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第12章 赤い封印

「オレちょっと前に見たんだ、大量の真っ赤な花びらが空き地に落ちてるのを。フツーそんなことありえねぇだろ?近く見たってそんな花咲いてるわけでもねぇし。そン時のあいつ、ヘンだったんだよ!なんか…ごまかしてるっつーか、隠してるっつーかさ!」

 そう言いながら、雄吾はミシェルの方へ歩み寄る。


 そして再びミシェルの肩を掴んだ。

「なぁ!あいつが泣いてた時、何持ってたと思う?花びら持ってたんだよ!白いハンカチに包んでさ!それ、空き地に落ちてた花びらと同じなんじゃねぇのか?なんであんな花びら、茶色くなるまであいつは大事そうに持ってるわけ!お前なんか知ってんじゃねぇのか!」


 ミシェルはうつむき、深いため息をついた。


「あんた[兄貴]なんだろ?あいつを泣かせんなよ!」

「……そうですね」

「咲夜はどこにいるんだよ!教えろよ!知ってんだろ?」

「はい……雄吾君にはやはり……言わなければいけませんね……」

 雄吾は掴んでいた手を離した。

「ただ……全容を話した所で、理解するには難しいかもしれません」

「だからなんだってんだ!オレはな!咲夜が大丈夫なのかどうかが知りたいんだよ!」


《雄吾…ありがとう……》

 私は雄吾の言葉が胸に沁みた。



 すると、ミシェルが口を開いた。

「雄吾君……、ここに咲夜はいないです」

「じゃあどこにいるんだよ!」

「人々の深層心理と繋がる泉です。今はそこに幽閉されてる状態です」

「幽閉?助け出せるのかよ!」

「もちろん。そのつもりです」


《ここにいないって……ミシェル……やっぱり気付いてないんだ……》

 私はそれでもほんの少しミシェルに期待していた。


「じゃあ[コイツ]はなんなんだよ!」

「ラシャ・イズンと言います。分身体である咲夜の本体です」

「分身体ぃ〜?意味わかんねぇよ!」


「…………これには事情があるんです。

 ラシャは、永遠の若さを約束すると言われている果実〔リべ・アップル〕を育てていました。そのリンゴはラシャの能力でないと育たないんです。神族の者たちは定期的にそれを食していました。そのおかげで全ての神族はいつまでも若く、そして長く生きられる。

 そこで全ての世界を征服したい狼一族は、邪魔となるアース神族のラシャの能力を封印しました。そしてそのラシャを狼一族の王妃にしようと考え、ラシャに術をかけました。その後さらに、ラシャは狼一族に手引きする術者によって、分身体だけではなく表層意識全てを深層の泉に幽閉されてしまったんです」


「深層の泉って何だよ」

「精神世界……みたいなものでしょうか」

「精神世界ぃ〜!?わけわかんねぇな」

「元々深層の泉は人それぞれにあるんですが、皆そこに分身体を持ちます。大抵の人はそれに気付かないか、表に出さない。もちろんそこに介入できるのは、本人か分身体のみ。あとは、第三層に棲む術者です」

「第三層!?」

「はい。第三層にはニズホッグや狼一族が棲んでいます。そこの術者が唯一介入できるわけですが、僕もその一人……と言えるかもしれません。でも僕はつねに介入できるわけではないので……」


「で、どうすりゃ助けられるんだよ」

「百年に一度だけ訪れる[氷の満月]と呼ばれた日、唯一その日にニズホッグが棲むフヴェルの泉と繋ぐ扉が出現するんです。そのタイミングで、狼一族によって幽閉されていたラシャを救い出す予定だったのですが……」

 そういってミシェルは[ワタシ]の方を見た。



「実は……表層も深層も幽閉されたラシャを開放するには、分身体側を強制的に人間界に降ろし、それを[消滅]させなければいけませんでした」

「それってまさか……」

「そうです……分身体とは、同じ魂を共有する者。ラシャの分身体は……咲夜です」

「なっ……!咲夜は咲夜じゃねぇって言うのかよ!しかも分身体を消滅って……咲夜を殺すってのかよ!」

 そう言ったと同時に、雄吾はミシェルの胸倉を掴む。


「いえ、ラシャは狼一族の術を使い、[氷の満月]が来る前に表層に出てきてしまった。これも狼一族の思惑通りだったのかもしれません。今の状態で咲夜を消滅させても、狼一族の思いのままラシャは利用されてしまうでしょう。逆に今のラシャが深層に戻ったとしても、狼一族の封印がある限り、ラシャはアースガルズに戻れない。とにかくラシャの封印を解いて、そして分身体としての咲夜を切り離します」


「分身体を切り離すですって!?そんなこと……!」

 ラシャが声を荒げる。

「大丈夫、あなたが消滅することはない。僕がなんとかします」

「咲夜はどうなるってんだよ!死んじまうのかよ!」

「咲夜も………」

「なんとかするってのかよ!」

「僕は咲夜を護ると決めた。だから死なせはしない。絶対に」



 『死なせはしない』って……本当に……?




 その後、急にミシェルは険しい顔をした。何か、様子を探っている。

 そしてミシェルの瞳の色が、淡いグレーから徐々に濃いブルーに変わってゆく。


 雄吾はそんなミシェルに気付いたようだが、それを打ち消すように話し続けた。

「死なせないって……できるのかよ!」


「シッ!やはり来ました。ちょっと騒ぎすぎたようですね」

 ミシェルがそう言ったと同時に、室内がビリビリと音を立てる。


 まさか…こんな時に狼一族…?

 雄吾がいるのに……!


「お…おい!地震…!」

 雄吾は慌てて近くの棚に掴まる。

 そして室内では音のみならず、家具という家具がカタカタと揺れ始め、棚の上の写真立てや小さな観葉植物が床に落ちる。

「ミシェル!どうするの?カレは[人間]よ!?」

 ラシャも、表層に出て初めて出会う気配に恐れているようだった。


 緊迫した中、ミシェルはしばらく考え込んだ後、キッチンの方へと走った。


 戻ってきたミシェルは、手のひらに乗るサイズの小瓶を持ってきた。

「雄吾君!これを飲むか、すぐにここから離れた場所へ一人で逃げるか、どうします?」

「ミシェル!何言ってんのよ!早くここからカレを出さなきゃ!」

 ラシャがそう言うのも聞かず、雄吾は素早くミシェルの持つ小瓶を奪い取る。


「ばっかやろう!飲むに決まってんだろッ!」

 そう言って雄吾はその小瓶の中身を全て一気に飲み干した。

「んっ!なんだこれ!ただの水じゃん!」

「何飲んでるのよ!アナタは[人間]なのよ!」

「そうだよただの[人間]だから飲ませてもらったんだよ!これってアレだろ?何かに変身とかすんじゃねぇの?」

 雄吾は目を輝かせる。


「変身はしないけど……」

「しねぇのかよ〜!つまんねぇな」

 雄吾は肩を落とした。


「それは、ただの水ではないです。先ほど僕がフヴェルの泉から汲んできたものです」

「ほらみろ、やっぱりただの水じゃねぇか」

「ただの水なんかじゃないわ!アナタ……」

 ラシャがそう言いかけた時だった。


 揺れる室内の照明が全て消えると同時に、さらに全ての窓ガラスが激しく割れる。そこからは強い風が吹き込み、カーテンが大きく波打つ。そして月明かりが差し込む。

「うわっ!危ねっ!」

 雄吾はすぐに窓側から離れ、ミシェルとラシャは咄嗟に結界を張り、雄吾に駆け寄る。

「大丈夫ですか!」

「あぁ!こんなくらいなんてことねぇよ!」


 その言葉を聞いたミシェルは、力強く答える。

「そう言うと思ってましたよ」



 その時ミシェルは、雄吾を見て初めて心の底から微笑んだ気がした。



「来るわ!」

 ラシャが叫んだ直後、大きく波打つカーテンの隙間から僅かな月明かりに照らされていたリビングが、一瞬にして暗くなる。


「な…!なんだよあれは…!」

 雄吾が見た窓の外には、雄吾が今まで生きてきた中で一度も見たことのないようなものだった。

「雄吾君!あれが見えますね?」

「あぁ!見えてるぜ!」

「それがフヴェルの水の効果です!」

「おぉ〜!!おもしれぇもん見せてくれるじゃん!」


 雄吾が見たそれは、固そうな黒い毛がうっそうと生えた4本の柱…いや、足だった。そこからは妖気のような、ただならぬ気配が流れてくる。私が見た中でも、一番大きい気配をしていた。

 そしてその時ラシャの様子がおかしいことに、私は気付いた。


 両肩を強く押さえている。痣の辺り?

 何か反応があるんだろうか?

 同じ体の中にいても、私には何も伝わってこない。

 

 ラシャはそれを誰にも悟られまいとしているように感じた。


「雄吾君はラシャのそばにいて下さい!」

「ばかやろう!何言ってんだ!アイツ倒さなきゃなんねんだろ?」


「きゃっ!」

 その瞬間全てが大きく揺れた。隣のキッチンからは、激しく何かが割れる音。食器?

 ミシェルは、その揺れで倒れそうになっていた[ワタシ]を抱きとめていた。


「だめだ!結界を破られました!」

「何だって?」


 ミシェルは目を凝らし、何かを探る。そして、ある一点で視線が止まる。


「あっちか!」

 雄吾は急いでリビングを出ようとした。

「待って!君はラシャを頼みます!」

 慌ててミシェルは雄吾を腕を掴み、引き止める。

「ハッ!お前だけにイイカッコさせれるかっつーの!」

「お願いです!咲夜の体を護って!」

「『咲夜の体』…?」

「咲夜の戻る場所を護って下さい!そして……ラシャが傷つくということは、分身体の咲夜も傷つくということ。ラシャに能力を使わせないようにしなければ、ラシャは負の思念に飲み込まれ、その膨大な力で咲夜は消滅してしまいます。ラシャをフェンリルたちに近付けないようにして下さい!」

「なっ……それを早く言えよ!」


 雄吾は大きな体で[ワタシ]の体を囲むように、壁に寄り添った。

 それを確認したミシェルは、ひらりとソファーを飛び越え、隣のキッチンに向かった。



 ミシェルが部屋から出て行ったところで、雄吾が口を開いた。

「ラシャ…オレは咲夜が好きなんだよ。だから…オマエを護るんじゃねぇんだからな!」

 雄吾は照れたように自分の鼻を触る。


「ワタシこそ!好きでアナタに護られるんじゃないわ!今はミシェルの言う通り大人しくしてあげるけどね!」

「あぁ!そうかよっ!用が済んだらさっさと咲夜に体返せよっ!」

「そんなの最後まで生きてたら言いなさいよ!」

「ハハハ!オマエも結構言うじゃねぇの!さすが咲夜の本体だな!」

「本当は……アナタを使って咲夜を消滅に追い込もうと考えてた……そしてワタシは完全にあの海底に戻らなくても済むよう、ずっと考えてた……」


「待ってろよ。咲夜も助けてお前もちゃんと助けてやっから!」

 雄吾は照れたように横を向き、頭ほポリポリ掻いた。



 その時だった。

 大きな爆音と共に、隣のキッチンとの間にある壁に穴が開く。そしてそこからミシェルが吹き飛ばされる。

「ミシェル!!」

 雄吾とラシャが叫ぶ。

 吹き飛ばされたミシェルはヒラリと床に着地する。左腕には大きな傷。そこから流れ出る血。 


「君たちは何をやってるんですか!ここは危険だ!すぐに逃げて!」

 ミシェルはそう叫び、黒いコートの裾を破ると、片側を口にくわえ、左腕の傷口を素早く結んだ。

 ラシャは不安そうに叫ぶ。

「ミシェル!!」


「だめだ!……ここでは狭すぎる!どこか広い場所へ誘導する!」

 ラシャの叫びも届かぬうちに、ミシェルはそう言って巨大な気配の方へ向かっていく。



 ただならぬ気配の方へ消えていったミシェルを、呆然と見つめるラシャ。そんな[ワタシ]の腕を雄吾は掴んだ。

「おい!行くぞ!」

「やめて!ミシェルが…!」

「お前さっきアイツが言ってたことわかんねぇのかよ!」

「ワタシが傷つけば咲夜も傷つくんでしょ!そんなことわかってるわよ!ミシェルもアナタも咲夜を護るために戦うんでしょう?」

「あのな!オレ、女には手ェ上げねぇって決めてるけどよォ!お前まじでムカつくわ!」

「だったら殴ればいいでしょう!それとも咲夜に傷がつくのがそんなに怖いの?」


「ふざけんじゃねぇっ!」


 雄吾は怒鳴った。今までこんなに怒りを露にしている雄吾を見たことがなかった。


「お前さ、アイツが何で戦ってるのか分かってんだろ?」

「でも……!」

「わっかんねぇやつだな!もういいよ!とにかく来いって!」

 そう言って雄吾は[ワタシ]を連れて、割れた窓ガラスの隙間から外に出た。

 ところがすぐに[ワタシ]は立ち止まる。


 何か、体がおかしい……? 

 特に両肩の痣の辺りが……ドクンドクンと脈打つように反応している……?

 

「おいっ!何立ち止まってんだよ!早くしねぇと喰われちまうぜ!」

「う…ん……何か体が……」

「体が何だって?ほら!行くって言ってんだろ!」

 雄吾は[ワタシ]の腕をぐいぐい引っ張り、庭を抜け道路へ走り出る。


 家の方を振り返ると、キッチンからリビング辺りの壁が崩されている。その間からミシェルは外へ飛び出し、大きな黒い翼を広げた。

 その後を追いかけるあれは…間違いなく狼一族!でも、今までのそれとは全然違う……太い四足は大地をしっかりと踏みしめ、その地に窪みを作る。今までの狼よりも長く固い毛が全身を覆い、その背丈は2階を越えそうなほどある。敷地内に入りきらないその体の末端には、太く長い尾が伸びている。


 [ワタシ]は道路に立ち止まったまま、ピタリと動きを止めた。


「おい!何やってんだ!どうすんだよこっちに来ちまったら!」

 雄吾は強引に[ワタシ]の腕を引っ張るが、足が動かない。

「ちょっ!こんなとこにいたらマジで喰われちまうって!」

 雄吾は後ろを振り返りながら、なんとか[ワタシ]を連れ出そうとしている。


 すると突然低い声が脳内に響く。

【誰が…喰われるだと……?】


 その声を聞いて、私は一気に血の気が引いた。

 それは、以前私を襲った狼一族の声と良く似ていた。だが以前よりも明らかに異質な気配がする。そして老女のような……

 

「雄吾!ラシャから離れて!」

「えっ?」

 遠くから物凄い勢いで飛んでくるミシェルの姿を雄吾が見つけると同時に、ラシャからは白い光が放たれる。

「う…わ!なんだよこれ……!」

 雄吾が目を細めているうちに、白い羽根が次々に舞い上がる。そしてさらに目が開けられないほどの強い光が全てを包む。


「だめだ!間に合いません!」



 その時最後のミシェルの声だけが木霊しているようだった。


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