父さんのこと
父さんは僕が四歳の時に家を出て、それっきり戻らないんだ。
だから、僕は母さんと二人暮らし。
市営住宅に住んでる。
僕はまだ四歳だったから、父さんのことはあまり覚えてないんだ。
写真なんかも家に全然残ってない。
母さんが全部焼き捨てちゃったから。
ただ、父さんが僕を保育園に迎えに来てくれた時のことだけは、なぜかハッキリ覚えてるんだ。
父さんは背が高くてハンサムだったから、
いつも保育園の先生たちが、
「翔太君の父さんって、カッコ良いね」
って、言ってたのを覚えてる。
父さんが迎えに来ると、僕は嬉しくて仕方なかった。父さんが来たのを見ると、僕はその場でピョンピョン飛び跳ねて喜んだんだ。
父さんは僕を抱き上げて、
「翔太、今日は楽しかったか?」
って聞くんだ。
「うん」
って僕が言うと、
「そうか、良かったな」
って、ニッコリ笑って僕に頬ずりしたんだ。
父さんのヒゲがチクチクして痛かった。
僕が覚えてる父さんの思い出はそれくらい。
でも母さんに、父さんのこと聞いてもハッキリ答えてくれないんだ。
父さんが、今どこで何をしてるのか、生きているのか死んでいるのかも分からないんだ。
全然連絡が取れないんだって。
あんまりしつこく聞くと、母さんは怒って最後には泣いちゃうから、僕は家では父さんの話、もうしないことに決めたんだ。
[たぶん父さんは、母さん以外に好きな女の人が出来て家を出て行ったんだ。だから母さんは悔しくて、あまり話したがらないんだ]
って、僕はずっと思ってた。
僕が小学校に入学した日、母さんがこう言ったんだ。
「翔太、父さんのことは、今日からもう忘れよう。それよりも、これから先、二人でどうやって幸せになるか考えよう」
って。
「僕はもう幸せだよ。だって、母さんが居るから」
って言ったら、母さんは僕を抱きしめて泣いたんだ。
それ以来、父さんの話はもうしなくなった。
〔父さんの話は複雑だから、また後で詳しく説明するね。話が混乱するといけないから。
でも、僕は父さんのこと、四歳から小五の夏まで、今話したような感じで思ってたんだ〕