初めてのバッターボックス
僕が野球を始めたのは今から三年前、小学三年の秋だった。
学校から帰ると、いつも家でゴロゴロしてる僕を見かねた母さんが、地元の野球チームへの入会手続きを、強引に進めちゃったんだ。
僕は最初、野球なんてやりたくなかった。
大体、あの野球の服装が嫌いだったんだ。
みんな変な形のソックスを履いて、ズボンはモンペみたいだし、半袖みたいな上着からはアンダーシャツがはみ出てて、笑っちゃうような格好なんだもん。
初めて野球のユニホームを着て外に出た時は本当に恥ずかしかった。
僕は前の晩、鏡の前でダブダブのユニホームを着た自分を見て笑っちゃったんだ。
だけど母さんは、
「翔太、あなたそのユニホーム凄く似合ってるわよ」
って言ってた。
僕が入った野球チームのユニホームは、上着が赤でズボンが白、ズボンの横に赤いストライプが一本入ってる。
胸の所にDangeoursって紺の派手なロゴが入ってた。
背番号は3番。
アンダーシャツとソックスは紺、帽子はキャップの部分が紺でツバは赤。
キャップの前のところに赤でDって文字が入ってる。
カッコいいとは思わなかったけど、
「翔太、カッコいいよ」
って、母さんがあんまり何度も誉めるもんだから、僕もだんだんその気になってきた。
初めて練習に参加した時は、高野監督からこう言われたんだ。
「翔太、君の背番号は長嶋茂雄がつけてた番号だ。栄光の背番号だから頑張れよ」
って。
だけど僕は、何のことだかサッパリ分からなかった。
キャッチボールとバッティングのやり方は、
緒方さんっていう若いコーチが教えてくれた。
野球のイロハも知らない僕に、ボールの握り方からスイングの仕方まで、丁寧に教えてくれたんだ。
「翔太君だっけ? 君なかなかスジが良いね」
って言われて、何だか嬉しくなった。
トスバッティングをやって、一人五球ずつの打撃練習が終わったら、いきなり紅白戦が始まったんだ。
もちろん僕は新人だからベンチスタート。
僕はトスバッティングも打撃練習も空振りばっかで全然ダメだった。
みんなから笑われるし、もういきなり野球が嫌になってきて、ベンチの隅っこに小さくなって座ってたんだ。
だけど、大量リードされた最終回の五回裏二死、ランナー無しで、高野監督から、
「ピンチヒッター、翔太。思い切って行ってこい!」
って言われたんだ。
何のことだか分からずに、僕がポカンと口を開けてたら、緒方コーチがニコニコしながらやって来て、僕の前にしゃがみ込み、僕の肩に手を置いてこう言ったんだ。
「翔太君、代打だ。君が直君の代わりに打つんだ。さっきの練習の時は当たってなかったけど、君は結構いいスイングしてる。ボールをよく見て、良い球が来たら、思いっ切り振るんだ。当たれば飛ぶはずだ」
僕はやっと意味が分かったけど、緊張で胸がドキドキしてきた。
だけど、もう行くしかない。
だって、みんな僕が打席に立つのを待ってるんだもん。
僕は母さんが買ってくれた金属バットを握りしめ、右バッターボックスに入ったんだ。
[もう、どうでもいい。コーチが言った通り思いっ切りスイングしよう]
って思った。
そしたら一球目、真ん中高めにストレートが来たんだ。
僕はボールをよく見て、無我夢中で思いっ切りバットを振った。
今でもあの白いボールの球スジが目に焼きついてる。
「シュウウウ」
って、ボールが回転して空気を切り裂く音もね。
バットを振った瞬間、
「キーン」
って音がして、ボールがレフト方向に飛んで行った。
外野手がグラブを出して構えてた。
だけど打球が思った以上にグングン伸びて、外野手はバンザイしちゃったんだ。
ボールはそのまま伸びて行って、小学校のグラウンドの一番外側のフェンスにワンバウンドで当たった。
追いかけて行った外野手が、処理に手間取ってた。
ベンチのみんなも三塁コーチもみんな大声で、
「翔太、回れ、回れ!」
って、飛び跳ねながらグルグル腕を回すから、僕は一生懸命走ったんだ。
頑張り過ぎて、目が回りそうだった。
そして滑り込まなくてもいいのに、ホームにスライディングしたら、みんなに爆笑されちゃった。
だけどベンチに戻ると、みんな僕のヘルメットや肩や背中を荒々しく叩いたり、ハイタッチしたりして喜んでくれた。
何が何だか訳が分からなかったけど、僕も嬉しかった。
次のバッターが三振して、僕の白組は七対二で負けちゃったけどね。
「翔太、お前、初打席でランニングホームランなんて凄いぞ! やっぱり背番号3が効いたな」
って、高野監督が誉めてくれた。
「良いスイングだった。小三であそこまで飛ばすなんて驚いたよ。翔太君、君才能あるかもね」
って、緒方コーチも言ってくれた。
それで、僕は野球が大好きになったんだ。