8 ミュサとの対面
俺とシュンはミュサのいる部屋へと入る。
入るまでに足音しかなく、俺達の移動以外の音は特にない。
「来たのね」
俺達が立ち止まってから、ミュサからの起伏のない言葉。
顔もまた表情を感じさせない、まるで人形のよう。
お互いに距離は置いてるが、表情は俺でも分かるくらいの距離。
「ああ、ミュサのおかげと言えるかな」
俺の言葉にミュサは反応しない。
その間にシュンは俺とミュサから離れたところへ避難する。
少し間を開けてから、彼女は別の言葉を出してきた。
「私はね。マズワイン様の部下なの。だから、あなたたちをこのまま素通しにはできないの」
「ミュサもマズワインとやらの部下にか……話だけで戦闘は避けられなさそうか」
俺は残念の声を出す。
ミュサの声は先ほどと同様に起伏がない。
そのために言葉から鉄のように動かない意思を感じ取れた。
とここで、アムリスが俺の中から出てきた。
向ける視線はミュサへの物。
「ねえ、ミュサ! せめて、そっちのことは聞かせてよ。何でこんなことをしているの?」
「それは言えないわ」
「その先にマズワインってのがいるんでしょ? 弱みを握られているようだし、私たちがぶっ飛ばすわよ!」
「……それはダメ。だから、あなたたちはここで引いてもらうわ」
「そんな……私たち、本当に戦わないといけないの?」
アムリスの悲しそうな声。
ミュサとも親しい間柄だったろうし、戦闘はしたくないだろうな。
「一つだけ、アムリスに言えることはある」
「え、何? 私は怒らないから、何でも言って」
さっきは言えないといったばかりなのに、ここでか。
何か心が揺れることでもあったのか?
「私ね。いままで、アムリスたちを騙していたの。あなたが無能の日陰者と呼ばれるきっかけだって、私が作ったようなものだし」
「だ、騙してた? 何を? あなたは何も私に危害を加えてないでしょ?」
「マズワイン様がね、あなたに接触したからなの、無能の日陰者と呼ばれるようになったのは。それを手引きしたのは私」
「マズワインが? そんな男とは接触したはずはないわよ」
「そうかもしれないわね。でも、あなたの幼少期に接触したわ」
「幼少期に……でも、接触した人なんて限られているし、フルーテって人は覚えているけど、マズワインなんて……」
ここで聞くはアムリスとマズワインの関係性。
でも、当のアムリスには覚えがない。
ミュサの嘘という可能性もあるかもしれない。
ただ、お互いの言葉が本当であるなら、名乗らずに接触した可能性もありそうだ、マズワインは。
もしや、偽名での接触か。
ここで聞く限りは分からないが、少なくともマズワインの名前で接触した可能性はないかもしれない。
「本当だったら、あなたも王族にふさわしい力を持つはずだった。それこそ、スキルだって今よりもすごいものだったり、新米兵士だって軽くひねったり、フェリアという女性にだって負けない力もあったはず」
「本当に、本当に間違いないのね?」
「そう、私のせいなの。でも、私はそうすることでしか、存在することが許されなかった……私は日陰でしか生きられない存在、日陰者」
頷いてからのミュサの謝り。
その声は謝罪を感じる起伏があった。
少しの間があった後に、アムリスから声が出る。
「ミュサ、そんなことで私は責めないわよ。その日陰者になったおかげで、照日と知り合えたわけだから。無能の日陰呼ばわりされていなければ、照日と一生無縁だったかもしれないわ」
アムリスの声に怒りはない。
胸を張れるほどの自身が核にあっての声だ。
それを聞いて、ミュサは少し顔が緩んだように見えた。
「アムリス、今は日が当たっているようでいいわね」
「ええ、照日のおかげかもね」
「でも、私は日陰者でなければいけないの、本当に残念だけど。そして、あなたたちを倒さないといけないことも変わりない」
ミュサは表情をすぐに消して、手の甲をこちらに見せる。
すると、緑色の紋章が浮かぶ。
紋章は蛇の模様。
ミュサの足元から複数の蛇が渦巻き、彼女の足から覆い始めた。
「え? ミュサ! モンスターの姿になる時に蛇なんて出ないはずじゃ?」
「そう。マズワイン様から与えられた力をもっと発揮できるようになったおかげなの。私の新たなる力で、ここは退かせて見せる。覚悟して、アムリス」
蛇は渦巻きながら腰、胸、肩、そして顔と順にミュサの体を覆う。
そして、全身を覆い尽くしてから緑色の光が蛇の隙間から放たれた。
光は強く、蛇までも包むほど。
光が静まった後、彼女を覆う蛇は茶色くなっていた。
蛇というのは少し違うか、あれは蛇の抜け殻のようで、ところどころ破けた後もある。
その蛇の抜け殻が周囲に勢いよく四散した。
抜け殻は地に落ちる前に消失し、出てくるのはミュサのモンスターとしての姿。
人形のような関節もありながら、黒いドレスをまとい、口以外を覆う白い面も被る。
黒く長い髪で、その先には黒に近い緑の蛇が生えていて、メドゥーサの化け物を想起させる。
「これがミュサの新しい力……以前だったら、人形の姿で蛇なんて全くなかったのに」
蛇要素がマズワインから加えられた力ってことか。
さて、いよいよ戦闘だし、アムリスは外にいるんじゃやりづらいだろうな。
「アムリス、入った方がいい。自分の力で友人に傷をつけたくはないだろ?」
「あ、うん……入るから」
アムリスは俺の中へと入る。
「で、ミュサ。俺は一つ提案がある。まあ、聞いてもらわなくても構わないが」
「なにかしら? 引いてくれって提案は飲まないわよ」
ミュサは髪の先の蛇を伸ばして、戦闘態勢に入っていた。
彼女はアムリスの友人だし、俺としても攻撃はしたくない。
だからこそ、この提案をするんだ。
「簡単な話だ。俺はミュサに何も攻撃しない。それで、俺を倒してみろってことだ」




