楽しかった修学旅行と耀と僕の気持ち
七月中旬、僕達は栃木県の日光へ修学旅行に行ったんだ。
バスに乗って行ったんだけど、耀とはクラスが違うから別のバスだった。
一日目は日光東照宮を見学したんだ。
バスを降りて、大きな杉の木がたくさん並んだ長い参道を歩いて、石段を登って行くと、
『陽明門』っていう大きな門があった。
その門は、屋根の下の部分が二階建てみたいになってて、複雑に木が組み合わさってた。
門の柱は白くて、上の方にも白い石で出来た龍や狛犬の彫刻がたくさんあった。
門の色は全体的に金色だったけど、二階建ての所に、たくさんの木彫りの龍や人形の彫刻が並んでて、緑とか青とか赤とかオレンジとかのいろんな色が使われてて、凄く見応えがあった。
一日中見てても飽きないから『日暮しの門』とも言うんだって。
僕がボーッと門を見てたら、
「翔太、何やってんだ、もう行くぞ!」
って、直君から呼ばれて、クラスのみんなに笑われちゃった。
[今度また、母さんと一緒に来て、ゆっくり見たいなあ]
って僕は思ったんだ。
◇◇
徳川家康のお墓も見たし、五重の塔や三猿や眠猫も見たよ。
『陽明門』を潜って本殿にお参りした後、
僕達は本殿の裏の方にある長い石段を登っ
て行ったんだ。
すると徳川家康のお墓があった。
家康公のお墓は大きくて威厳があった。
そのお墓の前では、不思議とみんな静かになった。僕は手を合わせてお辞儀したんだ。
静岡の久能山って神社にも、もう一つ家康公のお墓があるって、ガイドさんが言ってた。
家康公の遺言で、家康公は最初、久能山東照宮に埋葬された後、しばらくしてから日光東照宮に移されたんだって。
◇◇
三猿と眠猫は凄く可愛かった。
色んな建物や、色んな門に、動物とかの彫刻があって、どれも綺麗に色が塗られてた。
大きな石灯籠なんかもたくさん並んでた。
五重の塔は赤くて高さがあった。
僕は直君に、
「四百年も前によくこんなものが作れたね」
って言ったんだ。
そしたら直君は、
「そうだなあ、ここはまるで江戸時代の
テーマパークみたいだな」
って言ったんだ。
◇◇
僕達が泊まった旅館は、中禅寺湖のほとりにあった。
バスで『いろは坂』を登る時、カーブを曲がる度に、みんなキャーキャー言って喜んだ。
直君と僕は、
「オエー」
って言って、ふざけてた。
そしたら、実際に気持ちが悪くなって来て焦ったんだ。
『いろは坂』には、全部で四十八個もヘアピンカーブがあるんだ。
それに一個一個、
「いろはにほへとちりぬるを・・・」
って、名前が付いてるんだよ。
中禅寺湖は、湖の水が澄んでて、とても綺麗だった。
木々の緑や青空が湖面に映えて、絵に描いたように美しいんだ。
[こういう場所で、耀や母さんと一緒に暮らせたら、素敵だろうなあ]
って僕は思った。
◇◇
旅館の部屋に入って落ち着くと、僕達は夕食まで旅館の中を探検して回ったんだ。
楽しくて楽しくて、僕達は居ても立っても居られない気分だった。
直君が慌て過ぎて階段でコケちゃったから、みんなで大笑いしたんだ。
廊下で何回も耀達と会った。
耀も楽しそうだった。
「翔太、楽しいね!」
って耀が言ったから、
「うん、凄く楽しいよ!」
って僕も応えたんだ。
一日目の夜は、美味しい夕食を食べて温泉に入った後、みんなパジャマ姿で、部屋でトランプやウノをやったり、先生達に怖い話をしてもらったり、他のクラスの部屋に行ったり来たりして、ワイワイやって過ごした。
◇◇
二日目は、旅館からバスで『いろは坂』を下って華厳の滝まで行ったんだ。
今回はカーブを曲がっても、みんなはあんまり喜ばなかった。みんな気持ち悪くならないように注意してたみたい。
華厳の滝は中禅寺湖の下の方にあるんだ。
昔、男体山が噴火して、川が堰き止められて中禅寺湖が出来たんだって。
だから、華厳の滝には、中禅寺湖の水が流れ落ちてるんだ。滝の水量は中禅寺湖の近くのダムで調節してるって聞いて驚いた。
『いろは坂』を下って少し行くと、和風の大きな建物があって、そこからエレベーターで観瀑台まで行けるようになってた。
地下に降りて、僕達はトンネルのような長い地下通路の中を歩いたんだ。
地下通路の中は、夏なのに冷んやりとして涼しかった。
観瀑台に着くと驚いた。
百メートルも上の方から、滝の水が物凄い音を立てて勢いよく流れ落ち、あたり一面、水しぶきが霧みたいになってて、大迫力だったんだ。
「うわー、スッゲー!」
「やっべー、マジかよ!」
とかって、僕達は口々に声を上げたんだ。
耀達が、滝の水を掌に乗せてるような角度で学校専属のカメラマンに写真を撮ってもらってた。
直君も真似して、滝の水で髪を洗ってるようなポーズをしたから、みんな大笑いしてた。
僕達も、みんな色んなポーズで写真を撮ってもらった。
◇◇
午後は『半月峠』にみんなで登った。
自然の眺望が素晴らしい山だった。
僕は体を動かしたかったから、登山は凄く気持ち良かった。修学旅行中は、毎日のトレーニングも出来なかったからね。
僕は中学受験の勉強を始めてからも、チームの練習がある土日以外は、朝のロードワークと階段ダッシュ、夕方の素振りと腹筋背筋、腕立てだけは、毎日続けてたんだ。
夜中まで勉強して、どうしても体がキツイ時は思い切って休んだけどね。
展望台からは大パノラマの絶景を見ることが出来た。
中禅寺湖が碧く澄んでて大きかった。
男体山が雄大で、その向こうには、緑の山並が連なってた。
遠くの方で真っ青な空と、地平線の白が混り合ってた。
青い空と白い雲、中禅寺湖の紺碧と、
緑の山々とのコントラストが抜群なんだ。
僕らはクラスごとに、男体山をバックに記念撮影した。
秋の紅葉の季節に来ると、山々が赤や黄色やオレンジに色づいて、もっと綺麗だって先生が教えてくれた。
[今度は秋に、母さんを連れて来たいなあ]
って、僕は思ったんだ。
◇◇
帰りに、温泉が湧き出してる場所にも
行ったよ。
湯気がもうもうと立ち上ってた。
入浴は出来なかったけど、みんな温泉
のお湯を手で触って、
「うわっ、熱い!」
って言ってた。
そのお湯に十円玉をつけて洗ったら、綺麗になるって聞いて、僕たちもやってみたら本当だったんで驚いた。
最初は黒くなるんだけど、その後、磨いてみるとピカピカになったんだ。
硫黄と十円玉の銅が科学反応を起こしてそうなるんだって、先生が教えてくれた。
そしたら、直君が十円玉を落っことして、
底の方まで沈んで取れなくなったんだ。
「ああー僕の十円玉がー! 僕の十円玉
がー!」
って直君が大げさに騒いだから、
みんなゲラゲラ笑ってた。
◇◇
二日目の夜は、キャンプファイアをやったんだけど、その前に肝試しをやったんだ。
旅館近くの神社に男女一組ずつでお参りして、神社の横の林を抜けて、キャンプファ
イアの場所まで辿り着くんだ。
神社まで行った証拠に、賽銭箱の隣に先生達が置いてくれた小箱から、プラスチックの札を取って来なきゃいけないんだ。
男女の組み合わせはクジ引きで決まった。
夕食の後、お風呂に入って、みんなロビーに集合し、先生達が持ってる箱から、男女別々にクジを引いたんだ。
そしたらね、僕は耀と同じ番号を引いた
んだよ。
「やっぱり、運命だ!」
「夫婦だ!」
とかって、みんなにからかわれた。
僕も耀も恥ずかしくなって、顔が真っ赤に
なっちゃった。
二人で顔を見合わせて、照れたように笑っ
たんだ。
僕も実際、何か運命の様なものを感じてた。
◇◇
聖司君と直君は、桜ちゃんと美優ちゃんとは別々の番号だったんで、悔しがってた。
でも、二人は未央ちゃんと彩芽ちゃんと一緒の組になって、嬉しそうだった。
あのね、未央ちゃんと彩芽ちゃんは、
二人とも凄い美人なんだよ。
二人で原宿に買物に行くと、芸能事務所の人からよく声をかけられるんだって。
二人とも優しくて、性格が良いから、みんなから好かれてた。男子も女子も、みんなこの二人に憧れてるんだ。
聖司君と直君はみんなから、
「ヒュー、ヒュー!」
って冷ひやかされて、ピースしたり、
ガッツポーズしたりして喜んでた。
未央ちゃん達も楽しそうに笑ってた。
桜ちゃんと美優ちゃんは、怒ったような顔をしてた。
僕が未央ちゃんと彩芽ちゃんの方を、ボーッと見てたら、耀が僕の顔の前で遮断機みたいに手を振って、
「私じゃ、不満?」
って訊いたんだ。
「えっ? そ、そんなことないよ!」
って、僕は慌てて答えたんだ。
◇◇
肝試しは僕と耀の順番になった。
耀はさっきから、急に機嫌が悪くなって、
ほとんど口をきいてくれなかった。
耀が怒ってる理由は分かってた。
たしかに僕と一緒の組になって喜んでる耀をそっちのけで、僕は未央ちゃん達をずっと見てた。
でも、みんなが騒いでたから自然に目が行っちゃったんだ。
だから、僕は悪くないと思ってた。
[女の子って、難かしいなあ]
って、僕は思ったんだ。
◇◇
僕と耀は神社の石段を黙って登った。
二人ともジーンズに薄手のパーカーを着て
ペンライトを持ってた。
辺りは真っ暗で、怖い気もしたけど、僕は怒ってる耀の方が怖くて、肝試しどころの騒ぎじゃなかったんだ。
賽銭箱の横に置かれた箱を見つけて、
「あっ、あった。先生が言ってたのって、
コレだよね?」
って、僕は言ったんだ。
「うん」
って、耀は言葉少なに応えた。
「じゃあ、この札取るね、お参りしたら行こうか?」
「うん」
って耀は、また頷いた。
お賽銭を入れて鈴を鳴らし、二人でお参りした後、
「初詣の時のこと、思い出すね。僕あの時、お参りの仕方が分からなくて、耀の真似ばかりしてゴメンね」
って言ったら、耀はやっとクスッて笑ってくれたんだ。
「さっきは、耀を見ないで、未央ちゃん達ばかり見て、ゴメン」
「ううん、もういいの。私の方こそゴメン。あんなことくらいで、急に不機嫌になったりして。だけど私、考えてたんだ、翔太と私のこと」
「えっ、僕達のこと?」
「うん、私達、保育園の頃から、ずっと一緒でしょ? 本当に、これで良いのかな? って、さっき翔太の顔見てて思ったの」
「えっ? 僕、よく分からない、どういう
こと?」
「私って、こういう性格だから、翔太に対してキツイ言い方しちゃうでしょ? 幼馴染みだから、翔太が相手だと、私、つい安心しちゃうの。いつも上から目線で話してゴメンね。私、反省してる」
「耀、どうしたの? 急にそんなこと言い出
して」
「別にどうもしてない。私は自分の気持ちに正直に話してるだけ。翔太は私のこと、本当はどう思ってるの? 私のこと、口うるさい女だって思ってない? 私がいなければ、翔太はイケメンだし、未央や彩芽と付き合ったり、もっと自由に出来たんじゃないかって、私さっきからずっと考えてたの」
って言って、耀はうつむいたんだ。
いつも強気な耀が、こんな弱気な顔するなんて珍しかった。
「そんなことないよ、口うるさいなんて、
全然思ってない」
「本当に?」
って言って、耀は眉根を寄せて顔を上げ、
不安そうに僕を見たんだ。
境内は林が途切れてて、ペンライトで照らさなくても、月の光で耀の表情がよく見えた。
「本当だよ。僕、野球を始める前は気が弱かったし、いつもボーッとして全然自分に自信が持てなかったんだ。父さんのこともあったしね。でも耀がそばに居てくれて、いつも僕を励ましてくれた。耀が居なかったら、僕なんか今頃、イジメにあって不登校になってたかもしれないんだ。だから、耀には本当に感謝してる。口うるさいなんて一度も思ったことないよ。だから、そんな風に考えないで」
「・・・ありがとう、良かった。私、少し安心したわ。翔太は優しいのね。でも、私が嫌になったら隠さないで言ってね。私、翔太のためなら、いつでも身を引くから」
って言って、耀は泣き出したんだ。
僕はビックリした。
耀が泣くの見るなんて、保育園の年少組の
時以来だった。
耀は右手にペンライトを持ってたから
左手で目頭を押さえて、
「ウッ、ウッ、エッ、エッ」
って、泣いたんだ。
僕はどうしていいか分からなかった。
「耀、泣かないで、僕、耀のこと嫌いになったりしないよ」
「だって私、未央や彩芽みたいに綺麗じゃないし・・・エッ、ウッ」
「そんなことないよ、耀は綺麗だよ。僕の中では、耀が一番輝いてる。だから自信を持って。それに、今日クジ引きで、耀と一緒の組になった時、僕、運命みたいなものを感じたんだ。耀と幼馴染みになれたこと、僕はいつも神様に感謝してるんだよ」
「・・・本当に?」
って言って、耀は顔を上げ、赤ん坊の様に純真な目をして僕を見たんだ。
「本当だよ、だからもう泣かないで」
「・・・嬉しい、翔太が今言ってくれた
言葉、私、一生忘れないから」
って言って、耀は少し笑った。
僕はやっとホッとしたんだ。
そしたら、耀がこう聞いたんだ。
「翔太、私のこと好き?」
って。
「そんなの、当たり前だよ」
って僕が言ったら、
「そうじゃなくて、ちゃんと好きって
言って」
って、耀が言ったんだ。
「えっ? ・・・す、す、好きだよ」
って、僕は目を伏せながら呟いたんだ。
凄く恥ずかしくて、上手く言えなかった。
「もっと、ハッキリ言って」
僕は覚悟を決めた。
耀がまた泣き出すといけないから。
僕は一度深呼吸して、今度は耀の目をしっかり見て、大きな声でこう言ったんだ。
「耀、僕は君が好きだ!」
「・・・私、嬉しい。翔太、私もあなたが
好き!」
耀も僕の目を見てハッキリ言ったんだ。
僕達は照れ笑いしながら、
しばらくその場に突っ立ってた。
すると、後ろの方から次の組の人達の声が
聞こえて来た。
僕は耀の手を取って、
「次の人達が来るよ、もう行こう 」
って、言ったんだ。
「うん」
って、耀はニッコリ笑って頷いた。
◇◇
僕達は林の中の道を手をつないで歩いた。
林の木々の隙間から、満月に近い月が見
えた。
星もキラキラ輝いて、凄く綺麗だった。
とても幸せな気分だった。
幼馴染みだし、僕達がお互いに好き合ってるのは、口に出さなくても分かってたんだ。
でも、さっきみたいに言葉にして、お互いの気持ちを確かめ合ったのは、初めてだった。
僕達は歩きながら、時々二人で顔を見合わせて意味もなく笑ったんだ。
耀はもう、すっかり泣き止んでた。
◇◇
しばらくして、耀がこう言ったんだ。
「翔太は、大きくなったね」
って。
「そう?」
って僕が首 を傾げると、
耀はこう言った。
「うん、私、前は翔太のこと、チビだって
思ってたけど、今は、私と変わらないよ」
「言われてみれば、そうかもしれない。
僕ね、去年の夏から十センチ以上背が伸
びたんだよ。今、百六十センチ」
「本当? じゃあ私とあまり変わらないね。
私、去年くらいから、あまり伸びなくなっ
ちゃった。私今、百六十二センチ」
「えーっ、本当に? 信じられない。
僕、いつも耀のこと見上げてたのに」
「たぶん、来年の今頃は、翔太は私のこと
見下ろしてるね、楽しみ。翔太の父さんも
背が高かったって聞いたよ」
「うん、そうなんだ。百八十六センチも
あったって、母さんが言ってた」
「じゃあ、翔太も大きくなるね。
だって、親子って似るでしょ?」
「うん、それは母さんも言ってた。僕も早く
父さんみたいに大きくなりたいなあ」
「もっともっと、大きく強くなって、
私を守ってね」
「うん、分かった。じゃあ牛乳をたくさん飲
んで、お魚とお肉をガンガン食べて、野球も
勉強も、頑張るからね!」
って僕が言ったら、耀は嬉しそうに笑って、
こう言ったんだ。
「ねえ翔太、おんぶして!」
「えっ?」
って僕が言うと、
耀は素早く僕の後ろに回り、僕の背中に勢いよく飛び乗ったんだ。
僕は少しよろけたけど、耀をしっかりおんぶ
し直して、歩き出した。
耀の髪の毛や息が、僕の首筋のところに当たって、くすぐったかった。
「耀、くすぐったいよ」
って僕が言うと、耀はワザと、
「フーフー」
って、僕の首に息を吹きかけた。
「うわー、止めてくれー!」
って、僕が首を動かしながら叫ぶと、
「キャハハ!」
って、耀は楽しそうに笑ったんだ。
いつもの明るい耀に戻ったんで、僕は嬉しくて仕方がなかった。
林の先に、キャンプファイアの明るい光が見えてくると、耀は僕の背中から飛び降りて、
「翔太、競争よ!」
って言って、駆け出したんだ。
僕も耀の後を追って、勢いよく駆け出した。




