エピローグ4
「まあ聞いてくれ。マーガジオのことだが、なんとアムリスの封印も望んでいる。ついでに君の記憶そのものも」
ゼルティアから想定していなかった言葉。
(な、嘘……)
「俺だけでなくアムリスまでもか!」
アムリスは驚き、俺は抵抗の言葉を出す。
ゼルティアは妹がどうなってもいいとでもいうかのようだった。
だが、そのどうしようもない状況でも幸運なことがあった。
気付いていないのかゼルティアが踏んだのだ、俺が粘着化した床を。
「そうだ、君はいらないと思ったのだが、記憶は欲しいとマーガジオが話してきたのだ。私の力になれるのだよ君の一部が」
「そんなの納得できるか! 俺だけだったらまだいいが、なんで妹であるアムリスが!」
「天川照日君。妹だからと言って兄が大事にするわけではないんだ。それも私よりも優れた力を持っている妹を……」
このゼルティアの言葉は妹が邪魔だとでも言いたげだ。
そこで俺の脳裏に思い浮かんだことが一つある。
「その口ぶり……まさかマズワインをけしかけたのは!」
「おっと、それは偶然だ。だが、今は力が戻っているに等しいだろ? 嫉妬するなというのが無理だろう」
「でも、だからと言って妹を利用なんて……」
「正義論を語る前にこの状況をどうかした方がいいのでは?」
ゼルティアは俺の頭頂部を手でわしづかみにする。
すると、俺はさらに見えない何かに覆われる。
更に動きが取れなくなった上に、スキルを発動としても発動する気配もない。
(照日……ごめん、私さっきから出れそうにもない)
アムリスだけでも逃がしたかったが、それも無理との言葉。
どうしようもないとはこのことか。
「そんな、アムリス……」
「さて、何かお別れの言葉はあった方がいい。会えたとしても記憶なんてないだろうから、後悔のないように」
ゼルティアからの提案。
律義に待ってくれるのはありがたいが、余裕の表れしかないと見える。
本当に別れの言葉は考えた方がいい。
少なくとも今はどうしようもないから。
少し待ってから俺は口を開く。
「ごめんよ、俺は……」
「時間に余裕はあるが、待たせすぎは横やりが入るかもしれない。手短に済ませてほしい」
別れの言葉、正直言えば思いつかない。
こんな突然の出来事で分かれることなんて考えてもいなかった。
どうしようもないことに対して、悔しい気持ちがある。
(照日……)
「俺は……」
「まあ、この手をどけないのは勘弁してほしいが」
少なくとも今は勝てない。
だがだ。
「俺はこんな奴に負けないから。王様になって救わなきゃいけないのに、こんな負けなんてダメだから」
俺は笑って答えた。
どうなるか分からないが、記憶がなくなった後の俺にしか勝機は残されていない。
今も今後も勝つのは困難だが、ほんの少しでも高いのは今後の方。
それにどういう困難であろうと、俺は乗り越えていくしかないのも事実だった。
ならば、記憶を失った後の自分に賭けるしかない。
「……驚いた。この状況で愚かなのか、それともか」
「記憶がなくても次こそは戦って勝つから……」
俺はだからこそ、アムリスに安心できる言葉を掛けたかった。
どうしようもないが、俺はまだ勝ちを諦めていない。
「では、お別れの時だ」
ゼルティアは手から出した黒い霧で俺の頭部を覆う。
俺の視界も同時に一面黒に覆われた。
(照日ー-ー!!!)
アムリスはその黒の中で姿を現すと、声を上げて手を伸ばす。
俺も手を伸ばそうとするが、影の拘束がまだあって手を動かせない。
「アムリス!! くっ……! やっぱり今はダメか……!」
(照日……! 別れるなんて嫌よ! せっかく王様にだってなれたのに……!)
アムリスも近づこうと動くそぶりはあるが、一向に近づかない。
お互いに近づけない状況。
でもこれだけは伝えたい。
「大丈夫だ」
(え……?)
「今まで負けそうなことはたくさんあったけど、俺は勝ってきただろ? だから大丈夫だし、安心してくれ」
(そ、そうだけど……でも……)
これからされることを考えれば、確かにできるのかと疑問に思う。
その気持ちは俺も理解できるし、俺もどうすればいいかは考え付いてもいない。
「記憶を取り戻すのだって、封印を解くのだって時間はかかるかもしれない。でも、俺はきっとアムリスともう一度再開する気だ。忘れないでくれ」
(また会えるって信じていいの?)
「ああ、必ず再開を」
俺は再会を約束する。
この限りなく不可能の誓い困難だって乗り越えたいのも事実だ。
絶対に会うつもりだ、アムリスと。
その時にふとアムリスと逆方向に力が加わる。
引き込まれる力だ。
(あ……そんな……)
アムリスもまた奥へ引き込まれているようで、どんどん俺との距離が離れる。
「あ、あむ……」
名前を呼びたい、目の前の女性の名前の。
でも、その名前が出ない。
記憶が奪われるといっていたが、もう無くなりかけているようだ。
そんな中でもどんどん距離は離れていき、さらには周りも白に包まれていく。
(「ーーーーーーーー!!!!」)
俺も女性も大きく声を出すが、聞き取れなかった。
次第に女性は見えなくなってしまう。
その中で俺は思い出そうとするが、それも出来なくなる。
誰にされたのか、なぜこんなことになったのか、俺の名前はなんだったか。
答えの出ない中で俺は思考に浸り続けていた。
俺は目を開けた。
目に入るのはレンガで出来た天井、耳に聞こえるのは急ぐ足音。
「気が付いたか……天川よ」
女性の声。
そちらを見ると白いワンピースの姿をしていた。
「……?」
それで俺は疑問に思っていた。
寝ながら移動していることに。
下を見ると、なんと多くの円盤が俺の下にあって、それが運んでいたのだ。
「分からない顔をしているな。天川が解放された後、ゼルティアは動けなくなったのだよ。粘着化した床に捕らわれて」
「……」
「何とか立ち上がれた私は逃げるしかないと思って、こうして逃げれた。どういう訳か追ってこれなかったから幸いだ」
「……」
分からないことが多すぎる。
俺はなぜこんなとこにいるのか、ゼルティアとは、粘着化とは。
俺は運んでいる女性に目を向ける。
「ああ、心配するな。天川の剣は確保しているから反撃には出れるぞ。ただ、どうやってあのゼルティアに攻撃するかは考えないと……」
「あの……」
「どうした?」
こんなことを聞くのはあれだが、聞くしかない。
「俺って、天川って名前なんですか?」
「……は?」
女性の驚く顔。
その顔はやばい存在を見たというよりも、絶望の現実を見せられたような顔だ。
希望が一瞬のうちになくなったように見えて。
「その、いまいち記憶があやふやで……何でこんなことにいるのかも分からなくて……」
女性は言葉を詰まらせていた。
俺の名前だって天川なのかも不安な状況。
何故ここにいるのかもだが、どこで生まれたのか父も母もいるのかも思い出せない。
「……な、お、思い出せ! 天川は私も倒したし、トーナメントも勝ち進んでやっと王に成れたのだぞ! アムリスというパートナーと一緒に! そこも思い出せないのか!」
「……え?」
トーナメント、王、アムリス、パートナー、女性の出す語句が全く分からなかった。
ただ、女性が言うように大事そうな言葉なのは間違いなさそうだ。
もう一度思い出してみる。
「確かゼルティアが記憶がどうのこうの言っていたことはうろ覚えだが、まさか……高校生だということは覚えているか?」
女性の言葉の中で思い出したことがある。
「そ、そうだ……俺の名前は天川照日……高校生で、真希勢高校の三年生で……」
「思い出せたか! 天川から高校は聞いてはいないが、きっとそうだぞ、間違いない! それで他にもやっていたことがあるだろう!」
思い出したことは他にもある。
「ああ、高校三年生で大学受験が近づいていて……そうだ。俺はいじめられていた高校生で、勉強だってしなきゃいけないんだ……」
思い出したことを俺は呟く。
確か三木島というやつにいじめられていたんだ。
あの男は強くて太刀打ちできなくて、抵抗をほぼ諦めていたんだ。
思い出せたのはこれくらいだが、正直嫌なことしか思い出せない。
というのも、高校生の今までろくなことがなかったからだ。
「そ、そうなのかもしれないが……ち、違うだろう? それよりも重要なことを思い出さないのか? アムリスも王に成ったことも……」
何故か女性は俺に大きな期待を寄せているようだ。
それと、女性も見ず知らずの他人なので、友達のように砕けて話すのも申し訳ない。
「……そんなの思い出せないですよ。その、いろいろやってくれるのは嬉しいですが、王に成ったなんてあまりにも飛躍しすぎで、事実だとしてもそれは違う気がするんです」
「そ、そんな……」
女性は失望していた。
申し訳ない気持ちはあるが、それよりもやることはある。
「アムリスって人も覚えがないので……あの、どうやったら家に帰れるのでしょうか?」
俺はやっと思い出せたのだ、今やるべきことを。
受験のために勉強しないといけないことを。
女性は色々期待しているのだろうけど、少なくとも俺には無理なのは分かっている。
こんないじめられっ子にできることはないと分かるから。




