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視線の先には

「まって、私にもお話をさせて下さい」と新妻は部屋を出て行こうとする若き銀行家を引き止めた。


その瞬間銀行家は微かに幸福の予感がした。

だからこそ、ここは踵を返してはいけないと思ったのだが、体は言うことをきかず彼は足を止め振り返ってしまう。

そんな彼に対して友人の妻は胸の前で手を組み、静かに語り始めた。


「私にはあなたの恋が成就するかどうかは判断できません。

なぜなら、あなたが好きになった女性は善良だけど頑固で融通が効かず、しかも奥手でそう簡単に人を好きになるようなたちでもないから。

けれど…

もしもあなたが、人を身分や学歴で判断することなく、無学ではあるけれど能力のある人間を雇う度量のある経営者であるのなら、あなたは一目惚れした相手と再会できる可能性があるということだけは断言できます」


頭の回転の速さには自信があった銀行家だが、この時は友人の妻が何を言ってるのか、少しも理解ができなかった。


戸惑う彼を前にして新妻は言葉を続けた。


「人違いをしているのです、あなたは。

私は二十年の生涯で一度も茶封筒を持って歩いたことはありません。

あなたがハマ駅前の大通りで出会ったのは多分…

私の双子の姉のエミリだと思います」


その言葉を聞いてもなお、銀行家はぼうっとしていた。

新妻は彼が事の真相を理解するのを待つ間、何気なく彼の足元を見ていた。


裕福ではあるが倹約家の彼は靴を三足しか持っていない。

その日履いていた靴はその中では一番古いものだった。

けれどそれは前日、彼が支援している孤児院の子供たちが日頃のお礼にと心を込めて磨いてくれた靴で、とても穏やでやさしい光を放っていた。



















おわり




「あなたの靴が連れていく場所」を最後までお読みいただきありがとうございました。


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