6 足を止めてはいけない、絶望であろうと
私たちは走っていた、ベルガラグナから逃げるために。
だが、その距離もどんどん縮まっていた。
先ほども走っていて追いつかれている。
移動速度だって変わりがないことから、こうなることも目に見えていた。
「……やっぱり、こうなるの?」
せっかく天川君ともう少しで会えるというのに。
それに、さっきまで休ませてもらったのに。
追いつかれるなんて。
「止むをえません! ここは私が引き留めます!」
そこでミュサさんは足を止めて、手を前に出す。
おそらくは魔法で食い止めるつもりだろう。
そう思っていた時だ。
車の大きさの影がベルガラグナの横から割り込んでくるのは。
ベルガラグナは攻撃を受けてよろける。
「え? まさか……」
その攻撃、というよりその影は見覚えがあった。
かつては天川君が戦った相手でもある姿だから。
「ごめんだワン! モンスターを通してしまって! でも、もう一回食い止めるワン!」
車くらいの大きさでライオンの姿になったレックスはこう言った。
こうしてまた会えるのは嬉しい。
「レックス! でも……!」
私は立ち止まって声を出した。
そのレックスの姿は無事とは程遠い。
体中に傷やあざがある状態だからだ。
無理を押して援護に入ったのが言わなくても分かる。
「レックスは番犬なのだワン! 佐波ちゃんに危害を加えさせないワンよ!」
そう言うと、再びレックスとベルガラグナは向かい合う。
こうして戦ってくれるのは嬉しい。
でも、もうボロボロだというのに戦ってもらいたくない気持ちもある。
それこそ、次は命を落とす可能性だってある。
「そんなに無理したら……!」
戦ってもらうしかない、でも、戦ってほしくはない。
私にはその気持ちを言葉にできなかった。
ふと、ミュサさんが私の手を握る。
「行きましょう! 私たちは走らないと……!」
「……」
ミュサさんの言葉に私は無言でしか返せなかった。
どんなことが起ころうとも、走らなければいけない。
それは分かりたくなくても、実行しなければいけない。
後ろを見ながら私は離れるように走っていく。
レックスがベルガラグナへと突撃していくところを見て、私は前へと向き直した。
「私たちが少しでも早く走れば、天川さんも早く辿り着きますから……」
ミュサさんの言葉を走りながら聞く。
理論ではそれが正しいことは分かる。
でも、万全の状態で戦っても負けてしまったのに、今のレックスの状態で戦ったらどうなるか。
命を落とす可能性だってあるし、その可能性が高い。
黙って死ぬところを見過ごすなんて嫌でしかなかった。
前を見ていたが、私はふとレックスがいる方へと振り向いてしまう。
レックスが道路へと落下して、寝そべるところを目にする。
「あ……」
ふと呟き、私の走る速度も落ちていた。
こんなことしてもしょうがない。
でも、どうしても後ろを見なければいけない気がしていた。
「佐波さん!」
ミュサさんからの注意。
するとだ。
一秒にも満たないことが起きた。
レックスの方へと高速で飛んでくる光る球。
それが着弾する。
瞬間、爆発して火が巻き上がり、爆炎まで巻き上がる。
それでもだが、はっきりと目に見えていたのだった。
レックスは大きな炎に包まれてしまった。
シュンさんや狐燐さんが巻き込まれただろう、あの炎に。
「レックスー!!!」
無意識に声を上げていた。
こんなことよりも走ることが先決だろうというのに。
それが分かっていてもどうしても声を上げることしかできなかった。
そして悪いことはまだ起こる。
炎の中から轟音が近づいて来ていた。
ベルガラグナの出す音が。
「こうなったら、私が引き止めます! 佐波さんはまっすぐ走れば、天川さんが見つけてくれるはずです!」
そう言って、ミュサさんは立ち止まる。
ベルガラグナの姿も炎から現れた。
「ミュサさん! ミュサさんまで!?」
「分かっているでしょ!? あなたが無事に天川さんのところへ行かないと!」
その会話の中で、ベルガラグナは向かってきていた。
「……うん! 分かって、いる……!」
分かってはいる、でも受け入れ切れてない。
もう嫌だった。
誰かを犠牲に走っていくなんて。
それしか正解がないという事実に。
私はその気持ちを押し殺して、ミュサさんから離れていく。
目が熱い上に、視界がぼやけてもいた。
「この姿でなら少しは時間稼ぎも出来ます! 風魔法、ウィンドプレッシャー! 風魔法、ウィンドプレッシャー!」
ミュサさんは頭から蛇を生やした黒いドレスの姿にかわって、魔法陣を出す。
さっき見せた魔法だ。
でもさっきより強い風がベルガラグナへと向かう。
こうでもしないと少しでも時間は稼げないだろう。
でも、結果は何となくわかっていた。
それをやっても、すぐにミュサさんも倒されるだろう結果が。
私はその結果から目を背けるように前を見て走っていく。
そして、少し走ってからだろうか。
急に後ろから衝撃が加わったのが。
「ああっ!!」
後ろからの衝撃に私は前のめりで倒れる。
痛みも走って、足も止まる。
倒れただけなら分かるが、妙なことがある。
重りがのっかっているかのように重い。
後ろにいるのは何だろう。
そこへと手を伸ばすと、それはすぐに分かった。
「は、はや……く……に……」
声にならない声をミュサさんは挙げていた。
その姿は爪で引き裂かれた跡がこれでもかと大きく残っていたのだ。
「ミュサさん!!」
「に……げ……」
かすんだ声をミュサさんは出す。
もう声すら出すのもやっとなダメージだ。
それでも注意をして、乗った体をどかしてくれるなんて。
今の私はうつ伏せで倒れているけど、もう体を起こせば走れる。
でも、立ち上がる力は全く残っていなかった。
疲れではない。
どこか心の糸が切れたかのようであった。
燃え尽きたような感じ。
「……す……て……」
嫌なことが起きすぎて、精神的に参ること。
もうそれが今の私に起きていることがようやくわかってしまった。
「たすけてぇ……」
私は子供のように情けなくすがった。
誰も聞く人はいないことも分かっている。
そんなことを言ったところで無駄なのも分かる。
でも、抑圧していたものが溢れていた。
轟音が近づいて来たのに。
「だれかぁ……たすけてぇ……」
目から涙をあふれさせて、私は呟く。
もう、いつ助けが来るのか分からないのに足掻くのが嫌だった
冷たい暗闇の中で何もすがれず、どこが出口かも分からず走るかのようだ。
そして、走るしかないと分かっていても、体が動くこともなかった。
もう、どうしようもなかった。
道路を踏み抜く轟音が聞こえる。
顔を別の方向に向ける気力もなかった。
なので、音でしか周りの光景は認知できない。
それでも、間もなく私はミュサさんと同じ目に合うことが分かる。
「……」
沈黙の中で考えていた。
だがだ。
轟音がふと止まる。
何が起こったのか。
ふと、無意識に私の顔はベルガラグナの方へと向く。
顔を向ける気力なんてなかったのに出来てしまった。
それはきっと、希望の日射しが照ってくれたからかもしれない。
もう、見たくないことも起きてもらいたくないことも終わりだと無意識に分かったからだ。
「すまない、佐波さん。本当に待たせてしまって」
聞いたことのある男性の声、天川君の声。
その天川君がベルガラグナの前に立っていた。
ベルガラグナはそれでも突進を続けて、彼は拳を向ける。
拳と突進がぶつかる。
普通であれば、天川君の方が負けるだろう。
でも、結果は私には予測できた。
それで弾き飛んだのはベルガラグナの方。
私が予測していた結果もこうだった。




