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3 希望に向かって逃げる

「てるちゃんの呼び方じゃないと機嫌悪くしちゃうのかと思ったよ。ごめんごめん」


 両掌をあわせてシュンさんは私に謝る。


「あ、すいません。慣れない呼び方だったので、別人を呼んでいるのかと」


 私の方でも謝る。

 私より強そうだし、変に気さくな言葉は使えないよね。

 天川君はその何倍も強いだろうけど、いまさらかしこまるのも逆に悪いから、彼は例外にしている。


 そこで、狐燐さんがシュンさんへと顔を向けてきた。


「シュンさんの呼び方は独特ですからね……そう思われても仕方ないとは」


「えー、そーかなー? こんな呼び方している人、結構いると思うんだけど」


 狐燐さんからのフォローに戸惑う様子を見せていた。

 でも、今はそれはさておきな状況だ。


 私よりも天川君に身近な人がいるのだから。


「それよりも、天川君のこととか聞きたいんですけど、いいですか?」


 私は聞きたいことを口にする。

 契約したモンスターはダンジョンの外に出ていようとも意思疎通が取れると聞いた。

 シュンさん達も今の天川君について知っているはずだ。


「おっと、そうだ。それを教える前に避難しよう。実はてるちゃんのお母さんもそこに連れて行ったんだよ」


「お母さんも? そこってどこですか?」


 道理で天川君の家に誰もいないはずだ。

 避難済みなら安心できる。


「場所は知っているよね? 大波先生の高校さ。あの先生のパートナーが植物の防壁作っているから、そこに避難しているんだよ」


「あ、そこは行ったことがあります」


「狐のりんちゃんがお母さんを乗せてすぐに行ったから、何ならそっちのルートで行くことも可能だよ。どうする?」


 シュンさんが手を向けて話す。

 りんちゃん、ということは狐燐さんのことだろう。

 化けるのが得意と聞いていたから、馬とか運んで移動するのが得意な動物に化けて行ったと見える。


 逃げるべきかもしれない。

 でも、それよりも重要なことを言っておきたい。


「あの、それよりも私のお父さんがすごい大きなモンスターと戦っていて、ベルガラグナってモンスターなんですけど……」


「え……? ベルガラグナ……?」


 シュンさんはオウムのように言葉の確認をする。

 私の言葉は周りの空気を変えるのに十分だったようだ

 周りに沈黙が流れる、いやな方の。


 空気を変えてしまって悪い気はする。

 でも、状況が状況なので早い反応は欲しいところ。

 だけど、どう切り出せばいいかも今の私には分からない。


「厄介なモンスターが出てきましたね。ベヒーモスの種族の中で強大なあの」


 ミュサさんからの呟き。

 ベヒーモスという言葉は聞いたことはないが、強そうなモンスターというのは予想できる。

 あんなでかいモンスターだったのだから。


「……やばいやつだね、ミュサ。それこそ、今の四人が力を合わせてもどうなるかってくらいの」


「それくらいなんですか……」


 お父さんも戦う力はあるはず。

 でも、どうなっているのか不安だ、ここまで強いと言われると。

 どう頑張ってもただで済むとは思えない。


「ともかく、お父さんがどれくらいの強さなのか分からないけど、僕たちが助けに行くよ。助けて時間稼ぎぐらいならできるかもしれないし」


「あ、ありがとうございます。お父さんは私の家の近くで戦っているはずですので」


 私から頭を下げて礼をする。

 ともかく助けに行ってくれるのはありがたい。


 私も行きたいところだけど、行っても何もできないのは分かる。

 だから、今回は任せるしかなかった。


「分かった。てるちゃんから家の場所も聞いているから、すぐに向かうよ……ん? この音って」


 ふとシュンさんが会話の最中に疑問する。

 止まった会話の中に音が聞こえてきていた。


 この状況でモンスターなのは間違いない。

 だが、そのモンスターの音は遠くから轟いていた。

 しかもそれは私が聞いたことのある音。


「ベルガラグナ……近づいているんだ」


 私は無意識に呟いた。


 少なくとも戦闘は終わっているということ。

 お父さんもどうなったか心配だ。

 しかも私に狙いを付けて追っているかのような感じだ。


 シュンさんは私以外の二人を見渡して、頷く。


「こうなったら、僕とりんちゃんで時間を稼ごう。ミュサは佐波さんを連れて逃げて」


 シュンさんの言葉の後にミュサさんが私の元へと近づいてきた。

 その後に私の手を握ってくる。


「分かったわ。天川さんには人形を向かわせているから、向かうように伝える」


「ああ、頼むよ。きっとてるちゃんぐらいなはずだから、ベルガラグナと戦えるのは」


「では、私がしばらく佐波さんの護衛に付きます」


 ミュサさんがそう言うと、シュンさんと狐燐さんが私たちから離れていく。


 天川君だけという言葉。

 その言葉にはシュンさんと狐燐さんがただでは済まないとの意味も含まれていた。

 それは覚悟済みなのだろう。


 この中で一番弱いと思う私では足手まといにすらなりかねる。

 そのせいで何も言えずに、黙っているしかないのは歯痒い気持ち。


 そのわずかな間で、私とミュサさん、シュンさんと狐燐さんは二組に分かれて走っていく。

 ともかく、ベルガラグナが近づいているからいずれにせよ走らないといけない。


「その、今、避難場所へ向かっているんですよね?」


 私は走りながら質問する。


「はい、そこならば安全ですから」


 そう答えるミュサさん。

 そこで気になる疑問をぶつける。


「ベルガラグナが来ても?」


「……」


 気になる疑問の返答はない。

 ならば、ベルガラグナがあっさりと避難所に侵入できるのだろう。


「だったら、私はいけない。避難している人が犠牲になるなんて、避けたいし」


「ですが、あなたが行かなくても、ベルガラグナが来てしまえばそれは」


「そう。でも、私って今、ベルガラグナに狙われている気がするから」


「……そう推測する要因は?」


 要因は答えられる、推測でしかないが。

 この状況、全てのことが今までにない状況で、確実なことなんてありえない。


「お父さんがね、別固体のベルガラグナに会ったって話していたの。今いる個体も私とお父さんの顔を見ているし、何かの関係があって、私たちに復讐しに来たんじゃって思うの」


「……聞いた話ですと、ベルガラグナは親を倒した相手を倒して実力を上げる習性があるようですからね。倒すのもまた厄介と伝えられています」


「お父さんに復讐した後はきっと私だよね?」


「おそらく。今こうやって追ってきている以上、狙っている可能性があります。まだまだ力を伸ばすために新しいターゲットを選んでいるはずです」


 私の予想する最悪な事、それが高い確率で起こると見える。

 あのように説明されれば、尚の子と避難所へ逃げるわけにはいかない。

 ならば、やるべきことははっきり見えてきた。


「だったら、私が逃げて天川君のところへおびき寄せればいいよね?」


 私は覚悟も込めて、ミュサさんへと顔と言葉を向ける。


「……失敗すれば、あなたが餌食になりますよ」


「でもそうしなければ、避難所へ行く可能性が高くなる。違う?」


「……」


 ミュサさんが心配する気持ちも分かる。

 怖い気持ちだって間違いなくある。


 でも、その怖さは押し殺さないといけない。

 皆が皆それをやっているなら、私もやらないといけない。

 それで皆が守りたいものを守るのならば、私だって守るものが一つぐらいはあるはずだから。


「私も少しはレベルが上がって、走るのも速くなったから大丈夫よ」


 私の言葉、天川君よりは格が落ちると心の中で付く。

 速いといっても普通の人よりも少し速いくらい。


 でも、出来ることはやりたいから、それだけでも私にとっては支えとなっている。


「……分かりました、佐波さん。私がしばらく護衛と共にバックアップに入ります」


「ありがとう。今は避難所からできるだけ遠い箇所を経由して天川君のところへ行こう」


「道中は私が案内します。付いて来てください」


 ミュサさんが私の前を走っていきながら伝える。

 その後ろをついて行く形で私も移動を続けた。


 そこでだ。


 少し離れたところの家が爆発したのは。

 しかも爆発したのは一軒だけでなく、三、四軒も巻き込んでだ。


 不意に私は爆発した方へと目を向ける。

 ただ爆発したなら、こんな状況で驚くべきことではない。

 だが、その爆発した場所はどうしてもいやな予感がぬぐえなかった。


「あ……」


 私は立ち止まって呟く。

 その場所はシュンさんと狐燐さんが向かった場所に近い。

 おそらく、ベルガラグナと戦った形跡。


「佐波さん、行きましょう。追ってきます」


「あ、あ……」


 私は走れずに言葉にならない声を出していた。

 爆発したところは黒い煙と炎が上がる。


 その中に光景が浮かんでしまう。

 見たくもなかった光景。

 お父さんとシュンさんと狐燐さん、三人が散っていく様が。


 走るべきなのはわかるが、膝の力が抜けて行った。


「何をしているんですか!? あなたが逃げなければ、こんな被害で済みません! 早く、走ってください!」


 ミュサさんの怒り交じりの声。


 そうだ、逃げないといけないんだ。

 ああなった三人のようなことが、私が逃げなければ、もっと起きてしまう。


 逃げないと、いけない。


「……天川君!」


 私は炎から目をそらして走った。

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