書きたいことを気ままに書くよ。 ④
夏の日の思い出。ぱーと②
かき氷店に行った時のお話。
〇〇〇
私が彼女と訪れたのは、駅から徒歩5分くらいの大通りに面する店だった。あたりは忙しないはずなのに、その一角だけが別世界のようだ。
店の周りには入口を覆い隠すように木々が茂っている。年季の入った看板は少し斜めに垂れ下がっており、掠れた文字で「営業中」と書いてある。
よくある昔ながらの雰囲気を出すためか、店の扉の脇には素焼きのでっぷりしたタヌキを模した置物が、ひょうきんな顔を浮かべながら腰にひょうたんを引っ提げている。
ちりん。ちりん。と風がそよぐたびに風鈴が揺れた。
「何だかこのお店だけ、昔にタイムスリップしたみたいな雰囲気だね」
彼女はそう言うと、店の入り口に手を掛ける。扉はやはり引き戸だった。
「いらっしゃいませ」
店内から少し控えめな女性の声がきこえてきた。
その人は上下黒の甚平に、周りが赤く縁どられた濃紺のエプロンを下げている。
「お好きな席へどうぞ」
店員に促されるまま、私たちは手近な席へと向かい合わせに腰かける。店内は真昼だというのに少し薄暗い印象を受ける。真っ白な明るさの照明ではなく、淡いオレンジの優しい光と、その光を吸い込むように濃い茶色の木製テーブルがあるからだろう。テーブルの表面は丁寧に磨かれているが、淵には木、本来の素材の凹凸を残していて優しい手触りだ。
「こちらがメニューになります。決まりましたらお声掛け下さい」
店員は私たちにお冷とメニュー表を差し出した。
「何を頼もうか?」
そう尋ねると、彼女は向かい合わせに座っていても一緒に見えるように、メニュー表を横に広げる。
「今日はかき氷を食べに来たからね。折角だからそれにしようと思う」
私はふたりで相談した予定通り、かき氷を注文することにする。
「でも、メニュー表にはいろんな美味しそうなものが載っているから迷うよね」
そう言って彼女は笑った。もう少し考えたいようだ。
「たくさんの種類があるんだから、好きなものを頼めばいいよ」
そう言って私は彼女を待つことにした。
私は数年前に知り合った人に、『メニュー表を見たら5秒でオーダーを決める』という話を聞いたことがある。その人いわく、何を選ぶか迷っている時間が無駄であり、どうせ悩んだとしても人間は大体おすすめされているメニューを選択するようになっている。だから、迷う必要はないといった話だった。
それからというもの、私は店に食事に行った時も、服を買う時もできる限り悩まないようにしている。悩む時間があるならば、次に進みたいからだ。
ただ、友人や家族と出かけるときはあまり相手に「さっさと決めろ」とプレッシャーをかけるのは好きではないので、悩んでいるふりをするのだが……近しい人にはもしかしたらばれているかもしれない。
そんなことを考えていると、
「やっぱりわたしもかき氷にする」
オーダーが決まったようだ。
ほどなくして、私たちの前には2つの黒いお盆が並べられた。それに映える、真っ白なかき氷。
上にはシロップがかかっておらず、どうやら外側から崩していき、中のシロップと一緒に味わうようになっていた。
透明なガラスの器の横からは、甘酒でできた白いシロップが見える。
「こんなに白いかき氷、初めて見た」
そう言って彼女は持ってきた一眼レフのカメラを被写体に向ける。いろいろな角度からパシャパシャと写真を撮っている。
その間に、溶けたかき氷が一滴、お盆の上に透明なしずくを落とす。
「すぐに溶けちゃうんだね。早く食べなきゃ」
いただきますの声をかけ、ひとさじ氷をすくう。口の中に自然な甘酒とお米の甘みがふわっと広がり、すっきりとしたのど越しがした。100円カップのかき氷とは異なり、食べ進めても頭がキーンと痛くならない天然の優しいかき氷だった。
「甘ったるくなくて、爽やかな感じがするね」
そんなことを話しながら、あっという間にかき氷を完食してしまうのだった。
ちょっとずつ、ちょっとずつ。コツコツと書いて参ります!