最後の夏の大会(二日目)
二日目の第一試合は、強敵の
「丸山ブルワーズ」が相手だった。
この試合は木村君が先発で、またも大活躍。
Aブロック決勝で、しかも最後の大会だから緊張してるはずなのに、木村君は心臓に毛が生えてるとしか思えないほど落ち着いたマウンドさばきを見せてくれた。
試合は、木村君が相手の強力打線を僅か
三安打に抑え、二対〇で勝利。
僕たちは念願の優勝決定戦に駒を進めた
んだ。
僕は三打数二安打一打点。
最初の打席は力が入り過ぎて、キャッチャーフライだったけど、後の二打席はセンター前ヒットとライト前ヒットを打って勝利に貢献できた。
最後のライト前ヒットの時は、六回表、
一対〇、二死、ランナー三塁だった。
どうしても追加点が欲しい場面だったから、外角のストレートを流し打ちしたんだ。
そしたら、ライト前に鋭いライナーが飛んで行ってヒットになったから嬉しかった。
試合が終わると監督は、みんなを集めてこう言ったんだ。
「みんな良く頑張ったな! とうとう優勝決定
戦まで来たぞ。予定通りの展開だ。Bブロッ
クも、ブラックホークスが優勝したってさっ
き連絡があった。決勝は間違いなく源次郎丸
で来るはずだ。次の試合が俺達の集大成にな
る。これまでの特訓の成果を見せてくれ!」
「ブラックホークス」は、今年もBブロックを余裕で突破して来た。
昨日の初戦を源次郎丸が先発し、八対〇で
コールド勝ち。
二戦目は、三番手投手が先発し、五対一で
勝利。
今日の三戦目は、二番手投手が先発、十対二
でコールド勝ちして決勝に進出して来た。
監督の言う通り、決勝は源次郎丸の先発で
間違いない。
僕達はさっきまで浮かれてたけど、監督の
言葉を聞いて、気を引き締め直したんだ。
◇◇
昼休み。
耀達が今日も差し入れを持って来てくれた。
今日の差し入れは笹団子。
緑の笹の葉に、緑のお団子が一個一個包んであった。
食べてみると、中に小豆色の餡子がたくさん入ってた。
冷んやりモチモチして、凄く美味しかった。
僕は和菓子が苦手だったけど、これは正直
ウマいと思ったんだ。
「耀、このお団子、美味しいよ!」
って僕が言ったら、みんなも、
「うん、めちゃ美味!」
「これ、うんめー!」
とかって言って、喜んでた。
耀達はホッとしたような顔をしてた。
「みんな喜んでくれて良かったー! 和菓子だから、みんなどうかなーって思ってたんだけどね。作り方は、お祖母ちゃんに習ったの。今日の朝、翔太の母さんも手伝ってくれたんだよ」
って、耀が言ったんだ。
今日は僕達がAブロック決勝まで来たんで、保護者の人達からもたくさん差し入れをもらったんだ。
ハチミツレモンや栄養ドリンク、スポーツ
ドリンクとか色々あった。
監督も喜んで、
「もうホンマ、えろうすんまへん!」
って、保護者の人達にお礼を言ってた。
そしたら、聖司君が、
「監督、今度は関西弁ですか?」
って、突っ込みを入れたんだ。
すると、監督が、
「もうホンマ嬉しゅうて、自分がどこの人間か、訳分からんようになってもうた」
って言ったから、みんな爆笑したんだ。
◇◇
みんな食べたり話したり、冗談を言い合って笑ったり、楽しそうにしてた。
でも僕は、あと一時間後には、運命の優勝決定戦が始まるのかと思うと、心の底から笑えなかった。
何だか自分の意識だけが自分の体から離れて行って、遠くから自分を見てる感じなんだ。
確かに、僕もみんなと一緒に食べたり、話したり、笑ったりしてるんだけど、何か第三者的に自分を見てる僕がいるんだ。
とても不思議な感覚だった。
[これって、緊張し過ぎてるか、超冷静かのどちらかだよな? でも冷静だったら、こんなに体がフワフワした感じにはならないんじゃないか? たぶん、僕はかつてないほど緊張してる]
って、僕は思ったんだ。
僕がボーッとしてると、誰かが僕の肩をポンと叩いた。
振り向くと、耀が心配そうに僕を見ながら立ってた。
「翔太、どうしたの? さっきから漠然としちゃって、体調でも悪いの?」
「ううん、別に何でもないよ。考えごとしてただけ」
「そう、じゃあ良いけど。ねえ翔太、まだ時間あるでしょ? 少しその辺、散歩しない?」
「うん、分かった」
僕は耀について行った。
◇◇
僕たちはとりとめのない話をしながら、市民球場の隣にある大きな公園まで散歩した。
なるべく木陰を選んで歩いたけど、
暑くてセミの鳴き声が凄かった。
耀の笑顔を見てたら、僕はだんだん気分が落ち着いて来た。
自分の体から離れてた魂が、自分の体に戻って来たような感覚になったんだ。
僕たちは二十分くらい散歩した後、チームのみんなの所に戻ることにした。
歩きながら、僕は耀にこう言ったんだ。
「耀、ありがとう。たぶん僕、さっきは凄く緊張してたんだ。だけど、耀と散歩したら、気分が良くなった」
「そう? じゃあ良かった。私、安心したわ。さっきの翔太、少し変だったもん」
「そう? 分かった? 僕ね、さっきは自分の体が自分の体じゃないみたいだったんだ。自分で自分を遠くから見てる感じ。あんなこと僕
生まれて初めて」
「そう・・・私、前にサッカーの試合の時、
そういう感じになったことあるよ」
「えっ、そうなの?」
「うん、去年、秋季大会の決勝の前。覚えてる? 翔太が差し入れ持って来てくれたでしょう? あの時よ。でも翔太と話して、呑気そうな翔太の顔を見てたら、スーツって気持ちが落ち着いて来たの」
「えっ? あの時、耀、そんなに緊張してたの? 全然そんな風に見えなかった」
「緊張してるよー! 三十年振りで決勝に進出したのよ。よほど鈍感な人間じゃない限り、
緊張しない人なんていないよー」
「ごめん、それもそうだよね」
「あのね、前にコーチが言ってたんだけど、
人間ってね、緊張するとアドレナリンが出て
あまり痛みを感じなくなるらしいの。緊張す
ると手足が震えたり心臓がドキドキしたりす
るでしょ? あれもアドレナリンのせいらしい
の。人間の体って、そういう風に出来てるの
ね。何が起きても大丈夫なように、今、翔太
の体は戦闘準備してるのよ。これは、翔太だ
けじゃなくて、聖司も直樹もそうだと思う。
みんな何気に振る舞ってるけど口に出さないだけ。今は、みんな緊張と闘ってるの。だから翔太、心配しないで。今、翔太が感じてる緊張は、自然なことだから」
「そっかあ、分かった、ありがとう。でも、耀って凄いねー、何でも知ってるんだね」
「そんなことないよー。私も、桜も美優も、色んな修羅場を経験してるだけ。サッカーってある意味、格闘技みたいなとこあるでしょう? 私、試合前はいつも不安。試合の時は、最初にボールに触れるまでいつも不安なの。ワンタッチしてから、やっと気持ちが落ち着くの。翔太も最初にボールに触ったら落ち着くはずよ」
「そっかー、分かった。じゃあ、僕の修羅場もこれから始まるんだね」
「そうよ、頑張ってね。私スタンドから翔太の修羅場、精一杯応援してるから。緊張に打ち勝つのも大切だけど、私ね、最後に心の拠り所になるのは『絶対に負けない!』っていう強い気持ちだけだと思うの。だから人間は自分を鼓舞して闘うしかないの」
「僕、今の耀の話聞いてたら、だんだん元気が出てきたよ。僕、頑張るからね!」
「翔太、その調子よ! 頑張って!」
って、耀は笑って言ったんだ。
◇◇
優勝決定戦は、午後二時ぴったりに試合が始まった。
僕達は試合前、円陣を組み、聖司君の音頭で掛け声を出したんだ。
みんなで大声を出して、シートノックを受けると、僕は大分緊張がほぐれてきた。
その前には、ウォーミングアップも入念にやったし、キャッチボールとトスバッティングもやったんだ。
[緊張した時は、やっぱり、体を動かすのが
一番良いなあ]
って、僕は思った。
いつものルーティンをこなしてると、
心が自然に落ち着いて来るんだ。
試合前、相手キャプテンと聖司君が
ジャンケンして、僕達は後攻に決まった。
◇◇
腕時計を見てた主審が午後二時になると、
「プレイボール!」
って大声でコールして試合が始まったんだ。
聖司君はサイドスローから渾身の力を込めて第一球を投げた。
『パン!』
って、浩一君のミットが音を立て、
ナチュラルシュートが内角低目に決まった。
「ストライク!」
って、主審がコールした。
「ナイスボール!」
って、僕は声を出したんだ。
聖司君は浩一君の返球を受け取ると、
僕を見てニッコリ笑った。
聖司君は先頭バッターをチェンジアップで三振に仕留めると、次の打者をセカンドゴロに打ち取った。
すると三人目は、僕のところにボールが飛んで来た。
ボテボテのサードゴロ。
僕は一瞬ドキッとしたけど、思いっきり
ダッシュしてボールを取った。
そして心の中で、
[一、二、三]
って言いながら、素早く一塁へ送球、
ギリギリで間に合った。
「アウト!」
って、一塁審判がコールした。
僕は嬉しくて、グラブを手で叩いて飛び跳ねて喜んだんだ。
「翔太、ナイスプレー!」
って、聖司君が声をかけてくれた。
僕は笑顔で手を上げて応えたんだ。
耀が言ってた通り、ボールに触ったら、
これまでの緊張がスーツっと体から抜け
て楽になった。
◇◇
一回裏、僕達の攻撃になった。
源次郎丸の球はやっぱり速かった。
春の大会の時よりスピードが増して、
緒方コーチの球より速く感じた。
荒れ球が少なくなって、
前よりコントロールも良くなってた。
だけど、みんなツーストライクまで内角を捨てて、真ん中から外よりの球に絞ったおかげで、かなり源次郎丸の球に食らいついて行ってた。
ファールチップや当たり損ないが多かったけど特訓の成果が出てた。
僕たちがコツコツ当ててくるんで、源次郎丸はマウンド上で何度も首をひねってた。
一番の田中君はファーストゴロ、二番の直君はセカンドゴロに倒れた。
だけど三番の木村君は、一、二塁間を抜けるヒットを打った。
二死、ランナー一塁で、僕に打順が回って来たんだ。
初球、物凄い豪速球が僕の胸元に来た。
ボールが浮き上がっているように見えた。
僕は見逃してワンボール。
二球目、僕は外角低目を思いっ切り
スイング、バットがボールの下を叩き、
『キン』
って音がして、ファールチップがバック
ネットに飛んで行った。
カウントはワンエンドワン。
三球目、外角高目に豪速球が来た。
僕は思いっ切りスイング。
『キィン』
って音がして、今度はバックネット裏にファールが飛んで行った。
カウントはワンボールツーストライク。
[次は内角が来ても、食らいついて行かな
きゃ]
って思った。
僕は打席を外して深呼吸。
源次郎丸もマウンドで大きく息をしてた。
四球目、チェンジアップが真ん中に来た。
僕はタタラを踏みそうになったけど、
何とか体を残してバットにボールを当てた。
ボテボテのゴロが、一塁方向に転がって
行った。
「ファール!」
って、主審がコール。
僕はまた打席を外して一息ついた。
五球目、今度は真ん中低目のストレート。
僕は逆らわずに打ち返した。
『キィーン!』
って音がして、ピッチャー返しになった。
ボールがライナーで源次郎丸の足元へ飛んで
行った。
源次郎丸は投げた後の体勢のまま慌ててグラブを出したけど、キャッチ出来なかった。
するとボールが源次郎丸の左脚の脛に当たってポーンと跳ね返った。
源次郎丸は直ぐに体勢を立て直し、マウンドとホームの間に落ちたボールを拾いに行ったけど、その時既に僕は一塁を駆け抜けてた。
木村君も余裕で二塁到達。
僕がベンチに向かってガッツポーズしてると
源次郎丸は鬼のような形相で一塁ベース上の僕を睨みつけた。
本気で怒ってるみたいだった。
源次郎丸は眉毛が濃くて、顔も四角だから、
怒ると阿修羅像みたいな怖い顔になった。
僕はワザとやった訳じゃなかったけど、一応帽子を取って謝ろうかと思ったんだ。
でも、止めることにした。
そんなことしたら、逆効果になると思った
から。
だけど、それからの源次郎丸の投球は凄まじかった。
球速が一段と増したんだ。
英次君は手も足も出ず、三球三振に倒れて、
スリーアウトチェンジ。
僕のピッチャー返しが源次郎丸を本気にさせたみたいだった。
源次郎丸は投げる度に、
「うお!」
って、声を出してた。
[源次郎丸は怒りを、力に変えるタイプかもしれない]
って、僕は思ったんだ。
◇◇
その後は、聖司君と源次郎丸との緊迫した投げ合いになった。
僕は去年の貴史君と鬼塚君の投げ合いを思い出した。
試合は、一回、二回、三回、四回と回が進んで行ったけど、両チームともに無得点。
聖司君は、丁寧にコーナーを突く投球で力投してた。
初戦とは違い、今日の聖司君はコントロールが冴え渡り、ナチュラルシュートの切れ味も抜群。
凡打の山を築いた。
「ブラックホークス」の強力打線を四回まで一安打に抑えてた。
四死球も無し。
バックもノーエラーで、聖司君の力投に応
えた。
一方の源次郎丸も、僕のピッチャー返し以降は立ち直り、その後、一本もヒットを許してなかった。
でも、四死球は一個ずつ出してた。
一回の終わりから全力で投げ出して、多少
荒れ球が増えたんだ。
三回裏、二巡目の打席で死球を食らった直君は太腿にぶつけられて痛そうにしてた。
「チックショー、あのヤロー! 次は、絶対
打つからな!」
って、残塁でチェンジになった後、ベンチに戻って来て悔しがってた。
◇◇
四回裏、僕に二回目の打席が回って来た。
前の打席とは違い、源次郎丸はギアを上げ、
エンジン全開で投げて来た。
源次郎丸は打席に立った僕を、阿修羅のよう
な形相で睨みつけ、
「うん!」
って声を出しながら、目一杯の豪速球を投げ込んで来たんだ。
僕だけには、絶対に打たせないっていう気迫
が伝わって来た。
源次郎丸は全部真っ直ぐでグイグイ押して
来た。
初球、インハイを見送ってワンストライク。
後は二球続けて、ど真ん中のストレート。
僕は二球とも振り遅れて空振り。
三球三振だった。
僕は悔しくて仕方がなかったけど、源次郎丸の本気の投球を見て、自信を無くしちゃったんだ。
[あんな球打てるわけがないよ。小学生の中に大人が混じってるんじゃないか? こんなの不公平だ]
って、僕は内心弱気になって呟いたんだ。
次の回の守備についても、源次郎丸の投げた白いボールの軌道が、目に焼き付いて離れなかった。
ボールが、
『ビュッ!』
って唸って、
[来た!]
って思った瞬間には、もう振り遅れてる
んだ。
◇◇
五回表。
とうとう聖司君が相手打線に捕まった。
相手の先頭打者は六番の五木君。
聖司君は五木君にファールで粘られて、フル
カウントからライト前へのポテンヒットを許してしまった。
すると、七番の庄野君にファーストのへ送り
バントを決められて、一死、ランナー二塁。
続く八番菅田君は、ボテボテのサードゴロ。
僕は猛ダッシュして捕球した。
一度、三塁を振り向いたけど、
三塁はもう間に合わなかった。
浩一君がマスクを持ったまま、
一塁を指さして、
「翔太、ファースト!」
って叫んでた。
僕は慌てて一塁に送球、
間一髪で間に合った。
でも、その間に、二塁ランナーが
三塁に進塁。
二死、ランナー三塁で、九番の源次郎丸に
打順が回って来たんだ。
嫌なバッターだった。
源次郎丸は打撃も凄いんだ。
ピッチャーの時は九番を打ってるけど、
投手をやらない時は、ファーストに入
って、四番を打ってる。
長打力はあるし、選球眼も良いから、
今大会でも四割近く打ってた。
浩一君がタイムをとって、内野陣をマウンドに集めた。
「みんな一応確認なんだけど、二死だから、ゴロが来たらファーストな。焦らずに、あと一個アウトを取ろう。聖司君は低目に集めてくれ」
「うん、分かった」
「オーケー」
とかって、みんな口々に返事した。
そしたら山田君が、
「ラジャー(了解)!」
って、戦隊モノみたいな返事をしたんで、
みんな笑っちゃったんだ。
「じゃあみんな、締まっていくぞー!」
って、浩一君も少し笑いながら、外野まで届くように大きな声を張り上げた。
「オウ!」
って言って、僕達は守備に戻った。
ところが初球、源次郎丸が一、二塁間に強い打球を打ったんだ。
英次君が二塁側に横っ飛びして、
何とか打球を止めた。
でも、打球が速かったんで、聖司君はベースカバーに行く間もなかった。
英次君が自分で一塁ベースまで戻れば良かったんだけど、 三塁からスタートを切ってた走者を見て英次君は反射的にホームに送球したんだ。
そしたら、その送球が、大きく浩一君の頭上に逸れて悪送球になった。
悪送球がバックネットを揺らす間に、僕達はついに一点先制され、源次郎丸は二塁到達。
二死、ランナー二塁になった。
浩一君が、もう一度みんなをマウンドに
集めた。
「英次、ファーストって言ったろ? 今の自分で一塁に戻れば、アウトに出来てたぞ!」
「ごめん、三塁ランナーが目に入っちゃ
って」
英次君は泣きそうな顔してた。
「まあ良いさ、 終わった事は仕方ない。
みんな気持ちを切り変えようぜ」
って、聖司君。
「そうだな、まあ一点くらいなら何とか取り返せるし。もうこれ以上、点をやらないようにしよう。もう一度言うけど、二死だから、みんなゴロが来たらファーストな」
って、浩一君が言ったんだ。
そしたら今度は、みんなが口を揃えて、
「ラジャー(了解)!」
って言ったから、こんなピンチの時なのに、
僕達はまた吹き出しちゃったんだ。
源次郎丸が二塁から、驚いたような顔をして僕達を見てた。
聖司君はその後、相手の一番バッターを三振に仕留めた。
聖司君は気合が入ると、唇を噛み締める癖があるんだ。
前歯で下唇をギュッてね。
英次君のためにも、ここは三振を取るって
決めてるみたいだった。
聖司君は、友達が困ってる時は、
死にもの狂いで頑張る奴なんだ。
相手バッターもファールで粘ってたけど、
聖司君はカウント、ツーエンドツーから、
最後はカミソリみたいなナチュラルシュー
トで、相手打者を空振り三振に討ち取った。
◇◇
五回裏。
一死から聖司君が四球を選んで出塁。
続く一番の田中君が、ショートへの内野安打を打って、ランナー一、二塁のチャンスを作った。
でも源次郎丸は、ここでまたエンジン全開。
鬼のような顔をして全力投球。
続く直君と木村君は手も足も出なかった。
二者連続三振で、僕達はせっかくのチャンスに得点出来なかったんだ。
六回表。
聖司君は死にもの狂いで力投を続け、
三者凡退で切り抜けた。
[あんなに唇を噛んで、大丈夫か?]
って、僕は心配になったんだ。
◇◇
六回裏。
先頭バッターは僕。
僕はこの打席も、源次郎丸の豪速球に手も足も出なかった。
初球は背中にぶつけられそうになるし、僕は後ろへ倒れ込みながら必死で避けたんだ。
その後は、チェンジアップと外角のストレートを空振り。
最後は、内角のストレートを見逃して
三振しちゃった。
正直言って、お手上げだった。
源次郎丸は僕の打順になると、目の色を変えて全力投球して来るんだ。
これが最後の打席かと思ったら悔しくて、
僕はバットを地面に叩きつけたんだ。
だけど続く英次君が死球で出塁すると、
浩一君はファールで粘って四球を選んだ。
一死、一、二塁。
続く七番、信次君が、絶妙の送りバントを
三塁線に決めた。
二死、ランナー二、三塁になった。
すると源次郎丸は動揺したのか、八番の山田君をアッサリ四球で歩かせちゃったんだ。
次のバッターは九番の聖司君。
僕等の頼れるキャプテンが満塁で打席に
立った。
聖司君はピッチャーだから九番を打ってる
けどバッテイングもかなり良いんだ。
長打力は無いけど、当てるのは上手いし、
選球眼も良い。
マウンド上の源次郎丸も、打席に立った聖司
君も大きく深呼吸してた。
「行け! キャプテン!」
「聖司君、頼んだぞ!」
って、チームのみんなもベンチから声を張り上げて、声援を送ったんだ。
みんなベンチから身を乗り出して見てた。
フォアボールでも死球でも、一点入って同点になる。
監督は両手で輪っかを作って、
双眼鏡を覗くような仕草をして、
「聖司、良く見てけよ!」
って、指示してた。
聖司君は監督を見て、頷いたんだ。
源次郎丸は投げる前、バックに向かって、
「二死、締まって行くぞー!」
って、声をかけてた。
それからキャッチャーを見て息をつき、
大きく頷いて、セットポジションから、
テンポ良くストレートを投げ込んだんだ。
コントロール重視で、八割くらいの力で投げてるみたいだった。
『スパーン』、『スパーン』
って、キャッチャーミットが音を立て、
聖司君はアッと言う間に追い込まれた。
すると三球目。
源次郎丸はいきなり、
「むん!」
って言って、全力で豪速球を真ん中高目に
投げ込んだんだ。
聖司君も急いでバットを振ったけど、
振り遅れて三球三振に倒れてしまった。
「アーッもう、チクショウ!」
って、聖司君はバットを地面に叩きつけて
悔しがった。
七回表。
それでも聖司君は力投を続けた。
先頭の五番バッターにレフト前ヒットを打たれたけど、後続を断ち切って、何とか一失点で七回を投げ終えた。
試合は一対〇で、僕達はとうとう最終回、
七回裏の攻撃を迎えたんだ。
◇◇
最終回の攻撃は、一番の田中君からだった。
攻撃前、監督はベンチ前にみんなを集めて
こう言ったんだ。
「みんな最終回の攻撃だ。悔の無いように全力を出し切ってくれ! 運の良いことに上位打線からの攻撃だ。源次郎丸も疲れて来てる。さっきの回も良いとこまで行ったんだ。最後まで諦めるな! それから、中途半端なスイングはするな。悔の無いようにボールを良く見てコンパクトに振り抜いて行こう! みんな、分かったな!」
「オウ!」
って僕達は大声を出して気合を入れたんだ。
一番の田中君は今日、五回裏に内野安打を打ってるし、木村君も初回に一、二塁間を抜けるヒットを打った。
[運が良ければ、僕まで打順が回って来るかもしれない]
って思ったら、僕はだんだん緊張して来た。
試合前みたいに、また心臓がドキドキして
胸が苦しくなって来た。
僕は、こうも思ったんだ。
[ヤバイなあ、二死とかで、僕に打順が回って来たらどうするんだ?]
って。
僕は物凄く不安だったんだ。
なぜかって言うとね、源次郎丸のボールを
打てる自信が全然無かったからなんだ。
前の二打席で僕は完全に自信を喪失してた。
◇◇
悪夢を見てるように、試合がノロノロと進んで行った。
一番の田中君はフルカウントまで粘ったけど
結局、ピッチャーゴロに倒れた。
続く二番の直君も、ツーエンドツーまで粘ったけど、最後は空振り三振。
直君は悔しがって、バットを地面に思いっ切り投げつけた。
これで二死。
次は三番の木村君。
僕はドキドキしながら、ネクストバッターズ
サークルに入った。
手足が震えてた。
僕はまた体がフワフワして来て、試合前と同
じように、魂が自分の体から抜け出して行っ
て遠くから自分を見てる感じになった。
[人間って、死ぬ前はこんな感じになるの
かな?]
って、僕は思ったんだ。
グラウンドを見ると、木村君が歯をくいしばってファールで粘ってた。
ファールの度に、スタンドから悲鳴の様な
どよめきが起こってた。
僕はこの時、何でか分からないけど、
[木村君は、出塁する]
って、予感がしたんだ。
僕はその時、出来れば、球場から逃げ出したかった。
[もう打てません!]
って、赤ちゃんみたいに泣き出したかった。
でも、そんなことしたら、チームのみんなの
信頼を裏切ることになるし、耀も母さんも見
てる。
[そんなこと、出来ない!]
って、僕は首を振りながら思った。
それで僕は、何気なく後ろを振り向いて、
スタンドにいる耀の姿を探したんだ。
耀は母さんと並んで座ってた。
胸の前に両手を組み合わせ、祈るように試合を見てた。
そしたら耀が気づいて、僕の方を見たんだ。
僕と目が合うと、耀は静かに頷いた。
だけど、僕はドギマギして目を逸らした。
僕は試合に目を戻し、戦況を見つめながら、耀が言ってくれた言葉を思い出してた。
木村君はまだファールで粘ってた。
「私ね、 最後に心の拠り所になるのは、
『絶対に負けない!』っていう強い気持
ちだけだと思うの」
って言った、耀の一途な顔を思い出した。
そしたら僕は、今までの弱気な自分が恥ずかしくなって来た。
たとえ一瞬でも、
[逃げ出したい]
って思った自分に、腹が立って来た。
それで僕は、もう一度振り返って、
耀を見たんだ。
耀はずっと、僕を見てたみたいだった。
僕は耀の目を見て、今度はゆっくり頷き返したんだ。
耀がニッコリ笑った。
僕はスーッと気分が落ち着いて来た。
[よし、今の僕に出来ることを、精一杯やっ
てみよう!]
って、僕は思ったんだ。
木村君はファールで粘って粘って、
とうとう四球で出塁した。
フルカウントから、ファールで五球も粘ったんだ。
「フォアボール!」
って、主審がコールした。
木村君は嬉しそうにガッツポーズして、
一塁に向かった。
次はいよいよ僕の出番。
二死、ランナー一塁。
僕はいつもより、バットを一握り分だけ短く持って、何回かスイングしてみたんだ。
[うん、大丈夫、振りやすい]
って、僕は思った。
バッターボックスに向かって、歩き出した
時だった。
突然、僕の脳裏に、父さんとの記憶が甦って来たんだ。
真夏の暑い小学校のグラウンド、
蝉がたくさん鳴いている。
父さんが赤い縫い目のある
ゴムボールを持って、
「いいか翔太、ファーストストライクを狙う
んだ。ボールをよく見て、良い球が来たら、
思いっ切りスイングするんだぞ」
って、言ってる。
父さんが投げたボールを僕は思いっ切り
打ち返した。
そしたら、ボールが父さんの頭の上を
大きく越えて行った。
「翔太、凄いぞ、ホームランだ!」
って、父さんが喜んでる。
僕は嬉しくて、その場で運動靴をパッタン
パッタンいわせて飛び跳ねてる。
僕はバッターボックスに向かって歩きながら
この映像を頭の中で一瞬のうちに見たんだ。
バッターボックスに入ると、僕は軽く手を上げて源次郎丸を制止し、地面をならした。
源次郎丸が、マウンドをスパイクでガツガツ蹴って、少しイライラした様子を見せた。
[父さん、分かったよ。僕、今日はボール
を待ち過ぎてた。ファーストストライクを
狙うよ]
って、僕は心の中で呟いたんだ。
僕が打席で構えると、
「プレイボール!」
って、主審がコールした。
源次郎丸は一度、一塁を牽制した後、
セットポジションから、
「うっ!」
って、渾身の力を込めて、
第一球を投げ込んで来た。
打ったのは真ん中高目のストレートだった。
昔、長嶋選手が打撃の極意を聞かれて、
『ビュッて来るから、パッと打て!』
って言ったそうだけど、僕のこの時のスイングもそんな感じだった。
『ビュッ!』
って源次郎丸の投げたボールがストライクゾーンに入って来たから、僕は何も考えずに、
『パッ!』
って思いっ切りフルスイングしたんだ。
体が自動的に反応した感じだった。
『カキイン!』
って音がして、ボールが高々と青空に舞い上がって行った。
あんまりボールが高く上がって行ったんで、
僕は最初、レフトフライかと思ったんだ。
そしたら、打球がグングン伸びて行って、
レフトスタンドを飛び越え、球場の外に
あった物置の屋根に当たって、
『ガッシャーン!』
って大きな音がした。
観衆が一瞬、息を呑むのが分かった。
一塁ベースまで来ると、三塁審判がグルグル腕を回してた。
するとスタンドから、
「ウオオオー!」
って地鳴りのようなどよめきが起きた。
今考えると、あんなに軟式のボールが飛ぶなんて、僕も信じられなかったし、観客も信じられなかったんだと思う。
その後、
「ワアアアーッ!」
って歓声が沸き起こった。
僕は興奮しながら、ダイヤモンドを一周したんだ。
初ホームランの時みたいに、また走るペースが速くなって、僕は三塁ベース付近で、前に居た木村君を追い越しそうになった。
「待て、待て、翔太!」
って、木村君が僕を振り返って言ったから、僕はハッとして速度を落としたんだ。
そしたら、木村君が先にホームベースを踏んでニコニコしながら両手を広げ、チームのみんなと一緒に僕を待ってた。
僕もニコニコしながらホームを踏み、木村君に抱きついて、みんなで飛び跳ねて喜んだ。
監督と緒方コーチまで、ホームベースに駆け寄って来て、僕を抱きしめた。
高野監督は涙目になって、
「翔太! ブラボー、ブラボー!」
って、大声で叫んでた。




