夏の大会(二日目)
二日目の第一試合は、「大宮エンジェルス」と対戦、地区の強豪だった。
聖司君と相手ピッチャーとの緊迫した投げ合いになった。
聖司君の投げる球は、それほど速くないんだけど、ナチュラルシュートだから打ちにくいんだ。
でも、相手のピッチャーも球が速くてコントロール抜群、フォアボールを一個も出さなかった。
しかも、ボールがスライダーみたいに変化するんで、凄く打ちにくかった。
これまでの練習試合で見たこともない、
初めて対戦するピッチャーだった。
みんなも、
「あの真っスラ、ヤバイよ」
って言ってた。
僕は六回が終わって二打数ノーヒット。
二打席とも三振で、最後の球は、一つ目は外角のボールを空振り、二つ目は内角のボールの見逃しだった。
外角は真っスラ(ナチュラルスライダー)が速いスピードで、クッって体から逃げるように変化したんで、空振りしちゃった。
内角はボールだと思ったら、クッて曲がってストライクになったから、手が出せなかったんだ。
僕は悔しくて仕方なかった。
僕のチームの出塁は、四番の貴史君が打ったセンター前ヒット一本のみ。
でも、相手チームも毎回ヒットやフォアボールで出塁するんだけど、聖司君が要所要所で踏ん張って、結局〇対〇で七回裏、僕たちの最後の攻撃になった。
この回の先頭バッターは僕。
この攻撃で決着をつけないと、時間節約のために満塁合戦になっちゃうから、僕は何が何でも塁に出たかった。
前の打席は見逃しだったから、
[とにかくバットを振って、ボールに食らいついて行こう]
って、僕は思ってた。
だけど僕が打席に向かう前、緒方コーチが僕を呼んでアドバイスしてくれたんだ。
「翔太君、外角のボールはほとんどストライクにならないから振らなくていいよ。あれは振っても空振りか、当たりそこないになるだけだ。内角を狙うんだ。ストレートのタイミングでコンパクトにスイングすれば、君なら前に飛ばせるはずた。ピッチャーがボールから手を離す瞬間をよく見ながらタイミングをとるんだ。背中側から、ストライクゾーンにボールが入って来た瞬間を叩くんだ」
ってね。
僕は打席に入る前、緒方コーチが言ったことをイメージして、四、五回素振りしてみた。
そしたら何となく気持ちが落ち着いて来た。
それまでは、どうやって打てば良いのか分からず、頭の中が真っ白な状態だったんだ。
でもイメージして素振りしてたら、だんだん打てそうな気がしてきた。
[内角、内角。投手の手元を良く見て、ストライクゾーンに入ってきたら、コンパクトにスイング]
僕はこの言葉を呪文のように、頭の中で繰り返し呟きながら打席に入ったんだ。
一球目は外角だった。
僕が見逃すと、主審が少し迷ってから、
「ボール」
ってコールした。
緒方コーチの言った通りだ。
二球目、今度は内角。
僕は少しのけ反りそうになったけど、ストライクゾーンに入った瞬間、コンパクトに思いっ切りスイング。
少しタイミングが遅れてファールチップ。
打球がバックネットに飛んで行った。
三球目。
チェンジアップが真ん中低目に来た。
僕はタイミングが合わず、思わず空振り。
「ストライク」
って主審がコールした。
[チクショウ!]
って僕は思ったけど、同時に心の中で、
[やった!]
って叫んだんだ。
投手の手元をよく見てたら、チェンジアップの握りがハッキリ見えたから。
僕は緒方コーチに感謝した。
カウントはツーエンドワン。
四球目。
投手の手元を見た瞬間、真っスラだと分かった。外角低目の誘い球。
僕が見逃すと、主審の判定は、
「ボール」
カウントはツーエンドツー。
僕は打席を外して、深呼吸。
相手のピッチャーも大きく息をついてた。
五球目。
内角に真っスラが来た。
僕はほとんどテイクバックせずに、コンパクトに思いっ切りバットを振った。
「キイーン」
って音がして、打球がレフトの左にライナーで飛んで行った。
[抜けた!]
外野手がフェンスの方に打球を追いかけて行く。僕は全力疾走。
二塁ベースを回ったところで、三塁コーチが止まれの合図。
僕は慌ててストップ。
二塁ベースに戻り、僕は緒方コーチに向かってガッツポーズしたんだ。
緒方コーチも、笑顔でガッツポーズを返してくれた。ベンチのみんなも、飛び上がって喜んでる。
スタンドを見ると、耀と母さんが手を取り合って飛び跳ねて喜んでた。
続く六番、浩一君の送りバントで、僕は三塁に進塁。
一死、ランナー三塁になった。
次の七番、直君のところで、監督は勝負をかけた。
直君は僕の同級生でライトを守ってる。
相手もスクイズを警戒して前進守備。
相手バッテリーも、初球は大きくボール球で外してきた。
続く二球目、監督から早くもスクイズのサインが出た。
監督はいろんな動作をするけど、最後の動作で監督が右手で左腕を触った後、ベルトに手を当てたらスクイズなんだ。
『バントするから、バンドに触る、なんちゃって!』
って、監督がくだらないダジャレを言ってたのを急に思い出し、こんな場面なのに可笑しくなった。
だけど僕は、内心ドキドキだったんだ。
相手に気づかれないように、平静さを装うのが大変だったから。
喉もカラカラに乾いてた。
牽制が二回続き、短めにリードをとっていた僕は二回とも落ち着いてベースに戻った。
そしてようやく、ピッチャーが二球目を投げたんだ。
ピッチャーが投げると同時に、僕は全力で
スタートを切った。
見逃せばボール球、外角高めの真っスラに、直君は体勢を崩しながら、何とかバットに
ボールを当てた。
[偉いぞ、直!]
って、ホームに向かって走りながら僕は心の中で叫んでた。
ボテボテのピッチャーゴロ、上手く勢いが死んでいる。
ホームベースに残り五メートルまで近づくと
僕は頭からヘッドスライディング。
ピッチャーが捕球後直ぐにキャッチャーに
グラブトスしたのが横目に見えた。
僕はキャッチャーがブロックした脚の間に手を伸ばし何とかホームベースにタッチした。
直後に、僕と激突したキャッチャーも転倒しながら僕にタッチした。
キャッチャーミットが、僕の背中にガツンと当たった。
主審の判定は、
「セーフ!」
[やった、やった! サヨナラだ!]
僕は膝をついたまま両手を天に突き上げて、
「やったー!」
って叫んだ。
すると、ベンチのみんながホームベースに駆け寄って来て僕は揉みくちゃになったんだ。
◇◇
昼休み。
僕たちが昼食を食べてると、今日も耀と母さんが差し入れを持ってやって来た。
「翔太、よく頑張ったねー。私感動したわ」
って母さんが言ったから僕は照れ臭かった。
「やるじゃないか、お主、偉いぞ!」
とかって、耀も言ってた。
今日の差し入れは、僕の大好きな母さん手作りの唐揚げ。
大きなタッパにたくさん入ってたから、今日
もチームのみんなと一緒に食べたんだ。
「翔太ンチの唐揚げ、うんめー」
って言いながら、みんなパクパク食べて、
アッと言う間に無くなった。
耀の今日の差し入れは、真夏なのに、
なぜかチョコレート。
「えっ? こんなに暑いのにチョコレート?」
って僕が言うと、
「疲れてるから、甘い物が良いと思ったの。
せっかく作ったのに、要らないなら返して!
私、自分で食べるから」
って耀は怒ってた。
「いや、要ります、要ります。どうも、ありがとう!」
って、僕は慌てて言ったんだ。
「じゃあ、次の決勝戦も頑張ってね!」
って、耀はすぐに機嫌を直し、母さんと一緒に戻って行った。
紙袋を開けてみると、保冷剤と一緒に、耀が作った手作り感バリバリの分厚い板チョコが出てきた。
表面に白い文字で、
「ファイト!」
って書いてあった。
冷え過ぎて少し硬かったけど、僕は少しずつ手で割って、口の中でゆっくり溶かしながら食べたんだ。
甘くて美味しかった。
◇◇
昼食が終わると、決勝戦まで、まだ一時間
以上も時間があった。
僕と直君が市民球場の外のスペースでキャッチボールしてると、「大宮エンジェルス」のピッチャーが僕に話しかけてきた。
「ねえ、ねえ、君さあ、デンジャラスの五番打ってる子だろ?」
身長が高くて顔も大人みたいだった。
一七〇センチくらいありそう。
一四八センチの僕は見上げるようにして、
「はい」
って返事したんだ。
「さっきは、ナイスバッティングだったね。
最後の走塁も良かった。完全にやられたよ。君、名前なんて言うの?」
「山野翔太です」
「僕は原口真也よろしくね。デンジャラスで一番のスラッガー(強打者)は君だって思ってたんだ。君の構えを見て強打者だってすぐに分かったよ。だから今日は君のこと、ずっと警戒してたんだ。でも、やっぱり君にやられちまった。僕の真っスラをあんなに完璧に打ち返したのは、君が初めてだ」
「ありがとう。でも、コーチのアドバイスがなかったら、僕、打てなかったと思うよ」
「えっ、そう? もしかして、外角を捨ててきたのはコーチのアドバイス?」
「うん、ピッチャーの手元を良く見て内角を狙えって、コンパクトにスイングしろって教えてくれたんだ」
「そりゃあ、良いコーチだなあ、参ったよ。だけど君のスイングは他の人にはなかなか真似出来ないと思うよ。イチロー選手みたいにほとんどテイクバックしないもんな。だからどんな球にも対応出来るんだ。今日は君たちに勝って、ブラックホークスを破って県大会に行く予定だったんだけどなあ。悔しいけど仕方がない。でも、僕も精一杯やったから、後悔はしてないよ。 決勝戦も頑張ってな!
スタンドで応援してるからさ!」
って、真也君は言ってくれたんだ。
横で話を聞いてた直君が言ってたんだけど、真也君は六年生で、今年四月に他県から引っ越して来たんだって。
他県にいた時は、県大会まで行ったことがあるらしい。
◇◇
決勝戦は予想通り、「ブラックホークス」との対戦になった。
彼らはBブロック予選を難なく突破し、
順調に優勝決定戦まで駒を進めて来た。
「ブラックホークス」は打線も強力だし、
投手力も半端じゃないんだ。
特にエースの鬼塚君は、物凄く球が速くて、速さだけでは真也君より速いと思う。
背丈も真也君より高くて、オーバースローから投げてくるボールは、二階から投げ下すような感じなんだ。
僕も一度、四年の秋に、新チームの練習試合で対戦したことがあるけど、その時は全く打てなかった。
コントロールも良くて豪速球にチェンジアップを上手く織り混ぜてくるから、みんな三振ばかりしてた。
たまにバットにボールが当たっても、球が重くてなかなか外野に飛ばないんだ。
僕もその時は、内野ゴロばっかりだった。
だけど、うちのエースの貴史君だって負けちゃいない。
背丈は鬼塚君や真也君ほど高くないけど、
それでも一六五センチもあって結構デカい
んだ。
スリークォーターから投げる貴史君の球は、
聖司君と同じで、ナチュラルシュートするか
ら凄く打ちにくいんだ。
球速も鬼塚君や真也君ほどじゃないけど、
かなり速いよ。
しかもコントロール抜群。
コーナーに投げ分けて打たせて取るタイプの
ピッチャーなんだ。
エースで四番、度胸も座ってて頭も切れる。
みんなの頼れるキャプテンなんだ。
小学生のくせに銀ぶちメガネをかけて、
妙に落ち着いてるから、あだ名は、
『おじさん』
監督がつけたあだ名なんだけど、みんな気に入っちゃって、僕らは貴史君のことを、
『貴史おじちゃん』
って、いつも呼んでた。
◇◇
試合はやっぱり緊迫した投手戦になった。
四回を終わって一対〇。
貴史君は三回裏に連打を浴びて、一点取られちゃった。
だけど打たせて取るピッチングで、バックもノーエラーで貴史君を盛り立てた。
レフトにも何度か打球が飛んで来たけど、
僕は内野への返球を出来るだけ早くして、
無駄な進塁を許さないように心がけた。
鬼塚君はここまでパーフェクトピッチング。
まだ一人のランナーも出していなかった。
「このままじゃ、ヤバイよ」
って、みんな焦ってた。
五回表は四番の貴史君から攻撃が始まった。
エースで四番、キャプテンの貴史君は、ここで意地を見せて内野安打を打ったんだ。
貴史君はツースリーからファールで三球粘った後、三遊間へ叩きつけるように高いバウンドのショートゴロを打って全力疾走。
すると、焦ったショートが一塁へ悪送球。
貴史君は悠々二塁に進んだ。
ベンチのみんなは飛び上がって大喜び。
だけど、僕は責任重大なんで、心臓がドキドキしてた。
無死、ランナー二塁で、僕に打順が回って来たんだ。
しかも、今日の試合で初めてのチャンス。
その上、監督のサインは送りバントじゃなくてヒッティング。
「翔太、行けー! 思い切ってかっ飛ばせ!」
って監督は大声で言いながら、しきりに
バットを振るジェスチャーをしてるんだ。
僕は目を疑った。
[普通は、僕が送りバントで、浩一君がスクイズだろ?]
って思った。
でも監督の横で緒方コーチまで、僕の方を見ながら大きくうなずいてるんだ。
[えーっ、マジか! 嘘だろ?]
って思ったけど、こうなったら仕方ない。
僕は覚悟を決めた。
前の打席は詰まった当たりのレフトライナーだったけど、タイミングはだいたい合ってたんだ。
去年の秋より力がついてるのは、自分でも
実感してた。
監督もコーチもそこに賭けたんじゃないかって思った。
もし僕が凡打しても一死、上手くいけば貴史君も三塁まで進塁出来るかもしれない。
本当は右方向へゴロを打った方が良いんだろうけど、鬼塚君相手にそんなこと考えてたら振り遅れちゃうから、監督の言う通り、僕は思い切っていこうと思った。
ストレートにタイミングを合わせて、チェンジアップでタイミングを外されたら、貴史君みたいにカットしようと思ったんだ。
鬼塚君のチェンジアップの握りはストレート
とほとんど同じで見分けが全くつかない。
投球フォームもストレートと全く変わらなかった。
一球目。
一度、二塁へ牽制した後、 鬼塚君はセットポジションから、 内角高目に物凄い豪速球を投げ込んで来た。
僕は思わず振り遅れて空振り。
鬼塚君は投げる時、
「うっ!」
って声を出してた。
いつもより、ギアを上げて投げてるのが分かった。
[負けてたまるか!]
って思ったら、僕も全身がカッと熱くなって
来た。
二球目。
今度は外角低めに豪速球。
僕は思い切ってスイング。
「キィン!」
って音がして、打球がライト線にライナーで飛んで行った。
「ファール」
スタンドがどよめいた。
鬼塚君の球が重いから、
手がジーンと痺れてる。
僕はアッと言う間に追い込まれ、カウントは、ツーストライク、ノーボール。
三球目。
内角低目にチェンジアップ。
タイミングを外されたけど、僕は体を残しながら、なんとかバットにボールを当てた。
ボールがキャッチャーの足元に転った。
「ファール」
って主審がコール。
僕はホッと胸をなで下ろし、打席を外して深呼吸。
四球目。
鬼塚君は牽制後、今度は内角高目に豪速球を投げて来た。
見逃せばボール球、僕はかろうじてバットを止めた。
主審が一塁アンパイアに確認してから、
「ボール!」
ってコールした。
カウントはツーエンドワン。
僕はホッと胸をなで下ろし、再び打席を外して深呼吸。
鬼塚君も肩で息してた。
五球目。
今度は外角低目に豪速球。
僕は思い切りスイング。
「キン!」
って音がして、打球がさっきと同じように
ライト線にライナーで飛んで行った。
「ウオオオー!」
スタンドがどよめいた。
今度は、
「フェア!」
ラインドライブがかかった打球はライト線を
切って、フェンスの方に転がって行った。
外野手がボールをフェンスの方に向かって追って行く。
僕は迷わず一塁を蹴って二塁へ向かう。
貴史君も迷わず三塁を蹴ってホームへ向
かった。
外野手がボールを拾ってバッホーム。
ボールがキャッチャーに届く一瞬前に、
貴史君はガッツポーズしながらホームを
駆け抜けた。
僕は二塁を回った所で三塁コーチに止め
られてストップ。
[やった、追いついたぞ、同点だ!]
って、僕は心の中で叫んでた。
ベンチでは貴史君がみんなから手荒い祝福を受けている。
みんな優勝したように大喜び。
あの鬼塚君から一点もぎ取ったんだ。
僕も二塁べースから、みんなに向かって
ガッツポーズ。
鬼塚君はマウンドでグラブを地面に叩きつけて悔しがってた。
続く浩一君の送りバントで僕は三塁に進塁。
一死、ランナー三塁でまたも直君に打順が回って来た。
前の試合と全く同じような展開だ。
監督は三球目にベルトに手を当て、
例のスクイズのサインを出した。
僕は鬼塚君が投げると同時に、
スタートを切った。
でも、鬼塚君の球が速すぎて、直君のバント
はピッチャーへのポップフライになった。
鬼塚君は猛然とダッシュして、ポップフライ
をダイビングキャッチ。
素早く起き上がって三塁に送球し、
飛び出していた僕はホースアウト。
ダブルプレーでアッという間に逆転の
チャンスが潰れてしまった。
鬼塚君はガッツポーズしながら、
「ヨッシヤー!」
って、雄叫びを上げた。
◇◇
試合はその後、両チームとも無得点で最終回の七回裏、「ブラックホークス」の攻撃になった。
最終回の守備につく前、監督はみんなをベンチ前に集めて円陣を組んだ。
「いいか、みんな。この回をしのげば、少年野球の規定で、鬼塚君はもう投げられない。一日七回までが限度だからな。延長戦は二イニングまでだ。勝負がつかなきゃ満塁合戦になるけど、八回からは二番手の投手が出て来るから何とかなる。打順も翔太からだしな。この回さえ抑えれば、俺たちは余裕のヨッちゃんで、県大会に行けるはずだ。気を引き締めていけ、みんな分かったか!」
って、監督が言ったんだ。
「オウ!」
ってみんなが言った後、貴史君が、
「監督、今のギャグ古すぎます」
って言ったんだ。すると監督が、
「すまなかった!」
って言ったから、みんな爆笑しちゃった。
「ブラックホークス」の攻撃は二番バッターからだったけど、貴史君は二番と三番を内野ゴロで簡単に打ち取った。
だけど、続く四番の大友君に、三遊間を
抜けるヒットを打たれてしまった。
大友君はキャッチャーでガッチリした体格を
してる。今日は貴史君から二安打目。
三回裏の攻撃では打点も上げてるし、
さすが四番だと思った。
僕はレフト前に勢いよく転がって来た打球を取って、素早く二塁に返球。
二死、ランナー一塁。
続くバッターは五番の鬼塚君。
得点にはむすびつかなかったけど、鬼塚君も
今日は右中間への三塁打を一本打っている。
僕は大友君の時よりも、少し守備位置を深く
して守ってたんだ。
そしたら初球、いきなり左中間に大きな当た
りが飛んで来た。
打球がグングン伸びてるのが分かった。
僕は打球の落下点を予測して全力疾走。
打球から目を切って完全に打球に背を向けて
走ってた。そうしないと間に合わないから。
振り向くと打球が目前に迫ってた。
僕はジャンプしながら思いっきり左手を伸ばしてキャッチした。
だけど打球は僕のグラブに一旦収まった後、
生き物の様にグラブを弾いて地面に転がったんだ。
「パシッ!」
って、グラブを弾く打球の感触が、
今でも手に残ってる。
僕は勢いあまって、芝生の上を一回転。
近くまで追って来たセンターの高山君が、
「翔太、バックホーム!」
って叫んでた。
僕は慌てて起き上がり、ボールを拾って素早
くショートの富田君に返球。
強肩の富田君も僕の返球を受けると、
素早く本塁に送球。
ランナーの大友君は三塁を大きく回ったとこ
ろで、慌ててストップ。巨体を揺らしながら必死で三塁に戻った。
二死、ランナー二、三塁になった。
何とかサヨナラは免れた。
六年生の高山君が帽子を拾ってくれた。
「翔太、ドンマイ。今の打球は俺だって取れない。追いついただけでも偉いぞ!」
って言って、僕のお尻をポンと叩き、守備位置に戻って行った。
記録はヒットだったけど、僕は悔しかった。
[チクショウ! 今の取ってれば延長戦に突入出来たのに。掌に力が入り過ぎてた。もっと柔らかくキャッチングすれば良かった]
って、僕は歯噛みしたんだ。
続く六番、左バッターの白石君も強打者なんで貴史君は警戒してた。
外野から見てても、貴史君がフォアボール覚悟で際どいコースばかり攻めているのが分かった。
もし四球でも満塁策がとれるから、
こっちは有利なんだ。
だけどツースリーのフルカウントから、
白石君は貴史君のナチュラルシュートを
引っかけて、ボテボテのファーストゴロ。
ファーストの六年生佐々木君が猛然と
ダッシュしてボールをキャッチ、
迷わずホームへ送球。
たぶん一塁は間に合わなかった。
でも、ホームへの送球が少し高めに浮いた。
浩一君が軽くジャンプしてボールを取り、
地面に着地した瞬間、三塁ランナーの
大友君がホームにスライディング。
クロスプレーになった。
二人とも地面に倒れてる。
主審は腰を屈めて、二人の周りを少し回ってからコールした。
「セーフ!」
こうして、僕達「デンジャラス」の熱い夏は
終わったんだ。
〈作者注〉
テイクバックとは、スイングで反動をつけるために腕を後ろに引く動作のことです。