9 日陰者であろうと、日に照らされる資格はある
「簡単な話だ。俺はミュサに何も攻撃しない。それで、俺を倒してみろってことだ」
俺の提案を聞き、ミュサは動きを止めていた。
「なんですって? 勝負する気もないということ?」
「いや、これが俺の戦闘方法だ。今回限定だがな」
俺からの提案は攻撃はしないということ。
傍らから見れば、舐めた真似だろうね。
でも、これにはちゃんと戦う意味があってこの方法がある。
アムリスの友人だから攻撃をしたくないってのもあるけど。
俺は剣を目の前に立てるように刺す。
その間にミュサはまだ動きを見せなかった。
悩んでいるかのような間。
「いいわ。その提案で私は戦う」
ミュサは足元に魔法陣を出す。
俺の自然治癒スキルについては知っているようだな。
あの悩んでいるように開けた間が物語っている。
本当に知らないのであれば、絶好の機会と間髪入れずに攻撃するだろうし。
やはり、グラーソには敢えて言わなかったようだ。
教えていたら、彼は散り際にあんなことを言うはずだってない。
少なくとも、俺を倒させるつもりならば、自然治癒については言っているはずだ。
ということはだ、ミュサはこの戦闘で戦う以外の思案があると思える。
それは分からないが、もしかすると、俺達に肩入れすることが何かがある可能性だってある。
「魔法か?」
「風魔法、ウィンドプレッシャー」
その魔法を唱えて、俺の方に向かい風が流れる。
特に痛みもない。
が、その向かい風が急に台風並みに強くなる。
俺は壁へと運ばれた。
「ぐあっ!」
「まだよ、風魔法、ウィンドプレッシャー、風魔法、ウィンドラッシュ」
ミュサの魔法二連続。
さらに強い向かい風で圧されつつ、半透明の白い拳が俺の前に四つ現れる。
その四つの拳は俺に殴りかかってきた。
「づあっ……く!」
拳の連続した殴り。
その前に俺は痛めつけられる。
いじめられていた時はこんな風にボコられていたな。
痛みはその時より大きい。
風も強いし、目も開けられない。
「弱ってはいるようね。それじゃあ、頂くわ。あなたの命を」
風が止んで拳も消えた瞬間、俺は目を開ける。
その後にミュサから伸びた蛇が目の前にいた。
それも四匹で、すぐに俺の手足へと延びていく。
「あっ……痛っ!」
蛇が俺の四肢に噛みつく。
床への落下は防がれたが、蛇に噛まれて浮かされたままだ。
噛まれている間に、蛇から青いオーラが流れていく。
青いオーラはミュサの方へと伝わってった。
どうも青いオーラは俺の生命力のようだ。
アムリスやミュサから生命力を吸われたように、少しづつ気怠くなっている。
あの時の吸収と今の感覚も似ていた。
そして、しばらくの間は生命力がミュサに奪われていった。
気怠さもかなり募っている。
だが、それでも俺に命の危機はなかった。
「これだけ吸えば……どうかしら?」
そう言って、ミュサは蛇を動かし、俺を床にたたきつける。
確かに痛いが、それでも命の危機に近づいてはいない。
俺には自然治癒がある。
だからこそ、少しづつ回復しているのだ。
ダメージを受けている間でも、生命力を吸われている間でも。
俺は床に手を付けて立ち上がる。
蛇から解放もされていて、腕は自由に動かせた。
「どうかしら、か……それは自分も分かっているだろ? 俺に自然治癒のスキルがあることは」
「……」
「でも、あの時のように俺にキスをして生命力を奪えば、ミュサの勝ちの可能性はあるぞ。蛇からの吸収以上に吸えるのは感覚で分かる」
ミュサの無言の返答に俺はさらに提案した。
もしも、彼女に勝機があればそこだ。
気怠さも残っているが、キスでされた時よりかは全然ましだ。
「……」
ミュサは無言で何もしない。
(ねえ、照日。キスされたってどういうこと?)
アムリスからの声、それは不信の色に染まっていた。
まあ、それは事実だし、悪いことをしたのであれば許してほしい。
でも、今はミュサの方だ。
俺は彼女の方へと歩んでいく。
「何もしないのだったら、仕掛けやすいように俺から行く。人間の時でしかできないなら、戻る時間も待ってやる」
移動してミュサの手の届くところで足を止める。
もう、引き込んでキスをすればというところまで来ている。
「……」
「どうした? できないのか? やってみたらどうだ?」
ミュサに視線を送る。
すると、彼女は緑色の光に包まれて、人間の姿に戻った。
そして、俺の肩に手を伸ばす。
引っ張って口と口を合わせれば、後は吸収可能だ。
俺と彼女の顔がゆっくりと近づく。
その顔は表情の変化もなかった。
命を奪うためにキスが出来るのか?
その答えは出た。
ミュサの手が俺の肩からずれるように下がる。
そして膝を曲げて床に付けて、俺の腰を手でつかむ。
「……できない」
ミュサの訴えるような声。
顔は前髪で隠れていて、体も震えていた。
しかし、声が悲しみの色に染まっていて、顔の表情は予想がつく。
「できない……か」
「あなたが……あんなことをしても怒ってもいないし、殴りかかることもしないし、恨みの欠片もないから……ねえ、どうしてそんなに寛大なの?」
問いに対して俺はこう答える。
ミュサの視線に合わせて俺も膝を曲げる。
「それはミュサが自分は日陰者と言ったからだ」
俺は理由を言葉にする。
ミュサが俺を倒す気持ちがそれほど大きくないこともある。
だが、この理由が一番大きい。
彼女に光を照らしたいということが。
彼女の肩に両手を置く。
「確かに言ったけど……それがなんで?」
「俺は日陰者に救いの光を照らしたいって気持ちがあるからだな」
「私……なんかでも?」
「ミュサ、俺はシュンでもミュサでも助ける。救いの光が必要なら言ってくれ、って言ったよな?」
その声を聴いて、ミュサははっとして、顔を上げる。
俺が部屋で言ったことを思い出したようだ。
髪で隠れていた顔をようやく見せてくれて、その顔は涙にぬれていた。
「あ、あ……」
「ミュサ、日陰者であろうと、日に照らされる資格はある」
俺にだって日が照らされたんだ、ミュサにだってある。
「私は……もう、日陰者でなくて、いいの?」
「ああ、そうだ。もう日陰者でいる必要なんかない。俺が光で照らしてあげるから」
ミュサの表情は希望と喜びと安心の表情へと変わった。
その表情は俺が初めて見たもの。
彼女はゆっくりと俺の胸に顔を埋める。
何も言わずに俺は彼女の後頭部へと手を当てた。
もう、ミュサと戦う必要もなくなったことは言うまでもない。
戦意は完全に削げ落ちている。
(まあ、色々聞きたいことはあるけど、今はこのままにしてあげる)
アムリスからの言葉が心に響く。
色々説明した方がいい気もするから、一件落着してからだな。
あと、アムリス、その言葉には嫉妬がちらついているんだけど、気のせいか?
(え? あ? その……嫉妬というのは……ちょっと違う気もする……とにかくキスについては絶対に聞くからね!)
了解、了解。
でも、夜這いなんかしても、俺のことは好きじゃないみたいだな。
そこのところもどうなのか、はっきりしておいた方がいい気もするな。
どうなんだろー?
そう思っていた時だ。
突如、俺の胸に痛みが走る。
殴られた時の痛みとは違う。
何かが俺の中に入り込んできたかのような。
俺は後ろを振り返る。
すると、俺の背中には鋭い尻尾のような突起物が生えていた。
生えていたというよりも、貫かれたか。
前も見ると、突起物はミュサをも貫いていた。
その突起物は奥の部屋の通路から伸びたと判断できる。
「ぐはあ!」
痛みが再度襲うとともに、俺の口から血が出る。
「ミュサー!!」
シュンが離れたところから声と共に駆け寄ってくる
突起物は引き抜かれて部屋の通路へと戻った。




