耀のこと
僕が野球を始めた時、
「翔太のユニホーム姿、凄くカッコ良いよ」
って、耀も言ってくれたんだ。
あのね、耀っていうのは、
僕の同級生の女の子。
保育園の頃からの幼馴染なんだ。
耀はサッカーをやってて、土日は運動公園なんかでよく会うんだ。
同じ団地に住んでて、小学校も一緒。
友達のみんなは、僕と耀のことを、
『夫婦みたい』って、よくからかうんだ。
別につき合ってるわけじゃないけど、
耀とは昔から気が合うんだ。
二人とも父親がいないからかも知れない。
耀の父さんは、耀が生まれて直ぐ、交通事故で亡くなったんだ。
だからお互い口に出さなくても、父親がいな
い寂しさが分かり合えるのかも知れない。
耀はケンカが凄く強いんだよ。
頭が良いから口ゲンカも強いけど、腕力で戦ったら男子だって耀には敵わない。
サッカーで鍛えた脚で、太モモなんかを回し蹴りされたら、立ってられないし、ヘディングみたいに、胸に頭突きされても立ってられない。
もし耀の頭突きが顔に当たったら、
きっと鼻血が出るだけじゃすまないよ。
耀には他にも必殺技があってね、男子のオチンチンを手でギュッって握り締める技があるんだ。
これをやられたら、痛くて痛くて、男子はみんな白目をむいてその場にしゃがみ込んじゃうんだ。
僕も前に一度、やられたことあるけど、
泣いちゃったもん。
だけど、これは耀を怒らせた時だけ。
普段はとても優しくて、元気で明るい女の子なんだ。
別に美人という訳じゃないけど、背が高くてスタイルが良いんだ。
サッカーをやってるから、いつも真っ黒に日焼けしてる。
活動的だから、長い髪はいつもポニーテールにしてるんだ。
大きな黒い瞳がいつもキラキラ輝いてて、
笑った顔が凄く可愛いんだ。
耀が笑うとね、周りがパッと明るくなったような感じがするんだよ。
◇◇
僕が野球を始めてしばらく経ってから、
学校の帰り道、耀がこう言ったんだ。
「翔太、最近、明るくなったね」
って。
「そう?」
「うん、もう前と全然違う。前は元気が無くて、いつもボーッとしてたけど、今は目が生き生きしてる。とても楽しそうだよ」
「本当に? 野球を始めたからかな?」
「きっとそうだよ。保育園の頃、翔太の父さんが居なくなってから、翔太はずっと暗かった。いつも心ここにあらずって感じだったけど、最近は元気が出てきて、目が輝いてる。まるで別人みたいだよ」
「本当? ありがとう。野球って面白いんだ。この間、練習試合でね、僕代打で初めてヒット打ったんだよ。友達も増えたし、僕今楽しいんだ」
「わー、そうなの? おめでとう! 良かったね。これからも野球、頑張ってね。私、翔太のこと応援してるから」
って、言ってくれた。
◇◇
耀はいつも僕のことを気にしてくれるんだ。
僕って、本当はイジメられやすいタイプだと思う。
チビで気が弱いし、色が白くて、女の子みたいな顔してるし、髪の毛は天然パーマで茶色だし、性格も暗いし。
だけど、保育園の頃から、いつも耀が助けてくれた。
耀と仲が良いっていうだけで、イジメっ子たちも耀を恐れて、あんまり僕に近寄って来なかったんだ。
だから、耀には本当に感謝してる。
でもたまにウザいって思うこともあるんだ。
だって耀は冗談が好きでね、時々、
「ヤッホー! 翔太」
とか言いながら、僕にデコピンしてきたり、
後ろからヒザ蹴りしてきたりするんだ。
そうかと思うとね、急にマジメな顔して、
「翔太、私はあなたが好きです!」
とかって言ったりするんだ。
僕が真っ赤になって、返事に困ってるとね、
「冗談だよ、バーカ!」
って言ったりするんだよ。
そういう時はもう、
[本当にカンベンしてくれよなあ]
って思う。
だから僕たちは『夫婦』って言うより、
『仲の良い姉弟』って言った方が良い
と思うんだ。
もちろん、耀が姉さんで、僕が弟。