吟味
もちろん私は妹からの依頼を快諾した。
なんとなくだけれど、今回のことは妹の一大事ような気がしたから。
勤め先のお屋敷で妹はカフェに勤めてると言うと意外な顔をされる。
あら、エミリの妹ならお堅いところに勤めているかと思ったら…ふうん、カフェの女給ねぇと。
確かに妹の勤め先は堅くはないけれど、そこで彼女は真面目に働いている。
勤め始めてから無遅刻無欠勤を貫いているし、うっかり注文を聞き間違えることもない。
ほかの女の子のように気軽にお客さんからのプレゼントを受け取るようなこともしない。
そういう申し出は全て断ってるって言っていた。
そのしっかりした人柄が認められて、会計係が休んだ時は支配人にその代理を任せられるほど店での信頼は厚い。
彼女は世間体よりただ可愛い服を着たいという純粋な希望を叶えることに重きをおいているだけなのだ。
上司には(私はお屋敷の経理のクリュウさんの助手のような仕事をしている。と、同時に家政婦的な仕事も)妹がカフェで働いていることはあまり吹聴しない方がいい、なんて言われるけど私は気にしない。
誘惑の多い環境にあって妹はちゃんと自分の身持ちや品性を保っている。
誘惑の全くない職場でそれを保つより誘惑の多い職場でそれを保つほうがずっとたいへんなことじゃないかしら?
少々彼女の気の強さには手を焼く時もあるけれど、誰に隠す必要もない私のたった一人の身内だ。
今回身持ちの堅い妹が初めて誘いに応じるんだもの。
本人は気づいてないかもしれないけど多分その人のことを気に入ってる。
夜、妹に貸すために私は二足ある靴を丁寧に吟味して、かかとの痛みの少ない方を選びいつもより多めにクリームをつけた。
ふと顔を上げれば妹は母の形見のドレッサーに向かって黒い艶やかな髪をとかしている。
あの艶に負けないようにと私は丹念に時間をかけて靴を磨きあげた。