10 狐の恩返し
「えっと、あなたがもしかすると俺に会いたかった人……?」
先生は言っていた。
俺の実力も確認したうえで会いたい人がいると。
その人が前にいる女性か。
「はい、照日君にというよりも、具体的には中にいるアムリスちゃんですが」
女性は俺ではなくてアムリスに用があると話す。
同時に俺の近くで止まった。
「アムリスに?」
「はい、私はアムリスちゃんから切り離された力に助けてもらいました。あの子に恩があるようなものですので、会いたかったのです」
そっちの方か。
間接的にアムリスに恩があるとも言える。
アムリスがいてこそ救われたようなものだから。
「アムリスに恩があるというのもよく分かりましたね」
「アムリスちゃんから生まれたと私を助けてくれた方が言っていまして。その名前を頼りに探しました」
「探していて、大波先生にたどり着いたと」
「そういうことになります」
女性は肯定する。
ここで俺からも聞きたいことが出てきた。
アムリスの力の現在について、だ。
「じゃあ、救ってくれたアムリスの力ってどんな姿だったのですか?」
「竜の姿でトルーハと名乗りました。それと、赤と黄色の姿で宝石が額に付いていました」
「話に聞いていた通りの姿だな。やはり竜か」
「かなり大きかったです。車と同じ大きさで、初対面で私が飛び上がるほどでした」
ミュサも龍の姿になったと話す。
救ってもらった時と話の姿と同じようだ。
聞きたいことはまだあるので、さらに疑問を口から出す。
「そう言えば、会った経緯について教えてほしいのですけど」
「あった経緯ですが、実は私はキツネだったんです」
「え? キツネなのですか? モンスターとかでなく」
「私はもうキツネのモンスターですよ。私の子供を庇って車にはねられたところでトルーハさんが新たな命を入れてくれました」
まさかキツネのモンスターとは意外だ。
にしても、新たな命を入れるか。
シュンやミュサにやったことをあの人にもやったということ。
それで死にそうな命を蘇生するなんてすごいことをするもんだ。
「それが今の人間の姿と」
「本当の姿は大きいキツネですが、色々な姿に化ける力もそれで手に入って、人間に化けている状況です」
別の姿に生まれ変わったとも言えるか。
色々な姿に化けられるのは便利そうな力だ。
ここで俺は一つ気になることが思い浮かぶ。
「……ん、あなたはここではない世界のキツネなのですか?」
トルーハが女性を救った世界は二つの可能性がある。
アムリスのいる世界、俺のいる世界の二つ。
この世界のキツネであれば、俺も探し出せる可能性だってある。
やはりトルーハとは接触したい。
「いえ、この世界のキツネですよ。トルーハさんみたいな幻想の生物が現世に現れたものですから、本当に驚きました」
「ということは、アムリスの力が俺の世界にいるってことか」
「すぐに別世界に行ける手段がない限り、まだこの世界にいると思います。それと、救ってもらったのは三日前ですね」
「なら、この世界を探せば会えるってことか、そのアムリスの力に」
三日前ならそれほど時間が経っていない。
助けてもらった場所を中心に探すにしても、翼もあるようだし、すぐに遠くに行けそうだ。
なので、女性から助けられた場所を聞いてもあまり意味はなさそうだ。
だが、少なくとも一つ言えることがある。
どうやって世界の行き来が出来るか分からないけど、そのトルーハがまだいる可能性が高いということだ。
「それと、私はモンスターとなりましたが子供たちも受け入れていますし、命なんてあの時に捨てていましたから、今の姿は特に問題ありません」
嬉しそうに女性は語る。
新たな姿になって問題があるという可能性もある。
モンスターになって受け入れられないという悪い都合もなくて何よりだ。
俺は少し安堵していた。
「良かったですね、子供たちがその姿を受け入れてくれたのは特に何よりです」
「ええ、そこは大助かりでした。子供たちはドリリアちゃんも面倒を見てくれていますし、私も自由に動けています。なので、私は今後照日君と契約するつもりですが、よろしいでしょうか?」
契約の提案が女性からくる。
彼女の都合も悪くはなさそうだし、俺も問題ない。
「俺は構わないです。仲間が増えるのは嬉しいことですので」
「ありがとうございます。申し遅れましたが、私の名は狐燐と申します。よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、これからもよろしく」
俺が頭を下げると、狐燐さんも頭を下げる。
お互いに頭が上がった後は彼女は奥の方へと視線を向けた。
「ところで、いいでしょうか? 後ろの女性とお話ししたいのですけど」
「佐波さんと、ですか? 俺は構いませんので」
佐波さんに用があるとは。
俺からの返答を受けて、狐燐さんは佐波さんへと向かっていく。
「私は狐燐と申します」
「あ、こちらこそ、佐波です」
挨拶の後に会話の間が流れる。
しばらく狐鈴さんは佐波さんを見つめていた。
「……やはり」
「どうかしましたか?」
「佐波ちゃんですよね? あなたどこかで会いませんでしたか?」
「え?」
佐波さんの驚き。
俺も離れたところで見ていて、驚きがあった。
「私も朧げで記憶があいまいなのですが、あった記憶があるような気がして」
「……私は狐燐さんと会った覚えはないですから……うーん」
佐波さんは口をとがらせて、難しい顔をする。
記憶の深いところへ探りを入れるような表情だ。
「そうですか。では、この狐の姿なら」
狐燐さんは真上に一飛びすると、狐の姿になって縦の回転をする。
回転を一つした後は着地をした。
これが狐のモンスターの姿か。
普通の狐よりも大きく、尾も二本になっている。
「うーん……私も覚えがないな。狐に会ったことはあると思うけど、あなたとは……」
「モンスターになる前とさほど変わりないのですけど、そうですか……人違い、かしら?」
残念の表情を狐燐さんは浮かべる。
そこで、先生が俺の方へと寄ってくる。
「まあ、用が済んで何よりだ。思い出したいことは何気ないきっかけで思い出すようだし、焦らずでも大丈夫さ」
「そうですね、先生」
「あと、お互いに連絡も取れるようにしておこう。私と灯里君と連絡が取れれば、大丈夫だろう」
「ありがとうございます。俺の電話番号を渡せばいいですかね」
先生と日町の連絡経路が確立していれば大丈夫だろう。
何かあったときの連絡は先生で大丈夫だろうし。
冒険者の人出が即座に欲しければ、日町の方に連絡すれば問題がなさそうだ。
「そうだ、照日君。面白そうな石も手に入ったし、良かったら報酬として受け取ってくれ。強化に使える石かもしれないし」
「いいのですか? 俺が受け取ってしまっても」
「生徒の方では使えないようだし、照日君ならばとおもってな。遠慮なく受けとってくれ」
「ありがとうございます」
俺は頭を下げた。
こうして、天陸時高校での用は済んで、強化用の石も貰ったのであった。




