受験勉強開始
四月、桜満開の季節。
小学校生活最後の一年が始まった。
僕は野球も勉強も頑張ろうって、張り切ってたんだ。
チームの仲間達は、私立中学を受験するメンバーがほとんどだったけど、僕と耀は一緒に地元の公立中学に入学する予定だった。
学校の帰り道、耀に聞いたら、桜ちゃんと
美優ちゃんも私立を受験するらしかった。
学校の周りに植えられた桜の木から、花び
らがチラチラと舞い降りて来て綺麗だった。
「みんなバラバラになっちゃうね。寂しい
なあ」
って僕は耀に言ったんだ。
「そうだね、でも仕方ないよ。みんな家庭
の事情がそれぞれあるから」
って耀は答えた。
「僕の家は、私立に行けるほど裕福じゃないしなあ」
「私の家もそうだよ。公立の中高一貫校だったら授業料とかも安いし、行けるかもしれないけど、競争率高いし、塾に通わないと無理だよね」
「うん、塾に入らないと合格は難しいよね」
「人生って、不思議よねー。塾に入るか入らないかで、今後の運命が大きく変わってくるんだから」
「だけど何でみんな、中学受験なんてするのかな?」
「そりゃあ、中学受験で頑張っておけば、
高校受験で苦労しなくてすむからよ」
「どういうこと? 僕、よく分からないんだ。何でみんな塾に通って、あんなに一生懸命
勉強してるんだろう?」
「高校受験は必ずしなきゃいけないでしょ?
翔太も私も、四年後には必ずどこかの高校を
受験するはずよ」
「うん、それは分かるんだけど・・・」
「あのね、公立を受ける人も私立を受ける人も、みんな中高一貫校を受験するの。そうすれば高校受験しなくてすむでしょ?」
「ああそうか、じゃあ、私立を受ける聖司君や直君達は中高一貫校を目指してるわけか」
「そうよ、有名私立中学に合格できれば、大学への進学率も高いし、もしそこが大学付属校だったら、大学まで自動的に上がって行けるの。高卒で就職する場合や専門学校に行くなら話は別だけど、最終的には、みんな良い大学に行って、良い会社に就職して、幸せになりたいから、みんな目の色変えて頑張ってるのよ」
「へーっ、そうなの? みんな、そこまで考えて勉強してたんだ。凄いねー!」
って僕が言ったら、耀は可笑しそうに笑ってこう言ったんだ。
「まったく、翔太はのん気者ね。そんなこと
も知らなかったの? もっと自分の人生のこと
真剣に考えなきゃダメじゃない」
「あっ、はい・・・すみません」
って僕が言うと、耀はこう言ったんだ。
「ねえ、私達も中学受験にチャレンジしてみない? 一緒に公立受けようよ! せっかくの
チャンスなんだし、指をくわえて見逃すのって悔しくない?」
「えーっ、マジで言ってるの?」
って、僕はビックリしたんだ。
「うん、本気よ! 塾に入らなくても自宅学習で頑張って、公立中高一貫校に合格した人がクラブの先輩にいるの。その人は、適性試験や過去問の問題集を買って来て、ひたすら家で勉強したって言ってたわ。翔太、私達もやってみようよ!」
って、耀が言ったんだ。
「えーっ、でもー」
って、僕が迷ってると、耀は有無を言わさずこう言ったんだ。
「翔太あのねえ、聖司も直樹も受験勉強しながら、野球も頑張ってるのよ。翔太も頑張らないとあの二人に笑われちゃうよ。翔太だって塾に行ってないわりには、けっこう成績良いんだし、一緒に頑張ろうよ。落ちたら落ちたでいいじゃない。高校受験の練習にもなるし、チャレンジすることが大切なの」
◇◇
問題集は、耀が僕の分もまとめて買って来てくれた。
僕達は学校の勉強が終わったら、毎日問題集に取り組む約束をしたんだ。
毎晩遅くまで頑張った。
直君達に負けたくないっていう気持ちも働いたんだ。
実力を知るために、僕も耀も模擬試験だけは受けることにした。
僕が公立を受けるって言ったら、母さんは目を丸くして喜んでくれた。
◇◇
最初は問題が難し過ぎて、全然分からなかったから、二人とも泣きそうになったんだ。
だから始めのうちは、答えを見ながら二人で問題を解いてた。必死で解き方を理解するように務めたんだ。
慣れてくると、考え方が分かるようになってきて、時間をかければ、答えを見なくても、一人で解けるようになった。
こうして僕達は、時々お互いの家を行ったり
来たりしながら、勉強を教え合い、自宅学習
を続けたんだ。
◇◇
でも、五月に初めて受けた模擬試験では、
二人ともさんざんの成績だった。
偏差値はボロボロ、合格率も、僕が三十五%で耀は四十五%、二人とも完全に自信を無くしちゃったんだ。
「僕達、勉強を始めたのが遅すぎたよね。
みんな三年とか、四年の時から塾に通って
頑張ってるんだもん、とても敵わないよ」
って僕が言ったら、耀はこう言ったんだ。
「翔太、ドンマイ、ドンマイ。あまり落ち込まないで。私ね、この一月半、受験勉強して本当に良かったって思ってるの。これまでは学校の勉強だけだったけど、今は目標が出来て、気持ちに張り合いが出来た。桜や美優の気持ちも分かったしね」
「うん、確かにそれは言える」
「私ね、受験勉強してみて思ったの。合格することも大切だけど、一番大切なのは勉強を続ける気持ちなんじゃないかって。そりゃあ公立の中高一貫校に合格出来たらそれが一番良いよ。だけど私、もし落ちたとしても良いと思ってるの。大切なのは勉強を続けて行くことなの。学ぶ気持ちを持って、一生勉強を続けて自分を高めていくのよ」
「えーっ、一生受験勉強するの?」
「違うよ、馬鹿ね。目標は受験に限らず何で
もいいの。英検でも漢検でも何でもね。でも
今は中学受験を頑張るの。桜達も言ってたけ
ど、もし今回、私立に落ちても、高校受験で
必ずリベンジするからって。もし受かっても
中学、高校、大学、社会人って、一生勉強は
続いて行くのよ」
「えーっ! 一生これが続くのかあ。大変だ
なあ。僕、今だけかと思った」
「馬鹿ね、時々は休めるわよ。今は受験まであまり時間がないから大変なだけ。とにかく最後まで諦めずに頑張ろうね! 分かった?」
「うん、分かったよ」
って僕は答えたんだ。
◇◇
耀が言う様に、僕も気持ちに張り合いが出来て、何だか勉強するのが楽しくなって来てたんだ。
直君達がこれまでどんなプレッシャーを感じ
てたのかも分かったしね。
直君達は、たぶん僕に気を使って、これまであまり僕の前では、受験の話はしなかったと思うんだ。
僕が受験するって言ったら、二人は僕と握手したりハグしたりしてとても喜んでくれた。
直君は、
「そうか翔太、お前もやっと勉強やる気になったか!」
って、言ってくれた。
聖司君も、
「偉いぞ、翔太! 俺達は私立コースだけど
将来は一緒に良い大学入ろうな! お互いに
頑張ろうぜ!」
って、言ってくれたんだ。
◇◇
僕と耀はその後もメゲずに受験勉強を続け、修学旅行前の七月の模擬試験では、かなり
成績が上がって来たんだ。
過去問の解き方もパターンが分かってきて、問題を一目見ただけで、出題意図が分かる
ようになって来た。
今回の合格率は僕が五〇%で、耀は六〇%
だった。
「私達、何とか戦えそうね。公立は私立と違って内申点があるから、私達合格の可能性あるかもしれないよ」
って耀が言ったんだ。
「えっ、内申点って何?」
って僕は聞いた。
「内申書に基づいて算出される点数のこと。私立の場合は本当の学力が物を言うの。本番一発勝負で合否が決まるから内申書はほとんど関係ないの。だけど公立は内申点が二〇%から三〇%を占めるのよ。五、六年生の時の成績表で決まるらしいわ」
「そうなんだ、だけど僕達の内申書って高い点取れるのかなあ?」
「翔太も私も結構良いと思うよ。だって私達よく出来ましたの◎(二重丸)がかなり多いでしょう? あれを点数に換算するらしいの。後は欠席が多くないかとか学校での活動とか色々あるらしいけど、私達出席率も良いし、学級委員とか結構やってるから、自信持って大丈夫だと思う」
「そっかー! 分かった。じゃあ僕、もっと
頑張るよ!」
って、僕は元気良く言ったんだ。




