う。

 その雄吾が言う『わけわかんねぇこと』って、以前巨大狼を消してから私の家に移動する時に使った術だ………多分あの風の……


 そして、痛々しい姿のまま、雄吾は私に微笑んだ。

「やっと帰ってきたのか。おせぇぞ」

「ばかやろ…!おまえこそなんて格好してんだよ…!」

「ハハッ…カッコイイだろ?ちょっとはホレたか?」

 雄吾は体を見せようと、弱々しく両腕を伸ばす。

 私はまともに見れなかった。

「……自惚れんな…そんなヨレヨレになってるやつにホレるかよ…!」

「アハハハ!ほんっとオマエは〜。女らしくしろっつってんだろ?」

「うるせぇよ……そんなこと言うなら顔洗って出直してから言えっつーの」

「顔洗っちまったらよォ、この雄姿が消えちまうだろ?」

「そんなの雄姿って言わねぇよ」

 そう言って私は雄吾の方を見た。


 雄吾の体が……傷だらけだ……こんな………


「狼一族が私の元に現れた時点で、周りの人たちをこんな風に巻き込んでしまわないように誰にも話さないようにしていた。雄吾はなおさらカンがいい方だから、もっと警戒しておけばよかったんだ。そうすればきっとこんな風に……」

「ばかやろう!これはオレが望んだことだ!」

「………ごめん…雄吾」

「イチイチ謝んな!」

 私は必死に涙を堪え、平静を装い雄吾に聞いた。

「……で、なんでそんな姿なんだよ」

「あれ…見ろよ」

 力もなくそう言った雄吾が目で指した上空を、私は見上げた。


 そこに浮かんでいたものは、真っ白な花のような服をひらひらと揺らし、大きな白い羽根の翼の腕を広げている。翼の中央にあるその顔は、私と同じような顔をしている。そして血のような真っ赤な瞳。足元まで伸びる栗色の髪が揺れる。


「あっ!あれは…!」

 そう、そこにはあの海底で見た[白い悪魔]の姿があった。


「なんで!さっき私の体にいたんじゃないのか?」

「オレにもわかんねぇ。アイツに聞いてみろよ。今お取り込み中だけどな」

 白い悪魔の姿になったラシャから十数メートル離れた所には、黒い羽根の翼を広げたミシェルがいた。

「ミシェ……!」

 そして、その反対側にはあの巨大狼が……5体!


「ちょ……!…あれ!どうすんだよ!ミシェル助けないと!」

「どう助けろってんだよ。オレたちには何もできねぇだろ!」

 そう言って雄吾は私の腕を引っ張り、木の陰に隠れた。

 隠れた場所からすぐに目に入ったのは、荒く波打つ海岸に倒れる巨大狼が数体…

 アイツら…何体で来てるんだ……!


 その時だった。

 暴風が吹き荒れ、木々が大きく揺れる。私は長い髪が邪魔になり押さえる。雄吾は痛む体を無理に起こし、私に風が当たらないように囲ってくれた。

 その風が収まった後すぐに、私たちは上空を見上げた。よく見ると、ミシェルが術を施したのか、[白い悪魔]は動きを止めている。そして先ほどまでまとまっていた反対側の狼たちのうち2体は、ミシェルの風に飛ばされたのか、遠く離れた所で態勢を整えるところだった。



【因縁とはこのことかのぅ…フハハ…】

 しゃがれた声が脳裏に響く。あの狼のうちの1体だろう。恐らく一番大きな気配を持つ狼の……


【お前たちがどれだけ来ようとも、ここで好きなようにはさせない!】

 いつもにない強い口調で言うミシェル。

【どこにおろうとも関係ないのではないのか?】

【ここはミズガルズ…人間の世界だ!お前たちのようなものが来る所ではない!】

【ならば早くその娘を渡せ……その娘はわしらの王妃となるのじゃ。そのための神聖なる儀式の邪魔はさせぬ…!】

【地下の泉の時空を壊し百年もの間幽閉することが、ただの儀式だと?】

【そう……アース神族の穢れた血を清め、我らの住まうヘルヘイムへ連れてゆくのじゃ】

【穢れているのはお前たちであろう!】

【ふはは…我らはアース神族によって地下の世界へと追いやられた。我らは生きるために……この全ての世界を我らの国とせんがために……そのための戦いじゃ……

 おぬしは穢れた血が騒がぬか?わしらと同じ血……第三層の血であるぞ?】

【違う!僕はお前たちとは違う!】

【母上も罪なものよのぅ。子のことは考えもせんと……[ゴデ・オ・オンデ]なんぞ口にしおったがために、子は突然変異、周りの者は皆化け物扱いじゃ……辛かろうて……】


 [ゴデ・オ・オンデ]……北欧では[善と悪]という…

 夢の中で老人たちが言っていた、ニズホッグの血で出来た氷の宝石。

 そして…[あの少年]は、対狼一族専属特殊兵器……

 あの時『僕を消して』と泣いていた少年は……やっぱりミシェル…?


【黙れ!僕のことは関係ない!僕の話はするな!】

 ミシェルは両手を狼の方にかざし、何かの呪文を唱える。そしてミシェルの手のひらから強い風と共に氷の粒が噴出す。狼たちはボスであろうその巨大な気配の狼の前に立ちはだかる。そして氷の粒が当たると同時に、その場所が凍りつく。動きを封じられた狼たちは次々に海へと落ちてゆく。


【さすがじゃの。この程度の狼ごときではその姿で十分か……】

 狼のボスは落ちていく狼を見下ろす。

【お前たちはもうナーストレンドには送らない。ここで消滅してもらう】

【消滅……そうか…おぬしはフォルセティの孫であり、対狼一族専属特殊兵器……話には聞いておったが……アースガルズでの禁術も許されておるのじゃな……】

 ボスは動じることもなく、そこに佇み落ちていく狼たちを見ている。そしてボス以外の全ての狼は、氷で動きを封じられ海の底へと沈んでいった。


【お前も消滅してもらう!】

 ミシェルはボスへ向かい両手をかざす。だがその瞬間ボスはミシェルに飛び掛る。すぐにミシェルは下へ回り込み、そこへ再びボスが飛び掛る。それをミシェルはするりとかわす。


【わしもめられたものじゃの。その姿のままで生き延びれると思わぬことじゃ】

 そう言ってボスは大きな口を開け、ミシェルに飛び掛る。だがミシェルは避けきれず、足にボスの鋭い牙が当たる。


「ミシェ…!」

 私は今すぐにでも駆けつけるつもりだった。

 だが、雄吾は痛々しい体で私の腕を掴み、引き止めた。

「咲夜!お前が出てってどうすんだ!」

「だって…!」


 私はどうにも居たたまれなくなり、脳裏で叫んだ。

【ニズ…!】

 上空で態勢を整えたミシェルは、足に深い傷を負っている。そこから垂れる血が、海へ落ちてゆく。

【ミシェ!なんでニズにならないんだ!】

 その瞬間こちらを見たミシェルは、大きく目を見開き叫んだ。

【咲夜!!結界を!】 

 私が驚く間もなく、海岸に倒れていたはずの狼が木の陰から私に飛び掛ってきた。

「咲夜!」

 私の腕を掴んでいた雄吾が、私を引き寄せる。

 私は慣れない手つきで結界を張る。結界は火花を散らし、狼を砂地へと叩き付ける。


【上手くなりましたね】

 ミシェルは少し微笑んだ。

 だが私はそんなことよりも気になってることがあった。

【ニズ!ニズになれよ!】

 変化を促してもミシェルは変わろうとしない。


「…ッハァ〜!……あ…ぶねぇ……!」

 声を裏返したような声で雄吾が言う。

 私はその雄吾の痛々しい胸倉を掴んだ。

「いででで…!なにすんだ…!」

「ミシェが!ニズホッグに変われるはずなのに変わらないんだよ!」

「ニズホッグ?もしかして、こないだ図書室で見てたアレ…か!」

「ミシェは!ニズホッグになれるんだよ!そうすればやつらなんて……!」

「ちょっと待てよ」

 興奮する私を抑え、雄吾はミシェルの方をじっと見て、何か考えてる様子だった。


「アイツ……変わらないんじゃなくて、[変われない]んじゃ……?」

「『変われない』だって?」

「あぁ…見てみろよアイツ…動きを封じたラシャを庇ってるだろ?」

「それはやつらにラシャを喰われないためにじゃないのか?」

「いや……それだけじゃねぇ気がする」

 見てみると、ミシェルは襲い掛かってくる狼を避けつつ、ラシャの方に意識を向けている。ラシャの周りにはダークグリーンの光の輪が出来ている。結界……?


「あれって……ラシャへの結界が邪魔してるんじゃないよな……」

「そんなカンジだな……アイツ、あのまま殺られるんじゃねぇだろなァ……」

「殺られる?ミシェルが殺られるわけないだろ!」

 だが、ミシェルの方を見てみると、襲ってくる狼から逃げているだけで、ほとんど術を使っていない。

 なんで……!


 不安になった私は、立ち上がろうとしたその時、足元に光るものに気付いた。

「あっ!……これでなんとかならないかな……」

「なんだよその剣」

「ミシェが私にくれたハンカチ……剣になったんだよ」

 雄吾は刃渡り三十センチほどのその白く光る剣をじっと見た。

「でもよォそれでやつら倒すっつったって、あんなデカイやつら……」

「違うよ!ラシャの結界を解くんだ!」

「ばっ!ばか言ってんじゃねぇよ!結界を解くっつったってやれるわけねぇだろ!それにアイツは必要あるからラシャに結界張ってんだろうが!」

「いいんだよ!やってみなきゃわかんねぇこともあるだろ?」

 そう言って私は、引き止める雄吾の手を振りほどき、ラシャがいる海岸の方へ走った。


「おい!咲夜っ!」

 叫ぶ雄吾に返事もせず、海岸際まで夢中で走った。



 私はミシェルのいる場所を見上げていると、ミシェルは狼からのやいばを避けつつ言った。


【大丈夫、心配しないで】




 私はもう自分を止められなかった。


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