4 犠牲に目を向けてはいけない
爆発と炎が巻き起こってから私とミュサさんはただただ走っていた。
天川君を頼りに。
「佐波さん、今のあなたは唯一ベルガラグナを惹きつけられる存在です。今までは推測でしたが、あなたを追っているのはほぼ確定です」
ミュサさんが走りながら語る。
「うん……」
私は頷いて、走る。
「あなたがうまく天川さんの元へと誘導できれば、ベルガラグナも倒せます」
「……」
私はただ黙っていた。
ミュサさんの声は落ち着いた様子。
でも、その内面は絶対に落ち着いていないのは分かる。
「今はどんなことがあろうとも逃げることが先決です。分かってください」
ミュサさんは先程と同じように落ち着いた声で諭す。
握った手は血が滲んでいた。
だからこそ、内面は辛い気持ちを我慢しているのが分かった。
シュンさんと狐燐さんがこうもあっさりやられてしまった。
その気持ちは辛いのは見て分かる。
今は走ることが先決。
だけど、謝っておきたい気持ちもある。
「……分かっているから、止まってごめんなさい」
「なら、大丈夫です。怒鳴ってすみませんでした」
ミュサさんは微笑んで、こう答えた。
そんな中でも大地を踏みにじるような轟音が進行形で響いている。
その轟音はどんどん近づいてきた。
私が後ろを見ると、その道にはベルガラグナが私を追っかけてきていた。
「ベルガラグナが! もうここまで!」
私は驚くしかなかった。
ベルガラグナは私たちよりも速い速度で追いかけていることに。
そのモンスターはブロック塀や家の壁、木々やコンクリートを粘土のように踏みにじって近づいていた。
追いつかれれば、私もきっとあのようにいとも簡単につぶされるかもしれない。
ミュサさんは急に立ち止まって、両掌をモンスターへと向けた。
その後に足元から魔法陣も出てきた。
「止むをえません、これが効果があるか! 風魔法、ウィンドプレッシャー!」
ミュサさんは魔法を唱えた。
強い風がベルガラグナの顔に当たる。
あれだけ大きければ、簡単には当てられるだろう。
そのモンスターは目と口を閉じて、顔をそむける。
しばらくして風が止むと、ベルガラグナは顔を横に二度振った。
ダメージはない様子。
「ダメ……ミュサさん、急いで!」
走りながらの私の警告。
すると、ベルガラグナはミュサさんの下に近づいて、足の爪を振り下ろした。
数秒であの爪が当たるだろう。
そう思った中でミュサさんはブロックの壁に手を伸ばした。
その手から蛇が伸びていく。
蛇が壁に噛みつくと同時に縮んでいき、彼女も同時に壁へと引き寄せられた。
爪の攻撃は何とか避けられた。
ミュサさんは壁を蹴って、私の方へと一気に距離を詰める。
二人での逃亡が再び始まることになる。
だけど、それもすぐに意味がなくなる。
「これでは……」
ミュサさんは後ろを見て呟く。
速さはベルガラグナの方が早かった。
追いつかれない距離は数分持てばいいところ。
最悪、一分で追いつかれてもおかしくない。
私は必死に走っていた、それもベルガラグナと対面してからずっと。
それでもあのモンスターは私との距離をどんどん詰めていく。
必死でもがいているのに、簡単に無意味にされてしまう。
会って間もない知らない相手に。
恐怖もあったけど、悔しい気持ちの方が大きかった。
するとだ。
ベルガラグナの横から攻撃する二つの影が現れる。
「……え?」
まさかの展開に私は驚いてしまう。
攻撃したのが敵かは分からないけど、近づかれなくなったのは事実。
ベルガラグナは少しよろけると、攻撃してきた相手に顔を向けていた。
その攻撃してきた人、人というよりも獣の要素も混じった人か。
その人は私も見たことがある知り合いであった。
「大丈夫だったかワン?」
獣人になったレックスは私に顔を向けて、声をかける。
ガルガードさんはベルガラグナへと大剣を向けていた。
「レックス! 助けに来てくれたの!?」
私は歓喜の声を出した。
まさかの頼れる救援。
かつての優勝候補の冒険者と聞くレックスが来るなんて。
「そうだワン。早く逃げるんだワン」
そうレックスは語る
言う通りに逃げれば、時間を稼いで……。
いや、違うじゃない。
レックスだってかつての天川君以上の強さだった冒険者なんだから。
逃げる必要だってないはずだ。
「そうだ、レックスと一緒に戦えれば、ベルガラグナも……」
私からの提案。
レックスだって十分強いのはこの目で見ているから理解している。
だからこそ、私とミュサさんと一緒に加勢すれば勝てる可能性だってある。
そう思っての言葉だった。
「いや、友人君を早く見つけてくるんだワン。時間はしっかり稼ぐワンよ」
「え……? 私はだめでも、ミュサさんは力になるはず……」
まさかの拒否。
その言葉はおそらく加勢しても無理だとも聞こえた。
そして、その加勢が無理だということは、この戦いでレックスも。
ガルガードさんはベルガラグナの攻撃を紙一重でかわす中、レックスは語る。
「いいから逃げるワン。レックスは相手の部位の動く臭いを察知して、予知に似たことが出来るんだワン。レックス一人で十分だワン」
「……加勢しても無駄だってことなの?」
ベルガラグナの爪がレックスへと向かってくる。
「……いいから逃げるんだワン。佐波ちゃん」
レックスはベルガラグナの攻撃を避けつつ、こう答えた。
無駄だということについては答えてくれない。
暗に認めているとしか言えないものなの?
何も言えないうえに、私はどうしていいかも分からなかった。
いや、分かってはいるけど、それは分かりたくないのかも。
「行きましょう、佐波さん」
ミュサさんからの進言。
どうも、逃げるしかないことは変わりないみたい。
「……分かった、レックス。無事じゃなかったら、私も飼い主さんもただじゃ済まないよ」
「分かっているワン。これでもレックスは番犬なんだワンよ。こっからの侵入は防ぎ切るワン」
逃げると再度決めたからには少しの時間も惜しい。
早く、少しでも早く天川君へと向かわないと。
「レックス、ガルガードさん……ありがとう……」
私はそのレックスとの戦闘を見ながら、この場を去った。
轟音とレックスとガルガードさんの声が響く中、私とミュサさんは走っていく。




