2 犬とダンジョン
佐波さんの相談事を受けて少ししてから、ガティークからも受け取った手紙を通じて連絡が来た。
それで渡されたのは強化されたアムリスの剣と契約石が収まった指輪だ。
契約石も戻ってきて、シュンとミュサとも早速契約を済ませた。
契約自体はあっさりで、お互いに契約の意思を見せて、指輪をかざすだけ。
すると指輪に透明な水滴が上から落ちることになって、それで完了ということだ。
これでシュンとミュサも離れたところから呼び出せる。
「初めて見たけど、別世界の人とのやり取りってあんなことが出来るんだね」
佐波さんはガティークとのやり取りの感想を話す。
用事も済んでからは俺とアムリスと佐波さんで車道の脇の歩道を歩いていた。
当然、犬を探すためで、この車道と歩道は特に車も人も通っていない。
ちなみにシュンとミュサも別のところで探している。
連絡はどうするかって言うと、現在装着している契約石の指輪でもできるんだとか。
例えばシュンが俺に話したいと念じるだけで、その指輪にシュンの心の声が聞こえるんだとか。
なので、スマホいらずだ。
予想以上に便利だ、これは。
「まあな、なかなかに便利だよ」
俺からも便利だと話す。
佐波さんは驚きの意味で言っているんだろうけど、こっちは初見では驚かなかったな。
モンスターだったり、ダンジョンだったり、優勝候補と対面だったり、驚くことが多すぎて慣れた感じだ。
「ついでだけど、渡された剣を見てもいい?」
「ああ、いいよ。でも刀身を見せるのはちょっとだけだよ」
佐波さんからの頼みで俺はアイテムボックスを出して、強化された剣を鞘ごと取り出す。
一応、人はいないけど、違法だとか騒がれるのは嫌なんで、見せるのは少しだけということで。
その鞘から少し引き抜くと、刀身から少し光が漏れる。
光はミシワイド結晶から出ていたものそのまま。
何でもアムリスの剣に結晶をコーティングしたのだとか。
刀身にも結晶の欠片の少数が埋め込まれてもいた。
ガティークいわくは切れ味もすごくなった上に、魔法を使うように魔力を込めると剣に魔力の結晶が付着するという話。
その出来た結晶も飛ばせる上に、魔力に比例して剣以上の大きさにもなるとか。
別の攻撃手段の確保が出来たという訳だ、有難い。
「へえ……綺麗……」
「手がけたのはあっちの世界の組織で有名な人の孫娘だ。腕も確かな人だよ」
俺は見せた刀身を鞘に全て納める。
この剣はミシワイドエンデスって名前が付けられている。
名付け親はガティーク。
あと、良く調べてなかったんだけど、アムリスが渡してくれた剣ってエンデスソードって名前だったね。
それを強化したからこんな名前になった。
そのエンデスソードも実はなかなかに優れた話もガティークから聞いたもの。
まあ、王族のアムリスからの渡し物だし、優れていてもおかしくない話だ。
「なんだか、天川君。日を増すごとに頼れる感じになっていってるね。すごい人と関係持ったり、仲間も増えたりで」
「ん、そうか……」
まあ、ガティークが協力してくれるのもすごいことか、言われてみれば。
何気に凄い人物だし、あの人。
「天川君、ちょっと前はいじめられっ子だなんて本当に信じられない。ここまでに成れたのは本当にすごいことだよ、誇れるくらいに」
笑顔で佐波さんは評価する。
凄いことなのかはなんとなくわかるけど、実感はない感じだよな。
でも、佐波さんがそう言ってくれるのは嬉しい。
なんというか、ここまで頑張った甲斐があるって実感はこの言葉で感じたから。
俺は時間差で照れの感情が湧いてきた。
なんと言えばいいかよくわからなくなる。
「そこまででもない」か「すごいだろ」と言えばいいのか、返す言葉も思いつかない感じだ。
と、歩いていると、ふと曲がり角が見える。
その曲がり角にはベージュで小さいものもいた。
それに見覚えもある。
「あれって、ワンちゃんじゃない? 探していた」
アムリスからの言葉。
よく見ると確かに探している犬だ。
その犬は後ろを向けていた。
「うん、レックス君だ! おいで、佐波だよ!」
佐波さんからの呼びかけ。
距離は遠くないところ。
佐波さんの声に反応してレックスはこちらに顔を向ける。
アムリスの声に反応はなかったうえに、佐波さんの声には反応。
佐波さんのことは認識しているようだ。
だが、レックスは曲がり角の先へと進んでしまう。
俺達を警戒してなのか。
「どういうことだ? 俺がいたからなのか?」
俺は犬が嫌いでもないし、犬から嫌われるってこともない。
嫌われたって可能性はあるけど、なんだか変だ。
「そんなはずはないんだけど、どうしてだろ? とにかく追わないと」
佐波さんの言う通り、追ってみないと分からないことだろうな。
俺は走って、あの曲がり角の先へと追いかけてみる。
アムリスも佐波さんも走って俺の後を追う。
するとだ。
そこにレックスの姿はいなかった。
ブロック塀に囲まれた道で、さらに奥は行き止まり。
レックスは消えたのかと思うだろうな。
こんなダンジョン騒ぎがなければ。
「道に穴が開いていて、階段もある……」
佐波さんはダンジョンの入り口を見て、呟く。
穴はコンクリートの道の上にぽっかりと黒い空洞を作っていて、階段も中に設置されていた。
レックスがあの中に入った可能性がある。
「なら、俺はあの中を探ってくる。佐波さんはここまでだ、流石に同行すると危ない」
俺とアムリスだけではレックスを穏便に捕獲する事は出来ない。
なら、佐波さんを連れて行くか?
だが、彼女をダンジョンに連れて行くのは危険だ。
レックスは粘着化で捕獲するとして、ここまでくるなら丁寧に捕らえるしかない。
「あ、うん……」
「念のため、シュンにも連絡を取ってここまで来てもらおう」
シュンにここまで来てもらって、佐波さんの帰り道まで護衛を頼もう。
後は一時的に俺の家に帰ってもらって、捕獲した後はレックスの引き渡しだ。
流石にレックスだって奥まで行くわけはない。
人見知りだってするくらいの臆病と想定できるから、少なくとも無暗には危機へ突っ込むはずはないからだ。
「えっとね……天川君、いい?」
そう考えていたときに佐波さんから話が来る。
「なんだい?」
佐波さんから次にくる言葉はある程度予測出来ていた。
このタイミングでってことだからこれしかない。
「私もダンジョンに行ってみたんだけど……」




