ホームラン記念碑と僕と耀の未来
その後、 僕たちは県知事杯争奪戦で優勝した
んだ。
県大会に行っても、「ブラックホークス」
より強いチームなんていなかった。
「何だあ、夢にまで見た県大会も、こんなも
んかあ」
って、監督は言ってた。
「何言ってんスか、監督、もっと喜んでくださいよ!」
って、僕たちが言ったら、
「すまん、すまん。ワシはもう、市の大会で力尽きてのう」
って、監督が老人みたいな声で言ったから、
僕たちはゲラゲラ笑ったんだ。
僕は県大会でも活躍してMVPに選ばれた。
四試合で合計十二打数七安打、二本塁打、
八打点だった。
いつものように、二試合目で先発したけど、
三対〇で完封勝利、十二奪三振だった。
耀と母さんも毎試合応援してくれた。
母さんの精密検査の結果は良好で、何の問題も無かったから、僕は安心して野球に集中できたんだ。
僕が大活躍したんで二人とも大喜びだった。
僕たちが加盟してる組織は全国大会が無い
から、県大会が終わったら、僕たち六年生
はチームを卒業したんだ。
◇◇
県大会が終わってしばらくすると、市長さん
から僕の家に直接電話がかかって来たんで、
僕も母さんも驚いた。
話が終わって電話を切った母さんは、
僕にこう言ったんだ。
「あのね、翔太、よく聞いて。市民球場の外に、あなたが市の大会で打ったホームランの記念碑が建つそうよ」
「えっ、僕のホームランの記念碑?」
「そうなのよ、母さんもよく分からないけど
あなたが打ったホームランって、凄く飛距離が出たでしょ? あんなの小学生の軟式野球で
は珍しいから、ぜひ記念碑を作らせてくださ
いって市長さん仰ってたわ」
「嫌だよそんなの、僕、恥ずかしい」
「そうでしょう? あなたがそう言うと思って
母さんも最初は丁重にお断りしたの。でもこの記念碑はあなただけの記念碑じゃなくて、父さんの記念碑でもあるって、市長さん仰るのよ」
って、母さんが言ったから、
「えっ、父さんの?」
って、僕は驚いたんだ。
「そうなのよ。市長さんね、元高校球児でしょう? 昔から父さんの大ファンでね、実は、
父さんのお葬式にも来てくださったの。それ
で以前から、自分が市長になったら、地元の
英雄だった父さんの記念碑を建てたいって、
ずっと考えてらっしゃったそうなの」
「へーっ、そうなの?」
「うん、それでね、今度の市議会で提案する
から、是非ご家族のご了承をいただきたいっ
て仰るのよ。あなたからホームランを打たれ
た源次郎丸君も、ブラックホークスの監督さ
んも、父さんが高校・大学野球で活躍したこ
とよくご存知でね、大賛成されてるそうよ」
「えっ、源次郎丸が?」
「そうなのよ、だから母さん、そう言うこと
ならお任せしますって返事しといたから良いわね?」
って、母さんが言うから、
「そっかー・・・うん、分かった」
って、僕は答えたんだ。
◇◇
十月中旬、記念碑の除幕式が盛大にとり行われたんだ。
市民球場の外は整備され、僕がホームランをぶつけた物置も、今は撤去されてた。
スタンドの外周には綺麗な花壇が出来てて、記念碑はレフトスタンドの外の花壇の中に建てられてた。
野球の大会の時みたいに、ブラスバンドは来
るわ、号砲は鳴るわ、飾り付けは凄いわで、
僕も母さんも恐縮しちゃったんだ。
お客さんが何百人も来てた。
僕の野球チームの仲間を始め、父さんが前に勤めてた会社の人たちや、昔の野球チームの仲間、高校や大学の同級生なんかがたくさん来てた。
僕は色んな人から話しかけられて、
目が回ったんだ。
市長さんが、僕のホームランと父さんの業績を称えるスピーチをした時は、大勢の人達が泣いてた。
市長さんの挨拶の後、僕と母さんが並んで
テープカットしたんだ。
幕が取り払われると、記念碑が姿を現した。
記念碑はグレーの大理石で出来てて、
縦一・五メートル、横一メートル近く
あった。
上の方にバットとボールの絵が彫ってあって
白く塗られてた。
ボールの縫い目は赤だった。
記念碑の表面には、白い文字でこう彫って
あった。
《ホームラン記念碑》
『二〇一九年七月二十八日、 当市の学童野球
チーム「デンジャラス」所属の山野翔太君は
市長杯争奪戦決勝、「ブラックホークス」 戦
において、大会屈指の好投手、源次郎丸武蔵
君からホームランを打ちました。
市民球場のホームベースから、この地点まで
届く大ホームランでした。これを記念して、
ここに記念碑を建立します。
山野君が打ったホームランの飛距離は、百十
八メール。これは、学童軟式野球において、
特筆すべき記録です。
打ったボールは、公認軟式ボールC号、
重さは百二十九グラムでした。
使用したバットは、公認金属バット、
ノーマルタイプ、重さは五百八十グラム、
長さは七十八センチでした。
なお山野翔太君は、高校・大学野球で活躍された名投手 故 山野翔吾さんのご子息です。』
二〇一九年十月十四日
若竹市
除幕式には源次郎丸も来てて、僕に声をかけてくれたんだ。
「山野君おめでとう。こんな記念碑建てられて僕はちょっぴり悔しいけど、良い励みになるよ。中学に行ったら、また勝負しような」
ってね。
「分かった、僕も楽しみにしてるよ。今日は
来てくれてありがとう」
って言って、僕は源次郎丸と固い握手を交したんだ。
◇◇
除幕式が終わって数日経ってから、僕は耀と二人でもう一度記念碑を見に行ったんだ。
除幕式当日は、色んな人達との挨拶に忙しくて、ゆっくり記念碑を見れなかったからね。
記念碑のところには、いくつも献花が供えてあった。
「これって多分、昔、翔太の父さんを応援してくれてた人達の献花だよね。翔太の父さんって影響力凄いよね」
って、耀が言ったんだ。
「うん、でも、ありがたいよね。いまだに父さんのこと、覚えてくれてるんだから。感謝しなきゃ」
って、僕は答えた。
この記念碑には、その後、献花が絶えなくなった。
◇◇
僕と耀はスマホで記念碑を撮影したり、
二人並んで自撮りしたりしたんだ。
暫く記念碑の前で二人でボーッとしてた。
そしたら耀が、急にこう言ったんだ。
「ねえ、ねえ、翔太、初詣の時のこと覚えてる?」
って。
「えっ、僕が耀の真似ばっかりして、お参りしたこと?」
「違うよ、池の周りを散歩してる時、私、言
ったでしょ? 翔太たちが県大会に行ったら、
教えてあげるって」
「ああ、そのことか! 思い出したよ。そう言
えば、あの時、耀は何てお祈りしたの? ずっ
と気になってたんだ」
「やっと思い出してくれたの? 遅過ぎるよー
まったく。じゃあ、もういい、忘れて!」
「ごめんね、謝るから教えてよ」
って僕が言ったら、
「もう、いいの! ホントに!」
って、耀が怒ったように言ったんだ。
「えーっ、なんでだよー」
って言ったら、耀は目を伏せて、
「だって・・・恥ずかしいから」
って言うんだ。
「えっ? そう言われると、ますます知りたく
なるよ。お願いだから、教えてくれ!」
「うーん、どうしよっかなあ。じゃあ、笑わ
ないで聞いてくれる?」
「分かった、絶対、笑わない」
って言ったら、
「本当? 約束よ」
って、耀は念を押したんだ。
「うん、分かった、約束するから!」
って、僕がせっかちに言うと、
「じゃあ、言うね。私、あの時・・・将来は
翔太のお嫁さんになれますようにって、神様
にお祈りしたの」
って、耀は恥ずかしそうに言ったんだ。
「えっ? そ、そう・・・」
って言ったまま、僕は答えに困ってた。
そしたら耀が、
「私じゃ、ダメ?」
って、凄く不安そうな顔をして聞いたんだ。
耀は黒い大きな瞳で上目遣いに僕を見てた。
僕は修学旅行の時のことを思い出した。
そう言えばあの時は、耀が泣き出して大変だった。
この時僕は、頭をめまぐるしく働かせて色んなことを考えたんだ。
[もしここで、僕が曖昧な返事をしたらどうなる? 耀は怒るか泣くかするだろう。笑わないって約束したから、冗談で誤魔化すわけにもいかない。結婚なんてまだ先のことだし、第一、僕も耀もまだ子供だ。大人になってみなきゃ先のことなんて分からない。それにこの先、お互いに他に好きな人が出来たらどうするんだ? 大体、僕たちはこれから中学受験を控えてるし、あと一週間後には、耀はサッカーの秋季大会が始まるんだ。この娘は一体何を考えてるんだ? そんな簡単に結論が出せる問題じゃないだろう? ここは、気持ちは嬉しいけど、大人になってから考えようって言うしかないか? だけど、それって、逃げのセリフだよな? 耀は絶対ガッカリするはずだ。でも、ちょっと待てよ。大人になった時、耀以外に結婚したいと思う人が、実際に現れるだろうか? よく考えてみたら僕と耀は奇跡的なくらい強い絆で結ばれてる様な気がする。大人になって、もし耀が他の男と結婚したら僕は気が狂って死ぬだろう。うん、間違いない。これだけはハッキリ言える。僕は世界で一番、耀のことが好きだ。僕は耀を誰にも渡したくない!]
僕は数十秒の間に、以上のようなことを全力で考えたんだ。僕は下を向き、自分の考えを必死でまとめてた。
耀は僕の返事を、緊張した様子で待ってた。
やがて僕は顔を上げ、耀の目を見て、
大きな声でこう言ったんだ。
「ダメじゃないよ! 耀、ありがとう。僕、今凄く嬉しいよ。結婚するなら、耀しかいないって僕も思う。僕たち、大人になったら結婚しよう!」
「えっ、本当に?」
って、耀はハッと驚いたような顔をした。
「本当だよ、これからもよろしくね!」
って、僕は言ったんだ。
「私・・・嬉しい!」
って言って、耀は輝くような笑顔を見せた。
僕たちは照れたように笑いながら、
しばらくその場に突っ立ってた。
そしたら、向こうの方から誰か人が歩いて来たんだ。記念碑を見に来たのかもしれないっ思った。
「誰か来るよ、さあ、もう行こう」
僕は耀の手を掴んだ。
「うん」
耀は僕について来た。
僕たちは修学旅行の時のように、時々、
顔を見合わせて意味もなく笑いながら、
夕陽の中を手をつないで歩いた。
そしたら耀が、
「ねえ翔太、おんぶして!」
って、あの時みたいに僕の背中に飛び乗って来たんだ。
僕は立ち止まり、耀をしっかりとおんぶし直した。
耀の髪の毛や息が、僕の首筋の所に当たって
くすぐったかったけど、僕は耀を背中にしょって、どこまでも、どこまでも歩いて行ったんだ。
完




