最後の夏の大会(一日目)
夏の大会が始まっても、僕は母さんのことが
気になって、試合中何度もスタンドを見上げてた。
[母さん、早く来ないかなあ]
って、僕は思ってたんだ。
だって、昨日病院に行った時、
「翔太、明日の午前中には退院できるから。退院したら、あなたの試合見に行くから頑張
ってね」
って、母さんは言ってたんだ。
僕がスタンドを見上げる度に、耀は僕に向かって手を振ってくれた。
でも手を振った後、首を横に振ったり、手を
広げるジェスチャーをしたりして、まだ母さ
んが来てないことを僕に伝えてくれたんだ。
僕もその度に、頷いて応えた。
◇◇
試合の方は、一試合目から満塁合戦になった
りして、厳しい展開だった。
試合前、監督は円陣を組んでこう言った
んだ。
「この一年間、俺は君達とこのメンバーで戦
えて本当に幸せだった。俺の二十年間の監督
人生の中で、君達が一番強いチームだ。君達
はこれまで一生懸命練習してきた。今日はそ
の練習の成果を、試合で遺憾なく発揮してほ
しい。もし、どんなハプニングや予想外の事
態が起きても、決して慌てるな。落ち着いて
プレーするんだ。みんな一つ一つのプレーを
大切にな。だからと言って硬くなり過ぎても
いけないしリラックスし過ぎてもいけない。
適度な緊張が大切なんだ。だから、みんな締
まって行くぞ! 分かったか!」
「オウ!」
って、みんなが言った後、
「監督、適度な緊張って、どうすればいいん
ですか?」
って、聖司君が訊いたんだ。
「そうだなあ、難しい質問だが、心の持ち方
の問題だ。昔、お釈迦様が、『弦は締め過ぎ
ても緩め過ぎても、良い音色は出ない』って
言ったそうだが、そういうことだ」
「はあ?」
って聖司君が言って、みんなも目が点になってた。
そしたら、緒方コーチがこう言ったんだ。
「みんな今、試合前で緊張してるだろ? そう
いう時は深呼吸すると良いよ。試合が始まっ
てワンプレーでもすれば、気持ちが落ち着く
から。それから、ヒットを打ったり、ファイ
ンプレーしたり、大量リードしたりすると、
人間ってのは面白いもんで、今度は気が大き
くなって油断したりするものなんだ。だから
監督は、そういう事がないように、みんなに
注意喚起してるんだ。みんないつも何気に、『締まっていこう!』って、掛け声出してる
だろ? あの掛け声の中には、そういう意味が
含まれてるんだ」
「ああそうか、分かった。緒方コーチの今の
説明、具体的で分かりやすいです!」
って、聖司君が言ったんだ。
そしたら、
「超分かりやすい!」
「やっべー、マジで分かりやすい!」
とかって、みんなが言い出したんだ。
監督が頭を掻きながら静かにベンチの方に引
き上げて行ったんで、僕達は爆笑したんだ。
◇◇
一日目の第一試合は、地区の強豪、
「大宮エンジェルス」が相手だった。
去年、好投手の原口君に苦戦したチームだ。
今年のピッチャーは、原口君ほど球は速くな
いけど、上田君っていうアンダースローの打
ちにくいピッチャーだった。
僕達は源次郎丸対策で、速い球に合わせる練
習ばかりしてたから、みんなのタイミングが
合って来るまでに時間がかかった。
二巡目くらいから、みんなタイミングが合ってきて、ポカスカ打ち出したけど、要所要所を締められて、なかなか得点できなかった。
五回裏に連打でやっと一点取ったけど、聖司君も今日は珍しく力み過ぎて、コントロールがイマイチだった。
聖司君は六回表の先頭打者にフォアボールを出した後、送りバントを決められて一死ランナー 二塁。
次のバッターにもボールが先行し、カウント
ワンスリーから、ストライクを取りに行った
ボールを長打され、一点取られちゃった。
七回を終わって、両チーム一対一の同点の
まま満塁合戦に突入したんだ。
◇◇
監督はみんなを集めて、こう言った。
「初戦から満塁合戦になるとは思わなかった
けど、まあ仕方がないさ。勝負事は思い通り
に行かないもんだ。みんな、この試合が最後
になるかもしれないけど、悔いのないように
頑張ろうな!」
って。そしたら、
「監督、すみません、俺が悪いんです。
みんなゴメンな!」
って、聖司君が泣きそうな顔で言ったんだ。
「キャプテン、そんなことないよ!」
「大宮の強力打線を一点に抑えたんだから
凄いよ!」
「そうだよ! 打てなかった俺達の方が悪い
んだ!」
って言って、僕達は聖司君を必死で慰めた
んだ。
そしたら、監督がこう言ったんだ。
「いいか、みんな、よく聞け。まだ、終わっ
たわけじゃないぞ。たしかに満塁合戦はサッ
カーで言えばPK戦みたいなもんだ。運の要
素が強い。だけどウチには野球センス抜群の
木村がいるんだ。いくら大宮の強力打線でも
木村の球はそう簡単には打てない。打順も自
由に選べるしな。打順はクリーンナップから
行くぞ。一番木村、二番翔太、三番英次の順
番だ。後は先頭打者の田中に戻って、直樹、
浩一、信次、孝二、聖司の順番で行く。最後
まで諦めるな! みんな気合を入れろ! 分かっ
たか!」
「オウ!」
僕等は大声を出して気合を入れたんだ。
そしたら、みんな目つきが変わって来た。
みんな燃てたんだ。
僕も全身がカッと熱くなってきた。
満塁合戦は、一死満塁から試合がスタートするんだ。
僕達は後攻だから、木村君がマウンドに上が
って、聖司君はショートに入った。
満塁だから、スクイズや送りバントはまず
無い。
だけど打者が打ったら、走者はフライじゃ
無い限り、必ずスタートを切るんだ。
内野ゴロの場合は、得点を防ぐためにホームへ返球しなきゃならない。
強い打球が来たらゲッツーを狙うんだ。
外野は、タッチアップに備えないといけない
から、僕達は内野も外野も少し前進守備をと
った。
満塁合戦は遊びとしては面白いから、僕達は
練習の時、監督の指示でたまに練習してた。
だからみんな、どういう打球が来たら、どう
するかっていうセオリーも分かってた。
相手も僕達と同じようにクリーンナップから
の打順に変えて来た。
だけど木村君は、満塁でプレッシャーのかかる場面なのに落ち着いてた。
セットポジションから、例の二回足を跳ね上
げるフォームで、豪速球を投げ込んだんだ。
相手の三番打者は全くタイミングが合わずに空振り。
木村君は続く二球目と三球目も、微妙に足を上げるタイミングを変えてストレートを投げ込み、相手の打者を三球三振に仕留めた。
三振を取った後、木村君は、
「うおおお!」
って雄叫びを上げた。
絶対に打たせないって気持ちが、
全面に出てた。
[木村君って、やっぱ凄げー!]
って、僕は思ったんだ。
続くバッターは相手の四番打者。
木村君はさっきみたいに微妙にタイミングを
変えて全力投球。
投げる度に、
「むん!」
って、声を出してた。
だけど、相手もさすが四番打者。
木村君の球に必死で食らいついて来た。
ファールチップや三塁側スタンドに飛び込む
ファールを打って粘ってた。
そしたらツーエンドツーからの五球目、目の
覚めるような当たりが僕の所に飛んで来た。
見逃せば、三塁線をライナーで抜けるような
打球だった。
僕は体が勝手に反応し、打球へ向かってすか
さずダイビング。
打球の勢いでグラブがはじき飛ばされそうに
なったけど、僕はグラブの網の部分で何とか
ボールをキャッチした。
スリーアウトチェンジ。
僕はホッとして、しばらくグラウンドに倒れ
込んでた。
そしたら木村君が走って来て、僕を羽交い締めみたいにして起こしてくれたんだ。
「翔太、ありがとなー!」
って、木村君が言った。
「どう致しまして!」
って、僕は答えたんだ。
聖司君も駆け寄って来て、
「翔太、ナイスプレー! 木村君もナイスピッ
チング!」
って、声をかけてくれた。
◇◇
満塁合戦は僕達の攻撃になった。
ランナーは普段の打順で言うと六番、七番、
八番の浩一君、信次君、孝二君が塁に出た。
僕はその日、三打数一安打。
五回の攻撃では、得点に絡めなかった。
最初の二打席は、アンダースローの上田君の
投球にタイミングが合わず、ボテボテの三塁
ゴロとセカンドフライ。
三打席目でようやく三遊間を抜けるレフト前
ヒット打ったんで、ホッとしたんだ。
満塁合戦の先頭打者は木村君から。
もし木村君がアウトになったら、僕が何とか
しなきゃって、内心ドキドキしながらネクス
トバッターズサークルで相手投手の投球を見
てた。
ところが木村君は、初球をあっさりセンター
前に弾き返して試合を決めたんだ。
上田君と交代した相手のピッチャーは、
オーバースローで球も速かった。
でも木村君は初球、真ん中低めのストレート
を完璧に捉えて、火の出るような痛烈なライ
ナーを、センター前に放ったんだ。
ボールが地面に着くと同時に、三塁ランナー
の浩一君はスタートを切って、万歳しながら
余裕でホームイン。
僕達はみんなその場で飛び上がって喜んだ。
ホームインした浩一君と、一塁ベースから
ガッツポーズしながら戻って来た木村君を
とり囲んで、僕達は手荒い祝福をしたんだ。
ベンチに戻ると、監督は涙目になって興奮し
ながらこう叫んでた。
「よくやった! 偉いぞ、木村! 翔太もよくや
った! みんな、ありがとな! 謝謝! 謝謝! シェーシェー!」
って、なぜか中国語で〈ありがとう〉って叫
んでた。
「監督、何で中国語なんですか?」
って、聖司君が聞いたら、
「あっ、いや、何となくな。最近俺の店に、
中国人のウェイトレスが入ってな、言葉が移
っちゃったんだ」
って監督が言ったから、みんな爆笑してた。
[監督って、ホント面白い人だなあ]
って、僕は思ったんだ。
◇◇
昼休み。
耀達が差し入れに、手作りの大きなレモン
パイを三つ持って来てくれた。
三角に切り分けてあったから、チームのみん
なで分けて食べた。
真夏だから、保冷剤でヒンヤリと冷やしてあ
って、凄く美味しかった。
レモンの酸味が体に沁みた。
「このパイうんめー!」
って言って、みんなアッという間に食べた。
「明日もよろしく!」
って直君が言ったら、
「次の試合に勝ったらね!」
って、美優ちゃんに突っ込まれてた。
僕は耀と二人で少し話したんだ。
「翔太の母さん、次の試合来れるって、さっ
き携帯に電話あったよ。退院の手続きに時間
がかかったみたい。試合結果、報告しといた
からね。母さん喜んでたよ。だけど、翔太の
ファインプレー凄かったね。私ドキドキしち
ゃった」
「ありがとう、取れて良かったよ。僕もホッ
としたよ。監督がああいう打球、練習でよく
ノックしてくれてたから、体が自然に反応し
たんだ。監督のおかげだよ」
「そうなの? やっぱり、練習って大切
だよね」
「うん、練習は裏切らない」
「次の試合、翔太が投げる番だよね?
頑張ってね!」
「うん、精一杯やってみるよ」
って、僕は答えたんだ。
そしたら耀が、
「翔太、ちょっと手かして」
って言って、僕の右手を両手で握ったんだ。
耀は目を閉じて何か呟いてた。
「よし! これで大丈夫。翔太にパワー注入
したから!」
って、耀が言った。
「うん、ありがとう!」
って、僕はお礼を言ったんだ。
◇◇
一日目の第二試合は、「大和レイカーズ」との対戦だった。
僕達はさっきの試合で勢いづいて打線爆発。
五回までに七点差をつけて、コールド勝ちし
たんだ。
でも僕は初回、力が入り過ぎて、フォアボー
ルを二つも出しちゃった。
聖司君の気持ちが良く分かった。
最後の夏の大会だから、プレッシャーが凄い
んだ。
ランナーをいきなり二人も出して、無死一、二塁になると、たまらず浩一君がマウンドに駆け寄って来て、こう言ったんだ。
「翔太、打たれても良いから、もっと肩の力
を抜いて、リラックスして投げろよ。お前の
球はそう簡単には打てないから」
って。
聖司君もサードから駆け寄って来て、
僕の肩をポンと叩き、
「翔太、ドンマイ、ドンマイ。ちょっと俺と
一緒に、深呼吸してみようぜ」
って、言ったんだ。
僕は聖司君に合わせて、一緒に深呼吸して
みた。
そしたら気持ちがだんだん落ち着いて来た。
深呼吸した後、
「翔太、俺もさっきの試合の時は、今のお前
と同じだった。一、二点取られても良いから
普段どおりに投げろ」
って、聖司君が言ってくれた。
浩一君も、
「そうだよ翔太、まだ一回表だし、点は後で
取り返せば良いんだから」
って、言ってくれたんだ。
それで、
[そうか、じゃあ打たせて取ろう]
って、僕は開き直ることが出来たんだ。
僕はセットポジションもクイックモーション
も以前より上手くなってた。
だから気持ちが落ち着くと、スムーズに投球出来たんだ。
振りかぶって投げるより、バランスが良いから投げやすかった。
次の三番バッターから三振を奪うと、
僕は精神状態が安定してきた。
続く四番バッターを三塁ゴロに打ち取ると、
聖司君が素早くサードベースを踏んで、二塁
に矢のような送球、ゲッツーにしてくれた。
それで僕は、アッと言う間にピンチを切り抜
けることが出来たんだ。
ベンチに戻る時、スタンドを見上げると、
母さんの姿が見えた。
僕は無性に嬉しくなった。
母さんと離れて暮らしたこの三日間は、
本当に辛かったから。
母さんは耀と一緒に手を振ってくれた。
僕も軽く手を上げて、笑顔で応えたんだ。
母さんが見てるし、耀からもパワーを
もらったから、
[無様な姿は見せられない]
って、僕は思った。
◇◇
僕はその後も、セットポジションで投球を
続けたんだ。
セットポジションの方が、コントロールが
安定して調子が良かったから。
僕は五回を投げ切って、九奪三振、無失点、
七対〇で勝利投手になった。
打撃の方は、相手ピッチャーは速球投手だっ
たけど、僕達は源次郎丸対策で、速球には慣
れてたから、みんな面白いようにヒットを打
った。
僕は四打数二安打。
四回裏に、レフトフェンス直撃の二塁打を
打って二打点を挙げたんだ。
◇◇
試合後、母さんが僕を選手控室に迎えに
来た。
僕は涙が出そうになったけどグッと我慢
した。
母さんは少し目を潤ませて、
「翔太、よく頑張ったね」
って、言ってくれた。
「うん、母さん、お帰り!」
って言って、僕は母さんをハグしたんだ。




