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苦しい胸の内

私があなたを始めて見たのはハマ駅の西口に通じる大通りでした。

二年前、この町の商工会議所の仲間と都会の各省庁へ表敬訪問に行ったときのこと。

法務局で事務次官との面会を終え、道に出たところで私たち一群は胸に茶封筒を抱えたあなたとすれ違ったのです。


あ、今の子可愛かったと何人かの男があなたのことを口にしました。

が、彼らはすぐに他のことに気をとられて話題を変えました。

けれど私は違った。

チラリ見たあなたの横顔にすっかり心を奪われてしまっていたから。

私がエイトのような性格なら間違いなく群れから離れあなたを追いかけて声をかけていたでしょう。

けれど私はそんな行動をする人間ではなかった。

だからといってこの一目惚れの心を軽いものだと思ってはいけません、なぜなら私はあの時以来あなたの姿をひと時も忘れることはなかったのだから。


本当に美しかった。

黒い髪を一つにまとめ、まっすぐ前を向いて歩く姿が。

白いヘチマ襟のブラウスを着て、黒いくるぶし丈のスカートをはいて…

そんな格好をしている人はそこら中にいるけど、何かあなたは特別だった。

その人となりかが、容姿から滲み出ているようだった。


翌日、仲間に昼間からお酒の飲めるカフェに誘われたけれど、私は断ったのです。

前の日に見た美しい女の子の姿を一人思い出し、共に歩いているような気分で駅前を散策したいと思ったから。

それに、昼からお酒を出すようなカフェに行くことは信心深い男がすることではないような気がしたので。


その判断を私は死ぬほど後悔することになるのです。

エイトとあなたが出会った場所が、あの日仲間に誘われたカフェ・ド・ルフランだと言うことを聞いて!

そう、私は品行方正な自分を貫くことによって一目惚れの相手と再会するチャンスを失っていた。


あなたに心奪われてからは都会に出張の際にはハマ駅周辺をあてもなく歩き回っていたし、夜のお祈りの時にも最後の最後に小さな声であなたにもう一度会えるようにと神にお願いしていました。


一目惚れをしたり、非合理的な行動をとっていたからと言って私をウブな男子校生のように思ってはいけません。

いい大人です。実際、お付き合いした女性も何人かいますし。

ただこうして独身でいるのは今まで結婚に踏み切れるほどの相手に出会えなかっただけなんですから。

条件の良いお嬢さんとのお見合いの話は今でも山のように持ち込まれます。

でもあなたを好きになってからは全て断ってきました。

私には必ずまたあなたに会えると根拠の無い確信があったので。


ある日皮肉な形で、その確信は現実のものとなりました。

友人の結婚式で、花嫁姿のあなたに会えたのですから。

あなたに会えた喜びのすぐ後に襲って来た絶望をどう表現したらいいか私にはわかりません。

エイトに新婚家庭に遊びに来るように誘われても、私がその誘いに応じてこなかったのは、人妻となったあなたを見るのが辛かったから。

けれど、どうしてももう一度会いたくて、私の思いを聞いてもらいたくて来てしまいました。


あなたは…優しい人ですね。

遮ることなく話を聞いてくれて。

私は今の現実をどうこうしようという気はないのです。

ただ自分の身の上に起きた皮肉な巡り合わせをあなたに知ってもらいたかった。


私は思いの丈を話せて楽になりました。

けれどあなたはさぞや不快な思いをしていることでしょう。


安心して下さい。

これからはあなたの幸せに水を差すようなことはいたしませんません。

私はこの町を出ます。

傷心の旅に出るわけではないのですよ?これでも実業家の端くれです。

当行の資金を必要としている土地を探しに行くのです。

できれば開発に携わり新しい町を一つ作りたいと思っています。


ルミナさん、ありがとう。

独りよがりな男の話を聞いてくれて。

おかげで自分の気持ちに区切りがつきました。

はは、本来ならエイトとあなたの結婚式のときにあなたを諦めなければならなかったのに…

私はこうして相手に自分の気持ちをぶつけるこという子供っぽいやり方で自分の気持ちを昇華させるしかなかった。

未熟ですね?どうぞ遠慮なく私という人間を嘲笑って下さい。


おや、あなたはどうしてそんな温かい眼差しで、私を見るのです?

私は無礼を罵られる覚悟で来たというのに。なにか…誤解してしまいそうだ…


ふ、理性が保てるうちに退出させていただくのが良いのでしょうね。

なんだか頭がクラクラしてきた。


では。

さようなら、ルミナさん。どうぞお元気で。

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